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何とか日曜日中に投稿出来て良かった。

明日になるとまた仕事で執筆してる暇無くなりますからね。

え、明日は祝日?うちの会社にそんな物は存在しません。

突如現れたオークの群れに対し、戦う気のライにカイルが叫ぶ。


「師匠!何言ってんだ!?早く逃げるんだよ!!」

「大丈夫だよ、カイル達が戦う必要は無い。俺一人でやる」

「師匠正気ですか!?師匠は確かに強いですけどCランク一人でどうこう出来る状況じゃ――」

「”出来る”」


リザの言葉を遮るようにライが強い口調で断言する。


「俺なら大丈夫、それよりフィア」

「分かってるよ。四人は私が守るからライは自分の事に集中して」

「うん、そっちは任せた」


ライはそう言うと意識を前方に居るオーク達にのみ集中させる。


(流石にこの数相手にカイル達を守りながら戦う自信は無いからな)


でも自分一人なら幾らでも遣り様はある。

将校率いる部隊から生き延びる、いや部隊を殲滅する自信がライにはあった。


(隊長を一体相手にしただけでまだ完全に物にしたとは言い難いけど、まだあの感覚は身体に残ってる)


先程の戦いを頭の中で反芻しながら、ライは新たな力を完全に自分の物にする為にオークの部隊に向かって一気に飛び出す。


「速い!?」


地面を蹴り飛び出したライの速度にカイルが目を剥く。


身体強化を使ったライの踏み込みは一般的なCランク冒険者の速度を大きく上回っていた。

一瞬にして距離を詰め目の前に現れたライに反応出来ず無防備になったオーク、ライはその脇を通り抜け様に剣を振り抜き、二体のオークの首を切断する。


反応が遅れたオーク達を置き去りにするようにライは部隊の間を駆け抜け、途中にあった木を足場に反転し、ライを追いかけようと振り向いたオークの首を斬り落とす。


オークを倒したらすぐさまその場から離れ、木を利用してオークの手の届かない高さまで逃げ、木で視界を切り、死角から一瞬で近づきオークを仕留めてはまた姿をくらませる。


「凄い……あんなに素早く飛び移るなんて、僕なら絶対木にぶつかって落っこちてるよ」

「ただぶつからないように飛び移ってるだけじゃないわ。相手の視界を切るって事はこちらの視界も切れるという事、あの速度で動き回りながら木だけじゃなくオークの位置も瞬時に判断して行動しないとあんな風に動けないわ」

「でも師匠のあれって、部分強化だよな」


ライの両足を見てカイルが微妙な表情を浮かべる。

それもそうだろう、部分強化は以前カイルが試み、そしてフィアに実用的ではないと指摘を受けた技だ。


「ライはあれで良いんだよ」

「あれで良いってどういう事だよ?俺は駄目で何で師匠は良いんだよ!?」

「ちょっとカイル、そんな大声出したらオークが……!」


大声を出すカイルをマクリールが慌てて止めようとする。

しかしオーク達はカイル達の事を全く気にする様子も無く、ライの方に集中していた。

これは礼の如くフィアが認識をズラしているからなのだが、それを知らないマクリール達は何時バレるのかと戦々恐々としていた。


「くっ……答えてくれよ、何で俺は駄目で師匠は良いんだ?」


声を抑えながらカイルがフィアを睨みながら尋ねる。


「私が挙げた部分強化の欠点は覚えてる?」

「部分的に魔力を集中させるのは全身を魔力で満たすよりも高度な魔力制御を要求されるから、それと部分的に強化してるせいでそれ以外が全部疎かになるからだろ?」

「そう、強化していない所は普通の人間と何ら変わりない。まともに魔物の攻撃を受ければ致命傷は免れないし、偏らせてるから咄嗟の状況に対応し辛いという欠点がある」


以前カイルがフィアと戦った際、腕を部分強化し攻撃を繰り出そうとするカイルからフィアが距離を取り、そんなフィアに追いつこうと足先に魔力を集め直した隙を突かれカイルはフィアに敗北している。


