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特訓を思い出して

ライが槍を持ったオークを相手取っている間、フィアは斧を持ったオークを掴んだまま森の中を駆け抜けていた。


前を遮る木々を左腕でへし折り、殆ど速度を落とす事なく一直線に進んで行く。

そんなフィアをカイル達が必死に追いかけていたが、差は縮まる所か広がる一方だった。


「オーク引き摺りながら障害物排除してんのになんて速度だしてやがるんだ!?」

「真っ直ぐ追いかけるだけなのに追いつけないなんて!」


その内一直線に進むだけだったフィアが木々を避けるように移動し始め、木に隠れて姿が見えなくなってしまう。


「ちょっと!このままじゃ見失ってしまうわ!」

「急ぎましょう!」


四人が速度をさらに上げ、フィアの姿が消えた木の辺りを通り抜けた時、開けた空間へと飛び出した。


「ここは……」


森の中にぽっかりと出来た円形の空間、視界を下げる邪魔な木も足に絡まりそうな背の高い草もない。

まるで四人が戦うために用意されたかのような空間に全員が呆気に取られる。


「何ボサっとしているの?」


その声に四人がハッと意識を取り戻す。

空間の中央にはフィアが立っており、四人がフィアの姿を認識したと同時にフィアは右手に掴んでいたオークを無造作に放り投げる。


フィアに引きずられ、途中何度も木に叩きつけられたオークの身体には小さな傷が無数に出来ており、体力も消耗している様子だった。


「適度に弱らせておいた。でも気を付けて、手負いの相手は何をするか分からないから」


そう言うとフィアはぽっかりと空いた空間から出て、木の上から四人を観察する。

フィアの言う通り、手負いの相手というのは何をしでかすか分からない。

生命の危機を感じ取り、油断や迷いが無くなり生きるためならなりふり構わず行動するため、全快の相手よりも厄介である場合が殆どだ。


カイル達の目の前に居るのはそんな手負いのオークであり、しかも手負いと言っても手や足が動かなくなる程の致命傷を負っている訳でも無いため、体力が消耗してる事を除けば肉体的な面では全快のオークとそれ程差はない。


「ッチ、師匠も大概キツかったけどまだ優しい方だったんだなって思えてきたぜ」

「滅茶苦茶に引き摺られたせいで凄い怒ってるね」

「あの様子じゃ油断はしてくれそうにありませんね」

「ゆっくり観察してる場合じゃ無いわよ、来たわ!!」


フランチェスカがそう叫ぶと同時に四人が即座に行動に出る。

四人に向かってくるオークの前にマックが立ち塞がり、そのすぐ傍にカイル、少し離れた所にリザ、そして一番後ろにフランチェスカという陣形を取る。


フランチェスカが魔法を発動させるまでの時間を稼ぐ、カイル達の基本陣形だ。


「ウ゛ォォォォオ!」


雄叫びをあげながらオークがマクリールめがけて斧を振り下ろす。

振り下ろされた斧をマクリールは後ろに飛んで回避する。


「くっ」


オークの攻撃を躱し続けるマクリールだったが、その表情には焦りの色が浮かんでいた。


(このまま後ろに下がり続けてたらフランの詠唱が終わる前にフランの所まで下がっちゃう!)


このまま後ろに避け続ける訳にはいかない。

ならばどうすれば良いのか?。


マクリールの脳裏にはライとの特訓の事が過っていた。


「ねぇマック、盾を使う時の注意点を覚えてる?。最初に俺が教えた事」

「えっと、攻撃を受けようとするな、躱せるなら躱せ、でしたよね」

「そう、じゃあ今度はパーティの盾としての注意点だ。攻撃を避ける時、左右に避けたり後ろに避けたりすると思うけど、避ける際は大きく動かず最小限に留める事、特に左右に避ける時はね」

「どうしてですか?」

「盾役は魔物と仲間の間に入って仲間を守るのが役目だ。それなのに横に大きく避けたら魔物と仲間との間に障害が無くなってしまうだろ?。それじゃあ盾役としての役目を果たせない、とはいえ後ろにばかり避けてたら前線が押し上げられ後衛の所まで魔物に辿り着かれてしまう」

「じゃあそういう時はどうすれば良いんですか?」

「前に出る」

「え?」

「何も防ぐだけが盾の使い方じゃないって事だよ。いいかマック、相手が大振りの攻撃を放ってきた時、その攻撃に合わせて――」


ライの言葉を思い出したマクリールの瞳に闘志が宿る。


怒り狂ったオークが斧を振り被った瞬間、


「”盾を突き出す”!!」


マクリールが一気に踏み込み、斧を迎え撃つように盾を叩きつける。


「ぐっ!?」

「ぐぉ!?」


盾と斧が衝突し、互いに少し後退する。


(やった!オークの一撃を弾き返した!?)


