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蒼き闇の中へ

街の北側に進む程、人の姿は無くなって行き、街の北側を覆う始源のすぐ傍まで来た時、ライがふと足を止める。


ライが足を止めた理由、それは始源の靄のすぐ傍の地面に大量に謎の人型の物体が転がっていたからだ。


それぞれ一つ一つに統一性は無く、ドロドロに溶けかけているものや岩のような硬質を持つもの、植物のようなものまで様々であった。

唯一共通してるのは胴体と思われる部位から伸びた四つの節と頭部と思われる部分だけであり、辛うじて人のような形をしたものだった。


「これは一体……」


こんな魔物は今まで見た事もない。

これの正体は一体なんだとライが頭の中で考えを巡らせていると、始源の中から一体の人型が現れる。


生きた個体を目の前にし、ライが剣を構える。


一歩、二歩、三歩、着実にライに向かってくるソレは歩を進める毎に動きを鈍らせ、ライの元までたどり着く前に倒れ伏す。


「死んだ、のか……?」


勝手に倒れ込んだ個体に慎重に近づき、確認するもどうやら本当に死んだようだ。


「この周りに倒れている全部がそうだとするなら、始源の中でしか生きられないって事か?」


そうだとするのなら、この中には生きたコイツらが彷徨っているという事になる。


これだけ濃い始源の靄の中では視界の確保も儘ならず、その中で得体の知れない何かを相手にするというのはかなり危険な行為だというのはライも理解していた。


理解はしていたが、かといってこのまま放置して解決するような問題でもないだろう。


「とりあえず、この始源がどの程度の力を持っているのか調べないと」


そう言いながらハジメは腰に付けていたベルトから投擲用の短剣を一本引き抜き、刃身を始源の中へと差し込む。


数秒待ち、ライが靄の中から短剣を引き抜くと鈍い光を放っていた短剣の刃身は妙に細長い何かの植物の葉っぱのような物へと変化していた。


「触れた物を別の物に変えられるくらいの力はあるって事か」


しかしその変化も劇的な物ではなく、ある程度の原型は留めている。

だとすれば始源の力を有してはいるが、その力も純粋な始源と比べるとかなり劣化してるのが窺い知れた。


「原型が残る程度の変容……だとすれば――」


ライは地面に転がる人型の者達に視線を落とす。


「……やっぱりこのまま放置は出来ないな」


今でこそ靄は街の北側だけを覆っているが、これがアンシャ全体まで、もしくはその外側までその範囲を広げないとも限らない。


ならば迅速に対処すべきであり、今この場で始源についてどうにか出来る人間が自分以外に居るとも考えられず、ライは覚悟を決める。


「すぅ……ふぅ……」


深く深呼吸をし、全身から始源を漲らせ、始源の靄の中に左腕を入れる。

自身の始源によって守られた左腕が変容しない事を確認し、ライはそのままゆっくりと靄の中へと入って行くのだった。








闇のように暗く、濃い始源の中は予想以上に視界が悪く、ライの持つ純粋な始源が発する光のお蔭で自分の身体だけはハッキリ見る事が出来たが、それ以外の一切は何も見えなかった。


「これじゃあ前に進めない……だったら」


体力の消耗は極力抑えたかったが仕方ないと、ライは始源に意識を集中させ、嘗て何度かそうしたように内側に眠る始源を周辺に放出する。


ライの身体から放たれた光輝く始源は暗い闇を湛える始源を押し流し、周囲の状況を明らかにするも、淀んではいても相手も始源、十メートルも視野を広げた辺りでライの始源の放つ光は闇に飲み込まれてしまう。


「今の放出でこの程度か……。少しやり繰りしないと目的地にたどり着く前に体力が尽きるな」


身の毛がよだつような始源の中に居ても尚、感じ取る事が出来るこの始源の源泉、そこを目指してライは歩みを進めて行く。


歩を進める中でライは今まで自分を中心に円系に放っていた始源を進行方向である前面にだけ放つように調整しながら、体力の消耗を抑える術を少しずつ学習していった。


どの程度の力で、どれくらいの量の始源を放てばより無駄なく効率的に体力と始源を運用できるのか。


そう試行錯誤を繰り返す中、当然何度もあの人型の者と遭遇したが、始源が無ければ生きられないというライの推測は正しかったようで、ライが暗い始源の靄を吹き飛ばすと人型の者も支えを失った人形のように崩れ落ちていく。


