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アンシャのススメ-買い物編-

トーカの先導でヒリビリが買える店を目指すライとフィア。

家を出て人の往来の激しい大通りを歩く事ニ十分が経過した頃、とある路地の前でトーカが足を止める。


「この路地の先にお目当てのお店があるよ。良い?ちゃんと私について来てね?」

「分かった」


大通りとは違い、建物の影で薄暗い路地の雰囲気に飲まれたのか、僅かに緊張した様子でライが答える。

路地に入り、少し進んだ所で右に曲がった所で先導するトーカにフィアが質問する。


「この方向に目当てのお店があるの?」

「そうだよ」

「この方向って、十分前くらいに歩いていた大通りだよね。何だか遠回りしてない?」


フィアの言う通り、今進んで居る路地を進行方向に進めば十分も前に歩いていた大通りと合流する。

それなのにわざわざ回り込んで違う大通りから路地に入るというは遠回りでしかない。


「確かにそっちの方が早いんだけどね。あっちからだと五分くらい裏路地を歩かなきゃいけないし、危ない連中のたまり場を通過するから避けたんだよ。っと、着いたよ」


トーカが足を止めたのは裏路地に入って一分も掛からない場所にある看板も掛けられていない、一見してただの民家としか思えない外見の建物であった。


トーカがコンコンとドアをノックすると、ドアに付けられた小窓から二つの瞳が現れ、ライとフィアを睨みつける。


「……何の用だ」

「何の用って、ここに来たんだから買い物に決まってるでしょ!」

「トーカ、お前も居たのか。待っていろ、鍵を開ける」


トーカの背が小さくて小窓からは見えていなかったのか、男はそう呟くと内鍵を外しドアを開ける。


ドアの向こう側に立っていたのは浅黒い肌にボサボサの髪をした三十代ぐらいの男だった。

男は全員を招き入れるとすぐさまドアを閉め内鍵をかけると、トーカに視線を落とす。


「珍しいな、お前がここに来るなんて。ダンの所で世話になるからともう辞めたんじゃ無かったのか?」

「違うよー、別に私が薬を買いに来たわけじゃないよ。お客さんを連れて来たの」


トーカがそう説明すると、男はライとフィアに視線を向ける。


「お前達が客か。何が欲しい?」

「え、あぁ、実はヒリビリが欲しくて――」


ライがそう口にすると男が鋭い視線をライに向ける。


「……おいトーカ、なんだコイツは。こんな危ない奴を俺の所に連れて来て何のつもりだ?俺を衛兵にでも売るつもりか?」


その鋭い視線はそのままトーカに向けられたが、そんな視線を向けられたトーカは動揺する素振りも見せず、その視線を受け止めていた。


「んー流石に私もビックリしてる。ライおじさんってここでの物の買い方を何にも知らないんだね」

「え、物の買い方?」

「アンシャは初めてかド素人、誰からどんな話を聞いたかは知らないが、アンシャでヒリビリが公然と売られているとでも思っていたのか?。”ヒリビリ”を売ってくれなんて言おうものならそのまま牢獄にぶち込まれるぞ」

「え、そんな、だって」


動揺した様子のライにトーカが説明する。


「あのね、アンシャ(ここ)じゃ危ない物を買う時は隠語を使うんだよ」

「確かにアンシャはその手の物の売買が盛んだ。しかし公然と許されているという訳では無い。アンシャもフェイリスに属する街だからな」

「ではどうすれば?」

「トーカがさっき言ったように隠語を使う。直接名前を出さない限りは取引した事を知られても暗黙の了解で見逃される。お前が欲しがっている物はここでは”黄”と呼ばれているから今後はそう呼べ」

