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揺さぶり

投稿遅れて申し訳ありません。

全然時間が取れませんでした。

先週出来なかった代わりに可能なら今日中、もしくは月曜日か火曜日にはもう一話投稿したい。

大量の兵士、隊長格のオークに囲まれ、さらには五体の将校が現れライはこの状況を打開するべく考えを巡らせていた。


(大広間にまだスペースがある状態でこれ以上オークが現れないって事はここに居るので全部って事か?)


だとすれば何処かの入口を一点突破する事が出来ればそのまま脱出する事は出来るだろう。

ただしそれはライ一人の場合の話だ。


ライは自分の背後に居るアリスに視線を向ける。

Sランク冒険者であるアリスならばこんな状況屁でも無かったはずだが、頼るには今の状態のアリスは非常に危うく、守らなければいけない対象でしかない。


(体調が戻るまで守り続けられるか?いや、無理だな)


アリスを背に守り続けるという考えをライはすぐに捨て去る。

何故ならば将校格のオーク達が身体強化を発動させた状態でオークの群れの中を進みライ達の方へと向かってきていたからだ。


(彼女を守りながら五体の将校を相手にするなんて不可能だ。どうにかしてこの子を連れてこの場から離れないと)


それがアリスを守りながら将校を相手にする以上に困難な事だと分かっていながらもライは二人で脱出する方法を考え続ける。


(どうすれば良い、どうすればこの状況を打開出来る)


ライが考えを巡らせている間にも状況は刻一刻と変化していく。


(将校が相手じゃ無ければこの子を守りながらでも――)


「――将校じゃ無ければ?」


何かを思いついたのか、ライはにじり寄って来る将校達を前に剣を構えたままじっとしていた。

そんなライの背後でアリスはライと同様、オーク達の事を睨みつけていた。


(まさかこの私がオークを前にしてこんな情けない姿を晒す事になるなんて、屈辱だわ)


体調を崩しオーク如きに追いつめられているという事態に内心毒づくアリスだったが、実はこの状況に関してそれ程危機感を感じてはいなかった。

その理由はアリスの目の前に立つライにあった。


アリスはライの本当の実力を知らない。

それはライの力を侮っているという意味ではなくむしろその逆、フィアの事を知らないアリス達はライには天竜を一撃で倒せるだけの力があると誤解したままだった。


天竜とオークの群れでは比べるのもばかばかしい、こんな状況など危機とすら呼べないだろう。

だからこそアリスは自分の体調が崩れている事を加味しても、ライが剣を抜きオークと向き合っている事もあり非常に落ち着いた様子で冷静にオーク達を観察していた。


(とはいえ、他人に頼りっぱなしなんて真っ平よ。自分の身くらい守って見せる)


震える手で細剣を握りしめ、ありったけの魔力を細剣に込め始める。


(くっ……魔力の制御が乱れる。体調が悪いせい?いや、これは――)


思うように魔力制御が上手くいかず、自身の不調が原因かと疑ったアリス、勿論それも少なからず魔力制御の精度に影響を及ぼしてはいたただろうが、真因は別にあった。


「これしかない、か」


そう呟いたライの身体からは蒼い光――始源が漏れだしていた。

漏れだした始源はライの周囲を漂い、そのすぐ後ろにいたアリスは始源の影響をもろに受けていたのだ。


(こんなんじゃ全然足りない。思い出すんだ、マリアンベールでの、あの感覚を)


思い出すべきは魔窯の暴走する魔力を抑え込んだ時のあの感覚、あれ程の量の始源を捻り出す事が出来なければ話にならない。

ライはそう考え、意識を集中させるために静かに目を瞑る。


オークから視線を外す所か目を瞑るなど、本来ならば愚行以外の何ものでもない。

誰がどう見ても隙だらけの状態、だが目を瞑り意識を集中させているライを目の前にしてオーク達は一歩も近づく事が出来なかった。

それはオーク達が野生の生き物であり、危険察知能力が高い事が起因していた。


オーク達は始源の事など何も知らない、だがライの身体から漏れ出す蒼い光を前にして原始的な本能だけでそれが魔力や魔法等とは違う、埒外の力である事を理解していた。


(ほんの一瞬で良い、この広間……いや、この巣穴全てを飲み込む力を――!)


