視線の正体
すみません!投稿遅れてますが、次回は翌日くらいに投稿する予定です。
ぐぅぅぅぅぅぅ………。
「……お腹が空いたな」
日も傾き、もうすぐ夕暮れという頃、ライが人通りも疎らな通りで腹を押さえながらそう呟く。
一日中逃げ回っていたため、ライは朝から何も食べていなかった。
ライはお腹を押さえたまま、辺りを見渡す。
そんなライの元に、肉の焼ける音と香ばしい匂いが漂ってくる。
音のする方に視線を向けると一つの屋台があり、男が鉄板の上で何やら薄いパンのような物と綺麗にカットされた肉を焼いていた。
匂いと物珍しさにライが足がその屋台へと向く。
そんなライに気がついたのか、男がライに声を掛けてくる。
「やぁ兄さん、一つどうだい?」
「この食べ物は?」
「こいつは北東の方で親しまれてる”ブーカ”って食べ物さ」
男はそう言い、鉄板の上で肉を焼きながら屋台の下から白く薄いパンのような物を取り出す。
「これも北東の方で食われているパンでこのままでも美味いんだが、焼いてやると表面がカリカリになってもっと美味くなるんだ」
そう言って返事パンを鉄板の上に置き片面がカリカリになるまで焼く。
カリカリに焼くのは片面だけで、もう片方は温める程度に焼きすぐにひっくり返す。
カリカリに焼けた片面を下にして、パンの上に葉野菜を乗せ、さらにその上に肉を置いてソースをかけパンで包むように丸め、さらに手で持てるよう紙に包んでからライに差し出す。
「はいよ、50ギルダだ」
「まだ買うなんて一言も言ってないんですけど…」
ライはそう言いながらも差し出されたブーカに視線を落とす。
熱々のブーカからは湯気が立ち、そこからは焼けた小麦と肉、そしてソースの匂いが立ち込めており空腹のライの胃袋を刺激する。
結局ライは懐から50ギルダ分の硬貨を取り出して男に渡し変わりにブーカを受け取る。
「まいどありー」
そんな男の声を背に受けながら、ライはブーカを手に再び歩き出し、手の中にあるブーカに思いっきりかぶりつく。
外側はカリカリで中はふっくらとしたパンに、葉野菜のシャキシャキとした食感、歯を立て噛み切ればプツリと心地よい食感を返してくる肉に、あふれ出した肉汁とソースが絡み合う。
口元をソースで汚しながらも、満面の笑みを浮かべながらライが口いっぱいに頬張り咀嚼する。
幸せそうにブーカを頬張りながら歩くライだったが、突然足を止める。
「はぁ…まだ着いて来るのか…」
そう呟きながらゆっくりと振り返る。
振り返ったライの視線の先には、路地から身体を半分出してこちらの様子を窺うフィアの姿があった。
最初こそ逃げ回っていたライだったが、その姿を目撃してもライは慌てる事も逃げ出す事もせず、じっとその少女の事を見つめ返していた。
一日中逃げても逃げきれない事実に諦めの境地に達していたというのもあるが、それ以前に追いかけてくるだけで今の所実害も無いというのが一番の理由だった。
(そもそもあれは本当に幽霊なのか…?実は普通の人間だったり?幽霊にしてはハッキリ見えてるし、足もあるみたいだし…)
ライがそんな事を考えながらフィアの事を見つめていると、やっと逃げ出さなかったとフィアが嬉しそうに顔をキラキラと輝かせて期待の目でライを見つめ返してくる。
(めっちゃ顔輝かせてるんだけど!?なんであんな顔してるの!?)
