不覚
あの巨体を肉の一片になるまで切り刻む。
そう決めたライだったが、ライの体力を考えても残された時間は後十分を切っていた。
戦闘の流れ次第では大きく体力を消耗する可能性があり、その十分というのもあくまで最大値でしかなく、実際のところはその半分程度と見積もるべきだろう。
故に
「はぁッ!!」
そこからのライの行動は早かった。
対峙して即踏み込みと同時に剣を振り抜き、両腕を斬り飛ばし、胴体に蹴りを喰らわせてバランスを崩した後、両脚を切断し、達磨になった胴体を削るように斬り刻む。
斬り飛ばした両腕は再生する前に砂塵と消えたが、両脚は砂塵になる前にくっつき、再生してしまう。
「本体から遠くに切り離さないと駄目って事か。それなら」
両脚をくっつけ、立ち上がったソレにライは再び斬り掛かる。
まだ両腕は再生しておらず、斬り飛ばすとしたら頭部か両脚のどちらかだ。
(斬り飛ばすとしたら、両脚よりも頭部!)
最も高い位置に存在する頭部が最適だと判断したライが頭部を切断すべく、ソレの首めがけてエクレールを横薙ぎに振るう。
確かな手ごたえと同時に首から頭部が切り離される。
胴体から離れて行く頭部、しかしライはその頭部の後ろにある物を見て目を剥く。
「あれは!?」
頭部の後ろと首筋の裏を繋ぐように、アーチ状になった肉が胴体から離れようとしていた頭部を繋ぎ止めていた。
「カハハハ、ムダ、ムダ」
ソレは頭部を接着すると、ライを嘲笑うように身体中の至る所にアーチ状の肉を作り出していく。
「……それがどうした。多少驚きはしたけど、それごと絶てば良いだけだろう!」
そう、それだけの話なのだが、そのそれだけが非常に厄介だった。
今までは剣先で相手のアウトレンジから武器である両腕を切断し、攻撃手段を奪ってから接近していたライだったが、アーチ部分まで切断しなければならない以上、今までと同じところまで切断しようと考えるとさらに踏み込まねばならず、そこはもう相手の間合いに入ってしまう。
(反撃を受けないように攻撃するにはもっと腕の先の方を狙う必要がある。でもそんな悠長な事をしてる余裕はない)
エクレールを一振りする毎に、相手の始源と自身の始源が相殺し合う為、その度にエクレールに纏わせる始源を補充する以上、体力の更なる消耗は避けられない。
(一振りで最大限削らなければ、相手の身体よりもこっちの体力が先に尽きてしまう。だったらやる事はただ一つ)
覚悟を決めたライが、地面を蹴って相手の懐深くに飛び込む。
狙いは両の肩口、両方斬り飛ばせればかなりの肉を削り取る事が出来る。
しかし異様に長い両腕を持つソレの肩口にライの剣先が届くまで接近するという事は即ち
「カァッ!!」
相手に攻撃を許す事になる。
高密度の始源を纏った刃がその身を粉微塵にし、肉を溶かさんと迫り来る。
例え攻撃を躱せたとしても、ソレが纏う始源は容易にライが纏う始源を削りきり、ライの身体まで達するだろう。
「チィ!」
故にライはその攻撃を紙一重では躱さず、右腕の刃から離れ、ソレの左側へと回り込むように横に飛んで躱す。
そして側面に回り込んだライが無防備なソレの左の肩口めがけ剣を振り抜き、左腕を斬り落とした。
(よし!)
内心歓喜の声を上げるライだったが、しかしそう簡単にはいかない。
グジュ。
ライが斬り飛ばした左腕が砂塵と還る前にソレが右腕の刃で己の左腕を貫いた。
「モッタイナイ、モッタイナイ」
ソレがそう繰り返すように呟くと、左腕が溶け、右腕の刃に吸い込まれるように消えていき、斬り落とされた肩口から再び左腕が生えてくる。
「コレデ、モトドオリ」
そう言いながらソレが再生した左腕をライに見せつけるように掲げる。
確実に知性を身に付けつつあるソレにライは冷や汗をかく。
実際には知性を身に付けているのではなく、取り戻しているというのが正しいのだが、ライにとってそんな事は些細な事だった。
問題なのは知性を持った者が始源の力を手にしているという事実だ。
この旅の間でライは散々始源に助けられてきたし、その力の利便性、危険性も重々承知している。
そして始源を悪意ある者が手にした時、それがどれだけ危険な事なのかもライは良く理解していた。
何せその一例を過去にまざまざと見せつけられた事があるのだから。
(マリアンベールで起きたような悲劇をこれ以上生む訳にはいかない)
始源によって不老不死となり、以後魔窯の動かす為の燃料として生き永らえさせられた人々、この身に受けた凄まじい憎悪、それを覚えているからこそライは奮い立つ。
時間が経つほどにライの体力は削られ、ソレは知性を身に付けていく。
悪化していくばかりの状況、だからと言って諦める訳にはいかなかった。
(例え、刺し違える事になったとしても――!)