マクリールがやったのはただ攻撃を受け止めたのではない。

オークが腕を伸ばしきる前、腕を曲げた状態の時に盾を叩きつける事によって相手の攻撃の威力を殺し、さらにオークの攻撃を弾く事で僅かにだが隙を作る事に成功したのだ。


「隙あり!」


斧を弾き返され、一瞬無防備になったオークめがけてカイルが直剣を振り下ろす。

振り下ろされた直剣は斧を持つオークの右腕に食い込んだが、剣先が骨に当たった所で完全に止まってしまう。


(やっぱ俺の力じゃ腕を叩き切る事は出来ねぇか!でも――)


カイルは以前にライに言われた事を思い出していた。


「カイル、俺の事を慕ってくれてる今だから言うんだけど、正直言って今のカイルじゃどんな武器を使っても魔物と渡り合うのはかなり難しい」

「んな事改めて言われなくても分かってるよ。師匠に出会った時は師匠の”技術があれば身体の成長を待たずに戦えるようになる”って言葉でやる気を出したのは確かだけどよ。師匠の特訓を受けて技術を身に付けるってのはそんな簡単な事じゃないって嫌ってくらい思い知らされた。技術を身に付けるってのは身体が大人になる以上に時間が掛かる事だってな」

「騙すような事を言って悪かった。でもこれまでの特訓で少なくともカイルは前とは比べ物にならないくらい魔物相手に戦えるようになっているはずだ。そんなカイルに俺から技術というか、ちょっとした小技を教えよう」

「小技?」

「今のカイルが魔物に与えられる一撃は魔物にとって致命傷にはならないと思う。でも例え致命傷にならなくても、その小さな傷を少しでも大きな傷に変える事は出来る。もし相手の身体に刃を食い込ませる事が出来たなら――」


「”肉を抉って思いっ切り引き抜け”!!」


カイルはそう叫ぶと同時に手首を返し、柄を思いっきり捻り上げる。

柄を捻った事で剣がオークの右腕に食い込み、カイルはオークの右腕を蹴り強引に剣を引き抜く。


「ぐぉ゛ぉ゛ぉ゛!?」


肉を抉られる痛みにオークが声をあげる。

右腕からは夥しい量の血が流れ出し、オークの右腕が血で真っ赤に染まっていく。


「へへ、どうだこの野郎!その傷、そう簡単に血は止まらねぇぞ!!」


抉るようにねじ込まれ、さらに強引に抜き抜かれた傷口の断面は荒れ、綺麗な切断面よりも多くの血が流れ血が止まり辛い。

何より抉った方が肉体的にも精神的にもダメージは大きい。


オークにとってはこの程度の傷、命に関わるようなものでは無かったが右腕に思ったように力が入らず、激しい痛みのせいで右腕を満足に動かす事が出来ずにいた。


これはチャンスとマクリールとカイルがオークを攻め立て、オークを後退させる。


「マック!カイル!避けなさい!!」


後方から聞こえたフランの声に二人が横に飛び退くと、六つの炎弾がオークに命中する。


「やったか!?」


カイルがそう言ってオークの方を見る。

立ち上る煙の中から右肩から先が炭化したオークが姿を現す。


「このオーク、傷を負った右腕を盾に!?」

「マック!呆けてるんじゃねぇ!!」


カイルの叫びにマクリールが我に返るも、怒り狂ったオークは左右に居たマクリールとカイルには目もくれず、先程魔法を放ったフランチェスカめがけ突進する。

遅れてカイルとマクリールがオークを追走するもカイル達が追いつくよりもオークがフランチェスカの元に辿り着くのが先だろう。


「クソ!間に合わねぇ!!」

「フラン!逃げて!!」


カイルとマクリールがそう叫ぶもフランは詠唱を止めようとはしなかった。


(ここで詠唱を止めても私に出来る事なんて何もない)


