それぞれの動向
ライ達が森でオークの部隊と戦って居る頃、エアストの脇道にある寂れた宿の一室にSランク冒険者であるルークとイザベラの姿があった。
「これだけ探し回っても手掛かり無しですか。もう別の街に移ったのでは?」
「それは無いわ。今朝も捜索の為に精霊鳥を一羽飛ばそうとしたけど即魔力に戻されちゃったし」
「探索を邪魔するって事はまだこの街に居る可能性があると」
ルークは商業区のある左側、イザベラは居住区のある右側を担当してライを捜索していたが、ライの行動範囲はギルドのあるエアスト中央に偏っており、居住区や商業区に行ってもすぐに中央にとんぼ返りするため二人はライを探し出す事が出来なかった。
「そういえばアリスはどうしたのですか?。エアストに来てから殆ど話を聞いていないのですが、アリスは何か掴めたのでしょうか?」
「さぁ?あの子は自分以外は敵……とまでは言わないけど自分から他人に関わろうとはしないし、こちらから話を聞きに行かない限りは話なんて聞けないわよ」
「今日互いの成果を報告し合う事はアリスには伝わってるんですよね?」
「えぇ、それはしっかり伝えたわ。でもあの子は”あっそ”って感じで興味無さげだったし、分かってて来てないんじゃ無いかしら」
「マリアンベールの時はしっかり顔を出していたのに、どうして今回は――」
そこまで言って何かに気が付いたような顔をルークとイザベラがする。
「他人に興味を示さないあのアリスが、あの人に対してだけは興味を示していた」
「アリスが興味を引かれる存在、だからこそあの人の情報を少しでも仕入れようとマリアンベールの時は報告会にも顔を出していた」
では何故顔を出さないのか?。
その答えは明白だ、他人の報告など聞く必要など無いという事、それはつまり――
「イザベラ、アリスの位置を探る事は出来ますか?」
「アリスを探す為っていう目的なら精霊鳥を出す事は出来ると思うわ。ただアリスがあの人の傍に居るとしたら、小鳥がアリスに近づいた途端に魔力に戻されてしまうかも」
「それでも大よその位置は把握出来るでしょう。やってください」
イザベラが魔力を右拳に込め、拳をゆっくりと開くと手の中から一羽の精霊鳥が現れる。
「具現化出来ましたね」
「えぇ、本当なら可愛がってあげたい所なのだけどそんな悠長な事はしてられないわね」
イザベラは精霊鳥を右手に乗せたまま、左手で窓を開き右腕を窓の外へと出す。
「今度ゆっくりと可愛がってあげるからね」
「チチッ!」
人差し指で軽く頭を撫でられ心地よさそうに鳴いた後、精霊鳥はアリスを探し出す為にイザベラの右手から飛び立つ。
何か動きがあるまで宿屋の一室で待機するルークとイザベラだったが、それから数時間が経過しても精霊鳥が魔力に戻される事も、アリスを見つける事も無かった。
ルークとイザベラがアリスの事に気が付く一時間程前、アリスはエアストの街の中央にあるギルドの訓練場、その入り口付近でうろうろしていた。
「……居ない」
ここ数日ライの事を物陰から観察し続けていたアリス、エアストでのライの行動パターンは大体把握しており、この時間帯なら訓練場かギルドの一室で授業を受けているはず。
しかしそのどちらにもライの姿も、ライに付いて回っている駆け出し冒険者の姿も見つける事が出来なかった。
ライの行動パターンを把握しているアリスだったが、物陰から覗いているだけで会話の内容までは聞こえず、今日ライ達が森に行っている事など知る由も無かったのだ。
「ねぇ、貴女」
「っ!?」
ライが居そうな所は粗方探し終え、途方に暮れていたアリスにギルドの受付嬢であるアリアーヌが声を掛ける。
「貴女、お兄さん――じゃなかった、ライさんを探してるの?」
アリアーヌの口から出た言葉に一瞬アリスは考えるような素振りを見せる。
口を開かないアリスにアリアーヌはもう一度話しかける。
「ねぇ、ライさんを探してるんでしょ?」
「……どうしてそう思うの?」
「だって貴女、何時もそこでライさんの事じーっと見てたでしょ?」
そう言ってアリアーヌは訓練場の入口の脇を指差す。
「連日あんな所で中の様子を盗み見てれば嫌でも目に付くわ」
「別に、他人の技を盗もうと訓練を盗み見る人間なんて沢山居る。私以外にもそういう人間は居たでしょう?」
アリスの言う通り、ギルドの訓練場にはライ達以外の冒険者も利用していた。
その中には訓練をするためだけでなく、ライの技を見て興味を抱き、観察して居た者も少なくはなかった。
素性を隠し観察していたアリスもギルドの人間からすればそんな人間の中の内の一人にしか見えなかったはず。
それなのにアリアーヌはアリスの事を覚えており、声まで掛けてきた。
