特訓
ちょっと短めです。
この時期は仕事が忙しいので執筆に時間がなかなか取れない…。
「ぶほぁ!?」
人の気配を感じぬ森の奥深く、奇妙な叫び声のような物が辺りに響き渡る。
「はい!次行くから早く立つ!」
地面に大の字になっていたライが、フィアに急かされるように後頭部をさすりながらヨロヨロと起き上がる。
そんなライの目の前には仁王立ちをしたフィアの姿があった。
「もう、そんな調子じゃ何時まで経っても力の制御なんて出来ないよ?」
「そんな事言われたって、制御の仕方も分からないんだからしょうがないじゃないか…」
ライ達はマリアンベールに来てからというもの、ギルドで受けた依頼をこなした後、日課のように空いた時間を使ってはライの中にある力の制御の特訓をしていた。
初めて特訓を開始する前に、ライがフィアに力の制御の仕方やコツを尋ねた所――
「感覚」
――という簡潔な答えだけが返ってきた。
そんなフィアが考えた特訓というのが”考えるな、感じろ、身体で覚えろ”とでも言うような荒療治的な物であった。
その特訓とはどんな物かというと、フィアが生み出す魔力の塊をライが力を使って跳ね返すという内容だ。
ライの全身を覆う力は大気中に存在するような薄い魔力なら決して寄せ付ける事はないが、可視化出来る程に集まった魔力や魔法として形作られたような物を跳ね返せる程ではない。
それらを跳ね返すためにはライが自身の中にある力を外に向かって放出する必要がある。
「さぁ!次行くよ!」
「ちょっと、まっ――ぶほぁ!?」
魔力の塊を顔面に受け、ライが後頭部から勢いよく地面に叩きつけられる。
「そんな調子じゃ何時まで経っても力の制御なんて出来ないよ!」
「いてて…そんな事言われても、何をどうすれば良いのかも分からないんだから仕方ないじゃないか」
後頭部と顔をおさえながらライがフィアに抗議の声を上げる。
ライの言葉にフィアは困ったような、申し訳なさそうな表情を浮かべながら答える。
「説明しろって言われたって難しいんだよ。私にとっては扱えて当たり前の力だし…仮に”身体の動かし方を教えろ”って聞かれたらライはどう答える?」
「身体の動かし方って…」
フィアの問いに、ライが困惑とした表情を浮かべる。
身体の動かし方を理屈で説明しろと言われて答えられる人間なんてそうは居ない。
身体なんて感覚で動かしている物だし、いちいち頭の中で右足を前に出す、左足を前に出す、指を曲げる、足を曲げるなんて常に意識している人間は居ないだろう。
「ほら、困った顔してる。ライが私に聞いてる事ってのはそういう事なんだよ」
「なるほど…本当に感覚としか言いようがないんだね」
フィアのその言葉にライは半ば諦めたような顔をしながら小さくため息を吐く。
「そんな顔しないで…ライは一度力を使って見せたんだから、あの時の感覚を思い出せばきっと上手く出来るよ」
天竜との闘いの最中、ライは一度だけ力を使っていた。
それは天竜に止めを刺す寸前、ライの両手よりあふれ出した蒼い光――あれこそがフィアの言う”力”だった。
「思い出せばって、それって天竜に止めを刺した時の事でしょ?天竜を倒す事しか頭になくて全然覚えてないよ…」
「むぅぅ…どうしても思い出せないって言うならもう一度天竜と戦うっていう手も――」
「あぁー!なんか思い出した気がするなぁ!!今なら何だか出来そうな気がするなぁ!?」
フィアの不穏な発言を遮るようにライが大声でそんな事を言う。
結果だけ見ればライの圧勝に終わった天竜との闘いだったが、フィアによって身体強化を施されていなければ死んでも可笑しくない場面がいくつもあった。
天竜に尻尾で吹き飛ばされた時だって一瞬意識が飛びかけていたし、そもそもSランクの魔物と戦うなんてCランクであるライからしたら悪夢以外の何物でもない。
「フィア!変な事考えてないで早く特訓の続きをしよう!」
もう一度天竜と戦うくらいならフィアの特訓を受けた方が遥かにマシだと考えたライがフィアを急かすように言う。
唐突にやる気を出したライにフィアが困惑とした表情を浮かべるも、すぐに真剣な表情に戻る。
「ライってば、急にやる気を出して…分かった、ライの気持ちに答えられるようにビシバシやってくからね!」
「あぁ…ぁ……」
フィアの特訓が再開されてから2時間が経った頃、ビシバシやって行くというフィアの宣言通り、苛烈を極めた特訓によってぼろ雑巾のような姿になったライが力なく地面に倒れていた。
「ふぅ…今日はこんな所かな?ライ、お疲れ様」
「お…おわ…った…」
もはや返事をする気力すらないのか、ライが虚ろな目をしながら力なく呟く。
「それにしても”ちょっと”厳しくしただけでこんなになるなんて…力の制御の前に身体も鍛え直した方が良いんじゃないのかな?」
フィアはそう言ったが、実際はちょっと所の話ではない。
ぶつけられる魔力の塊は威力、速度、大きさが強化されていたり、地面に倒れて起き上がる前であろうと容赦なく魔力の塊を叩き込まれたり、顔だけでなく腹部や後頭部などに同時に叩き込まれたりと、どう考えてもちょっとでは済まされない内容だった。
そんな苛烈な特訓を耐え抜いたライだったが、結局その日は一度も魔力を跳ね返す事は出来なかった。
なんの成果を得られなかったライに、フィアは小さくため息を吐きながらぼそりと呟く。
「明日はもっと厳しくしないとだね」
薄れゆく意識の中、フィアのその言葉を耳にしたライは、
「もう…むり…」
最後にそう呟きながら意識を手放したのだった。