一人と一世界
リアルが忙しくて更新ペースが落ちがちですが、毎日地道に書き進めてます。
あれからライは様々な店を見て回り、気がついた時には既に日は傾き、人通りも疎らになっていた。
そんな道を歩くライの手の中には途中で購入した食べ物が握られていた。
『ライ、そろそろ今夜の宿を探したほうが良いんじゃない?もう日が傾いてきてるよ?』
「あれ?本当だ、食べ歩きに夢中になってて気づかなかったよ」
『なんだったらちょっとお昼まで時間を巻き戻すけど』
「いや、そこまでしなくて大丈夫!もう宿は決めてあるから!」
『そう?なら良いけど』
「…ふぅ」
もしライが望めば、フィアは何の躊躇もなく時間を巻き戻していただろう。
それが一体どのような影響を及ぼすかはライには見当もつかなかったが、それでもロクな事にはならなかったであろう事は想像に難くなかった。
ライはフィアを止められた事に安堵のため息を吐いた後、手に持っている甘味を口に入れる。
それは氷菓子で、クリームの上に様々なフルーツの果汁を凍らせた物がトッピングされた物だった。
甘味を頬張り、頬を緩ませるライにフィアが声を掛ける。
『美味しそうに食べるね、ライ』
「うん、美味しいからね」
そう返し、ライが再び甘味を口に頬張ろうとした時、ふと口を閉じて手元にある甘味に視線を落とす。
『どうしたの?食べないの?』
「いや…ちょっとね」
そう返したライの顔は何処か浮かない表情をしていた。
人通りの疎らな道のど真ん中で、ライは立ち尽くしながら何かを考えていた。
やがて、ライが苦笑いを浮かべながら口を開く。
「なんか、俺ばっかり食べてるなぁって」
『どういう事?』
フィアがそう疑問を返すと、ライは苦笑いを浮かべたまま答える。
「フィアと一緒に食べられたらな…なんて考えてさ」
『…無理だよ、私は世界なんだから、そもそも物を食べる必要なんて無いし』
「だよね、ごめん変な事言った」
そう言うとライは誤魔化すように手に握られた甘味を口に頬張る。
そんなライの姿に、フィアはなんと声を掛ければ良いか悩んでいたが、結局何も思いつかず沈黙が流れる。
それから暫くし、無言のまま歩き続けていたライが、ある建物の前で足を止め口を開く。
「着いたよ、ここが行きつけの宿屋なんだ」
『そうなんだ…』
「………」
何処か気まずい雰囲気を漂わせたまま、ライは宿屋の中へと入った。
入ってすぐ正面は受付があり、そこには腰の曲がった一人の老人が座っていた。
「マゲット爺さん、お久しぶりです」
「んんー?おぉ、ライか!」
マゲットと呼ばれた老人はそう言って受付の椅子から立ち上がると、杖をつきながらライの目の前までやってくる。
「はて、もう一年経ったかの?」
「前に来たのは三カ月前ですよ」
「おーそうだったそうだった!」
マゲットは大きく口を開けて豪快に笑い、ライもそれに釣られるように苦笑いを浮かべる。
「しかしどうしたんだ?いつもは年に一回の間隔で来てたのに、今回は随分と早いのう」
「ははは、まぁ色々ありまして…」
「色々ねぇ…まぁ良いわい、泊りに来たんじゃろ、ほれ部屋の鍵だ」
そう言ってマゲットは札の付いた鍵をライに手渡す。
「飯はもう食ったんか?」
「えぇ、もう食べてきました」
「そうか…ところで、今日はどうする?」
マゲットがそう尋ねると、ライはマゲットが何を言っているのかを察したのか、顔を綻ばせながら二つ返事で答える。
「はい!マゲット爺さんが良ければ是非!」
「そうかそうか、なら夜にわしの部屋でな」
「楽しみにしてます」
ライはそう言うと、軽く会釈をして階段を上り部屋に向かう。
その途中、フィアが声を掛けてくる。
『ねぇライ、さっきの人は?』
「あぁ、マゲット爺さんの事?あの人は元旅人で今はここで家族と宿を営んでるお爺さんだよ」
『ふーん…さっき部屋に来るように見たいな事言ってたけど、なんだったの?』
