日課の成果
ブルガスから東の方角に存在する街『マリアンベール』。
数年に一度の祭りを控えたマリアンベールには多くの人間が集まっていた。
そしてそんな多くの人間が行き来する大通りの端に、大通りを歩く人間を眺めるルーク達の姿があった。
「人が多いな…本当にこの中から探すのか?」
「探すに決まってるでしょ、ここで探さなきゃブルガスから一月も掛けてここまで来た意味が無くなるじゃない」
「私個人としてはこの祭りには興味があったから、最悪祭りだけでも見られれば別に構わないのよねぇ…」
「ちょっと、まさかアンタここまで来て手伝わないとか言い出すんじゃ無いでしょうね?」
「手伝おうにも、私の鳥達は生み出した途端に魔力に戻されちゃうし…足で歩いて探すなんて論外ね」
「どんだけ肉体労働が嫌いなのよアンタ…!」
というのもイザベラはこの旅が始まってから、何だかんだと理由を付けて身体を動かすような事を避け続けており、これまでイザベラの分も他の三人が分担していた。
無理してイザベラにやらせるより自分達でやった方が手っ取り早いというのもあり、今までは文句を言う事は無かったのだが、流石にここまで来て何もしないというのであれば黙っては居られない。
アリスとイザベラが睨みあい、一触即発の空気が辺りに漂う。
「まぁまぁアリスは少し落ち着いてください、こんな所で言い争っていても何も始まりませんよ」
「うっさいわね変態!アンタなんかに言われなくたって分かってるわよ!」
「イザベラ、俺達は利害が一致しているからこそ協力するために一緒に居るんだ。一人だけ何もしねぇで成果だけを得ようって言うなら俺だって黙っちゃいねぇぞ?」
「ッチ…まさか脳筋のアンタに正論を言われるなんてね、屈辱だわ」
「誰が脳筋だゴラァ!?」
「アドレアも落ち着いてください、これじゃ何時まで経っても話が進みません」
ルークの言葉に不服そうな顔をしながらもアドレアはそれ以上何かを言う事もなく大人しくなる。
大人しくなった三人の顔を順見てからルークが小さくため息を吐く。
「ふぅ…これでやっと話が出来ますね」
そんなルークの様子に三人が小声でコソコソと何事かを呟く。
「なぁ…オイ」
「言わなくて良いわよ、言いたい事は何となく分かるから」
「確かに騒いでたのも私達だし、今回ルークには非が無い事は分かってるのだけど――」
(((コイツが常識人みたいなポジションに居るのが納得行かないっ!!)))
三人がそんな事を考えているとも知らず、ルークは淡々と話しを進めていく。
「ではアリスは北区、アドレアは西区、イザベラは東区、私が西区という分担で探しましょう。イザベラは宿屋が密集している東区の担当なので探すのを早めに切り上げて宿を取っておいてください。これなら誰も文句は無いでしょう?」
イザベラは早めに捜索を切り上げられるし、他の者からしても宿を取るという役割があるなら捜索を早く切り上げた所で文句は出ない。
ルークの提案に異議を申し立てる者はおらず、四人はそれぞれマリアンベールの各所へと散らばって行った。
それから数時間が経った頃、東区を担当していたイザベラだったが未だに何の成果も上げられないでいた。
「流石にこの人混みの中で目的の人物を探すなんて無茶があるわよねぇ…」
何の当てもなく捜索した所で目的の人物が見つかる可能性が低いというのは分かってはいたが、聞き込みなんかをしようにも特徴が中年でクラックブーツを身に付けている事以外何も無く、そもそも出会った人間の足元なんてわざわざ見ている人間は居ないだろう。
捜索用に魔法で生み出した鳥を飛ばそうにも、魔法を発動させようとするとすぐさま魔力へと戻されてしまう。
結局自分の足で探す以外に手段はなく、当てもなく彷徨っていたイザベラの視界に見覚えのある後ろ姿が見えた。
「あの背中は…!」
その背を視界に捉えた瞬間、イザベラがその背目がけて駆け寄りその者の肩に手を伸ばした。
突如背後から肩を掴まれた何者かが驚き振り返り、イザベラはその者の顔を見た。
「…っ!貴方は――」
イザベラが何者かと接触する数分前の事、同じくマリアンベールの街中を歩く二人の男女の姿があった。
「ねぇライ、今日も狩りに出るの?」
「そうだよ、ここに来るまでに大分使っちゃったからね、今の内に稼いでおかないと」
二人が目指しているのはマリアンベールの中央に位置する冒険者ギルドだ。
ガダルを飛び出してからというもの、天竜の戦いの際に失った剣の代わりの購入、ブルガスの街での浪費、ここにたどり着くまでに掛かった旅費とかなりの額を消費している。
貯蓄はしていたものの、このペースで消費を繰り返していたらそう遠くない内に貯蓄も底をついてしまう。
そのため、ライは一度ここで旅費を稼ごうとマリアンベールの冒険者ギルドで手ごろな依頼を受けて旅費を稼いでいるのだ。
「そんな事しなくたって、私が居ればお金や食べ物の心配なんて要らないのに」
「いや、流石にフィアに頼り切りっていうのも何だかね…男としてちょっと…」
女に貢いで貰うだけのヒモのような状態をライは望んではいない。
対等な立場、共に旅をする仲間としてフィアと共にある事をライは望んでいるのだ。
「それに――」
「それに?」
「…何でもない」
フィアはライ以外の人間に興味がない、いや人間だけではない。
この世界に存在する全てのモノ、果てはフィア自身の事でさえ興味を持っていない事をこの旅の中でライは感じ取っていた。
もし仮にフィアに金をどうにかしてなんて言おう物なら、フィアはライの言う通り金を用意してくるだろう。
ただしその場合、フィアはライ以外の人間の迷惑を省みる事無く、そこら辺の人間から金を巻き上げるであろう事がライには容易に想像出来た。
そんな事をフィア本人に直接言う勇気もなく、ライは口を噤む。
ライを訝し気にフィアが見つめていたが、特に何を言うでもなくすぐに視線を前に戻す。
そんな時だ、突然誰かに肩を掴まれ、後ろに強く引っ張られる感覚にライが驚き後ろを振り向く。
そこには赤髪の魔法使いの女――イザベラが立っていた。
「…っ!貴方は――」
そういいながら目を見開いたイザベラの顔に、ライは見覚えがあった。
(この人、たしか天竜と派手に魔法の撃ち合いしてたSランク冒険者の…!)
