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二人で行く世界

ルークを窒息させたまま、一刻も早くあの変態から離れるべくブルガスの街を駆け抜けながら、ライが先程の事を思い出して口を開く。


「あんなのがついて来てたなんて聞いてないよ!何で教えてくれなかったんだフィア!」


ライはフィアに視線を向ける事無く、人とぶつからない様に前方に意識を集中させながらフィアに問いただすも、フィアからの返事はない。


「……………」


フィアはライの問いに答える事なく、ライの脇に抱えられたまま呆然と前方を眺めていた。


(さっきとは全然違う…)


ライが駆け抜ける程に視界から得られる情報がどんどんと切り替わって行く。

フィアを抱えながら走るライの姿に驚く人間の表情、道の両端に建つ様々な建物、色んな情報がその一瞬事に変化していく。


視界に映った物しか知覚出来ない癖に、一度視覚に入ってしまえば余計な情報でも全てを拾ってしまう。

それは世界(自分)の全てを見通し、情報の取捨選択が出来るフィアにとって煩わしい物でしかなかった。


でも、何故だろう。

今はそうは感じなかった。


視界だけではない、肌を撫でる冷たい風の感触、先程までは酷く不快に感じていたはずなのに今は頬を撫でるその感触が心地よかった。


そして――


(暖かい…)


フィアを抱えるライの体温。

ライと触れ合っている部分からフィアの身体だけではなく、心まで温めるように熱が広がる。

先程まで感じていた煩わしさなど吹き飛び、暖かな気持ちだけがフィアの中を満たしてゆく。


今日一日中、ライを追い掛け回していた時には一切感じなかった感覚。

一人ぼっちの時には感じなかった感覚。


(ライと一緒だから?)