「俺はブルガスに来る度にこの宿に泊まってるんだけど、毎回マゲット爺さんの昔の旅の話を聞かせて貰ってるんだよ」
そう言いながらライは鍵を開けて部屋の中に入る。
部屋の中には洋服ダンスと机、それに少し大きめのベッドが一つ置かれていた。
床には絨毯が敷かれており、ガルダでライが泊っていた宿よりも良い部屋なのが見て取れた。
ライは絨毯の上に荷物を置くとベッドに身を投げ出す。
ベッドはライの身体を受け止め、ゆっくりと身体が沈み込んでいく。
「あぁぁぁ…やっぱりここのベッドは格別だ…」
『ライ?もう寝ちゃうの?』
「少し仮眠を取るだけだよ…夜には…起き…」
『ライ?』
「………すぅ」
ブルガスの街に着いてからすぐ休む事も無く一日中街を散策して疲れたのか、ライはすぐに眠りに落ちてしまった。
フィアはそんなライの寝顔を見ながら、先程の事を思い出す。
それはライが言ったあのフィアと一緒に食べられたらという言葉についてだった。
『私と一緒に…か』
ライの言ったその言葉の意味についてフィアは考える。
自分は世界であり、人間はその上に存在している。
世界が存在しなければ人は存在する事が出来ず、そういう意味ではライとフィアは一緒に居ると言えるかもしれない。
しかし、ライの言う一緒とはフィアが考える一緒とは違う物だ。
ならばライの求める”一緒”とは何だろうか?。
フィアは夜になるまで考え続けたが、その答えが出来る事は無かった。
そして夜、ライは手で顔を押さえるようにしながら、ゆらゆらと身体を揺らし力なく階段を降りていた。
「うぅぅ…まさか日光で顔を焼かれるなんて…」
『声を掛けても起きないライが悪いんだよ、これなら確実に目が覚めるでしょ?』
「これ以外にも目が覚める方法なんていくらでもあると思うんだけどなぁ…」
そう言葉を漏らしながらライが一階まで降りてくる。
宿屋の一階にある部屋は客室ではなくすべてが宿屋を営む家族の物であり、マゲットの部屋は階段を降りた右手の廊下の一番奥にあった。
ライが階段を降りてマゲットの部屋に向かって歩いていると、背後から小さな足音が駆け寄ってくるのに気がつく。
「おっちゃん!」
「おじちゃん!」
「ん?ってうぉ!?」
その声にライが振り向くと、小さな二つの影がライに飛び掛かってくる所だった。
慌てて両手を広げ、ライがその影を受け止める。
「っとと…いきなり飛び掛かって危ないじゃないか」
「にひひ」
「えへへ…ごめんなさい」
ライに飛びかかった小さな影の正体、それはマゲットの孫であり双子の兄妹のアレンとアニスだった。
二人はライにとても懐いており、良く一緒に遊んだりマゲットの昔話を三人で聞いたりしていた。
「おっちゃん、じいちゃん所行くんだろ!俺らも行く!」
「分かったから静かにしなさい、あんまり大きな声出すとお客さんの迷惑になるよ」
ライの言葉に妹のアニスが首を傾げながら聞いて来る。
「でもおじちゃん、さっき上で凄い大きな声で叫んでなかった?」
「そうだそうだ!おっちゃんだって大きな声出してたじゃん!」
「うぐ…あれは仕方ないというか、顔を焼かれれば誰だって叫んでしまうと言うか…」
「顔?焼かれる?」
二人がライの言葉に首を傾げる。
その様子にライは余計な事を言ってしまったと後悔する。
流石にこんな子供に顔が焼け爛れただのという話は刺激が強すぎるだろう。
ライは誤魔化すように笑うと、抱えていた二人を地面に下ろす。
「ははは…今のは俺の独り言だから気にしないでくれ、それよりもマゲット爺さんの部屋に行こう、きっと首を長くして待ってるだろうから」
「「うん!」」
ライのその言葉に、二人は元気よく返事をしてライの後ろについて来る。
マゲットの部屋の扉をノックし、返事を待ってからライが部屋の中に入る。
「来おったか、まったく老人を待たせるもんじゃない、それになんじゃあの大きな悲鳴は…酔いが少し醒めちまったわい」