ライがそう強く念じ目を見開いた次の瞬間、ライの全身から始源が溢れ出し、瞬く間に大広間を埋め尽くし、通路へと流れ出し、オークの巣穴の全域まで始源が行き渡る。


「っ――!」


時間にしてほんの一秒にも満たない時間だったが、オークの巣穴を埋め尽くした始源は霧散し静寂が辺りを支配する。


「何……今のは?」


震える声でアリスがライの背中を見つめる。


(今の一瞬でかなりの体力を持っていかれたな……)


一瞬とはいえ、あれだけの始源を捻り出すのに相当の体力を消耗したのか、ライは肩で息をしていた。


一方、全身を始源に覆われ身を固くしていたオーク達だったが、身体の何処にも異常が無い事を確認すると、先程まで始源に怯え尻込みしていた様子が嘘だったかのように唸り声を出しながら、疲弊したライを睨みつけていた。


ただ、一部のオーク達を除いて――


――カラン


オークの唸り声でいっぱいだった大広間に、何かが地面に落ちたような無機質な金属音が続け様に五回(・・)響く。


「オ……オ゛ォォォ」


その音の正体は最もライの近くまで来ていた五体の将校達だった。

全員が武器を取り落とし、動揺しているのか自身の身体を見下ろしては頻りにその場で足踏みをしたり、拳を振り下ろしたりしていた。


将校達の突然の奇行に隊長以下のオーク達の間で動揺が伝播していく中、ライがゆったりとした動きで一歩前に歩み出る。


「魔法が使えないか?」


ライのその言葉が分かった訳では無い、ただライが声を出し動いた事に反応して将校達は動きを止めライを見る。

全員の視線がライに注がれる中、ライが次の一歩を踏み出した瞬間、ライの姿が掻き消える。


――ドシャ


「まずは一体」


その音と声が聞こえてきた方向に視線を向けると、一番手前に居た将校の首が地面を転がり頭部を失った体が力なく地面に倒れ伏し、その巨体に隠れるように立っていたライの姿が露わになる。


殆どのオークが今の状況を正しく理解する事が出来ずただ呆然とする中、将校達だけは違った。

ライの身体から始源が溢れ出たあの時、将校達の魔法は始源によって掻き消され、周囲の魔力も根こそぎ巣の外まで押し出されてしまっていた。

その事は将校達も正確に理解している訳では無かったが、少なくとも自分の魔法が強制的に解除され、周囲の魔力が完全に無くなっている事だけは理解していた。


「魔法が使えなければ将校も兵士と変わらない、か」


そして自分達の事を酷く冷めた瞳で見つめる目の前の人間だけは例外である事も。


姿が一瞬見えなくなる程の加速、それは魔法無くしては決して出来る芸当ではない。

本来なら始源で周囲の魔力を押し出した時点でライも同様に身体強化やクラックを使えなくなるはずだった。

しかしライは圧縮を使用する為に両足に込めた魔力を始源で囲み、魔力が漏れ出さないようにしていたため魔力の流出を防ぐ事が出来ていた。


これが元より魔法を使う事が出来ない隊長以下のオークだったなら周囲に魔力が無くとも関係は無かっただろう。

しかし将校達は魔法が使えたが故に魔法の有用性は理解していたし、その力の有無がどれだけの差を生むのかも理解していた。

魔物も人間と変わらない、力を身に付ければその力に依存し、その力無しでは戦えなくなってしまう。

いや、むしろ人間よりも本能で生きる魔物の方が力に溺れやすいと言っても過言では無いだろう。

だからこそ、将校達に走る動揺はその他のオークとは比べ物にならない程に巨大なものであった。


(両足に残る魔力はそう大した量じゃない。無駄遣いは出来ないな)


消耗した自身の状態、残った魔力を考慮して、どうこの状況を乗り切るかオーク達を見つめながらライが考える。

そんなライの視線さえ、将校達は酷く怯えていた。


こちらは魔法という最大の武器を奪われたのにも関わらず、相手はその魔法を使い挑んでくる。

ライに敵意を向けるその他のオーク達を尻目に、この状況を正しく理解出来た四体のオークが取った行動は――


「ウ゛ォ゛ォ゛ォォォォ!?」


――敵前逃亡だった。


背後に控えていたオーク達を引き倒し、掻き分け、この場から一刻も早く逃げ出すべく一心不乱に大広間の入口を目指す。

その姿には将校としての誇りも強大さも消え失せ、ただ生き延びようとする一匹の生き物でしか無かった。


将校達の突然の行動は既に動揺していた群れをさらに強く揺さぶり、殆どのオーク達が混乱しライに対する敵意を喪失していた。


「ここが魔力の使い所か」


動揺するオーク達を見て何かを思いついたのか、ライは両足を覆っていた始源を解除し、魔力を左拳に集中させる。

そして左拳を始源で覆うと、その拳を地面めがけて振り下ろした。


(クラック!)


