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四人目の異常者

今回生々しいというか、ちょいグロテスクな描写入りますので苦手な方は気を付けて。

陽も落ちかけ、弱々しい光が僅かに森を照らす中、ライはアリスを背負ってエアストの街を目指していた。


大将を倒し、無事二人で脱出したライの表情には、Aランクの魔物を倒したという達成感も、無事生きて出られた事に対する安堵感も無い。

大将にトドメを刺した時と同じ、空虚なものだった。


ライはあの時、逃走せず戦うために姿を現した大将に対し共感のような感情を抱いていた。

戦う者としての矜持、意地、覚悟、そういった物をライはあの大将から感じ取り、それに共感してしまった。


長らく冒険者として生きてきたライの中にもある冒険者としての誇りがある。

死ぬ時は誰かを守り、或いは強大な敵と相打ちになって――だとか、そんな幻想を抱いている訳ではない。

死は何時だって、誰にだって、唐突に訪れるもの。

それを操作できるなんて思ってはいない。

生涯現役なんて無理な話だし、歳を取り戦えなくなり病で息を引き取る事だってあり得るだろう。

でも現役である内は、戦いの中で生きている内は、せめて全力を尽くして死にたい。


そんな気持ちがライにはあった。

きっとそれはあの大将も同じだったであろう。


(俺は、あいつに全力を出させてやる事が出来なかった)


あの大将に自分と同じ戦士としての誇りを垣間見、共感してしまったからこそ、ライはそう考えていた。

そして何より、ライ自身あの勝利には納得していなかった。


自分で生み出した訳ではない、自分で開花させた訳でもない。

ただ自分の中にあっただけの借り物の力、始源という力を使い、相手の力を封じた。


(あの大剣、恐らく魔力があれば遠距離攻撃も可能な一品だったんだろうな)


アリスを襲ったあの入口から噴き出した炎を思い出す。


(あの鎧、魔力があれば俺の蹴りなんて完璧に受け止めていただろうに)


背面蹴りによって無様にヘコんでしまったあの漆黒の鎧を思い出す。


(そして大将、あいつも身体強化さえ使えればきっと)


――自分は、死んでいたかも知れない。


死、そうライはきっと死んでいた。

Bランクの将校に快勝出来たからといってAランクの大将とまともに戦えるとは限らない。

しかも大将は魔法の武器と防具を装備していた。

もし魔力が使える状態で戦っていたのなら、例えライが負傷しておらず、体調が万全だったとしても倒す事は出来なかっただろう。


そして、相手がそれ程強大な敵であったからこそ、ライは虚しさを覚えていた。

大将は始源によって魔力を排除されたせいでその力の殆どを出す事が出来なかった。

言ってしまえばライにとって先程の戦いは得物を奪われ、両足を切断され、両腕をへし折られ動けなくなった相手の急所にただ剣を突き立てたのと同じ、そこまでお膳立てされたからこそ得られた勝利、そんなものに何の価値も無い。


(俺自身もっと強くならなきゃな。ただ始源に頼るんじゃない、俺自身の強さを、もっと)


「んっ、はぁ……はぁ……」

「っ」


考え事に意識を集中していたライの耳にアリスの荒い呼吸が聞こえ、ライはアリスを背負っていた事を思い出す。


「体調はどう?」

「へ、平気よ。これくらいなんて事ないわ」


そう言ったアリスの顔は赤らんでおり、荒い呼吸から見てもとても平気そうには見えなかった。


オーク達が撤退し、一度は体調が回復し始めたかのように見えたアリスだったが、ライが大将との闘いを終え振り返った時にはアリスは既に今のような状態になっていた。


(こうも体調が崩れるなんて、何かの病気だろうか)


ここは一刻も早くエアストの街に向かい、アリスを医者に見せるべきだろう。

そう考えたライは大将の事は一旦忘れ、アリスと共に無事街に辿り着く事に意識を向ける。


「何か体調が改善する為に必要な事ってある?。例えば水が欲しいとか、背負うような体勢じゃ辛いとか」

「いい、そんな気遣いは要らないわ。別に病気とかじゃないし」

「病気じゃない?それってどういう――」


そう言いながら首を捻り、左肩に顎を乗せるようにしているアリスの顔を見た瞬間、ライは違和感に気付く。


紅潮した頬、荒い吐息、潤んだ瞳、洞窟の中では暗さと状況のせいでアリスの事を詳しく見ている余裕など無かったが、今改めてその姿を見るとそれは体調不良の人間というよりは、もっと別の――


「んっ」

「!?」


ライの背中でアリスが身動ぎ、太ももで脇腹を挟みながら股間を擦りつけるように動く。


(こ、この娘もしかして)


「はぁ、はぁ」


(興奮してらっしゃる!?)


