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無価値の勝利

始源によって魔力が押し流され、魔力で動いていた照明の明かりが消え、オーク達が残していった火のついた木材の明かりだけが弱々しく大広間を照らしていた。

そんな大広間に姿を現した大将を前にライはアリスを背中に隠すようにしながら大将と対峙する。


オークの死体を踏みつぶしながらゆっくりと近づいて来る大将を前にライは相手の戦力を分析していた。


(冒険者の防具を繋ぎ合わせて作った即席の鎧とは違う、継ぎ目のない綺麗な鎧。オークに鋳造技術は無いし、あれも冒険者から奪った鎧だろうが、オークの巨体に合う鎧を着た人間なんて見た事も聞いた事も無い。とすれば装備者の体格に合わせてサイズが変わる魔法の鎧か)


ライは次に大将が握っている深紅の大剣に視線を向ける。


(あそこまで綺麗な朱色を持つ鉱物なんて見た事が無い。恐らくあっちも魔道具の類、彼女を襲った炎もあの魔剣が生み出したものか)


魔法の鎧に魔法の剣、流石群れの頂点に立つ長といった所か。

その他のオーク達とは装備の質からして明らかに違っていた。

もし真っ当に真正面から戦おうとすれば無事では済まされないだろう、しかし――


「どうして出てきた」


言葉が伝わらないと分かっていながら、ライは大将に向けて言葉を放つ。

果たして言葉が届いたのか、大将はピタリと歩みを止めライをじっと見つめ返す。


無論オークは人語を介す事は無い。

それ故に答えが帰って来る事は決して在り得ないのだが、それでもライは大将に問い続けた。


「群れの長に最も必要とされるもの、それは腕っぷしの強さでも指揮能力でも無い。憶病さ(・・・)だ」


群れを率いる長、ライが最初に上げた二つは合っても困るような物ではない。

いや、その二つがあった方が群れがより円滑に回るのは論ずるまでもないだろう。


一般兵では打ち倒せない強敵と相対した時、その強敵を打ち破る強さ。

群れが危機に陥った際、自軍の被害を最小限に抑える指揮能力の高さ。


これら二つは出来れば兼ね備えておきたい非常に重要な物だが、臆病さはそんな二つよりももっと重要な物だ。

臆病者ならそもそもそんな強敵と戦おうとはしない、臆病者なら群れが危機に陥るような選択はしない。

臆病でさえあれば、その二つが無くとも群れの長として立派に役目を果たす事が出来る。

常に被害を最小限に、確実に得る物がある戦いだけを着実にこなしていく。


この大将はそんな臆病者だった。

今まで大広間に決して姿を現さずチャンスを伺い、アリスの一瞬の隙を見逃す事なく暗がりから不意打ちを加え、状況が自分達に有利な物となり将校達が姿を現してもなお自分は潜み続けたその慎重さ。