何故そんな顔をしているのかわからぬまま、声を掛けた方が良いのかとライは考えた。
だが、そんな考えもすぐに消えてい行く。
(幽霊じゃないって確証がある訳でもない、幽霊じゃなかったとしても普通の人間じゃないのは明らかだし)
もしかしたらどこかで会った事があって、それで俺に声を掛けようとしているのでは?とライは考えたが、すぐにその考えも否定する。
(あんな綺麗な子と会ってたなら絶対記憶に残ってるだろうし…記憶にないって事は会った事も見た事もないはずだ…)
声を掛けるべきか掛けないべきかライが悩んでいる間も、何時声を掛けられるのかとフィアが期待の眼差しでライを見つめていた。
互いに動く事も無くそんな膠着状態が続いて暫く、ライが覚悟を決めた表情で目を見開き――
――何も見なかった事にしてそのまま歩き去る。
「触らぬ神に祟りなしっていうしね…何か重要な話なら向こうから声も掛けてくるでしょ」
そう結論付けて食べ掛けのブーカを齧りながらスタスタと歩いていく。
そんなライの後方には力なく崩れ落ちたフィアの姿があった。
「うぅ…なんでぇ……?」
やっと見えた希望から絶望へと叩き落とされたその様子は凄まじい悲壮感に溢れていた。
全身から近寄りがたい雰囲気を漂わせたフィアに道行く人がギョっとした視線を向けながらフィアを避けるようにして通り過ぎていく中、フィアに近づく一人の人影があった。
その人影はフィアに近づくと、優しく肩を叩く。
「おい、嬢ちゃん」
「うぇ…?」
そこに立っていたのは、ブーカを売っていた屋台の男だった。
男の片手にはブーカが握られており、それをフィアに差し出してくる。
「何があったが知らないけど、これでも食って元気だしな」
「え?でもこれ売り物…」
「俺が食えって言ってんだから気にするもんじゃねぇよ、じゃあな」
半ば強引にブーカをフィアに押し付け、男は屋台の方へと歩き去って行った。
そんな男の後ろを姿を見て、次に手の中にあるブーカを、そして歩き去って行くライの背中を見つめる。
一方、ライはと言えば未だに背後から感じる視線を気にしないようにしながらも考え事をしていた。
というのも、今背後に感じている視線が今日一日中感じていた物とは異なる物に変化したような気がしたからだ。
今までは自分の背後から一点を指すような強い視線だったのが、今ではそんな刺すような視線ではなく、背中から全身を包み込むようにじんわりと広がる、何処か暖かな物へと変化していた。
(なんだろう…この感覚…この視線、以前にも感じた事がある気がする)
普通の人間がライ個人に視線を向けた場合、その視線はライにのみ集中する。
だが、今ライに向けられているその視線はライだけでなく、その周り全てを見ているような一点でなく周囲に広がるような物だった。
圧力の無い、何処か無気力にも感じるその視線、以前にも感じた覚えのあるその独特な感覚の事を思い出しながらライが歩いていると、突然上空から誰かの慌てるような声が響く。
「あぶねぇ!!」
「え?」
頭上から聞こえたその声にライが顔をあげると、自分目がけて落下してくる看板が見えた。
考え事をしていたライは反応が遅れ、逃げ出そうとするも咄嗟の事で足がもつれその場で尻餅をついてしまう。
そんな間にも金属製の看板はライを押しつぶさんと上空から落ちてくる。
(間に合わない!?)
ライの視界が落ちてくる看板でいっぱいになる。
しかし看板がライを下敷きにする寸前、突如空中で看板が横から激しい衝撃に襲われたかのように拉げ、横の建物に叩きつけられライの横に落ちた。
その光景に道行く人、看板の取り付け作業を行っていた男達が呆然とした表情を浮かべ、何が起こったのか理解できずにいる中、ライは自身の横にある拉げた看板を見つめたままとある事を思い出していた。
それはライがガダルを拠点にするようになる前、安定を求めず上ばかりを見て無茶をしていた若い頃の事。
常に自分が戦えるギリギリの所で戦っていたライは、時折自分では対処出来ない魔物や事態に遭遇していた。
このままでは死んでしまう、そんな時だ、突如不思議な力によって魔物が倒されたり、どうしようも無いと思っていた実態があっさりと解決したりという事が良くあった。
そしてそんな時には必ず誰かの視線を感じていた。
それは個人の視線ではなく、全身を包み込むような四方から見られているかのようなそんな視線。
恐れも、怒りも、喜びも感じない、無気力な視線。
そんな事が繰り返される度、ライは頻りに首を傾げ考えたが、その答えに辿り着く事は無かった。
でも、今のライは違う。
姿が見えず、不思議な力で自分を助けてくれる存在、そんな存在にライは心当りがあった。
「………フィア?」
そう呟きながら、ライは自身の背後、先程までフィアが居たはずの路地に視線を向ける。
しかし、そこにはもうフィアの姿はなかった。