抱えられたまま、フィアが顔をあげライの顔を見る。

ライは前方だけを見据え、フィアのその様子には気が付いていないようだった。


フィアは視線を再び前方に戻すと、移り変わって行く景色を眺める。

道行く人々が人混みを掻き分けるように走るライを、そして脇に抱えられたフィアを見て様々な表情を浮かべていた。

驚き、興味、疑心、様々な表情がそこにはあり、どれ一つとして同じ物はない。

自分達に向けられるその視線が、なんだかこそばゆくて、それでいてなんだか可笑しくて、思わず笑みがこぼれる。


「ライ!」

「何!?」


人混みの中を人にぶつからないように急いでいるためか、目の前に集中していたライはフィアに視線を向ける事も無くそう返す。

そんなライの様子を気にした風もなく、フィアが笑みを浮かべたまま言う。


「”楽しい”ね!」


唐突なフィアのその言葉に、ライは一体何を言っているのかと疑問を浮かべながらチラリとフィアの様子を見る。

クスクスと笑いながら、目を輝かせて周囲を見渡すフィアのその様子がなんだか微笑ましくて、自然とライの頬も緩みだす。


「あぁ…そうだね!」


ライがフィアを抱える腕に少しだけ力を込め、しっかりとフィアを抱きかかえる。

先程よりも体が触れ合い、互いの体温がハッキリと伝わってくる。


何故フィアがそんな事を思ったのか、ライには良くは分からない。

でも、楽しいという感情だけはライにも良く分かった。


あんな変態に追われて、大変だし嫌だと思ってる。

そんな事でも、フィアとこうして居るだけで不思議と楽しい出来事へと変わってしまう。

感情というのは理屈ではないのだ。


互いに笑みを浮かべながら二人はブルガスの街を、世界を歩いて行く。

この先に待ち受ける出会いも、別れも、困難でさえ楽しさへと変えながら、二人は共に歩んで行く。


この旅が終わる、その時まで。













「うわっ、なによこれ」

「見事に顔が真っ青ね」

「一体何があったってんだ…」


ライ達が広場から離れてから数分後、その広場の端にあるベンチの側にルークを含むアリス達Sランク冒険者の姿があった。

地面に倒れ込むルークを囲むように三人が立ち、青い顔で口をパクパクとさせるルークを見下ろしていた。


「これって酸欠状態って考えて良いのよね?なんでルークは陸で溺れた人間みたいになってるのかしら…興味深いわね」

「そんな事言ってる場合かよ!このままじゃマジでルークが死ぬぞ!?」

「そう言われてもねぇ…いくら私が魔法に長けているって言っても流石に出来る事と出来ない事があるわよ」


イザベラがそう言いながらも地面に倒れたルークに顔を寄せ、状況を分析していく。

そしてイザベラがルークの顔の付近まで顔を寄せた時、何かに気が付いたのか鼻を鳴らす。


「ん…?ルークの顔の周辺だけ空気が可笑しい?」

「どういう事?」

「空気はあるんだけど…なんだか吸ってる感じがしないというか…空気であって空気じゃないというか…」

「なんだそりゃ?」


イザベラの言葉に疑問符を浮かべていた二人も、イザベラと同じように屈みこみルークの顔の辺りで鼻を鳴らす。


地面に倒れ伏す人間に顔を寄せ、三人の人間が鼻を鳴らすその姿は異様な光景だった。


「ねぇお母さん、あの人達は何してるの?」

「しっ!気にしちゃいけません!ほら、早くあっちに行きましょう」

「あれは黒魔術的な儀式か何かなのか?」

「なぁおい、あれ通報した方が良いんじゃねぇか?」

「通報もそうだけど倒れている人も居るんだし医者を呼ぶのが先じゃない?」


遠巻きに見ていたブルガスの街の住人達がそんな事を話しあっていたが、当の本人達はその事に気が付く事なく話を続ける。


「本当ね…空気を吸ってる感覚はあるのに、空気を取り込めてる気がまるでしないわ」

「吸っても吸っても呼吸が苦しくなる一方だな…一体どうなってやがる」

「本当に不思議ね…研究の為にこの状態を暫く維持出来ないかしら」

「鬼かてめぇ、一刻も早くルークをどうにかしねぇと本当に死んじまうぞ」

「じゃあどうしろって言うのよ、人工呼吸でもしろって言うの?」


イザベラのその言葉で、三人の視線がルークの顔に集中する。

顔は真っ青に染まっており、目の焦点は合っておらず、大きく開かれた口からは顔と同じく真っ青になった舌が飛び出ていた。


「コレに人工呼吸するなんて死んでも嫌よ」

「私もアリスと同意見ね、流石にコレは無いわね」

「お前らには人の心がねぇのかよ!?」


アドレアはそう叫んだあと、ルークの顔を一瞬だけ見た後、両手で膝を叩き覚悟を決めたように言う。


「仕方ねぇ…お前らがやらねぇってんなら俺がやる!」

「ちょ!?アンタ正気!?」

「変な病気移されても知らないわよ?」


好き勝手言っている二人をスルーして、アドレアは地面に倒れるルークの顔を覗き込む。

ルークは既に呼吸をしておらず、あの空気を吸っているのか興奮しているのか分からない息遣いも完全に止まっていた。


アドレアが意を決した様子で、ルークの顔に少しづつ顔をちかづけて行く。


アリスが、イザベラが、ブルガスの街の住人が見守る中、アドレアの唇がルークの唇に触れそうになったその時、焦点が合っていなかったルークの瞳に光が宿り、呼吸を再開する。


「コォォォォォォォォ…」


大きく、深くルークが空気を吸い込み、やがてルークの肺が空気で一杯になったのではというタイミングで呼吸が止まり、その状態でルークの動きがピタリと止まる。


「ル、ルーク?」


その様子を一番近くで見ていたアドレアが恐る恐るといった様子でルークに声を掛ける。


「…ん」

「ん?」


ルークの口から洩れたその言葉にアドレアがオウム返しのように聞き返した次の瞬間、


「んもぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!」


突如ルークの口から大音量の絶叫が響き渡る。

酸欠状態だったルークの全身に酸素が供給され、まるで電流を全身に受けたかのような衝撃と共に手足に感覚が戻ってくる。


「あぁ!!ああぁぁあ!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


身体の感覚も、意識も、命さえ失いかけたギリギリの状態からの生還。

全身を貫くその感覚に思わず身体を海老反りにしならせながら、ルークが歓喜の叫びを上げる。


身体を限界までしならせ、歓喜の叫びを上げるその姿にその場に居た者全員が無言のまま引いていた。

やがてルークの叫び声が小さくなると同時に、限界までしならせていた身体もビクビクと小さく痙攣しながら力なく地面に倒れる。


「一体コイツは何処までSランク冒険者としての誇りを汚せば気が済む……ん?」


恍惚の表情を浮かべなるルークを蔑みの目で見下ろしていたアリスが、不意に何か匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす。


「何かしらこの匂い…なんか生臭いような…イカみたいな匂いが――」


アリスがそう口にした瞬間、アドレアとイザベラがルークが俊敏な動きでルークから距離を取り、大声を上げる。


「マジか!?ルークお前マジなのか!?」

「アリス!早くその変態から離れなさい!!」

「え?な、何?なんなの一体?」

「あへぇぇ…」


ドン引きするアドレアにアリスを呼び戻すイザベラ、まるで状況を把握していないアリス、そして恍惚の表情を浮かべたままビクンビクンと震えながらも欲望を吐き出し続けるルーク。

この混沌とした状況は住人の通報で駆け付けた兵士がやってくるまで続いた。





後日、イザベラからあの匂いの正体を聞き羞恥と怒りで顔を真っ赤にしたアリスによって、暫くの間ルークは命を狙われ続ける事になるのだった。

最後は短めですがこれでブルガスでのお話は終了です。

もうちょっとほのぼののんびり、ネタも多めでやりたかった…けど序盤に色々説明しようと思ったらなんだか真面目感が出てしまった。


次からはもっとはっちゃけて!と思ってますが、多分そうは行かない。

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