受け皿
ライ達が市場を見て回っていた頃、アンシャの街の郊外、街の中が辛うじて見える高さの丘の上にSランク冒険者の四人の姿があった。
「どうだー?アイツは出て来たか?」
「いいえ、今朝から入口をずっと見張っていますがそれらしい人物は誰一人として出て来ませんね」
丘の上に身を伏せて街の門を見張っているルークに、丘の陰からアドレアが声を掛けていた。
「イザベラの予測も当てにならねぇな」
「うっさいわね。普通あんな街に好き好んで滞在する人間なんてそうは居ないでしょ。大体の人間が必要な物を手に入れたら翌朝にはすぐ出てくるのに……」
「目当ての物が見つからなかったんじゃねぇの?もしくは品切れで補充を待ってるとか」
「あるいは、ここに来る目的が買い物じゃなかったとか」
アリスの言った言葉に全員が黙り込む。
「……この街で買い物以外で立ち寄るとすりゃあ」
「この街に知り合いが居てそれを尋ねてきたとか、こんな街に住んでる時点でロクな輩じゃないだろうけど、他に可能性があるとすれば――」
「――”彼女”に殺しの依頼をしに来た、ですかね」
ルークの口にした”彼女”という言葉に、再びSランク冒険者の間に沈黙が広がる。
「いやいや、ソレだけは無いだろ。あの野郎が一体誰の殺しを依頼するってんだ。天竜ぶっ飛ばしたような奴だぜ?わざわざアイツに依頼しなくても良いだろ」
「ただ殺すだけなら問題ないかも知れないけど、暗殺は得意じゃないって事じゃないかしら。いくら強いからって犯罪者になったら生き辛いでしょうし」
「だとすれば、ターゲットは……」
ルークにアドレア、イザベラの三人がお互いの顔を見合わせる。
「イザベラですか」
「アドレアの馬鹿ね」
「ルークだな」
全員が自分とは違う人間の名前をあげる。
「ははは、何を言っているのですがアドレア、私があの方に命を狙われる理由が無いじゃないですか」
「いやアリアリだろ。お前随分とアイツに煙たがられてるぞ。てかイザベラもなんで俺がアイツに命狙われるんだよ。俺はアイツの旦那になる男だぜ?」
「気持ち悪い事言わないで頂戴、絵面を想像しただけで吐き気がするわ……。第一アンタも毛嫌いされてるじゃない、出会った瞬間投げ飛ばされたの忘れたのかしら?。アンタ達二人と比べたら私なんて可愛いものよ」
「いえ、イザベラも大概だと思うのですが……」
言い合いしていた三人が、今までの己が行動を振り返ってみる。
三人が深く目を瞑り思い返す中、素知らぬ顔でアリスは三人の様子を見ていた。
(アレでしょうか、出会った時にまずいきなり飛び掛かったのがまずかったのでしょうか?。確かにアレは紳士的ではありませんでしたし、礼節の無い輩だと思われてしまったのでしょうか。今度会った時は理性的に、紳士的に対応しなければ)
礼節以前の問題である。
(やっぱエアストで再会した時、いきなり抱きしめたのがまずかったか。結婚するまでは清い関係でいたいとか、そういう事か。ふ、恥ずかしがり屋さんめ)
純粋に気色悪い。
(流石に性急すぎたかしら。それとも採血だと言っておきながら実は皮膚の二、三枚貰おうとしてたのがバレてたとか?)
サイコパス過ぎて恐ろしい。
「「「んー心当たりはないなぁ」」」
「アンタ達、バカなのかしら」
心当りしかない三人にアリスがツッコミを入れる。
「まぁ、アンシャに入らない限りは大丈夫だろ。アイツはそこから殆ど動かないからな」
「そもそもアンシャには私達を快く思っていない人達が大勢居ますからね。ここでこうしているのが安全でしょう」
「はぁ……早くこんな所早く離れたいわ。やっぱり異常よ、こんな街」
宿に泊まれなくて苛立っているのか、イザベラが愚痴を漏らす。
「まぁ確かにな。貧民街は俺んとこにもあるが、街そのものがってのはここだけだもんな」
「それが公然とまかり通ってるんだから、本当にどうなってるのかしら」
アンシャの異常性についてアドレアとイザベラが話していると、ルークが話に割って入って来る。
「確かに他の国にはアンシャのような街はありません。この国には教義があるので他の国と比べて人は自由に生き辛いところはあります。それに反発する人間も少なからず存在する。だからこそ、そういった者達を受け止める皿が必要なのですよ。それに、そういった受け皿は皆さんの国にもあるのでは?」
ルークの返しに、アンシャについて話していた二人も、素知らぬ顔をしていたアリスも黙り込む。
貧民街はどの国にも存在している。
それは国が国として存在する以上、避けられようのない貧富の差が原因だ。
誰かが得をすれば、誰かがその分損をする。
貧民街を救おうとするのはかなり困難な事だ。
金も、時間も途方もなくかかるうえ、多少の改善ならまだしも、完全に立て直そうと考えると成功する確率は無いに等しい。
貧困に喘ぐ人を救うのが難しいというのなら、それならばこれ以上そんな人間を増やさないようにするのが良い。
貧民街を救うのではなく、敢えて残す事で貧民達の受け皿とし、犯罪の温床にしてしまえば他所で犯罪を犯す可能性も低くなる。
貧民街が無くなれば一時的に治安は良くなるかもしれない。
しかし、もし今後行き場を無くした者が生まれた場合、貧民街のような場所が何処にもなかったとしたら、その者が一体何をするか分からない。
貧民街をそういった者達の受け皿やガス抜きに利用する事で、善良な市民の安全を少しでも確保する事にしたのだ。
今この場に居る人間で、他国の事をとやかく言える者など誰一人としていなかった。
「とはいえ、アンシャが異常なのは私も承知していますけどね」
ルークは一人、自国の街を冷めた目で見つめ続けていた。