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アンシャを生きる子供達

今回はちょっと過激な描写が含まれているので苦手な方はご注意を。


※予約投稿してたせいで執筆途中の中途半端な状態で投稿されてました。

18時35分以前に見ていた方はお手数ですが更新をお願いします。

その日の夜、ライは夕食後も自室に戻る事無くダイニングの椅子に座ってぼーっと窓から見える路地の壁を見つめて考え事をしていた。

考えている事は勿論、今日の昼の出来事であの少女の事だった。


あの後からライはずっとこんな調子であり、食事中話しかけられても話を聞いてるのかどうか分からない曖昧な返事を返すばかりで、ダンとトーカはそんなライを心配そうに見ていた。


食後はフィアはライに付き合ってダイニングに残り、トーカはさっさと部屋に戻り、ダンは食器を洗っていた。


「食後のお茶でもどうですか?」


食器を洗い終えたのか、ダンが両手に湯気の立つコップを持ちながらライに話しかけ、フィアとライの前にそれを置き、もう一つ湯気の立つコップを取ってきて自身はライの対面に座る。

そして静かにお茶を飲むだけで、自分からライに話しかけるような事はせず、ライが話を切り出して来るのをただ黙って待っていた。


「……ダンさん、変な事を聞くかもしれないですけど」

「はい、何でしょう?」

「ある日まだ年端もいかない子供が取り返しのつかない事を幾度となく繰り返していると知った時、ダンさんならどうしますか?。子供だからと見逃しますか?それとも良識ある大人としてその子を衛兵に突き出しますか?」


その問いにダンは天井を見上げ何かを思い出すようにしながら答えを返す。


「私は突き出せませんでしたね」


突き出せる(・・・・・)か、突き出せない(・・・・・・)かではなく、突き出せなかった(・・・・・・・・)――その言葉にライが驚いたように目を剥く。


「ダンさんも、俺と似たような状況になった事があるんですか?」

「えぇ、というかトーカの事ですよ」

「トーカちゃんが?」


ダンの口から飛び出た名にライはさらに驚く。

ライの知るトーカは年齢の割にしっかりしており、強かで、大人をからかったりするが根は素直で優しくて、そんな少女だった。

だからトーカが取り返しのつかない何かに手を染めているだなんて思いもよらなかった。


「俺がこの街に来てからどうやってトーカと出会ったか、話した事はなかったですよね。トーカから聞いた事は?」

「いえ、何も」

「そうですか、そうですよね。そんな面白い話でも無いし、トーカからしても昔の事なんか別に話して楽しいものでは無いでしょうしね」


暗い表情をしながら語るダンの姿にライはかける言葉を見つけられなかった。


「今言ったように面白くも楽しくも無い話ですが、聞きますか?」

「……お願いします」


ほんの僅かな間を置いて、ライがそう返すとダンは話始めた。


「私とトーカが出会ったのは私がアンシャに来て二日目の時でした。他所の街と違ってアンシャではヤヅズクを忌避する者はおらず初日から繁盛して気を良くした私は気合を入れて初日よりも多く肉を用意したり、早速新メニューを追加してもっともっとヤヅズクの美味しさを皆に知って貰おうと朝からウキウキしながら屋台の準備をしていたんです。そんな時」


――ねぇおじさん、ヤヅズクを使った屋台ってここ?。


「トーカがやってきたんです。どうやら初日の時にヤヅズクの匂いを嗅いで興味を持ったらしく、まだ準備中だというのも聞かず串焼きをくれと煩くて……路地裏での生活していたのか身なりも正直言ってみすぼらしく金を持っているようにも見えなかったので”金は払えるのか?”と尋ねたところ、”身体で払う”と返されました。でも生憎とうちは串焼きの屋台、汚れる食器が無いから食器洗いもさせられないし、見知らぬ子どもにいきなり刃物を持たせて肉を切らせるのも怖かったのですからね」

「どうしたんですか?」

「流石にそのまま追い返すのも何だか可哀そうだと思って一本くらいタダであげても良いかと考えたんです。元より商売の為ではなくヤヅズクの美味しさを知って貰うために始めた屋台でしたしね。それで一本串を焼き始めたんです。そしたら――」


そこでダンは言葉を切り、何やら言いにくそうに口ごもる。


「ダンさん?」

「……串を焼き始めた途端、トーカが屋台の下に潜り込んで来ましたね。その、言いにくいんですが、俺の股間をまさぐり始めたんです」

「……え?」


その意味を一瞬考え、考えるまでも無かった事にライが気付くまでの間、ダイニングに静寂が訪れる。


「”身体で払う”って」

「えぇ、そういう(・・・・)意味でした。流石に慌ててすぐに止めて”串焼きならタダでやるから馬鹿な事するな!”と怒鳴りつけたんですが……”タダより怖いものはない、後から出来ない事やらされるくらいなら出来る事を自分からやった方が良い”と、子供らしからぬ言葉で返されてしまいましたよ」