その決意に呼応するようにライの全身から始源が漲る。
残りの体力など知った事か。
もはや生還など考えず、ただ目の前の敵を滅する為に命を賭ける。
体力が尽きたのなら肉を、骨を、血の一滴までも絞り尽くして始源を産み出せ。
それすら尽きてしまったのなら、魂さえも始源に燃べよう。
どのみち目の前の怪物を倒せなければ命はない。
ならば躊躇う意味もない。
ライが決意を固めていく程に全身から漲る始源はその密度を増して行く。
怪物の肉体はあの禍々しい始源に触れている限りは何度でも再生し続けてしまう。
しかし一度始源から離れれば、数秒と持たず砂塵へと還る。
ならばその数秒間、相手の始源を消し飛ばす事が出来れば、例え根源である始源を滅する事は出来なくても、肉体だけを滅ぼす事は出来る筈だ。
果たしてそれが吉と出るか凶と出るか、もしかしたらタチャのように魂だけの存在となるだけで、結局のところ何も変わらないのかもしれない。
それでも倒せる可能性があるというのなら、何もしないよりはマシのはずだ。
「行くぞ」
その言葉と共にライが一歩踏み出す。
至近距離で始源を解き放つ為に、ゆっくりと近づく間にもその身から迸る始源の勢いを増しながら、ライがソレとの距離を詰める。
一見して慎重に、冷静に距離を詰めているようにライだったが、実際はそうではない。
体力が残り僅かだった状態でこれ程の始源を絞り出している今、ライは意識を保つのも精一杯という状況だった。
一瞬でも気を抜けば纏った始源と共に意識も霧散してしまうだろう。
限界ギリギリ、余裕など一切ない。
故に何時ものように二手三手先を考える余裕などあるはずも無く、この結果は必然だったのかもしれない。
「キヒ――」
にじり寄って来るライを前に怪物が不気味に口を歪め、笑ったと思った次の瞬間、ソレの頭部が胴体に飲み込まれる。
予期せぬその行動にライが歩みを止める。
飛ぶ寸前の意識で、辛うじて危険を察知し、怪物の間合いに入る事を躊躇ったのだ。
その行動に間違いはなかった。
しかし十分ではなかった。
怪物が頭部を飲み込んだ意味を、その飲み込まれた頭部の肉が何処に回されるのかを考える余裕さえも無い以上
ブォォン!!
「ア゛、ガァ――!?」
頭部の肉を使って腕を伸ばし、鞭のように振るわれた攻撃を躱す事などライには不可能だった。
ライの脇腹に怪物の左腕が深々とめり込み、怪物がそのまま腕を振り切るとライの身体は暗澹たる始源の靄の中へと吹っ飛んでいく。
何度も地面を転がり、全身を強く打ち付けた後、ライの身体は壁に激突してようやく止まった。
「ぁ……ギ……」
先程まで繋ぎ止めるのに必死だった意識も、今は襲い来る激痛によってハッキリしていた。
全身を始源で守っていたおかげで始源に寄る変質は間逃れたが、しかしライの始源には物理的な防御力など存在しないため、モロにその一撃を受けてしまった。
棍棒のようになった左腕で強打された右の脇腹の肉は完全に抉り取られ、内臓が零れ落ちていくのを感じる。
どう足掻いても致命傷、助かる見込みは無い。
今まで全身を纏っていた始源も今の一撃で完全に霧散し、この禍々しい始源から身を守る術も無い。
痛みでハッキリしていた意識も、痛みを感じなくなるにつれて薄れていく。
始源に犯されていく皮膚の感覚や、零れ落ちた内臓が禍々しい始源に犯され、独りでにのたうち回るのを感じる。
(俺も……あんな風に、なるのかな……)
薄れゆく意識の中で、ライは雄叫びをあげる怪物を見つめ、ゆっくりと目を閉じ――意識を手放した。
はい、ライさんかつてないくらいのピンチです。
当初この作品執筆始めた時はライに与えられた力の設定的に他の主人公と比べてお気楽にするつもりだったんです。
苦戦するのはラスボス戦くらいだけで、それ以外は基本的にフィアが何だかんだ助けてくれたり、自力で大体解決しちゃうくらいのつもりだったんですけどね。
元からついシリアスに寄るタイプではありましたが、最近シリアス濃いめの作品執筆してるせいで余計にシリアスに引っ張られてる感じは凄いします。