「分かりました」


ライがそう返事をすると、男は一度奥へと引っ込み何やら黄色い液体の入った瓶を手に戻って来る。


「これが目当ての”黄”だ。その小瓶一つで5万ギルダだ」

「結構しますね」

「ここじゃそれが相場だ。嫌なら他所を当たれ」


男に手渡された小瓶をじっと見つめながら何やら考える素振りを見せるライ。

暫しそうしていると、瓶から視線を切って男の方を見る。


「これ、随分と古いですね。ここじゃ使い物にならない”黄”を5万ギルダで売るんですか?」

「ほう?」


何やら感心した様子で男はライから瓶を受け取る。


「何故コイツが使い物にならないと?」

「”ソレ(ヒリビリ)”は元から濃い黄色をしていますが、古くなるとその色が濃くなる。僅かですがその瓶の物は本来の物より色が濃い。普通は向こう側が僅かに透けて見える程度の透明度があるはずですが、大きい瓶ならまだしもそんな小瓶に入る程度の量で向こう側が見えないとなると相当古くなっているはずです。それとその瓶の物は僅かに粘性もありました。本来はサラサラとした水のような液体のはずです」


ライがそう説明すると、男は降参したというように両手を上げた後、柏手を打つ。


「正解だ。アンシャでの物の買い方も分かっていない様子だったし、すんなり騙せると思ったんだがな。どうやら頭はアレだが目利きは一流らしいな」

「……それはどうも」


侮辱と称賛を同時に受け、ライが何とも言えない顔をする。

男は小瓶を片手にまた奥に引っ込むとさっきと似たような小瓶を持って戻って来る。


「ホラ、これならどうだ?」


先程と同じようにライは手渡された瓶をじっと見つめる。


「……はい、これなら5万で買います」

「よし、交渉成立だ。しかし随分とアッサリだな。値段交渉くらいしてくるかと思ったんだが」

「確かに、規制される以前の相場と比べると10倍近いですが、禁制品となっている現状と生産量やここに流れて来るまでの手間も考えると妥当な所かと」

「良いね、物分かりの良い利口な奴は好きだ。頭の方はアレだと言ったのは撤回しよう。また何か必要な物があれば言え。売り物に無くても可能な限り融通しよう」

「それはどうも」


代金を払い、小瓶を受け取るとライ達は建物を出て大通りに戻る。


「さて、目当ての物がアッサリと手に入っちゃった訳だけど、他に何か欲しいものある?。ここで手に入るものなら買える所教えるよ?」

「そうだね……大雑把で悪いんだけど、冒険に役に立ちそうな物が売ってる場所ってないかな?」

「うーん、私冒険者って仕事を良く分からないからなー。冒険者ってアレでしょ?街の外に出て魔物と戦ってその素材を換金したりするんだよね」

「それだけって訳じゃないけど、確かにそういう事もするよ」

「そっか……よし、決めた!ついて来て」


ライがそう答えると、トーカは少しだけ考えた後、行先を決めたのか、二人を先導するように歩き出した。








トーカが連れて来たのはアンシャの南部にある市場だった。

アンシャの1/10もの面積を占める巨大な市場は人でに賑わっており、様々な店が所狭しと並んでいた。


「うわぁぁ……ここまで立派な市場も中々みないよ」

「そうなの?他の街の市場を知らないから私にはこれが当たり前なんだけど」


市場の巨大さに声を漏らすライに、トーカが不思議そうに言う。


「市場のこっち側は食べ物が集中してるから、ライおじさんの欲しがりそうなものはもっと奥の方だよ。いこっか」

「あぁ、うん。ところでトーカちゃん、その”ライおじさん”って言うのは……」

「え、何か可笑しな事言った?」

「いや、昨日までは”お兄さん”だったのに急に”おじさん”になったから、ちょっとね。別に気にしてる訳じゃ無いけど、うん」


実に分かりやすい態度でライがトーカに質問する。


「だってライおじさん、実際の年齢はもう三――」

「ストップ!」


ライの実年齢を言おうとしたトーカをライが慌てて捕まえ口を塞ぐ。


「トーカちゃん、お願いだから俺の歳の事は外では内緒にしてね」

「むぐ……むぐむぐ」