「……なんていうか、トーカちゃんらしいですね」

「トーカは出会った時からしっかりしてましたからね。いえ、しっかりせざるを得なかったのでしょう。この街で子供一人が生きて行くには……どうしても」


小さな子供が誰を頼るでもなく自力で生きて行く。

その困難さなどわざわざ語るまでも無いだろう。

しかもここは犯罪の街と称される場所、大の大人でさえ危険な街だ。

そんな街で生き抜いて行くにはこの街の流儀に則った処世術(・・・)を身に付けなければ到底生きて行くことは出来ない。


「幼い子供が出来る仕事なんてこの街には殆どない。しかしここは欲深き人間が集まった街です。そんな人間達の欲望と子供達のどんな事をしてでも生きたいという願いがどうしようもなく噛み合ってしまった。生きる為なら子供達はどんな事だってする。言われた通りにして食べ物が貰えるのなら、例えそれが窃盗でも殺人であっても、身体を売る事さえ厭わない。ここではそれが当たり前になっていた」


この街の子供達は欲深い人間達の都合の良い玩具として生かされている。

その事実を理解した途端、ライは腹の奥が熱くなるのを感じ、込み上げてくる怒りをぐっと堪える。


ここで感情を吐き出したところで何になる?。


感情と共に込み上げてくる始源を抑え込み、ライは表面上の平静を保ち続けた。


「その後、どうしたんですか?」

「勿論子供にそんな真似させる訳にもいかないですし、引き下がる様子も無かったので一旦家に連れて帰ったんです。大通りで子供相手に身体を売るだ売らないだなどと言い合いなんかしてたら外聞が悪いですからね」


ダンはその当時の事を思い返しているのか、懐かし気でありながらも悲しそうな顔を浮かべる。


「で、まぁ連れ帰ったんですが、どうもそれを勘違いしたのか帰ってからまた一悶着ありましてね。まるで譲る気が無いもんですから取り合えず串焼きを出して、お茶でも入れて一旦落ち着いて話そうとキッチンでお茶を入れてたんですが、その隙に串焼きだけ持ってどっか行っちまいました」

「え、居なくなったんですか?」


そこで終わってしまってはダンとトーカは赤の他人のままではないか。

ライがそう疑問に思った時、ダンが訂正を入れる。


「無論、そこで終わりじゃないですよ。その日はそれっきりだったのですが、数週間後にひょっこりとまた顔を出したんです。前回の事など忘れたように”おじさん、串焼き頂戴”って……まるで悪びれる様子もなく、最初はちょっと説教してやろうかとも思ったんですが、元よりタダでやるつもりでしたし言い争うのも不毛だと適当な串を一本差し出したんですよ。そしたらアイツ、どうしたと思います?」

「串を受け取ったのでは?」

「受け取らなかったんです。手に取った途端捕まえられると思っていたようで、実際すぐに逃げられるように屋台を間に挟んでトーカは話しかけてきましたしね。手渡しが無理なら皿の上にでも置いてやろうと一旦家に皿を取りに戻ったんですが……まぁ薄々予感はしてましたが、焼いていた串三本と一緒にアイツの姿も消えてました」


ここまで話を聞き、ライは何となくこの先の展開を察する。


「今度は一週間くらい後にまた顔を出しましてね。前と同じく悪びれる様子もなく”串を頂戴”と、相変わらず手渡しでは受け取ろうとしなかったので事前に用意しておいた皿に焼けた串を置いてやったんです。で、俺が串を焼くのに集中してる間に何時の間にか皿に乗ってた串と共にアイツが消える。そんな事を何回、何十回と繰り返していく内にトーカは何時の間にか毎日顔を出すようになって……確か、手渡しで受け取ってくれるようになったのは半年も経った頃だったか」


ライに語って聞かせるための口調から何時の間にか思い出を懐かしむような口調へと変わる。


「その頃になって、トーカも串を受け取っても逃げないようになって、黙々と串を焼いてる俺の横で他愛のない世間話を話して聞かせてくれて、確かそれくらいにようやくお互いの名前を認識したんだったか。本当、懐かしい」

「大切な思い出なんですね」


微笑みながら語るダンの姿にライは同じように微笑みを浮かべながらそう話しかけた。

照れ臭くなったのかダンは頭を掻き、続きを語る。


「えぇ、まぁそれで段々と親密になっていったある日、何時もは屋台を準備してる朝方に来ていたんですが、その日は全然現れる様子が無くて……雨も降りそうだったからと昼過ぎに店仕舞いを始めたんです。屋台をバラして家の中に運んでいる最中、トーカがやってきたんです。雨の中を顔中に青痣や傷をつけたトーカが――」


――ねぇおじさん、串焼きまだあるかな?