「じゃあ師匠にはその欠点を補う方法があるってのかよ?」

「んーあると言えばあるけど、無いと言えば無いかな?」

「は?なんだよそれ」


曖昧なフィアの返答にカイルは苛立たしさを隠そうともせずフィアを睨みつける。


「ライの場合、欠点を補う術があるというよりは、補うっていう考え自体必要無いんだよ」

「考えが必要無いってどういう意味ですか?」


リザの質問にフィアは即答せず、オークと戦って居るライの方へと視線を向け、少ししてから口を開いた。


「どうしてライが魔法を教える事を私に任せたと思う?」

「魔法に関しては師匠よりもフィアさんの方が得意だったから?」

「確かに魔法の扱いに関してはライよりは上手だと思うけど、そんなの皆そうだよ」

「皆そうって」


一体どういう事だとカイルが言葉を続けるよりも早くフィアが答える。


「だってライは魔法が殆ど使えないんだから」

「……は?使えない?」

「正確に言えばライは身体に魔力を溜める事が出来ないの。出来たとしても身体の一部分だけ、今みたいに両足を強化するのが限界なんだよ」

「そんな、嘘だろ?だって師匠はCランク冒険者なんだろ?そんな有様でどうやって魔物と戦うってんだよ」

「その答えは貴方達が散々見て、体験したんじゃないの?」


フィアの返しにカイル達は沈黙する。

これまでの特訓でライは魔法を見せた事は殆どない。

見せた事があるとすればクラックくらいだが、それも数える程しかない。


Bランク冒険者であるアラン達が目を見張り、アラン達ですら真似出来ないと言わせる程の技術を持ちながらもCランク冒険者という事にカイル達は不思議に思っていた。


カイル達が知るCランク冒険者とは一線を画す技術、一体どうしてそのような技術を身に付けたのか、そんな技術を持ちながら何故Cランクなのか、その答えがこれなのだとカイル達は理解する。


目の前で繰り広げられる戦い、部分強化を使い高速で駆け回りオーク達に反撃を許さぬライの戦い方、カイル達が今まで話に聞いて居たどんな冒険者とも異なる戦い方、技術に寄った戦い方、魔法がロクに使えないが故の戦い方。


「ずりぃよ師匠、こんなの俺達がどんなに努力したって追いつける訳ねぇじゃねぇか……」


カイルは時間は掛かっても努力すればライのようになれると思っていた。

でもライと同じ境地に至るにはただの努力では到底足りない。

魔法を捨て、剣一つで敵を殺す事に一心にならなければ到達できない境地なのだとカイルは理解した。


「私が言った意味が分かった?。ライに欠点を補うという考えはない、その欠点はそもそもライが常に抱えてる物だから。全身強化を使えないライにとって強化しないまま魔物の前に身を晒すなんて当たり前の事だもの」

「身体強化を使わないのが……当たり前」


呆然とした眼差しでライとオークの戦いを見つめる四人、そんな四人に混じってフィアもライの戦いを観察していた。


一方的にオークを攻め立てるライ、状況はライに優位に動いていたが、突如森の中に駆け抜けた一陣の風により状況が一変する。


――ザンッ!!


「っ!?」


周囲の木々が突然倒れ、足場を失ったライは木々に巻き込まれるのを避けるために倒れ行く木々を蹴り、開けた空間まで退避する。

先程までカイル達が戦っていた場所まで下がったライは倒れ行く木々の奥に大剣を振り抜いた将軍の姿を見つける。


「一振りであの範囲を薙ぎ払ったのか。身体強化を使うだけでこうも変わるとは」


冷静に状況を把握しながら、ライがゆっくりと将軍と向き直るように構え直す。


「まぁそれはこっちも同じなんだけね」


両足に魔力を込め直し、ライが将軍に向かって鋭い視線を飛ばす。


「俺の部分強化とお前の身体強化、どっちが上か試してみるか?」

「グォォォォォォォオオ!!」


ライの挑発に気付いたのか、将軍が吠えると同時にライに向かって突貫する。

オークの身体には余分な肉はなく全身が筋肉であり、その巨体からは想像出来ぬ程素早い動きが出来る。

そんなオークが身体強化を使えばその速度は尋常では無い。


(速い!)


