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匂い

太陽が西の空に完全に傾いた頃、アンシャの街の正門の内側にライとフィアの姿があった。


「ここがアンシャ?」

「うん、そうだけど」


フィアの言葉にライがそう返しながらも、二人して街のあちこちに視線を向ける。


「なんか、普通だね」

「そう……だね、俺も想像してたのと違ってちょっと驚いたよ」


面食らった様子の二人だったが、何時までも正門の前で佇んでいては邪魔になるのでとりあえず人の流れに乗って大通りを歩いて行く。


「それにしてもあの野盗随分としつこかったね。まさか街が見えて来てもまだ追いかけてくるとは思わなかったよ」


街が見えてきた段階で普通の野盗なら街の衛兵を警戒して追跡を諦めるものだが、ライとフィアの後を追って来た野盗はライとフィアが正門に辿り着く寸前まで追いかけてきた。

普通ならそんな光景を目の当たりにしたら衛兵が野盗を追い払うのだろうが、アンシャの正門に居た衛兵達はそんな野盗達には目もくれず、正門にやって来たライとフィアを事務的に対応しそのまま街へ迎え入れたのだ。


「なんか変だよね。あれだけ執拗に追いかけてきた野盗も私達が正門に辿り着いた途端後を引き返して行ったし、悠然と引き返していく野盗を衛兵は何もせずただ黙って見ていただけ。警戒しながらいざ街の中に入ってみたら他の街と何も変わらない。何だかチグハグで違和感を感じるよ」


明らかに可笑しいはずなのに、その可笑しさを感じさせない街の場景にフィアは何とも居心地が悪そうだった。


「確かに表面上は普通の街と何ら変わり無さそうだけど……ほら、大通りに繋がっている路地の方を見てごらん」


顔を前に向けたまま、横目でチラリと路地の方を見ながらライが言う。

その言葉に触発されるようにフィアも横目で路地の方へと視線を向けると、大通りを歩く人々とは明らかに様子の異なる異様な雰囲気の人間の姿がチラホラと見かけられた。


ある者は路地の壁面に背を預け項垂れ、またある者は大通りを歩く人々に値踏みするような視線を向けていた。


「なるほど、表面は装ってるだけで中身は想像通りって事かな」

「アンシャもあくまで国が統治する街だからね。治外法権って訳ではないだろうし、言い訳の効く最低限の体裁は整えてるって事だと思うよ」


そんな事を話しながら宿を探す為に歩き回っていたライとフィアだったが、不意にライがとある屋台の前で足を止める。


「どうかしたの?」

「あぁいや、随分と懐かしい匂いがしたもんだからついね」

「匂い?」


ライの言葉にフィアがスンスンと鼻を鳴らし、一瞬顔を顰める。


「うっ、何これ……鼻の奥がムズムズする」

「ヤヅズクっていう香辛料の匂いだよ。ここ20年以上嗅いだ記憶が無いけど、懐かしいなぁ。昔はヤヅグスを使った肉料理の屋台なんかがガダルにもあって、依頼が終わった後なんかによく食べてたよ」


そう言いながらライはヤヅズクの香りを鼻いっぱいに吸い込む。


「ん?」


久しぶりに嗅ぐヤヅズクの匂いを堪能していたライだったが、突然視線を路地の方に向けるとそちらに歩み出し、再び鼻を鳴らす。


「ライ、どうかしたの?」

「……こっちの方から火薬の匂いがする」

「火薬の匂い?」


その言葉にフィアが周囲を見渡す。


「普通の建物ばっかりだね。火薬を取り扱ってそうな工房の類や人間も居ない。それなのに火薬の匂いが漂ってくる。なんか妙だね」

「……ちょっと様子を見て来るよ。フィアはここで待ってて」

「え?あっ――」


ライはフィアの返事も待たず、火薬の匂いが漂ってくる路地へと入っていた。








ライが路地に入って行ったその一分前、ヤヅズクの屋台があった建物の裏側に二人の人影があった。


「ふぅ、こんなもんかぁ?」


人影の片割れが一抱えもある壺を脇に置いて一息吐く。


「おい、ちと多すぎないかこれ。壺の中身全部使っちまって良かったのか?」


壺を抱えていた人影とは別の人間が地面に出来た黒色の盛り上がりに視線を落としながら言う。


「知らねぇよ。火薬とか使った事ねぇし、分量なんて知るかよ」

「少し騒ぎを起こして来いって命令であって、大騒ぎを起こして来いなんて一言も――」

「問題ねぇって、大は小を兼ねるって言うだろ?。第一これで騒ぎを起こせって壺いっぱいの火薬を渡してきたのは向こうなんだ。何が起ころうと俺達の知った事じゃねぇさ」


人影はそう言うと路地裏の隅に放り捨てられていた木箱の板を一枚剥ぐと、これまた路地裏に捨てられていた襤褸(ボロ)切れを板の端に巻きつけ、小瓶に入った油を襤褸切れに染み込ませる。

