合法薬物
「何故この街の領主がダンさん達を?」
「私達が持っているヤヅズクが狙いなんですよ」
そう言うとダンは席を立ち上がりキッチンの方へと向かう。
「ヤヅズクを何故領主が?」
「正確に言えばヤヅズクそのものではなくその種と栽培方法、ですがね」
ダンは両手に小さな小皿を二枚持ってダイニングテーブルへと戻って来ると、その小皿二枚をライとフィアの前に差し出す。
小皿の上には粉末状になったヤヅズクが盛られていた。
「どうぞ、まずは右の小皿から試してみてください」
ライとフィアが小指を使って付着した少量のヤヅズクを口に含む。
口に含んだ瞬間、二人の顔が露骨に歪んだ。
「うっ」
「……まずい」
「でしょうね。では次は左の小皿を」
右の小皿が相当まずかったのか、今度は少し躊躇いながら先程と同じようにヤヅズクを口に運ぶ。
一度目と同様、二人の表情に変化があったが、それは不味さから来るものではなく驚きの表情だった。
「さっきのとは全然違う」
「本当、右の小皿は鼻の奥にこびりつくような感じがあったのに、こっちはスッと香りが抜けて行く感じ」
「香りもだけど味も違うよ。右の小皿は舌の上に乗せた時嫌な苦みがあったけど、左の小皿のヤヅズクには苦みは殆ど無いし、ピリッとしたキレがある。これどっちも同じヤヅズク何ですか?」
「元は同じですね。ですが右のヤヅズクは今の市場に出回っている野生のヤヅズク、左のヤヅズクは禁制品となり栽培を禁止された事で市場から消えてしまった品種改良を重ねたヤヅズクなんです」
ダンはそれぞれの小皿の前に二つの楕円形の実を置く。
「小皿の前に置いた二つの実がそれぞれのヤヅズクの粉末にする前の物になります」
「右の方が野生のヤヅズクの実って事ですね。左と比べると結構大きいな」
「左と比べて1.5倍はあるかな?。それにちょっと表面がデコボコしてる。不格好でまさに自然って感じ。それにしても二十年もの間栽培を禁止されていたのに良く種が残ってたね?」
「そこはまぁ、個人で楽しむように裏でコソコソと……って、そんな話は置いといて」
ライとフィアが二つのヤヅズクを見比べ終わるとダンは金槌を取り出してヤヅズクの実を割る。
割れたヤヅズクの実の中身を見てみると、野生のヤヅズクの方は大きさのわりに中身はスカスカで実の半分の大きさ程度の黒い種が中に入っていた。
一方品種改良されたヤヅズクの方は実の中にスッポリと亜麻色の種が収まっており、隙間も殆どない。
「種の方は左の方が大きいんですね。それに……うん、匂いも左の方が良い」
「右のはさっき口に運んだ粉末状の物より嫌な臭いが強い気がするね」
二つのヤヅズクの味比べ、見比べが一通り終わるとライがダンに尋ねる。
「領主が狙っているのはこの品種改良されたヤヅズクの種と栽培方法って事ですか?」
「えぇ、あの男はヤヅズクが合法化された事を良い事にヤヅズクを調味料ではなく薬物として売り捌いているんです」
「薬物としてって、そんな事して国が黙っていないでしょう。いくら合法化されたからって薬物として売り払うなんて真似、まさかそれすらも見逃してしまうんですか?」
「いえ、流石にそこまでこの国も腐っている訳ではありませんが……」
「売り方が卑怯なんだよ!あの好色オヤジ!!」
今まで話に混ざる事無く黙々と料理を食べていたトーカが突然声を荒げる。
「ヤヅズクを全て買い占めた後、そこら辺の人間に”お試し”って言ってロクな説明もせずに大量にバラ撒いて、それで中毒になった連中に”高価な調味料”って言って売りさばいてるんだよ!」
「古典的な手口では有りますが、既にアンシャにはそう言ったヤヅズク依存症の人間が大勢居るんです」
「やり方は完全に薬物のそれだけど、名目上は”調味料”としての販売だから問題ない、って事ですか」
「しかもヤヅズク依存症の人間が増えてから”10グラム以上は摂取しないように”なんて取ってつけたように説明をし始めたんです」
「”ちゃんと説明したのに買い手が言う通りにしなかった。自分達は悪くない”って、後から問題視された時の為の予防線まで張っちゃってさ!いい歳した大人が最っっ低だよね!!」
(なるほど、何となく話が見えて来たぞ)
ドナード・プレハロフはヤヅズクが合法化された事を機にそれで大儲けをしようと企んでいる。