だからこそ、ライは解せなかった。


「何故一緒になって逃げなかった。本来なら真っ先に逃げている所だろう」


その臆病さと今姿を現した行為の矛盾にライは引っ掛かりを覚えていた。


だがライは知らなかった。

大将が既に今日一度逃げている事を。

大将が今ここに立っている理由が、意地とプライドでしかない事を。


オーク達は街に向かう最中、フィアの威嚇によって一度撤退していた。

強大な敵の存在を前に、戦う事もせず尻尾を巻いて逃げ出した。

逃げ出して、巣に辿り着いて、今がこれだ。


殆どのオーク達は生きる為に二度目の撤退を選択した。

だが一番の臆病者であるはずの大将だけは逃げださなかった――いや、逃げ出せなかった。


戦わずに退いた一回目、それと二回目では重みが違っていたのだ。


被害も無く、刃を交える事無く撤退した一回目、だが二回目の場合はどうだ?。

相手はたった二人、その二人に挑み、蹂躙され、あまつさえここは自分達の陣地、そこから退くというのは即ち、撤退では無く敗走、完全な敗北を意味していた。


日に二度の撤退、それも一回目の戦わずに退いたのとは違う、戦って逃げるという最悪の醜態。

群れを率いる長としてのプライドが、戦いの中で生きてきた戦士として意地が、その臆病さを上回ったのだ。


とはいえ、勝てない勝負に挑む程大将も馬鹿では無い。

相手は二人、一人は不調で十分に動けず、一人は左手を負傷している。

さらに大将は既にライが先程の一撃で魔力を完全に消費している事を確認していた。

互いに魔法が使えないこの状況なら勝機はある、そう踏んだのだ。


「意地か」


不意にライがそう言葉を漏らす。


「俺はずっと一人でやって来たし、仲間を率いるリーダーの気持ちってのは分からない。けど」


ライは残った右手でエクレールの柄を握りしめ、剣先をゆっくりと大将に向ける。


「負けたくないっていう気持ちは良く分かるよ」


今から命を掛けて戦おうという敵を前に、ライは不思議な感覚に襲われていた。

恐怖も、敵愾心も無い、あるのは敬意に憧憬――そして同情(・・)だった。


ライが向けた剣先に合わせるように、大将もまた深紅の大剣を構える。

エクレールと大剣の先が僅かに触れ合った瞬間、両者が同時に動き出す。


まず大将は大きく踏み込むとライの剣の剣を払うように横薙ぎを放つ。

それを読んでいたようにライは剣を引き、仰け反るようにして大剣を躱す。


大剣が顔面スレスレを通過する中、ライは右足を軸にして大剣に背を向けるように身体を反転させ、身体が地面と真っ直ぐになったタイミングで左足で地を踏みしめ、自由になった右足で大将の胴体めがけ背面蹴りを繰り出す。


横薙ぎに払った大剣の制御で態勢が不十分だった大将はライの蹴りの衝撃をもろに受け後退する。


(衝撃が抜けていく感覚、予想通り変形系の魔法鎧か)


魔法が付与された鎧には様々な種類がある。

その中でも有り触れた物の中に形を変化させる鎧というものがある。

これら変形系の鎧の特徴は装備者の身体の線に沿って形を変えるため、装備者を選ばないという利点の他に、外部からの衝撃にも反応して形を変化させるという特性もあった。


綿やスポンジをイメージすると分かり易いだろう。

外部からの衝撃に対しそれを受け止めるのではなく敢えて受け入れヘコませる事で衝撃を吸収しつつも、ヘコむ事で金属が奥で押し固められより強固な守りとなり、装備者の身を守るのだ。


しかし、その特性上弱点も存在する。

変形系の鎧は魔力を消費する事で自身の形を変化させる。

そしてその変化を生む為に敢えて金属同士の結合が緩く、押し固められなければ一般的な金属よりも脆い。

また装備者に合わせてサイズが変わるとはいえ容積が実際に変動している訳ではなく、いわば空気を入れてかさ増ししているような状態であり、金属同士の結合はさらに緩くなる。

オークほどの巨体に鎧のサイズを合わせるとなればその脆さは顕著にあり、鍛え抜かれたライの下半身から繰り出された蹴りの一撃で大将の鎧は明らかに変形していた。


「ウ゛……グゥゥゥ」


魔力が無いためライの攻撃に合わせ鎧が形を変えた訳では無く、ただ純粋に変形しただけあり、そんな鎧では衝撃をまともに受け止めきれなかったのだろう、大将が苦し気にうめき声をあげる。


だが流石に蹴りの一撃で膝を折る程、大将も弱くはない。

すぐさま体勢を立て直し、ダメージなど無いとでも主張するようにライへと猛然と襲い掛かる。


大剣の重量を活かした攻撃、しかしそれもライにいとも容易くいなされてしまう。

横薙ぎに振るえば刃を垂直に向け叩き落とし、突き出されれば刃の表面を滑らせるようにして軌道を逸らす。


ライは自分の持つ剣よりも何倍も大きな大将の剣を右腕のみで完璧に捌いていた。

本来ならそんな芸当は不可能、ライ自身やろうと考える事すらなかったであろう。

だがライがそんな事をやろうと考えるある要因があった。


(やっぱり、思った通りだ。剣に鋭さがまるでない)


大将の巨体と釣り合う程の巨大な大剣、自分と同じサイズの得物を振り回すというのは簡単な事では無い。

大将のあの大剣、あれは身体強化の使用を前提とした武器だ。

それを身体強化無しで振るうという事は大剣を振り回すごとに身体を引っ張られるし、大剣に乗る力はほぼ遠心力の分だけになる。

そんな状態では鋭さなど生まれる筈もなく、片腕のライでも簡単に捌く事が出来た。


(互いに魔法が使えない状況、その上こっちは左腕が使えない……でも)


大将の猛攻を捌くライの表情は戦いが始まる前と変わらない。


(それ以上に大将、お前は)


それはとても空虚なものだった。


――キィン


「もう、終わりにしよう」


ザンッ!!