ダンは拳を握りしめ、ライ達に歯軋りが聞こえるのではないかというくらい奥歯を強く噛み締める。


「驚いた私は慌ててトーカを家の中に招きました。風邪を引いてはいけないとすぐに身体を拭く物と湯浴みの準備を始めて……トーカが濡れた服を脱いだ時、絶句しました」


当時を思い出すのも辛いのか、ダンは目じりに涙が溜まる。


「顔だけじゃなかった。身体中至る所に青痣が出来ていて、胸や首筋には人の噛み痕が、腹には泥に汚れた靴底の痕がクッキリと」


明らかな暴行の痕、ダンの口から語れたトーカの凄惨な姿にライも言葉を無くす。


「”一体どうしたんだ”と聞いたら、トーカは”ちょっと暴力的なお客さんがいて、散々遊んだ後に食べ物も置いて行かず逃げられちゃった”とまるで堪えた様子も無く、何時もの調子でそう話したんです」


泣くでも無く、悔しそうにするでもなく、ただ平然と――


「その様子を見て、俺は否応なく理解してしまった。ここではこれが普通なのだと、こんな事がトーカの日常なんだと……そう思った瞬間、俺は――」


守ってやれなかった己の無力さからか、それともトーカの悲惨さを思う心からか、ダンは涙を流しながら語る。


「俺はトーカを思いっきり抱きしめて、思いつく限りの言葉をぶつけた。自分でも何を言っていたのか正直覚えていないけど、ただトーカを少しでも楽にしてやりたくて、救ってやりたくて、その一心でひたすらに言葉をかけ続けた」


――痛いよ、おじさん。


「トーカの声でふと我に返った。傷だらけの身体を力いっぱい抱きしめられて、痛くない訳がない。慌てて腕を解いて離れようとした時、今度はトーカの方から俺に抱きついて来たんです。そしてアイツは――」


――おじさん、少しだけで良いから……このままでいさせて。


「アイツは泣いていた。当たり前だ、辛くない訳が無い、悔しくない訳がない、例えそれが日常だったとしても辛いものは辛い、痛いものは痛いんだ」


平然として見せているのも、一々嘆いていては身が持たないから、そうしていないと気が狂ってしまいそうだから。


「トーカが落ち着いた後、トーカの身体を綺麗にして二人で晩飯を食べて、俺は初めてトーカ自身の事を聞いた」


今まで一方的に他愛の無い話を聞くだけだったダンが、この時初めてトーカに深く関わろうとした。

こんな子供の事など知らない方が良いと、深入りしてしまったら放っておけなくなるから。

そう考えていたはずなのに、ダンはもうトーカの事を見捨てる事が出来なくなっていた。


「家族は居ない事、身寄りもない事、大人達から食べ物を貰うために色々とやって来た事、窃盗、売色、人殺し」

「っ……」


人殺し、その単語にライがピクリと反応する。


トーカもあの少女と同じように過去に人を殺めていた。

それを知り、ライはダンに問いかける。


「それを知った時、それでもダンさんはトーカちゃんを衛兵に突き出そうとは考えなかったんですか?」


その問いにダンは一切の迷いも無く真っ直ぐな瞳をライに向けて答える。


「そんな事考えもしませんでしたよ。だってそうでしょう?彼らは窃盗や殺人がやってはいけない事だなんて誰からも教わっていないんですから。それを教えるべきはずの大人が、それを子供に強要してるのに、それが当たり前なのだと掏り込まれてきた子供達を責める事が出来ると思いますか?」


その言葉にライは己が内にあった迷いが急速に晴れて行くのを感じる。


あの少女の事をただ殺人者だなんて思いたく無くて、普通の女の子だと勝手に思い込み、視野が狭くなっていた。

あの少女だって間違いなくこのアンシャを生きる子供達の内の一人なのだ。

ダンが語ったようにあの少女も殺人がいけない事だと理解せず行っている可能性が高い。

いやむしろ、人を殺したというのにあんな笑顔を浮かべている事を考えれば、まず間違いないだろう。


だとすればライがすべき事は少女の罪を裁く事ではない。


自身の成すべき答えを得て、ライは憑き物が落ちたように穏やかな笑みを浮かべる。


「ありがとうございます、ダンさん。おかげで自分がやらなきゃいけない事がハッキリしました」

「……ライさんの役に立てたのなら良かったです。それとお願いなのですがこの話をしたことはトーカには」

「えぇ、分かってます。トーカちゃんにとって辛い記憶でしょうし、この話はここだけの秘密にします」


そうして三人は和やかな雰囲気の中、他愛の無い話に花を咲かせていくのだった。

当初はダンの口から語らせるのではなく、過去回想的なのを入れようかと思ったんですが、少なくとも二話分割しないと無理な分量になりそうだったのでこういう形に。

何時か短編でも良いから詳細に二人の話を掘り下げられたら良いなと思ってます。

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