何故Sランク冒険者がこんな所にとライが考えるも、すぐにルークと同じで自分を追ってきての事だろうと思い至る。
ライがどうやってこの状況を切り抜けようかと考えている間も、イザベラはじっとライの顔を見続け、ふと首を傾げながら訪ねてくる。
「つかぬ事を聞くけど、この街で貴方と同じ格好をした人間を見なかったかしら?」
「え?」
イザベラの口から飛び出した思わぬ言葉に、ライの口から思わず聞き返すように声が漏れ出した。
「貴方より大体10歳くらいは年上の人間で、クラックブーツを身に付けた中年の男なんだけど…貴方知らないかしら?」
「えーと…そんな人は見てないです、はい」
「そう…分かったわ、引き留めてごめんなさい、ありがとうね」
イザベラはそう告げると、踵を返して何処かへと歩き去って行った。
そんなイザベラの背中を呆然と見つめながらライは今の一体何だったのかと考える。
「もしかして、あの人は俺を追っている訳じゃないのかな…?」
いや、仮に追って無かったとしてもガダルであれだけの事をやったのだ。
見かけたとしてそのままスルーするとは思えない。
そもそも、さっきの様子ではライの事に気が付いていない様子だった。
ライがその事に首を傾げていると、ふとフィアの存在を思い出す。
「もしかしてフィアが何かやったの?」
「ん?何かって?」
「いや、あの人が俺に気が付かないようになんかこう…魔法でやったんじゃないかなって」
「私は特に何も――あ、いや何かしたと言えば確かにしたかも」
フィアはそう言うと突然道端にしゃがみ込み、両手を地面に付ける。
その様子をライが首を傾げながら見ていると、突然フィアが両手を付いている部分の地面が盛り上がり、長方形の板状の土くれが飛び出してくる。
フィアはその土くれをおもむろに掴むと、まるで野菜を地面から引っこ抜くかのように土くれを地面から引き抜く。
引き抜かれた板状の土くれは見る見る内にその姿を変え、気が付けば光沢を放つ綺麗な鏡へと変化していた。
「………」
その光景に口を大きく開けて唖然としてるライに向かって、フィアが両手に持った鏡を突き出す。
鏡に映った自分の顔をみて、ライは口だけでなく今度は大きく目を見開いた。
そこにはライ自身の顔が映っていた。
ライの記憶にある自分の顔と一切違わない顔。
ただしその記憶というのは"十年以上"も昔の記憶の話だ。
ライの目の前に突き出された鏡に映っていたのは30代のライの顔ではなく、誰が見ても20代にしか見えない若かりし頃の自分の姿があった。
「え…?なにこれ、どうなってるの!?」
自分の顔を両手でペタペタと触りながら、鏡に映る自身の顔を確認する。
「一体いつから…」
「いつからその顔になってたかって聞かれると…この街に到着した頃には既に今の顔になってたよ?」
「一週間も前じゃないかそれ…一体何をしたんだフィア?」
「何って、毎朝やってる事だよ」
「毎朝…?あ、まさか!?」
フィアのその言葉にライが何かに気が付いたような表情を浮かべる。
そんなライの考えを肯定するようにフィアが言う。
「そう毎朝太陽で細胞が死滅するまで顔面を焼いて、その度にあの水に顔を付けてを繰り返した成果だよ」
「やっぱりそれか…!いや、だとしてなんで若返ってるんだ?」
顔の細胞が死滅するまで焼かれて、あの水によって細胞が再生し新しくなるというなら分かる。
だが、細胞が新しくなった所で顔が若返るというのは理屈の通らないとライは考えた。
ならば、あの水が特別な物なのだろうか?。
あれだけの傷を一瞬で癒してみせたのだ、ただの水ではないだろう。
「前から聞こうとは思ってたんだけどさ…あの水って何?」
「あれは北東にある森の中にある湧き水だよ、その森には長寿の種族が住んでるんだけどライは知ってる?」
「あー…普通の人間と比べて、見た目が若くて長寿な種族が居るって話は聞いた事あるけど…何でも肉体的には人間と変わらなくて、そのため色んな研究者や長寿を望む貴族なんかがその秘密を探ろうと躍起になってるっていう――まさかフィア」
「うん、その長寿の秘密があの水、ちなみにその種族が使用するのは川の水と混ざり合って薄くなったもので、ライが毎朝顔を洗っていた物は水と混ざり合う前の源泉そのものだよ」
「おぉう…」
唐突に告げられたその真実にライが頭を抱える。
研究者や貴族が躍起になって嗅ぎまわっている秘密を知ってしまったとか、若返りなんて知られたら色んな人間から狙われるのではないかという考えが頭を埋め尽くす。
ただでさえ天竜の一件で変なのに後を付けられているのだ。
これ以上厄介事は御免だと、ライはこの事実を墓場まで持って行く事に決めたのだった。