だからこそ何か企んでいるのでは無いのかとアリスはアリアーヌを胡乱気な目つきで見ていた。
「まぁそうなんだけど……だって貴女のお兄さんの目を見る様子は他と違ってたというか、どうしても目についてしまうというか」
「私の様子……?」
はて、自分はそんなに不自然な事をしていただろうか?。
アリスが首を捻って考えるも全く思い当たる節が無く、答えを出せずに居るとアリアーヌがアリスの疑問に答えるように言う。
「あんな恋する乙女のような反応見せられたら同じ女として気に掛けちゃうのは仕方のない事だと思うのよ」
「恋する……乙女?」
アリアーヌの口からで意外な言葉にアリスの思考が一瞬フリーズする。
「目深に被ったフードのせいで目線は良く見えなかったけど、お兄さんが剣を振るう度に漏れるため息、紅潮する頬、もう誰の目からも明らかなくらいの恋する乙女っぷりだったわ」
「……っ!」
アリアーヌの言う自分の姿を想像してしまい、アリスの顔が真っ赤に染まる。
恥ずかしさに身を捩るアリスだったが、それと同時に自分の中で納得する部分もあった。
「恋……そう、この気持ちが恋なのね……」
自分の身を焦がす感情の正体、今まで他人と距離を置き、剣にのみ身を置いたアリスにはその感情の正体が掴めずに居た。
だがアリアーヌから受けた客観的な指摘、そして煩わしくも決して嫌ではない、むしろ喜ばしくも感じるこの気持ち、これだけの判断材料があれば恋に疎かったアリスでも自分の気持ちを正しく理解する事が出来た。
「うんうん、私としては恋する乙女の応援をしたい所なんだけど、お兄さん達は今森に行ってるからね。ローブの下に防具を着てるし冒険者みたいだけど、貴女の年齢から行ってDランクって所かしら?。残念だけど今森に入るには少なくともCランク以上の冒険者が居ないとギルドとして許可出来ないわ。だから今日の所は大人しく――」
「Cランク以上なら問題無いのね?」
アリアーヌの言葉に割り込むようにしてアリスが顔をグイっと近づけながらアリアーヌに言う。
目深に被ったフードの端を指でつまみ、アリアーヌにだけ見えるようその顔を晒す。
「あ、貴女は……!」
「これなら文句は無いでしょ。情報ありがとう」
そう言うとアリスはギルドの出入り口に向かって歩いて行く。
その背中をアリアーヌはポカンとした表情で見つめていた。
「今のって……【剣乱】のアリス?」
世界に五人しか居ないSランク冒険者、その絶対数の少なさ故にギルド職員であってもその顔を直接見た事が無い者も多い。
だが職業柄ギルドにある資料等で似顔絵を見た事はあった。
その中の一つ、自国のSランク冒険者であるアリス・ブレイスに今見た少女の顔が酷似していたのだ。
「あのアリス・ブレイスがお兄さんに恋した……?はは、いやそんなまさか……まさかね?」
アリアーヌの呟きに答える者は誰も無く、その呟きはギルドの喧騒に虚しく掻き消されるのであった。
時刻は進みライ達の場面、クリオ達と合流したライがオークの部隊を殲滅し終えた直後だった。
最後の一体を斬り伏せ、刃に付いた血を軽く拭い、何時でも対応できるよう抜身のままクリオ達にこれまでの経緯を伝える。
「――という訳で、急いで森を出て街に引き返さなきゃ行けないんだ」
「そんな、オーク達が街に……嫌な予感を感じてはいましたが、まさかそこまでとは」
「ちょ、ちょっと待って!カイトとイリィはどうするの!?」
街に帰るように言うライに対し、クルバが必死の形相で喰い付く。
「まさか二人を置いていく気なの!?」
「ぃやぁ……」
ライの身体をクルバとジーナの手がガシリと掴む。
子供の非力な手だったが、その手には決して譲れない意思が感じられた。
(困ったな……)
普通ならここは迷うことなく撤退を選択する場面だろう。
しかし仲間を見捨てられない、そんな二人の思いを無碍にする事はライには出来なかった。
「クリオ、二人を連れて街に戻ってくれないか?。俺がカイトとイリィを連れ戻しに行く」
「正気ですか?たった一人で大将が率いる部隊を相手にすると?」
「そんな無茶はしないさ。二人を連れ去ったオークの向かった方向はどっちだった?」
「あちらの方向ですが」
そう言ってクリオが指差した方向を見てライは確信したように頷く。
「うん、やっぱりそうか。二人は巣の方に連れていかれたみたいだ」
「巣へ?。でも今はオークの本隊が森の中に居るはずでは?」
「そうなんだけど、二人を連れ去ったオークの向かった方向が本隊の位置とは微妙にズレてるんだよね」
ライの言葉にクリオが顎に手を当てて考える。
「本隊ではなく巣へ連れて行く理由……もしかして生きた得物だから?」
オークは他の人型の魔物と比べても物作りは不得意な部類だ。