口をライの手で塞がれているため、首を縦に振ってトーカが了解の意思を示す。

その様子を見て安どのため息を漏らすライにフィアが話しかける。


「ライ、安心するのは良いけど、とりあえずその絵面は傍から見てかなりまずいよ」

「え?」


フィアのその言葉にライが顔を上げて周囲を見渡すと、市場に居た多くの人間がライ達の方に視線を向けていた。

少女の身体を拘束し、口を塞ぐライに、だ。


客観的に見て自分の姿が危ない状態だと察したライは慌ててトーカから身体を離す。


「あ、あはははは……お気になさらずー」


苦笑いを浮かべながらライはそう言うと二人を連れてその場をそそくさと後にするのだった。










あの場所を離れ、市場の奥へと移動した三人は市場の露店を一つ一つ見て回っていた。


「どう?ライおじ――お兄さん、何か目ぼしいものはあった?」

「んー、これと言って特には……」


かれこれ八つの露店を見たライだったが、ハッキリ言って質の良い掘り出し物と呼べる物は何一つ見つけられなかった。

どれもこれも大なり小なり傷のある中古品ばかりであり、値段もそこそこ、安くも無ければ高くもないといった所だ。

特に目新しいものも見つからず、そろそろ切り上げようかと思っていた時、たまたま目に入った露店の前でライが足を止める。


「ライ?何か気になる物でもあったの?」

「うん、ちょっとね」


ライが足を止めた露店に売られていたのはベルト等に引っ掛けられるタイプのポーチだった。


「これってライも持ってる奴だよね?。新しいの買うの?」

「いや、そういう訳じゃ無いんだけど、値段が相場と比べると随分と安いなって思ってさ」


ライも持っているこのポーチだがただのポーチではなく、皮製のポーチの内側には魔術式が描かれており、魔法によって容量を増やした魔道具の一種で極力荷物を持ちたくない冒険者にとって必需品とも言える代物だ。

魔道具である為値段もそれなりで、ライも使用している大量量産品のものでも一つ3万はするのだが、この露店に並べられているものは全て1万で統一されていた。


(見た限り全部中古だけど、かなり状態の良いのも多い。それが1万で売られてるなんて)


普通中古でも2万を下回る事は少なく、相当使い込まれて皮が傷んでいない限りは1万というのは破格の値段だった。

それ故に捨て値にも等しい値段で売られているポーチにライは違和感を覚えた。


(そもそもこれだけの中古品、一体どこから)


並べられたポーチに視線を落としながらライが考えていると、ふと大量に並べられた量産品のポーチとは別に一つだけ違うポーチが混ざっている事に気が付く。


「これは」


ライがそのポーチを手に取って見る。

大きさは量産品の物と変わりないが、縁を沿うように蔓の模様があしらわれており、量産品ではなくオーダーメイドの品である事が窺い知れた。


「すみません、これの値段って」

「それも1万ギルダですよ」

「柄付きなのに?」


こういう物は絵柄が付くだけで性能は同じでも値段が上がるのが普通だが、中古の量産品と同じ値段という事にライは驚く。


(やっぱり何か可笑しい。これだけの量の中古品を一体どこから、しかもこんな格安で)


蔓の柄付きのポーチを持ったまま考え込むライに、トーカが話しかける。


「ライお兄さん、それを買う気なの?。やめといた方が良いと思うなー。そんな前の持ち主を特定できそうな物を持つのはオススメしないよ?」

「……なるほど」


トーカの言葉でライはこの露店に、いや市場に並べられている商品の出所に気が付いた。

そもそもアンシャの周辺は大量の盗賊が来る事で有名であり、真っ当な商人がアンシャに来ることはまず有り得ない。

では真っ当な商人が殆ど訪れないこの街で、一体どこからこれらの商品を仕入れているのだろうか?。


ライはチラリと露店の店主に目を向ける。

見た目は二十代前半の若い女性、一見荒事には向いて居なさそうだが羽織っているショールに隠れてはいるが、右胸辺りに妙な膨らみがあるのに気が付いた。


(短剣か。こんな街だし護身用って可能性も無くはないんだろうけど)


