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二つの法制

「アンシャの領主、ですか」

「えぇ、汚職に手を染めながらも保身に長け、長年ここで甘い蜜を吸い続けている悪徳領主です」


ダンの言葉にライは顔を顰める。

何故ならライが最も嫌い、最も関わり合いになりたくないのがその手の輩だからだ。

単純に生理的に受け付けないというだけではない。


若返り、始源、そしてフィア、ライ達には他人に知られてはいけない秘密がいくつもあった。

そのどれか一つでも露見した際、まずライ達を狙うのはそう言った輩であり、そういう意味でもライは極力その手の輩とは関わり合いたくはないと思って居た。


「ダンさんの話しぶりからするに、知る人ぞ知る領主の裏の顔って感じでは無さそうですね」

「アンシャに住む人間なら誰でも知ってる事ですよ。叩けばいくらでも埃が出てくるでしょうね」

「何故そんな人間が長年アンシャの領主に?他の国と比べてフェイリスは法に厳しく、法を犯した者は例え教皇であろうと厳しく罰せられると聞いたのですが」

「法に厳しい、ですか。確かにフェイリスは法に煩い所はありますが、それは半分だけなのですよ」

「半分って?」


フィアがそう聞き返すとダンは話始める。


「フェイリスが国教として定めている宗教について、お二人はどれ程ご存知ですか?」

「私は何も知らない。ライは?」

「俺は一般的な事だけ。確か国の名前や聖都の名前の由来にもなっている聖女フェイリスが提唱した世界を主とした宗教ですよね?」

「はい、我々が生きていけるのは世界の恵みのおかげであり、生まれる事が出来たのも世界があればこそ、世界こそが全ての生き物の母であり主――つまり崇拝すべき神なのだという教えです」

(せかい)が、神……」


ダンの話に何か思う所があったのか、フィアはそう呟くと顔を俯け何かを考えている様子だった。

その様子が気になったライだったがそれ以上にダンの話が続きが気になった為、黙ってダンの話を聞き続ける。


「ライさんの言う通り、フェイリスという名前はかつてこの国を救ったとされる聖女フェイリスにあやかったもので本来の名前は違います。元々この国は宗教国家などではなく、今でいうキラヒリアに近い政体の国だったのです」

「キラヒリアに近い政体……それが先程の”半分”という所に関係してくるのですか?」

「えぇ、フェイリスは宗教国家として新たに建国した国ではなく、元ある国が宗教国家に鞍替えしただけ、つまり古い体制は殆どそのままにその上に教義を乗っけただけに過ぎません。そのためこの国には法律と教義、二つの法制が存在しているような状態なのです」

「二つの法制……じゃあ半分だけと言ったのは」

「はい、この国ではこの二つの法制は対等なものでは有りません。この国で尊重されるのは教義の方であり、法律は二の次なのです」


法制が二つ存在するという意味をライは考える。


(元々存在する法律の後に後付けで作られた教義か。法律は二の次って事は元からある法律を無視して教義を作ったのか?)


そんなライの思考を助けるようにダンが話を続ける。


「お二人も薄々感づいているでしょうが、元から存在してる法律は兎も角、後から作られた教義はこの法律の存在を前提に作られてはいません。そのため法律を守ろうとすれば教義に、教義を守ろうとすれば法律に違反するというような事態が多々あるのです」

「なるほど、そういう事態に陥った時は教義の方が優先される。だから法律は二の次、半分だけって事ですか」

「そういう訳で法律については他国と比べても緩いくらいなんです。多少の法律違反なら例え教義と無関係であっても見逃されてしまうくらいに」


だからこそ、アンシャという街が存在出来ているのだろう。

フェイリスという国の仄暗い部分を知り、ライが今まで抱いていたフェイリスの清廉なイメージが崩れていく。


「でも、だからってそのドナード・プレハロフって人の汚職は見逃されるものなの?」


顔を伏せて考え込んでいたはずのフィアが何時の間にか顔を上げ、ダンに疑問を投げかける。


「先程も言いましたが、この街の領主は保身に長けているんですよ。確かに彼は領主という自らの地位、職権、裁量権を使って不当に金を稼いでいるのですが、その大半は国に税として納めています。その金額は馬鹿にはならず、フェイリス内においては上から二番目の納税額という話です」

「ふーん、つまり沢山お金を渡す代わりに見逃して貰ってるって事ね」

「その通りです」


ダンから一通りの話を聞き終えたライが目線を下に逸らしながら考える。


(厄介だな、そのドナード・プレハロフって領主。元からそのつもりではあったけど、早々にこの街を離れた方が賢明か。でも――)


思考を一旦切り上げ、ライが目線をダンとトーカに向ける。


「すみません、ちょっと聞いても良いですか?」

「何でしょう?」

「あの二人組の男達についてです」


その言葉が飛び出た瞬間、フィアが横目でライの顔をマジマジと見る。

その視線には”またか”と何処か呆れたような感情が混ざっていた。


「黒色火薬なんて持ちだして、ただのチンピラの火遊びとは思えません。彼らが何者か心当りは無いんですか?」

「……それを聞いてどうなさるおつもりで?」

「どうって」


その返しにライは黙り込む。

ただ気になっただけ、放っておけなかっただけ、言葉にしてしまえば簡単だがそれが他人の事情に首を突っ込む程の理由かと問われれば首を横に振らざる負えない。


黙り込んでしまったライにダンは少しバツの悪そうな顔をしながら口を開く。


「別に詮索されたとかそんな事は思っていませんよ。だからほら、顔を上げてください」

「……はい、すみませんでした。配慮が足りず、関係ない自分がいきなり踏み込んだ質問をしてしまって」

「謝らないでください。ライさんにはトーカを助けて頂きましたし、決して関係ないという訳でもありませんよ。特にライさんがアンシャに居る間はね」

「それはどういう意味ですか?」


ダンの言葉の意味が出来ないライがそう聞き返すと、ダンは少々言い辛そうな雰囲気を漂わせながらもゆっくりと口を開いた。


「あの二人組ですが、ただのチンピラで間違いはありません。恐らく足が付かないよう自分の部下ではなく適当な人間に金を握らせて使いっ走りにしたのでしょう」

「自分の部下?」


つまりダン達は何処かの組織に属している人間、それも部下を持つような存在に狙われているという事だろう。

そして何故だろうか?。

その程度しか情報が無いのにも関わらず、ライはその人物が誰であるか分かったような気がした。


「差支えが無ければ、その人物についてお聞きしても?」


ライがそう尋ねると、ダンはため息を吐きながら忌々しそうにその人物の名前を口にした。


「『ドナード・プレハロフ』ですよ」

またお前か。

という訳で前回と似たような締め方になってしまいましたが、フィアの過去回想も次で終わり、その次からは本章の冒頭のシーンへと戻ります。

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