背を向けて逃げだした所であの速さで向かってくるオークから逃げ切る事は不可能、迎え撃つなんて以ての外だ。

それはライとの特訓で嫌という程理解させられていた。


「ねぇフラン、どうして俺の所に話を聞きに来るんだ?。魔法の事について聞くならフィアの方が良いって分かってるだろう?」

「えぇ、それは分かってるわ。でも私は師匠に話を聞きたいの。魔法の事じゃ無くてパーティでの私の役割について」

「参ったなぁ、俺は剣士だしずっと一人だったから魔術師のパーティでの役割についてなんてそんなに話せる事なんて無いよ?」

「それで良いの。別に私は一般的な魔術師の事について聞きたい訳じゃないわ。私達のパーティを見ている師匠だから聞きたいの。このパーティでの私はどんな役割をするべきなのか」

「そうだね……それならやっぱりフランは後衛で魔法を詠唱する事に専念すべきだね」

「そう……やっぱり私にはそれしか無いのね」

「皆の事が心配?」

「それはそうよ!私ばかり皆に守られて、私は皆を守ってあげられない。私だって皆を守りたいの!」

「でもフラン、君が後衛で魔法を完成させて魔物を素早く倒す事が皆を守る事になるんだ」

「そんなの分かってるわよ!私が言ってるのはそう言う事じゃ無くて――」

「フラン」

「っ!」

「君は仲間達を信じて居ないのか?。マクリールもカイルもリザも皆俺の教え子だ。俺は皆を信じてる、もちろんフランの事もね。だからフラン――」


(分かってるわよ師匠、私も”仲間を信じる”わ)


強い意思が感じられる瞳でフランチェスカは自身に攻めるオークを睨みつける。

仲間達が止めてくれる、そう信じて魔法を詠唱し続ける。


「フラン!!」


フランチェスカに迫るオークを見てカイルがそう叫んだ瞬間、上から矢が飛来しオークの右足の甲を貫いた。


「リザ!?」


マクリールが矢の飛来した方向を見上げると、そこには木の上で弓を構えたリザの姿があった。


リザは木の上で弓を構え、次の矢を番えオークに向ける。


(私はカイルやマクリールみたいに前に戦う事も、フランのように魔法に長けている訳でもない)


リザは戦闘の面において他の三人に比べ秀でた面は殆どない。

弓はある程度扱えはするものの短剣の方はからっきしだったし、その事は特訓を始めて三日が経った頃くらいにライに指摘された。


「リザはハッキリ言ってあまり戦いに出るべきじゃない。短剣については正直上達するとか以前に身体が合ってないし、魔法も載せない普通の矢をただ撃った所で魔物相手じゃ大したダメージにはならない」

「……そう、ですよね。私は他の三人と比べて弱いですし、弓や短剣だって得意だから使ってる訳じゃなくアランさん達の真似をしてやってるだけ、やっぱり師匠の言う通り私は冒険者を辞めるべきなのかもしれませんね」

「いやいや、俺は別にそういう意味で言ったんじゃないよ。俺は冒険者を辞めろって言いたいんじゃなくて、戦闘に積極的に介入するべきじゃないって言ってるんだ」

「というと?」

「リザは戦闘に参加するよりも、一歩引いた視点から戦況を見て独自に動くのが良いと思うんだ。リザの様々な物を見抜くその目はここぞという時にこそ真価を発揮する」

「でも戦闘に全く参加しないというのも……戦況を見つつ弓で援護をするくらいはした方が良いのでは?」

「いや、さっきも言ったけどリザの弓はただ撃っただけじゃ魔物に大したダメージは与えられない。それよりも陰に隠れ、相手に気付かれずに行動出来た方が圧倒的に優位に事を運べる。そんな時にこそ、リザのただの矢が戦況を一変させる必殺の一撃にもなる。それが――」


