一緒に
申し訳ございません、翌日と言っておきながら遅れてしまいました。
シリアスな内容書いてるとドンドン想定以上にシリアスな内容が濃くなって結果時間が掛かるという…。
後はリアルの仕事の忙しさと想定外のトラブルで途中で書き直しが入ったためというのもあったりしました。
皆さんも唐突なブラウザの停止とBackSpaceキーの誤爆には気を付けましょうね(戒め)
夕暮れ、ブルガスの街の広場にあるベンチに一人腰掛けるフィアの姿があった。
手の中にはすっかり冷めてしまったブーカが握られ、顔は俯きその表情は良く見えない。
「何やってるんだろうなぁ…私」
誰に尋ねるでもなく、自分に問いかけるようにポツリと呟く。
そこにはライを追いかけていた時のような感情の色は見えない。
不気味と言える位に感情の見えないその姿は、まるで精巧な人形ではと疑う程だった。
「ライのためにって、人の真似事なんかして…」
一緒に居たいというライの願いを叶えるため、フィアなりに考えての事だったが、その結果は散々な物だ。
普通であればもっと違う方法も考えつくのだろうが、フィアは今までライ以外の人間と話したことも無ければ、人間と接する機会も皆無であり、そのため自分自身から声を掛けるという考えに至らなかったのだ。
フィアは無言のまま、手の中に収められたブーカに視線を落とし、おもむろにかぶりつく。
「ん………」
冷めてしまったブーカは葉野菜と肉汁やソースによってパンが湿気っており、葉野菜の萎びてシャキシャキとした食感も失われていた。
顔色一つ変えずにフィアはブーカを食べ続ける。
「ライは幸せそうな顔してた…あれが美味しそうに食べるって事なのかな…?」
ライの顔を思い浮かべながら、フィアは無意識に自分の頬に手を当てる。
ライと同じ物を食べているはずなのに、フィアの表情に何の変化もない。
それもそのはずだ。
初めて物を食べたフィアは、それが美味しいのか不味いのかの判断を付けられないのだ。
フィアにとって食べ物も人間や魔物と同じ、自身を構成する一つの要素でしかない。
人とは違い、世界であるフィアは五感で物を見たり、感触を覚えたり、音を聞いたり、味を感じたり、匂いを嗅ぐ事はない。
フィアは世界に存在する全てを”情報”という形で読み取り、それを機械的に処理する事でその存在を知覚するだけだった。
その行為に何か特別な感情が湧く余地など有りはせず、機械的に情報を読み取り、機械的に処理をする。
人の身を得た今でも、それは何ら変わりない。
味覚というフィルターを通したとしても、結局はそれが情報である事に変わりない。
甘くて、辛くて、しょっぱくて、ただそれだけだった。
そこに”美味しい”という情報も”不味い”という情報は存在しない。
それらの物は物を食べた人間の感情から発生する物であり、食べ物に含まれる情報ではないからだ。
甘くて、辛くて、しょっぱい…今まで感じたことのない味覚という未知の感覚。
これが美味しいという事なのだろうか?。
(分からない…)
物を食べたのに、ライのように笑顔になる訳でもない。
ならばこれが不味いという事なのだろうか?。
(分からないよ…)
混乱する思考を振り切るように、残ったブーカを一気に口に詰める。
味わうためではない、人間が生きるのに必要な栄養を確保する、ただそれだけの行為だった。
従属栄養生物が生きるために体外から栄養を摂取するというのなら理解できる。
だがその行為に美味しい、不味いという感情が付きまとう事がフィアには理解出来なかった。
人は物を食べ、対外から栄養を摂取しなければ生きられない。
だからこそ物を食べるのであり、それは生存するために必要な行為だからだ。
なのに人はそこにそれ以外の物を見出し始めた。
ただ生きられればそれでいいのに、それだけで十分なはずなのにだ。
何故人は余計な物を求めるのだろうか?。
その結果、不味ければ食べ物を捨て自ら栄養を摂取する事を拒絶する。
決して合理的ではない、それ所か本末転倒とさえ言えるその行為に一体何の意味があるのだろうか?。
(分からない…私には何も)
思考が深みに嵌り、考えすぎたのか頭がズキズキと痛み出す。
(身体が重い…指先が震える…)
人の身から与えられるその不快感にフィアが顔を歪める。
少し考えただけでこの様とは、人の身というのはなんと煩わしい物なのだろうか。
視界がチカチカと明滅し、耳鳴りが聞こえ、冷たい風が身体を冷やす。
「寒い…」
自身の身体を抱きながら、フィアが丸まるように身体を竦める。
そんなフィアの背後に立つ人影があった。
人影はベンチの後ろからフィアに向かって手を伸ばす。
手には紙で包まれた物が握られており、人影はそれをフィアの頬におもむろに押し付ける。
「ひゃぁ!?」
突如頬に感じた感触と熱にフィアが素っ頓狂な声を上げる。
顔をあげたフィアが何事かと顔を左右に振り辺りを世話しなく見渡す。
そんなフィアの様子に背後に立つ人影は笑いを堪えきれず、噴き出してしまう。
「ぷっ…!くふふふ…!」
「っ!」
その声に反応したフィアが勢いよく背後に振り向き、自身の背後に立つ人影の存在に、その正体に驚きの声を上げる。
「ライ!?」
「その声…やっぱりフィアだったのか」
ライのその一言で、声を変え忘れていた事にフィアは気が付きハッとしたような表情を浮かべる。
そんなフィアの様子にライは苦笑いを浮かべつつフィアの隣に腰掛ける。
「なんで声を掛けてくれなかったの?無言で何処までも付いて来るから幽霊か何かと勘違いしてたよ」
「う…だってそれは…」
「まぁ、別に何だって良いんだけどね…それよりほら、これでも食べよう」
そう言ってライは両手に持っていた包みの内の片方をフィアに差し出す。
「これは?」
「さっき屋台で買った食べ物何だけど、とっても美味しかったんだよ」
「あ…」
ライの話を聞きながらフィアが包みを開くと、そこにはさっきも食べたブーカが入っていた。
「フィアも絶対気に入ると思うからさ、食べてみなよ」
「ライ…私は――」
物を食べた所で美味しいという感情を感じる事は無い、そう言いかけて途中で口を閉じる。
楽し気な表情を浮かべるライの姿にフィアはそれ以上何も言えなくなってしまったのだ。
「どうかしたの?」
「ううん…何でもない」
そう言ったもののフィアの表情は何処か陰鬱な物だった。
そんなフィアの様子にライはフィアを元気づけようとする。
「そんな顔してないで、ほらさめないうちに食べよう?せっかくフィアと一緒に食べるために買ってきたんだからさ」
「私と…一緒に?」
その言葉に反応しフィアが顔を上げてライの顔を見て、次に手の中にあるブーカを見る。
「うん、だから一緒に食べよ」
「一緒…」
フィアはそう呟くと、手の中にはるブーカにかぶりつき、それを見てからライも同じようにかぶりついた。
先に一口かぶりついたフィアが驚いたように少しだけ目を見開く。
(さっき食べたのとなんだか違う…?)