一体何が原因で、いやそれ以前に一体何時から興奮していたのか?。

洞窟を脱出した時からか?。

いやもしかしたらその前、それこそ大将の炎の攻撃を受けたあの時から?。


(大将の攻撃を受けてそれで興奮したのか?いや、もしかしたら興奮してたせいで攻撃を避けられなかったのか?)


唐突に発覚したアリスの発情という状況にライは酷く混乱しながらも、ある一つの答えを導き出す。


「もしかして君って」

「ん?」

「あの【聖壁】と同じタイプの人?」


ライの言葉にアリスは一瞬キョトンとした表情をした後、カッと目を見開きライの首に回していた両腕でライの首を締め上げる。


「誰が烏賊臭マゾ女ですって!?あの変態野郎と一緒にしないで!!」

「ちょ、誰もそんな事言って――あ゛謝るから首!腕を緩めて!!」

「ふぅー!ふぅー!」


興奮を落ち着けるように、先程とは違う意味で乱れた息をアリスが整える。


「ケホ、ケホ……あ゛ー、一瞬気が遠くなりかけたよ」

「ふん、アンタが変な事言うからでしょうが、自業自得よ」


アリスの言う通りだ。

ライの先程の発言は年頃の娘に対して「君マゾなの?」と聞いたようなものだ。

不審者扱いされて衛兵に突き出されても文句は言えない。

しかも相手はSランク冒険者、首締め位で済んで良かった方だろう。


「悪かったよ。流石にちょっと配慮が足りなかった」

「ちょっと所じゃないわ!よりにもよってあんな変態と同じに見られるなんて、それならまだあの筋肉馬鹿の方が100倍マシよ!」

「筋肉馬鹿って、もしかして衆人環視の中、俺に結婚を迫って来た【豪腕】の事?」

「……100倍マシってのは撤回するわ。1.1倍マシよ」


どうやらアリスの中でアドレアよりもルークの変質者レベルの方が僅差で勝ったらしい。


(しかしどうしたものか。ちょっとこの娘をこのまま背負ってるのもなんか怖いしなぁ)


先程のアリスの様子を受けて、以前見てきた三人のSランク冒険者の顔がライの脳裏に浮かぶ。


(何で興奮してたのか分からないのが怖いけど、それを年頃の娘に聞くのも問題だし)


もし「なんで興奮してたの?」なんて直球で聞いた日には今度は首締めでは済まされないだろう。

そこでライはアリスに別の質問をする事にした。


「君ってSランク冒険者のアリス・ブレイスだよね?」

「そうだけど、何でそんな事聞くの?」

「いや、君もSランク冒険者なら、他のSランク冒険者同様、俺を追う理由が何かあるのか――う゛っ!?」

「私をあの変態達と同列に扱わないで」

「わ、分かったから、踵で膝の皿蹴りつけるのは勘弁して」

「ふん……他の三人とは話した事あるんでしょ。その時に聞かなかったの?」

「あー、【豪腕】と話した時に君が俺を追う理由も一応聞きはしたけど」


アドレアからの話ではアリスがライの追う理由は”竜をたった一人で討伐するような危険な存在を放置は出来ない”という事だった。


「それを聞いてて、私に改めて聞きに来るって事はそれが嘘だって分かってる訳ね」

「あ、いや――」


そういう訳ではないとライが言葉を続けるよりも早く、アリスが身体をより密着させライの耳元に口を寄せる。


「知ってるんでしょう、私の目的も、想いも全部……」

「え?それって」


先程までの少女のような振舞いをしていたアリスとはまるで別人と思える程、艶やかで耳の奥に絡みつくような声色にライは顔を真っ赤にする。


「アンタと天竜の戦いを見た時からずっと、あの光景が脳裏に焼き付いて離れないのよ。ううん、あの戦いだけじゃない。アンタが剣を握り、戦う姿を思い出すだけで私は身体が火照って仕方が無いの」

「う、ぁ……」


全身に感じるアリスの体温、感触、匂い。

脳を溶かす甘い声色と言葉がライの理性を崩していく。


(お、落ち着け俺、理性を保て!こんな所で理性飛ばしたら色んな意味で終わる!何か違う事を考えるんだ、気を逸らすんだ!)


「君はその、あの」


明らかに動揺した様子のライが必死に言葉を絞り出す。


「俺の事が好きなのかな!?」


(って、何言ってるんだ俺はぁぁ!?)