野営地だって切り倒した木を積み上げたような簡素な防壁でしかない。
「檻も作れないオークがそんな所に生きた人間を捕えておいても簡単に逃げられてしまう」
「巣にも最低限のオークは残っているはず、恐らくそいつらの為の食糧にするつもりなんだと思う」
「巣ならそう簡単に逃げられないですからね」
物作りの不得意なオークは天然の地形を利用してそれを巣にする。
大抵の場合は洞窟を利用し穴を掘る事で拡張したり人間を閉じ込める場所を作ったりしていた。
巣の中は基本的に薄暗く入り組んでいるため、一度奥まで連れていかれると捕まった人間が自力で脱出するのはかなり難しい。
「確かに本隊に突っ込むよりは目のある話だとは思いますが……それでもかなり危険な事には変わり有りませんよ?」
「危険は承知の上さ。じゃなきゃ冒険者なってやってないよ」
「……そうでしたね、ライは大馬鹿者ですからね」
「クリオもね」
そう言ってライとクリオは互いに小さく微笑み合った後、ライはクリオにクルバとジーナを任せ、連れ去られた二人を連れ戻す為オークの巣に単身向かうのだった。
ライがオークの巣に向かって暫くした頃、カイル達は森を抜けエアストの街を視界に捉えていた。
「やっと街が見えてきた!」
「はぁ……はぁ……う、もう駄目」
「マック!あと少しだから頑張って!」
「弱音吐くようなら置いてくわよ!」
ここまで走り続け体力もかなり消耗したカイル達だったが、街が見えてきた事によって最後の力を振り絞り街に向かって思いっきり駆け出す。
そんなカイル達の後ろをピッタリとつき、殿を務めていたフィアだったが森を抜けた途端に足を止め森の方へと振り返っていた。
「……」
じっと森の奥を感情の無い瞳で見つめていた。
どれだけそうしていただろうか?。
そう長くはない時間のはずだったが、フィアは不意に視線を僅かに横にズラした途端、色の無い瞳に感情が戻る。
「ライ、頑張ってね」
フィアはそう言うと先を走るカイル達の背を追いかけるように走っていった。
フィアが森の方をじっと見つめるよりもほんの少し前、エアスト近郊の森の奥に木々が薙ぎ倒され切り拓かれた空間に大量のオーク達の姿があった。
その空間には大量の食糧が運び込まれ、その食糧をオーク達が麻袋に詰め込んではそれを担ぎ隊列へと戻って行く。
この食糧を詰め終えればいよいよ進軍、オーク達も殺気立っており準備を終えた者達は今か今かとその時を待ちわびていた。
――そんな時だ。
「オグゥ!?」
「オォォ……!?」
「ウ、ウゥゥ!!」
突如としてオーク達が怯えだし、ある者は武器を捨て、ある者は頭を抱え、ある者はその場に跪き何者かに命乞いをするように両手を組む。
先程まで殺気立っていたはずのオーク達が一瞬にして戦意を喪失し怯えだすこの光景を目にした者が居たら自身の正気を疑う事だろう。
だが、現にオーク達は怯え、目に見えない何かを感じ取り怯えていた。
自分の立つ地面が、身体に纏わりつく空気が、風に揺られる草木の全てが、まるで刃となり自分に向けられているような錯覚をこの場に居るオーク全員が感じていた。
ここから一歩でも進めば殺される、言葉を介さないオークだったが何故かその時だけは全員がそれを理解出来た。
空気を揺らし伝わる音ではない、世界の意思のようなものを耳ではなく直感で感じ取る。
怯え竦み、一体たりとも動けずにいると、不意に先程まで感じていた威圧感が無くなり、オーク達の間に安堵の空気が流れる。
しかし助かった事をオーク達が実感する間も無く、突如オーク達の本隊の背後で巨大な火柱が上がる。
突如上がった火柱にその場に居たオーク達全員の視線が注がれる中、火柱が消え去り中から一体のオークが姿を現す。
他のオーク達とは明らかに違う継ぎ目もない金属鎧、深紅の刃に炎を纏う巨大な剣、明らかに魔道具と分かる装備を身に纏った一体のオークが地面にへたり込んだオーク達を睥睨した後、エアストの街がある方角をじっと睨みつける。
暫しそうして街の方向を睨み続けていたオークだったが、深紅の大剣を背中に担ぎ直すと踵を返して森の奥へと歩を進める。
そんなオークの姿に他のオーク達が慌てて地面に転がる食料を搔き集め、街の方角から逃げるように足早に撤退していく。
その行き先は自分達の住処――連れ去られた二人を取り戻す為、ライが単身で侵入したオーク達の巣穴だった。
名前で呼ぶような間柄でもないから「あの人」で通してるけど、そのせいでルークとイザベラの間でライが名前を呼んではいけないあの人みたいになってる。
そしてアドレアに続き(?)アリスにもフラグが……タッタカナー?
さらにフィアの不穏な動きと怯えるオーク達、本章のラストに向かって突き進んでいきますよー。