「オ゛ッ!?」


大将が垂直に振り下ろした大剣に刃を合わせ九十度横に刃を逸らしながら、ライは剣を横薙ぎに振るう。

エクレールは大将の右腕から上腕骨を切断し、そのまま脇を抜けて左胸、心臓まで到達する。


ブシュッ


心臓まで到達したエクレールを引き抜くと同時に血が噴き出し、大将の巨体が仰向けに倒れる。


「ォ……ガ……」

「悔しかったろう」


仰向けに倒れ、苦し気に声を出す大将のすぐ脇にライが立ち、その姿を見下ろしていた。


「本意ではなかったろう、満足行くものでもなかったろう。最後の戦いに全力を出し切れないなんて」


ライがエクレールの剣先を大将の喉元まで運ぶ。


「こんな戦い方しか出来なくてすまない。せめて最後は」


スッ――


「安らかに、逝ってくれ」


決着、それはライが今までこなしてきた多くの戦いの中で最も静かで、そして無価値なものであった。


そんな静かな決着を見届けていたのはアリスだけではない、他にもう一人居た。

いや、もう一"人"というのは正しくはないだろう。

それは洞窟内を転がる土であり、岩でもあり、空気でもある存在なのだから。












ライと大将との戦いに決着が着いたとほぼ同時刻、ライ達から遠く離れたエアストの街にある宿屋の一室のベッドの上でフィアの身体が静かに横たわっていた。

まるで眠っているような――否、意識のない抜け殻に意識が戻り、目を覚ます。


「……予想通り、ライは始原を使ってくれたね」


身体を起こしたフィアは窓際に立ち、ライ達が居る巣穴が存在するエアスト近郊の森の方角を見つめる。


「必要な事とはいえ少し荒療治だったかな」


フィアは着実に始源を自分の物にしていくライに危機感を覚えていた。

それは以前からもあった強すぎる力への依存を心配してだったが、ライが始源を圧縮する利用法を編み出した辺りでその心配はより一層強いものになった。


「きっとライはこのまま行けば始源を自分の手足のように扱えるようになる。でも、そうなる前に分からせなきゃいけなかった」


フィアが恐れていたもの、それは始源という力への依存だけではない。

ライが始源という力を自分の力だと思い込むのではないかというものだった。


もしライがこのまま順当に始源の使い方を覚えて行けば、それは自分で手にした力、つまり自分の力だと思い込んでしまう。

だが始源は何処まで行っても始源であり、決してライの力ではない。

魔力と同じ、ライはただ始源という力を借りて使っているだけに過ぎない。


だからこそ、フィアはライに思い知らせる必要があった。

ライが始源を自分の力だと思い込む前に、始源に頼らなければいけない状況に追い込み使わせる事で、決して始源が自分の力ではないという事実を理解させるために。


「でもちょっと効き目あり過ぎたかな。随分とライ落ち込んでたし」


嘆息しながらフィアは窓際から離れベッドに身を投げ出す。

それはフィアのベッドではなく、ライが使っている方のベッドだった。


「それにしても悲しむならまだしも、あそこまで無感情になるなんて思わなかったな」


枕元に顔を埋めるようにしながら、フィアはここでライの身体をマッサージし、そのままライの背中に身体を預けた時の事を思い出す。


「あの時のライの感情の動きは良かった。でも始源の生産される量は大したものじゃない」


フィアは枕に顔を埋めながら、横目で窓の外に視線を向ける。


「ライにはもっと感情を、始源を生み出して貰わなくちゃ。そのためなら私は――自分を偽り続ける」


ライの居ない宿屋の一室でフィアの小さな呟きは空気に溶けるように消えて行くのであった。

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