その速度にライは一瞬目を見張るも、即座に横に飛び将軍の突進を回避する。

だが躱される事は分かっていたのか、将軍は大剣を横薙ぎに振るう。


「このっ!」


クラックを発動させ飛び上がり大剣の一撃を回避する。


「ガァァ!!」


将軍はまるで枯れ枝を振るように大剣を扱いライに迫る。

そんな将軍にライは怯むことなく、真正面から戦いを挑んだ。


「師匠無茶だ!」

「逃げて!!」


真正面から行ったライにカイル達が悲鳴にも似た声をあげる。

そんなカイル達を落ち着かせるように、フィアが口を開く。


「大丈夫だよ、むしろあのオーク相手なら懐に入った方が良い」


巨体のオーク、そのオークが背負っても見劣りしない程の大きさの剣、その大きさは間合いの大きさを表し、離れた所で間合いで圧倒的に劣っているライは勝負する事すら出来ない。

だが間合いの死角というのは外側だけでは無く内側にも存在する。


「この距離ならその大そうな剣も使い辛いだろ」


懐に潜り込んだライが将軍の顔めがけて剣を突き出す。

それを将軍は横に飛ぶ事で躱しつつ距離を取ろうとするも、ライはそれに追い縋り距離を取る事を許そうとしない。


「身体強化を使ったオークに追いついてる……」

「並みの身体強化じゃあんな速度出せないわよ。部分強化の成せる技って所かしら」

「並みじゃないのは身体強化じゃないよ」


フランチェスカの言葉を訂正するようにフィアが言葉を被せる。


「ライは魔法が使えないという欠点を補うために自身にある力を限界まで鍛え続けてきた。ライは決して技術だけの人間じゃない、魔物に対抗するべく鍛えぬいて来たその身体自体も並みの冒険者とは格が違うんだよ」


身体強化とは文字通り身体を強化する魔法だ。

その強化の程度は身体強化の精度だけでなく、強化される肉体そのものの影響も大きく受ける。

ライの強化の精度はそもそも身体強化を殆ど使った事が無いというのもありハッキリ言って並み以下だ。

しかし全身では無く一部分に限定する事でその精度の悪さを魔力の量で補い、さらに鍛え抜いて来た足腰の強さがあったからこそ、ライは将軍と同等の速度を出す事が出来ているのだ。


付かず離れず至近距離で切り結ぶライと将軍だったが、痺れを切らした将軍が地面を抉るような強引な軌道で大剣を振るう。


「ぐっ!?」


その強引な一撃にライは対応したが、強引な一撃だったとはいえ身体強化を使った将軍の一撃は防いでもなおライの身体を易々と弾き飛ばす。


距離を離されてしまったライは即座に体勢を立て直し将軍に向き直る。

体勢をすぐに足せて直したライを見て、将軍は追い打ちをかける事はせず、距離を置いたままライの動きを観察していた。


(知性のある魔物ってのは厄介だな、単純に向かってくるだけならまだ対処のしようがあるんだけどね)


将軍がそうしているようにライもまた相手を観察し、次の手を考える。


ライも将軍も互いの速度は理解している。

ライが不用意に踏み込めば将軍は間違いなくそれに合わせて大剣を振り抜くだろうし、逆に将軍が踏み込めばライも同時に踏み込む事でタイミングをズラし、また懐に入ろうとする。