そんな時、一般的に出回っているヤヅズクよりも質の良いヤヅズクを取り扱うダン達の事を知り、”客”が流れるのを防ぐためか、もしくはそれを使って更に儲けようと画策しているのだろう。
「しかし先程”足が付かないよう自分の部下ではなく適当な人間を使ってる”と話していましたが、良く領主が黒幕だって分かりましたね」
「そりゃ分かるよ!だってあいつら私達がヤヅズクの種とその栽培方法を教えないって言った途端、嫌がらせを始めたんだから!!しかもそれを何度も繰り返して!!」
「どういう事?」
感情的になったトーカの言葉足らずな説明にライがそう尋ねるとダンが改めて説明をする。
「以前、私達の所にドナードの使いを名乗る人間が現れたんです。そしてヤヅズクの種とその栽培方法を売ってくれと話を持ちかけて来たんです。ですがその時からドナードがヤヅズクを依存者達に高額で売り払っている事を知っていたためその話を断ったのですが、その直後に嫌がらせが何度かあり、それは少ししたら無くなったのですが暫くしてまたドナードの使いを名乗る人間が現れ、それを断ったらその直後にまた」
「断った途端にチンピラを使った嫌がらせがまた始まったの?。足が付かないようにって適当な人間を使ってる癖にそんな露骨な事してバレないと思ってるなら、そのドナードって領主は相当な間抜けだね」
「そうでもないよ。むしろ頭がキレる方だと俺は思う」
フィアの言葉にライが異を唱える。
「取引を断られた直後に嫌がらせを始めたのは”自分の手の者の仕業だ”とわざと知らせる為だと思う」
「それならわざわざ適当な人間にお金を握らせるなんて事せず、自分の部下を使えば良いだけの話じゃ無いの?」
「それじゃあ駄目なんだ。今日のアレを見た限り、その嫌がらせって完全に法を無視していますよね?」
「えぇ、法律どころか教義さえ破るようなものもありました。不法侵入に物取り、ボヤ騒ぎ、流石に山のように黒色火薬を盛られたのは今回が初めてでしたが」
「そこまで行くと国も黙っていないはずだ。もし自分の部下を使って尻尾を掴まれたら今まで築き上げてきた物が無駄になる。とは言えダンさん達にはその嫌がらせの裏に自分が居るという事を理解させないと嫌がらせの意味が無い」
「なるほど。国から咎められないよう犯罪の証拠を残さないようにしつつ、相手には自身の存在を仄めかし圧力をかけるって事ね」
その認識で間違いないのか、ダンは静かに頷き、トーカは不機嫌そうに先程よりも頬を膨らませる。
そんな話をしている間に随分と時間が経ち、湯気が立ち上っていた料理もすっかり冷めてしまっていた。
「さて、暗い話はここまでにして食事の続きをしましょう。すっかり料理も冷めてしまいましたし温め直して来ますね」
「あぁ、ありがとうござい――あっ!?」
「ん?どーしたの?」
突然大きな声を出したライにトーカが尋ねる。
しかしライはトーカの方を見向きもせず、窓の方をじっと見たまま答える。
「すっかり陽が落ちてる。今から宿取れるかな?」
「もう無理だと思うよー。その様子だと気が付いてなかった見たいけど、おじさんが晩御飯の準備始めた時にはもう薄暗くなってたから陽が完全に落ちたのはもう二時間近く前になるし」
「しまったなぁ……ねぇトーカちゃん、何処か空いてそうな宿屋知らないかな?」
「知ってるは知ってるけど、オススメはしないよ?。今空いてる所なんて″客が居なくて当然”って所しか無いから、行ったらカモにされるのがオチだね」
「そっか……」
トーカの返答に真面な宿屋には泊まれそうにない事を悟り、ライが肩を落とす。
「どうする、ライ?」
「どうするって、まぁ真面じゃ無くても泊るしかないんじゃないかな。少なくとも路上で一晩過ごすよりは安全だと思うし」
「それならうちに泊まって行ってはどうですか?」
ライとフィアの会話にダンがそう割り込んでくる。
「良いんですか?」
「えぇ、実はこの家はとある一家が夜逃げして空き家になったものなんです。家財道具はそのまま、五人家族だったようでベッドも三つ程空きがあるんですよ。普段私達も使わないので要らない物を放り込んで置く物置みたいな部屋なんですけど、それでも良ければ」
「それでも構いません。ありがとうございます、とても助かります」
普段なら一度断りを入れるライだったが、流石にそんな宿屋には泊まりたくないのかダンの提案を素直に受け入れるのだった。
こうして時は六章の冒頭に戻る。