「ちょっと夢見が悪かったというか…すみません」
「まぁ良いわい、ほれそこに座れ」
マゲット爺さんの正面に置かれた椅子に座るように促されたライが椅子に座ると、アレンとアニスが膝の上に座ってくる。
それが何時もの事なのか、ライもマゲット爺さんも得に何も言う事も無くマゲット爺さんが話出す。
「さてと…今日は何の話をしてやろうか」
「はい!俺は闘都の話が良い!」
「私は魔都の話が聞きたいな…」
「これこれ、お前達には何時も聞かせてやっとるじゃろう、今日はライに選ばせてやりなさい」
「えー…」
アレンが不満そうな顔をしていたが、それ以上何かを言うでもなく大人しくなる。
そんなアレンの様子にライが少し申し訳なさそうな顔をして謝る。
「ごめんな、でもアレンが聞きたいなら俺は闘都の話でも良いよ」
「んー………いいや!俺はもう大人だからな!ここはおっちゃんに譲る!」
「そっか、ありがとな」
そう言ってアレンの頭をなでてやると、アニスがライの胸に後頭部を押し付けるようにしてくる。
撫でろというアピールなのだろう、ライがその事に気がつくと苦笑いを浮かべながらアニスの頭も撫でてやる。
一頻り二人の頭を撫でた後、ライがマゲットに質問する。
「それじゃあ俺の希望なんだけど、ブルガスから近くでオススメの場所にまつわる話とかありませんか?」
「ブルガスの近くじゃと?何故わざわざそんな事を」
「あー…実は俺、旅に出る事にしたんですよ」
「「えぇぇー!!」」
ライの言葉に、膝の上に座っていた二人が声を上げ、膝の上に乗ったまま身体だけをライに向けて詰め寄る。
「おっちゃん本当なのか!?旅に出るなら俺も連れてってくれ!」
「私も!私も行きたい!」
「ちょ、ちょっと二人共落ち着いて!」
興奮する二人を窘めるように言うと、マゲットが口を開く。
「これワガママを言うでない、ライが困っとるじゃろう」
「「はーい…」」
「全く…しかし、旅に出るという事は仲間が見つかったのか?」
確認するようにマゲットがライの目を見つめながら質問する。
「はい、昔の友人と再会したので、その友人と一緒に」
「そうか…そりゃ良かった」
マゲットは昔からライが旅に出たがっていた事も、それなのに何故旅に出ないのかも知っていた。
ライが強く旅に憧れている事を知っていたマゲットは、何時かライが一人ででも旅に出ようとするのではないかと心配していたのだ。
一人旅ではないと知ったマゲットは安堵のため息をつきながら、疑問を口にする。
「しかし、その友人は今は一緒じゃないんか?」
「あー…今は別々に行動してて出発の時に合流する予定なんです」
ライのその言葉にマゲットが納得したような表情を浮かべる。
「なるほどのぉ…しかし、ライもついに旅に出るか…」
マゲットが何かを思い出すように天井を見上げながらそう呟く。
「昔はアレンやアニスと変わらない子供じゃったのになぁ…」
「昔って…マゲット爺さんと出会ったのは十八の頃ですよ?」
「ワシからしたら八も十八も大差無いわい」
マゲットはそう言うと、天井に向けていた視線をライに向け質問をしてくる。
「ライ、その友人と居てお前はどう思った?」
「どう思ったって?」
「別に難しい事じゃない、楽しいかどうか聞いとるんだ」
ライにはその質問の意図が良く分からなかったが、それでも悩む素振りも見せず即答で返す。
「楽しいですよ、ちょっと困った所もありますけど頼りになる友人です」
「………そうか」
その回答に満足そうな笑みを浮かべながらマゲットが再度質問してくる。
「ライよ、お前は何故旅に憧れている?」
「俺が旅に憧れている理由?」
マゲットのその問いに、ライは視線を落としながら考える。
今まで何故自分が旅をしたいと思っているのか、そんな事を考えた事はなかった。
ただ漠然と旅に出たい、そんな想いだけが胸にあった。
(なんで旅に出たいって思ったんだっけ?)