油の染み込んだ襤褸切れに火をつけ、簡易的な松明を用意した。


「流石に直接火を付ける訳にはいかねぇからな。路地の角からコイツを放り投げて着火するとするか。放り投げたら速攻で路地の奥まで走るぞ。それで――」

「それで――どうする気だ?」

「っ、誰だ!?」


自分達の物とは異なる声に、二人は緊張した面持ちで声のした方へ視線を向ける。

大通りに面した路地の角からライが姿を現し、怪しげな人影と対峙する。


「なんだてめぇは」

「ただの通りすがりだ。そっちこそこんな所でそんなもの掲げて一体何者なんだ?」

「はっ!名乗る気はねぇなぁ!衛兵でもねぇただの通りすがりのてめぇによ!通りすがりなら通りすがりらしくそのまま通り過ぎてろ!痛い目を見ねぇ内によぉ」


そう言いながら男は松明を持ち塞がった左手とは反対の手で腰から短剣を引き抜こうとする。

しかし、短剣を引き抜こうとした時、すぐ隣に立っていた男に手で柄を抑えられ短剣を引き抜く事が出来なかった。


「待て」

「あぁ?何しやがんだ」

「コイツの恰好を良く見ろ。”ただ”の通りすがりじゃないぞ」


頭に血が上っていた男は冷静なもう一人のその言葉に多少の落ち着きを取り戻し、ライの姿を観察する。


「……冒険者か」


ライの恰好を見て悟ったのか、男は吐き捨てるように言う。


互いを牽制するような睨み合いが続く中、ライは少しずつ間合いを詰め、男達はそんなライから逃れるように少しずつ後ろに下がる。


そんな時だ――


バタァン!!


「コラァァァァァァ!!喧嘩なら他所でやれぇぇぇ!!」


突如建物の裏口から包丁とまな板を携えた少女が姿を現し、三人を一喝する。

少女の突然の出現にライが一瞬気を取られた隙を突いて、二人組は路地の奥へと走り出す。


「あ、待て!!」


それに気付いたライが二人を追いかける。

すると松明を持っていた男が路地を曲がる刹那、持っていた松明をライの方へと放り投げてきた。

放り投げられた松明は放物線を描き、ライの上を通り過ぎていく。


苦し紛れに放り投げた為に狙いを外したか――そう考えたライだったが、即座にそれが誤りである事に気が付く。


嫌な予感を感じライが振り返ると、放物線を描き落下する松明のその落下地点、それは裏口から飛び出してきた少女の足元に盛られた黒色の山だった。


「危ない!」


そう叫びながらライは投擲用の短剣を二本掴み、火薬の山に落下しようとする松明に向かってそれを投げる。

一本目の短剣が松明の軌道を逸らし、続けざまに放たれた二本目の短剣が松明を遠くに弾き飛ばす。


松明はその落下地点を大きくズレ、路地の奥の方へと乾いた音を響かせながら落下した。

いつ火薬に引火するとも分からないため、ライは二人組を追う事を断念し外套を使って松明の火を消す。


「はぁ……危なかった」

「ねぇちょっとアンタ、私がきもちよーく惰眠を貪ってたのにアンタらが騒がしいせいで台無しだよ。この落とし前はどーしてくれるの?」

「うえ?あーそれはなんというか……ごめんなさい?」


何故自分が怒られなきゃいけないのだろうと釈然としない気持ちになりながらもライは思わず正座し謝ってしまう。


「この街じゃ言葉や態度だけの謝罪なんて何の価値もないの。謝る気があるなら今すぐ表の屋台で一番高い串焼きを買ってきてよ」

「えぇ……」


物品を要求され、流石のライも渋っていると大通りに通じる路地の方からフィアが姿を現した。

それと同時に少女が出てきた建物の裏口からも四十代くらいと思われる男性が姿を現す。


「ライ、全然戻ってこないけど何かあっ――」

「おいトーカ!さっきから肉の追加が全然来ないが、お前またサボってるんじゃ――」


路地裏に顔を出した二人が見たものはこんもりと積まれた黒色火薬と鎮火された松明、その二つを挟んで対面する包丁とまな板を構えてドヤ顔する少女と少女に叱られ縮こる正座をした青年の姿だった。


「「何この状況……」」

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