「”パーティの目”としての私の役割」


右足の甲を貫いた矢はそのまま地面に突き刺さり、オークの足を止めさせる事に成功した。

フランチェスカに意識を集中させていたオークは何処から矢が飛んできたのかを把握できておらず、周囲に視線を向け、木の上で矢を構えるリザと目があったその時、


ヒュッ――


リザを発見し一瞬動きを止めたオークの頭部リザが矢を放つ。

放たれた矢は狙い通りオークの頭部に飛んで行ったが、不意打ちでは無いその一撃は簡単に防がれてしまう。

だがそれで良い、それがリザの狙いなのだから。


リザの放った矢に気を取られたオークは背後に迫っていた二人に気が付かず首にロープを掛けられる。


「よっしゃ!捕まえたぞこの野郎!!」

「これ以上は行かせない!」


オークに追いついたカイルとマクリールがロープを持ち、オークを引っ張る。

体力を消耗し右腕が炭化する程の重症を負ってもなお、オークは身体強化を使った二人を引き摺りながらフランチェスカに迫る。

右足に突き刺さった矢を抜く事もせず、強引に足を持ち上げて一歩ずつ前へと進む。


「おいおい!なんだよこの馬鹿力は!?」

「ぐぅ、リザ!!」


マクリールが名を呼ぶよりも早く、リザは次の矢を番えオークに向けて放とうとしていた。

しかしオークはそれを許さなかった。


「グォォォォオ!!」

「「うわぁ!?」」


オークは自身の首に引っ掛けられたロープを左腕で掴むと、力の限り振り回す。

ロープを握っていた二人の身体は宙に浮き、そのまま木の上に居たリザめがけて叩きつけられる。


「きゃっ!?」

「がっ!!」

「う゛!?」


三人が衝突し、地面へと落ちる。

三人の位置は離れた木の下、一方オークはフランチェスカの傍に迫っていた。

フランチェスカを守る者は居ない、今度こそオークがフランチェスカに接近しようと前を向いた瞬間


「これなら防げないでしょ」


まだ数メートル先に居たはずのフランチェスカがオークの顔面に杖の先端を突きつけ立っていた。


「【シスフィアンマ】」


至近距離から放たれた六つの炎弾はオークの顔面に全て命中する。


一発、二発、オークの顔面が焼け焦げる。

三発、四発、炭化した皮膚が飛び散り、目玉が飛び出す。

五発、六発、頭蓋を砕き、オークの頭部が跡形も無く吹き飛ぶ。


頭部を失ったオークは力なく膝を折り、仰向けに倒れた。


「はぁ……はぁ……ふぅー」


フランチェスカは深く息を吐くとその場に尻餅をつく。


「フラン!大丈夫!?」

「えぇ、大丈夫よ。ちょっと腰が抜けただけ」


少し離れた位置にいる三人にフランチェスカが軽く手を振りながらそう答える。


「四人共、良くやったね。ライが見てたらそう褒めてたと思うよ」


木の上から様子を見守っていたフィアが地面に降り、四人にそう声を掛ける。


「当たり前よ!何せ俺達はあの師匠の特訓を受けてたんだからな!」

「でも結構危ない場面も多かったけどね。リザが居なかったら本当危なかった」

「そんな、私は大した事はしてないよ」

「謙遜しなくて良いわ。リザが居なかったら二人がオークに追いつく前に私はやられてたでしょうし」


戦闘が終わり緩み切った四人、そんな四人を森の奥から見つめる影があった。

その影は手に持った弓を構え地面に座り込むフランチェスカに狙いを定め、矢が放たれる。

矢は真っ直ぐフランチェスカの頭部めがけて飛び、その頭部を射抜こうとした瞬間――


――キンッ!


矢とフランチェスカの間に何者かが割って入り剣で飛来した矢を弾き落とす。


「油断大敵だよ。四人共」

「え、師匠?」


矢を弾き落とした者の正体はライであり、事態が飲み込めていない四人は突然現れそんな事を言うライを不思議そうな顔で見つめていた。

だがそんな四人にライは視線を返す事もせず、森の奥をじっと睨み続けていた。


「フィア、四人を連れて少し下がってて貰える?」

「分かった」

「師匠一体何が」


カイルがそう尋ねようとした時、木々の奥から複数の影がライ達の方に向かってくるのが見えた。

それはオークの部隊、大よそ十体前後のオークが森の中から現れる。


「んな!?」

「なんでこんな所にオークの部隊が!?」

「成体のオークばかりが十体って、もしかしてこれは」

「規模から考えても間違いは無さそうね。一体だけ明らかに他のオークと装備が違うのが混ざってるわ」


ライ達の視線の先、そこには一体のオークが居た。

継ぎ接ぎだらけの防具を着けている事に変わりはないが自身の身の丈と同じ程の巨大な大剣を背負い、一人だけ兜を着けたオークがライ達を睨みつけていた。


将校(エクトゥス)


ライがその名を呼び、エクレールを握る手に力を込める。

Bランクの魔物が率いる部隊との遭遇、Cランク以下の冒険者からすれば絶望としか言い様のない状況に直面したカイル達は皆青ざめた表情だったが、ライは違った。


「丁度良い、まだ試し足りなかった所なんだ。ここで存分にやらせて貰おう」


そうライが言うと同時にライの両足が発光し始める。

その光はクラックを発動させていた時よりも濃く、眩しいとすら感じる程の光を放っていた。


「俺流身体強化のお披露目だ」

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