咄嗟に出たその言葉にライ自身内心ツッコミを入れる。


そんな事わざわざ聞かなくてもアリスの態度で一目瞭然では無いか。

むしろここでもし好きだとハッキリ言われたらどうする?。

アリスが受け入れてしまったら?。

アリスにそのつもりがあったら?。

その時自分は理性を保てるのか、はっきり言って自信は無かった。


いくら後悔した所でもう後戻りは出来ない。

ライは期待と後悔で胸を一杯にしながらアリスの顔をみる。

そこには――


「は?何言ってんのアンタ?」


ライの予想とは正反対の、侮蔑の表情でライを見るアリスの顔があった。


「あれ?」

「はぁ……男って皆こうなのかしら、すぐ勘違いするというか、ちょっと話しただけで気があるんじゃないかとか、ほんとどうしようもないわね」

「え、いやだって、あれぇ!?」


先程までの様子がまるで嘘のように消え失せたアリスの対応にライは混乱する。


「そういう事じゃないなら、俺が戦ってる姿を思い出して身体が火照るってのは一体」

「アンタが戦ってる姿じゃないわ。アンタが”剣を握って”戦ってる姿、よ」

「つまり……どういう事?」

「あーもう、まどろっこしいわね。つまり私はアンタの剣技に惚れたの!」


剣技、その言葉をライは自身の中でゆっくりと反芻した後、今までのアリスの様子を思い出す。


「もしかして武闘大会の準決勝で体調が悪かったのは」

「アンタと人食いの試合を見た後だからよ」

「大将の攻撃を躱しきれなかったのも」

「アンタの振るう剣に見惚れてて、その、ちょっと油断しただけよ」

「じゃあオーク達が撤退して一旦落ち着いたように見えた体調が、大将と戦った後にまた悪化したのも」

「だーかーら、アンタの剣技を見たからよ!もう、何度も言わせないでよ!!」

「……えー」


その予想外の回答にライは何とも言えない表情を浮かべる。


(辻褄は合うし、納得は出来るんだけど……なんだろうこのモヤモヤは)


納得出来るが納得出来ない、そんな微妙な感覚がライの胸の中で渦巻いていた。

自分個人は好きではないが、自分が振るう剣が好き、それをどう捉えれば良いのか。


ライはそんな事を考えながら、アリスを背負ったまま腰に釣るしてあるエクレールの柄に触れる。


(まぁ、自分の技を好きって言って貰えるのは悪い気分じゃないよね)


剣技に惚れた、それは普通の人の感性からしたら逸脱したものかも知れないが、ルークにイザベラ、アドレアの異常性に比べたら随分と可愛いものだし、他の三人は兎も角アリスからは逃げる必要は無いだろう。

ライがそう自分の中で納得した時、再びアリスの吐息が乱れだす。


「はぁ、はぁ……ねぇ、アンタは確かめた事があるかしら?」

「え、何を?」

「自分が斬った魔物の断面よ」

「断……面?」


その言葉を聞いた瞬間、ライの背筋に冷たいものが走る。


「細胞がまるで潰れていない筋肉、円を保ったままの血管、そのままくっ付ければ動くのではと思えてしまう程綺麗に切断された神経と骨、そして内臓――」


うっとりとした様子で語るアリス、しかし何故だろう。

先程まで感じていたはずの色っぽさはまるで感じる事が出来なくなっていた。


「ねぇ、オークの巣穴の中でアンタが袈裟懸けに斬ったオークの断面がどうなってたか分かる?。左肩から入った刃が鎖骨を絶ち、僧帽筋、肩甲骨、大胸筋を通り、肝臓、胆嚢、腸を抜けて、オークを真っ二つにしたの。きっとあのオークは死ぬ直前まで斬られた事に気付いて無かったはずよ」


思い返す度に身体の火照りが強くなり、体温が上がるアリスとは対称的にライの身体からは冷や汗が噴き出し、体温が下がって行く。


「ねぇ、アンタはそんな断面を見て考えた事無い?」

「な、何をでしょうか?」


思わず敬語で返してしまったライの様子を気にも留めず、アリスは何処か遠くを見つめながら続ける。


「もし、この剣で斬られたのが自分だったら、どんな感じなんだろうって」

「……」

「剣技を一番身近に感じるにはどうすれば良いか。自分がその剣を振るうんじゃない、他人が振るう剣を眺めるだけじゃない――自分が斬られる(・・・・)のが一番剣を感じる方法なのよ。分かるでしょう?」


もはやライにはアリスの体温も、その身体の柔らかさも何一つ頭に入ってこなかった。

アリスを放り出して今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られながらも、こんな状態の少女を一人森の中に置き去りには出来ず、理性が本能を抑え込み何とか踏み止まっていた。


それからライは巣穴の中でライが斬り伏せてきたオークの断面について熱く語り、それを自身に置き換えて興奮するアリスを背中に乗せたまま、一刻も早くアリスを放り出す為に薄暗い森の中を必死に歩き続けたのだった。

という訳でストーカー四人組の異常性が明らかになりました。

これで残すところは後一人です。

え、四人で終わりじゃ無いのかって?。

そう思った人はルーク達が初登場した話を読み返して見ると良いかも。

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