先に動いた方が負けるこの状況で先に動いたのはライだった。

自分の立つ地面の感触を確かめるようにライが地面をつま先で叩く。


「これにも慣れて来たし、そろそろ次の段階に行こうか」


そう宣言するとライは足を前後に開き、突撃するぞと言わんばかりの体勢に入る。

それを見て将軍は大剣を横に構え、薙ぎ払う構えを見せる。


どう見ても無謀な突撃、だがそれが本当に無謀なだけのものとはカイル達は思わなかった。

自分達の師匠が、考えも無しにそんな行動に出る筈がない。


カイル達が見守る中、ライの身体が一瞬前に傾いたように見えたその時、ライの身体がその場から消える。


――ドシンッ


何か重い物が地面に落ちる音と共に、将軍が膝を折る。

将軍の右肩から先が無くなり、地面には将軍の右腕と大剣が零れ落ちていた。


「え?今、師匠が消えて……?」

「もしかして幻術?」

「いえ、師匠は魔法が殆ど使えないって話でしたし、幻術なんて高度な魔法は不可能なのでは?」

「じゃあ今のあれは一体何なのよ」


目の前で起きた説明の出来ない光景に四人が困惑していると唯一状況を正しく把握していたフィアがその答えを告げる。


「今のは幻術でも何でもない。ただライが今まで以上の速度で踏み込んだだけの話だよ」

「いや、在り得ないだろ。そんな速度で動くなんて」

「確かにその通り、ライがさっきよりも早く動いたのは事実だけど姿が見えなくなる程の速度じゃない。じゃあ何故ライの姿が消えたように見えたのか?それは全員がライのあの速度に目と脳が慣れてしまっていたからだよ」

「目と……脳?」

「ライが前に踏み込もうとした瞬間、貴方達は前に飛び込もうとしたライの姿を想像したはず、見慣れた速度で踏み込むライの姿をね」

「想像と現実の速度に差があったが為に、私達の脳がその光景を正しく認識出来なかったって事ですか?」

「平たく言えばそういう事だね。ただ少し速くなった程度じゃそんな錯覚は覚えない。想像と現実の差に余程の差が無ければね」

「つまり今の師匠の踏み込みの速度はさっきまでとは比べ物にならない程の速度だったという事か」


フィアの説明に納得した四人が視線を再び前に戻すと、右腕を失った将軍が残った左腕で大剣を拾い上げる所だった。


「ウゥゥゥゥゥゥ……」

「見えなかったか?それなら次は目を凝らして良く見るんだな」


大剣を構えた将軍に合わせるようにライもエクレールを構える。


互いの動きを牽制するように睨み合う中、ライが身体を前傾に倒し――


――ザンッ!


将軍とライの身体が交差した瞬間、鮮血が舞い将軍の首が地面へと転がり落ちる。


「見えてはいても反応は出来なかったみたいだな」


頭を失い地面に倒れ伏した将軍の亡骸に向けてライが言葉を掛ける。


「お前のおかげで二回だけど感覚が掴めたよ。ありがとう」


ライが目を閉じ、互いに命を掛けて戦った相手に黙祷を捧げる中、部隊を率いていた将軍が倒された事で生き残っていた部下のオーク達が蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。


「何だ今の速度……」

「見えたと言えば見えたけど」

「ハッキリとは視認出来ませんでしたね」

「完全に姿がブレてたわよ……なんて速度よ。先生の強化を受けたカイルでもあれほどの速度では無かったわ」


フランチェスカのその言葉に全員が息を呑む。

クリオの身体強化を受けたカイル以上の速度、それは即ちAランク冒険者と同等と言われたその速度を上回っているという事だ。

Aランク以上、つまりSランクとさえ言えるその速度をCランク冒険者が可能にしたという事実に四人共言葉を失っていた。


一体どのような事をすればそんな事が可能なのか、四人がそんな事を考えている脇でフィアはこちらに向かって歩いて来るライを出迎える。


「お疲れ様ライ、随分と始源の扱いが上手くなったみたいだね」


カイル達には聞こえないよう、後半部分だけ小声でフィアが言う。


「やっぱりフィアは気付いてたか」


ライの速度が格段に上がった理由、それはライが踏み込む寸前に部分強化を発動させるために押し込めていた始源の制御を緩め魔力を押し出し、足先に圧縮する事で瞬間的に凄まじい密度の部分強化を発動させていたからだ。


周囲から集めた魔力を身体の体積を超えて蓄えようとした時、必ず必要とされるのが魔力の圧縮だ。

通常、魔力を圧縮する作業には圧縮率に比例してかなりの魔力制御とそれなりの時間を要求される。

熟練の冒険者ならある程度の圧縮は戦闘中にこなす事も可能だが、片手間にやった時の圧縮率など全力でやった時と比べたら十分の一が良い所だろう。


しかしライは始原を利用する事で一瞬にして魔力を高圧縮、時間が掛かるという問題点を解消し、圧縮作業を始源に任せた事で魔力自体の制御の難易度も格段に下げていた。


「圧縮か……」


新たに習得した力の可能性にライはこれまでにない手応えを感じたのだった。

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