ライの左拳が地面に触れた瞬間、始源が左拳の魔力を圧縮し、圧縮された魔力から発動したクラックは容易に地面を砕き、地面に大きな窪みを生み出す。


フィアが訓練場で見せた物と比べたら小さく、その他の攻撃魔法と比べても劣った威力の一撃、だが動揺し、戦闘か撤退かで揺れていたオーク達の天秤を傾けるには十分な威力があった。


新兵も、兵士も、隊長も、将校も関係ない。

上の階級の者を押し倒してまで、オーク達は我先にと大広間の入口に殺到する。

押され、倒れ、踏みつけられ、怒号と絶叫で大広間が一瞬にしていっぱいになる。


まるで海岸に打ち付けられた波が引いていくように、大広間の大半を埋め尽くしていたオーク達の姿が無くなり、その場に残ったのはライとアリス、それと大量のオークの死骸だけだった。


「逃げてくれたか……」


オーク達の足音が遠ざかって行くのを確認すると、ライはゆっくりと地面に叩きつけた左拳を上げる。


ポタ……ポタ……


「逃げてくれてなかったら、ヤバかったかもな」


ライはそう言いながら、血の滴る自身の左拳に視線を向ける。

始源を利用した高圧縮、その状態から放たれたクラックの爆発力の大半は地面に向けられていたが、クラックを発動させる媒介として利用したライの左拳にも影響が出ており、まるで内側から破裂したように人差し指から小指までの基節骨が露出していた。


(普段足で発動させるクラックを拳で、しかも疲弊し圧縮もした状態で放った弊害か、魔力制御が僅かに狂ったな)


拳の先では無く、その僅かに内側を起点にクラックが発動してしまったが為にライの拳は内側から破裂してしまっていた。

もしライが制御を完璧にこなし、全ての力を拳の先に圧縮する事に成功していたのなら先程のクラックの威力はフィアに及ばないとしても、その他の攻撃魔法に見劣りするような事は無かっただろう。


「いてて……止血用の包帯くらいは持ってくるべきだったな」


ライが流れ出る血を止めるように右手で左拳を押さえていると、背後からアリスがライの左腕を掴む。


「手、見せて」

「え?」


背後から聞こえたその声にライが振り返ると、いつの間にかアリスがライのすぐ背後に立っていた。


「止血するから、早く手を見せなさい」

「あ、はい」


アリスの剣幕に圧され、体調はもう良いのかという言葉を捻り出す事も出来ずライは言われるがまま左拳をアリスに差し出す。


「酷いわね、骨が丸見えじゃない」

「でもあの状況を左拳一つで切り抜けられたなら安いものじゃない?」

「はぁ?あんな状況、傷一つ負わずに切り抜けて当たり前の状況じゃない。何言ってるのよアンタ」

「Sランク冒険者の君からしたらそうかも知れないけど、Cランクの尺度で言ったら生きてるのが奇跡な状況だったんだからね?」

「Cランクの尺度?天竜を一撃で倒し、あの筋肉馬鹿にも勝った人間の言葉とは思えないわね」


アリスのその言葉にライは口を噤む。

危機的状況を脱した安心感からつい口を滑らせてしまったが、ライの今の発言は自分の本当の実力がバレかねない発言だった。

フィアの事を隠すため、表向きはライがやったという事にしている以上、ライの本当の実力が露呈し、天竜を倒す力が無い事が知られてしまえば、疑いの目はフィアに向けられてしまう。

その過程でフィアの正体、さらに始源の事が知られてしまえばきっと多くの人間が始源を利用しようとライ達を狙う事になるだろう。


(迂闊だったな、どう言い訳したものか……)


治療を受けながらもライが頭を悩ませていると、ふいに治療していたアリスの手が止まる。


「その……悪かったわ」

「え、悪かったって何が?」

「何がって、生意気言った事に関してよ。イラついて静かになったんでしょ……守られるだけで何もしなかった小娘が偉そうな事言いやがってとか、そんな事思ってたんでしょ」

「い、いやいや!俺は別にそんな事これっぽっちも!」

「じゃあなんで黙ってたのよ?」

「それはぁ……その」


言い訳を考えていたからですとは流石に言えないため、どう答えれば良いのかライが頭を悩ませる。

お互いに黙り込み、静寂が支配する大広間でライの耳がある音を捉える。


「っ!」

「どうしたの?」


そう尋ねてくるアリスに答える事無く、ライは大広間に存在する複数の入口の内の一つ、アリスを襲った炎が噴き出してきたあの入口に視線を向けていた。


「……体調はどう?もう動けるかい?」

「えっと、さっきよりはマシよ。まだ足がフラフラするけど」

「そっか、じゃあ逃げるのは無理そうだね」

「逃げる?」


一体何から――アリスがそう尋ねようとした時、アリスの耳も自分達の物とは違う、異なる音を捉える。


グチャリ……グチャリ……


肉を踏みしめるような不快な音、それがこの大広間に向かって近づいて来るのが分かった。

そして、その音の正体が暗闇の中からゆっくりと姿を現す。

それは燃えるような深紅の大剣、継ぎ接ぎだらけの他のオーク達の防具とは違う、一切の継ぎ目の存在しない漆黒の金属鎧を身に纏った一体のオーク


「姿を見ないと思ったら、ようやくご登場か」


大将(ラートル)、オークの群れを率いていた親玉が姿を現したのだった。

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