咀嚼しながら何が違うのかを考える。
甘いのも、辛いのも、しょっぱいのも違いはないはずなのに先ほどとは違う物のように感じる。
それだけではない、パンは湿気ってないし葉野菜も萎びておらずシャキシャキとした食感があり、肉も熱々で柔らかい。
その違いにフィアが首を傾げた後、自分と同じようにブーカを食べているライを横目に見る。
ライは最初にブーカを食べた時と同じように幸せそうな顔をしながらブーカを食べていた。
そんなライに倣うようにフィアももう一口かぶりつく。
最初に食べたブーカに比べて、漠然とだが”良い”とフィアは感じていた。
何故良いと感じたのかはフィア自身分かっていなかったが、自然とブーカを口に運んでしまう。
そしてふと自分の頬に手を添える。
最初にブーカを食べた時は何の変化も無かったのに、今はライと同じように頬が自然と緩んでいた事にフィアが気付く。
そんなフィアの様子に気が付いたのか、ライが声を掛けてくる。
「どうだった?その様子だと気に入ってくれたかな?」
ライのその問いに、フィアは即答する事が出来なかった。
食べ掛けのブーカに視線を落としてから、フィアが呟くように答える。
「あのね…ライ、正直言うとね…分かんないんだよ」
「分からない?何が?」
顔を上げ、ライの顔をみながらフィアは先程言いかけてやめた言葉を言う。
「美味しいっていうのがどんな物なのか、食べ物なんて初めて食べたから…これが美味しいのか私には分からないの」
悲し気に言うフィアのその姿に、その言葉にライは何も言えなかった。
自分が良かれと思ってやった行動はフィアを困らせただけだったのだろうか?。
ライがそう考え何かを言おうとした時、フィアがそれを遮るように言葉を続ける。
「でもね、分かった事もあるんだよ」
「分かった事?」
「うん、実はさっき同じ物を食べたばっかりだったんだ。初めて食べ物を口にしたけど…正直何とも思わなかった、人が栄養を得るために行う手段の一つくらいにしか思えなかった」
先程の事を思い出しながらフィアが続ける。
「なんで人は美味しさを求めるのか、その行為に一体なんの意味があるのか…考えたけど全然分からなかった…でも――」
一拍置いてからゆっくりとフィアが口を開く。
「ライが”一緒”が良いって言った意味が分かった気がするんだ。こうしてライと肩を並べて、同じ物を食べて…ただそれだけの事なのにそれがとっても心地よくて…自然と頬が緩んで…」
「フィア…」
「これがライやあのお爺さんが言っていた”一緒”なんだね…ようやく分かった気がする」
フィアはそう言った後、それ以上言葉を続ける事はなく、二人の間に暫しの沈黙が続いた。
そんな時、沈黙を破るようにライが口を開く。
「フィアはブーカを食べてさ、どう思った?」
「どうって…だから私には美味しいかどうかは――」
「違う違う、美味しいか不味いかじゃなくて、例えば味が濃いとか食べ辛いとかさ、そんなので良いんだよ」
突然のライのその質問の意図が読めず、困惑とした表情を浮かべたフィアだったが、素直にライの質問に答える。
「そう…だね、初めて食べ物を食べたからかもしれないんだけど…なんだか味が凄く濃く感じて、もうちょっと薄くても良いんじゃないかなって思った…かな?」
「ふむふむ…フィアはこれよりは薄味の方が良いって事だね?」
「そうなるのかな?…ねぇライ、この質問に一体何の意味が」
フィアのその問いにライが答える。
「ほら、これから旅をするんだしさ、旅の目的ってのは有った方が良いでしょ?」
「…?それが今の質問と一体何の関係があるの?」
「フィアが美味しいって思えるものを見つけられたらなって思ってさ」
ライのその思いがけない言葉に、フィアは唖然とした表情を浮かべながら訪ねる。
「ライはそれで良いの?そんなのが旅の目的で」
「別に構わないよ、それにマゲット爺さんも言ってたでしょ旅を楽しめって、俺はこうしてフィアと一緒に居るだけで楽しいんだ」
そう言ってライは屈託なく笑みを浮かべる。
ライのそんな言葉にフィアはまたも自分の頬が自然と緩むのを感じていた。
それから二人はブーカを食べながら他愛無い話に花を咲かせる。
特別な事は何もない、ただ一緒に居るという事実を噛み締めながら。