そう考えながらも、護身用なら隠さず見せるように持っていた方が威嚇にもなるし、その線は薄いだろうと判断する。



(となると、やっぱりこの人普通の人ではないんだろうな。恐らく盗賊の仲間で襲って奪った物をこうして売っているって所か)


この露店に限った話ではない。

ライが今まで見てきた露店に並べられていた品の殆どは”そういった”ものばかりだった。


(通りで中古品が多い訳だ)


無論、市場の全てがそういうものばかりという訳ではない。

食品の類は保存食なら兎も角、日持ちしない物は奪った所でアンシャに運んでから市場に並べるまでの間に腐ってしまうし、ライが見てきた露店の中にも誰も使用した形跡の無い新品の物も少なからずあった。


中には本当に売り払われた中古品もあるのだろうが、ここにあるポーチは恐らくその類ではないだろう。

魔道具のポーチやカバンは荷物を増やしたくない冒険者の必須アイテムだ。

最低でも一つ、多いと六つくらいポーチを腰に据え付けている冒険者だっている。


そういう意味でも、このポーチは非常に”仕入れ”しやすいのだろう。

だからこそ、これほどの量を用意する事が出来たのだ。


(トーカちゃんの言う通り、前の持ち主が特定出来るような物は持つべきじゃないな。俺が殺して奪い取ったと誤解されたらたまったもんじゃないし)


そう考え、手に持っていた意匠入りのポーチを戻そうとした時、ポーチを持つライの手をフィアが掴む。


「フィア?」


どうかしたのかとライがフィアの方を見るが、フィアの視線はライには向けられておらず、ただじっとライの手の中にあるポーチに向けられていた。


(これに何かあるのか?)


今一度ライも既にじっくり見たはずのポーチに視線を落とす。

意識したのか無意識だったのかは定かではないが、集中してそれを見ようとしたライの瞳に始源が集まり僅かに蒼く染まる。


「っ!?」


次の瞬間、ライの身体がよろめき、目を押さえながら小さく呻く。


「お、お兄さん!?」

「大、丈夫、ちょっと眩暈がしただけだから」


心配そうに声を掛けたトーカにライはそう言いながらゆっくりと目を押さえていた手を離す。

暫し何かを確かめるように瞬きをした後、ライは自身の手の中にあるポーチに再び視線を落とすと懐から財布を取り出して1万ギルダを店主に渡す。


「このポーチを下さい」

「はい。お客さん、大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


そう言うとライは二人を連れて足早にその場を去る。


露店からある程度離れた辺りでトーカがライに話しかける。


「ちょっとちょっと、ライお兄さん私の話聞いてた?。そんな特徴的なポーチなんて買ってどうするの?」

「勿論、使うんだよ」


ライはそう言うと以前から付けていたポーチの横に並べるように新たに買ったポーチを腰に引っ掛ける。


「ポーチなら同じ値段でもっと状態の良いのもあったじゃん。よりにもよってそんな特注品らしきものを使わなくても」

「意匠が凄く気に入ったんだよ。――それと、気になる事もあったしね」


後半部分だけ呟くような小さな声でライが言う。


「ん?何か言った?」

「何でもないよ。それよりそろそろダンさんも戻って来てるかも知れないし、一旦帰ろうか。ダンさん一人じゃ屋台の方も大変だろうし」

「んー……なんだか釈然としないけど、了解!。あ、そうそうここまで色々と親切にしてあげたんだからお駄賃に後でおじさんの屋台で一番高い串焼き買ってね!」

「はいはい、分かったよ」

「やった!」


ご機嫌な様子のトーカの先導で、ライ達は帰路につくのであった。

メインとの絡みが無いとついつい忘れがちになりますが、次回はストーカー組のターンです。

物語の前半は基本変態行為しつつ後をついて行く以外出番無いからね、仕方ないね。

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