「やっぱり元人間、なのか……?」


崩れ落ちた人型を見てライが悲痛な表情を浮かべていると、背後から何者かの足音が聞こえる。


「っ!?」


背後に接近されていた事に気付いたライが咄嗟に前に飛び、振り向き様に始源を放つ。

咄嗟に放った始源は闇を多く払いのけ、ライが通って来た数十メートルの範囲を露わにする。


「これは……」


そこに居たのは数十体は下らない大量の人型であった。

一体何時の間にこれ程の数の人型が背後に接近していたのか。


その出所を探るライは不意に背後を振り向く。


先程押し広げた始源の靄が元通りになり始め、倒れ伏した人型にその靄が掛かった瞬間、人型の身体ビクリと跳ねる。


「そういう事か」


始源を失った人型は死ぬわけではなく、ただ一時的に活動出来なくなるだけ、要は電池切れのような物であり、再びその身体に始源が宿ればまた動き出す。


ライの背後に現れた人型も別に何処からか湧いて来た訳でも無く、ライが無視して通り過ぎてきた人型が再び起き上がってライを追いかけてきただけに過ぎない。


何故ライを追うのだろうか?。


そんなもの、考えるまでも無く決まっている。


再起した人型が植物の蔓の様になった右腕を振り上げ、ライめがけて振り下ろす。


「やっぱりか!」


間違いない、自分を殺しにやって来たのだと確信したライはその一撃を横に飛んで躱し、その場から急いで離脱する。


例え自分を殺そうと襲い掛かって来る存在であっても、あれが元はただの一般人であると考えるとどうしても剣を向ける気にはなれなかった。


幸い人型の移動速度は遅く、駆け足程度でも振り切る事が出来た。


急ぎ足で目的地に向かうライを背後から何者かが追いかけてくる足音が聞こえる。

二足歩行の生き物の足音ではない、明らかに四足歩行の足音にライは背後を振り返る。


それと同時に始源の靄の中から変容した獣らしきものが飛び出し、ライに向かって異様に伸びて変形した牙を突き立てようとする。


「急いでるのに――!」


飛び出してきた獣に向かって、ライは右拳を振るう。

獣の顎を捉えると同時にライの右拳から始源が迸り、獣の身体を突き動かしていた暗い始源ごと獣の身体を吹き飛ばす。


「そういや、野良犬や野良猫なんかもアンシャには多かったっけ……」


変容した獣は恐らく野良犬だろうか。

人型に紛れてこんなものまで紛れていると考えると、この中に長時間居るのは得策ではない。


「先を急がないと」


先程よりも走る速度を速め、ライは変容してしまったアンシャの街の北側を駆け抜けていく。


人と同様、建物や石畳の道路すらも形が変わり、それに足を取られながらも襲い掛かって来る変容した者達を躱し、ライは目的の場所までやってきた。


「ここは」


随分と様変わりしてはいるが、所狭しと色々な建物が建てられていたアンシャの中でこれ程広い空間を確保している場所は一つしか無く、ライも遠目にだが何度も見た事があった。


「領主の館か……嫌な予感がするな」


不老不死の方法、領主がそれを探していた事を考えると、もしやその過程で始源に行きつき、何かとんでもない事をしでかしたのだろうか?。


ライの脳裏にマリアンベールの魔窯の底で見たあの光景がフラッシュバックする。


もうあんな事は二度と繰り返してはならないと、ライは決意を固め、それに呼応するようにライの身体から発せられた始源がより強い輝きを生み出す。


鉄格子の立派な門はグニャグニャに変形し、軽く触れただけで砂塵の如く消えて無くなる。


贅の限りを尽くして作られた庭園に嘗ての美しさは無く、見た事もないような植物達が犇めく光景はハッキリ言って悍ましさしか感じない。


そんな庭園の中をライが一歩一歩進んで行くと、屋敷だった建物の中から何かがこちらに向かって来るのにライが気付く。


別に足音が聞こえた訳でも、姿が見えた訳でもない。

ただ感じ取っただけ、だからこそライはそれが自分が目指し進んできた者である事を確信する。


「姿を現せ!!」


その言葉と共にライの身体から放たれた始源が前方にあった全ての闇を払い退ける。


そこに立っていたのはおよそどんな生き物にも例えられない、そもそも生き物であるのかすら怪しいヘドロのような様相の何かだった。


「これが、この始源の源泉か」


それを疑う余地はなく、他の変容した者達と比べ明らかに変容の度合いと変化の速度が明らかに違い、ライの目の前に姿を現してから既に五回、自身の身体を別の何かに変質させており、身体から漏れ出る始源を見れば一目瞭然であった。


尋常ならざる者を前にライは冷や汗を止める事が出来なかった。


放ってはおけないとここまでやってきたが、果たしてこんな化け物を相手に自分はどう戦えば良いのだろうか?。

いざ目の前に現れ対峙した途端、満足に始源を操る事も出来ない自分がどうにか出来る事態を超えている事に遅まきながら気付かされる。


「でも――」


震える身体を抑え付け、ライはエクレールの柄を両手で握り剣先をその何かに向けて吼える。


「どうにもならないからって、何もしない訳にはいかないだろ!!」


どうにもならない?。

いや、違うだろう。

コイツをどうにかする手段や方法が見つからないというのなら、その手段や方法を今ここで作れば良い。


今の自分に無くても、未来の自分にはそれが出来る筈だと、嘗て未知の敵と遭遇し、それらを打開してきた自分自身を信じ、ライは化け物と戦う事を決意するのだった。

余り関係ないですがノクターンの方でやってる別の連載が一章の終わりを迎えました。

本作とは殆ど関りの無いお話ですが、実は裏設定で自分の書く小説は全部繋がっていたりします。


なので本作をここまで読み進めてくれた人は別の自分の作品を読んだ時に「あれ?この設定って」と思う事があるかも知れません。

何時かそこら辺の設定も明かせたら良いなー。

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