ライが自身の記憶を掘り返すように思い返していく。
それは、ライが初めて旅という物に興味を持った時の記憶。
「確か子供の頃、旅をしていた人から旅の話を聞いて…それで」
話を聞いて、それでライはどうして旅に興味を持ったのだろうか。
旅の話が興味深かったから?。
今まで聞いた事も無いような話が刺激的で新鮮だったから?。
(いや、違う…そうじゃない)
そもそも、もうそんな子供の頃に聞かされた話の内容なんてもう覚えてすらいない。
本当に小さい頃だったし、正直言って話の内容だって良く分かって居なかった。
でも、それでもライがハッキリと覚えている事が一つだけあった。
「”楽しそう”だったんです…旅の話をするその人の顔が…とても楽しそうだったから…だから俺は、旅に出たいって…そう思ったんだと思います」
思い出すように、自身の気持ちを確かめるようにライがゆっくりと言葉を紡ぐ。
そんなライの答えにマゲットは満足そうに頷いた。
「旅を始める理由なんて大概そんなもんさ、例え最初は違ったとしても旅をしていく中でその楽しさに気付いて、気がつけば旅をするのが目的になってるなんてのもよくある話だ」
マゲットはそう言うと、グラスに注がれた酒を一口飲む。
ほんのりと頬を赤くしたマゲットは機嫌良さげに言う。
「どれ、旅の先輩としてワシがアドバイスをしてやろう」
そう言って酒の入ったグラスをテーブルの上に置いて、アレンとアニス、そしてライの三人の顔を見ながら話しだす。
「旅を楽しむ事も大事じゃが、人との縁というのも大切にした方が良い」
「縁…ですか?」
「旅をする中で様々な人間と出会う事になるだろう、そういった出会いの中には良い物も悪い物もある。しかし、旅をする中でそう言った物は決して避けられる物ではない」
何かを思い出すようにしながらマゲットが言った。
そして、ライに再度質問をする。
「避けては通れないならば、お前はどうする?」
「…避けられないなら、どうしようもないんじゃないですか?」
「何を言うとる、ここでさっきの答えが活きてくるんじゃろうが」
「さっきの?」
「”楽しめ”と言うとるんだ、そういった出会いを、良いも悪いもひっくるめての」
愉快そうにマゲットが頬を緩ませながら続ける。
「良い出会いならそれだけで楽しめるし、悪い出会いなら後で笑い話にでもすれば良い。良いか悪いかはともかく、出会ったならまずは縁を結べ。最初は悪い出会いだったと思っても、後々になって悪くはなかったと思えるかもしれないし、その逆も然りだ」
マゲットの話が難しかったのか、アレンとアニスの二人はライの胸に頭を預けるようにして眠っていた。
そんな二人をマゲットは優しい目で見つめながら話を続けた。
「旅をする中で多くの人と友になる事もあろう、そんな者と一緒に物を見て、同じ物を食い、下らない話に花を咲かせる…旅っていうのはな、一人でやる物ではない、そういった人々との出会いがあってこそだ…だからライよ、旅を楽しめ」
最後にマゲットはそう締めくくると、酒を一口飲むと一息つく。
「まぁ、お前には最初から共に歩いて行ける友人もおるようだし、要らん説教だったかもしれんな」
「いえ…そんな事ないです、ありがとうございました」
ライは微笑みながら、マゲットに礼を言った。
そんなライの言葉に、酔いのせいか赤くなった頬を指先で掻きながらマゲットが視線を逸らす。
それからライは、マゲットから様々な旅の話を聞き、ブルガスでの最初の一日はこうして過ぎ去って行った。
次は早めに投稿出来ると思います。