実地での訓練
遅れてすみません。
実はまたも息抜きで別の小説書いてました…。
あと来週は土日が忙しいので更新がさらに遅れるかも。
ライとクリオが外壁の上で語り合った翌日、ライとフィア、それにクリオに教えている八人の駆け出し冒険者達の姿が訓練場では無くギルドの受付前にあった。
「それでは、森への同伴の依頼を受けるという事で宜しいでしょうか?」
仕事モードのアリアーヌが真面目な様子でライとクリオに問いかける。
「はい、問題ありません」
「こちらも」
「分かりました。こちらが森の地図になります。赤く枠が囲われている部分はBランク以上立ち入り禁止の場所になりますのでご注意を」
ライとクリオがそれぞれ地図を受け取る。
今回の森での実地訓練は最初全員で森に入るが、途中でライとフィアが率いるライ班とクリオ率いるクリオ班に分かれる。
全員で行動しても良いのだが、流石に教えるパーティが二組だとおなじ場所で一斉に教えるのは効率が悪い。
そのため、ライがカイル達を、クリオがカイト達を連れそれぞれが別の場所で実地訓練を行う事にした。
今回教えなきゃならない事に関してはライが既にクリオと相談し終えているため、別々に分かれても支障は然程ないはずだ。
「そうだ、ライさん、それにクリオさん、アランさん達から何か話って聞いてませんか?」
「話?アラン達がどうかしたんですか?」
「実は昨日から戻って居なくて……」
「あー、それなら子供達が森に入る前に可能な限りオーク達を奥まで押し込んでやるって意気込んでましたが、まさか森の中で一晩過ごしてそのまま?」
「可能性はありますね。以前もオーク狩りを始めたばかりの頃は三日間強行軍でオークを押し込んでましたから……ただ、オークの数も大分減ってきましたし、巣にもかなり近づいてると思うので」
「分かりました。もしアラン達に会うような事があれば一旦戻るように言っておきます」
ライはそうアリアーヌと約束し、ギルドを後にする。
ギルドを出てそのまま真っ直ぐ街を出て森へと向かっていく。
その道すがら、隣を歩いていたクリオが小声でライに話しかけてくる。
「ライ、アランさん達の事なんですが」
昨日の一件でライとクリオの距離は大分縮まり、互いに呼び捨てで呼び合うようになっていた。
しかしクリオの口調がそのままなのは恐らくこの口調が畏まった物ではなくクリオの素なのであろう。
「何か気になる事でもあった?」
「えぇ、確かにアランさんは良く無茶をする人達ではありますが、何かやる時はまず事前にギルドに連絡を入れるはずなんです。アリアーヌさんが言ってた三日間の強行軍の時もギルドには事前に言っていました」
「さっきのアリアーヌさんの反応から見ても連絡は来ていない、つまりアラン達にとって予定外の事があった?」
「その可能性はあるかと」
クリオの言葉にライは思案顔になる。
アラン達は四人共Bランクの実力者だ。
その四人が一晩帰ってこない想定外の事態が今から行く森で起こったとなると、このままカイル達を連れて行くのはまずい。
ここは引き返すべきかと考えたライだったが、ふいにフィアがライの手を取る。
「フィア?」
「大丈夫、何かあっても私が対処するから」
「でも」
「ここで引き返して”また今度”ってなったら、ライ何時までもここから離れられないでしょ?」
そう、ライはエアストを旅立つ前に、最低でもカイル達に一度は実地での訓練をしたいと考えていた。
ここで引き返してしまえばエアストを出るのが何時になるか分からない。
とはいえフィアに頼りきりになるのもライは良しとはしなかった。
「……出来る限り俺が何とかする、でも最悪の場合はお願いするよ」
「それで良いよ。それじゃあ行こうか」
複雑な気持ちを抱えながらもライは森に向かうのだった。
森に入って少しした所で、ライとクリオが向き合う形で立ち止まる。
「それじゃあそろそろ」
「えぇ、ここからは分かれて行動しましょう。何かあった時はこれで」
そう言ってクリオが中心が輝く丸い水晶を懐から取り出して見せる。
クリオが持つ水晶は照明弾のような物で、地面に叩きつけて割ると光が空へと昇り自身の位置を相手に教える為の道具だ。
「光が見えたら迷わず撤退、ギルドに報告して応援を呼ぶ事」
「そうです、それじゃあお気をつけて」
「クリオ達もね、森の奥には入らないように」
「分かっています。大事を取って赤枠から一区画空けた所までにしますよ。私はライと違って戦闘向きではありませんからね」
それからライとクリオは分かれ、それぞれが別の場所へと移っていく。
暫く森の中を歩き周囲を観察するように見回していたライがふと足を止めて後を付いてきているカイル達の方へと向き直る。
「さて、それじゃあ今から実地での訓練を始めるよ」
「「「「はい!」」」」
ライの言葉に元気よく四人が返事をする。
「今まで実地訓練としか説明しなかったけど、具体的には何をするか分かる?」
「魔物と戦うんだろ?」
「それも含まれるけど、それだけじゃない。どうして俺がここで立ち止まったと思う?」
「先生達と十分離れたからじゃないんですか?」
「確かに分かれる為にわざわざクリオ達とは逆方向に来たけど離れるのが目的ならもっと前に立ち止まってるよ」
マクリールがおずおずと手を挙げながら言い、ライがそれを否定すると横で話を聞いていたリザが口を開く。
「もしかしてここは魔物が来ない場所なんですか?」
「お、どうしてそう思ったんだい?」
「いえ、何となく何ですけど、ここに来るまで師匠は一言も喋らず息も殺して周囲に目を配らせてたのにここに来てから完全に警戒を解いた訳ではないけど比較的自然体に戻っていたので、それに道中に比べてここら辺の植生は随分と変わってますし」
「え?そんな変わったか?。俺には相変わらず木が多くて何か変わった感じはしねぇが」
「変わってるよ。この場所と途中歩いた場所じゃ生えてる木の種類が違うんだよ」
そう言うとライは近くに生えていた木に手を添えながら言う。
「リザの言う通り、実はここは他と比べ比較的魔物なんかが出現しにくい場所なんだ。その原因はこの木、実はここにくる道中にあった木なんかはここら辺の生き物なんかの餌になる木の実が生るんだけど、この木には実が生らないんだ」
「そっか、木の実が生らないならそれを食べにくる草食の生き物も来ないから」
「その生き物を食べにくる肉食の生き物も来ないって事、だからここは他の場所と比べて安全なんだ。ただあくまでも比べてだから絶対に安全って訳じゃない」
だが、こういった場所を探し出す知識は冒険者にとって必要な物だ。
今日の実地試験でライはそこら辺を四人に叩き込むつもりでいた。
「さて魔物が来そうな場所と来なさそうな場所、これはあくまでも初級編だ。次は周辺から生き物の痕跡を探して本当に魔物が来るのか来ないのか、確証を得なきゃいけない」
ライ達がここを安全だと判断したように、それを理解している魔物が存在しない訳ではない。
こういった場所に巣を作る魔物だって存在する為、まずはそういった魔物の痕跡が無いかを調べる必要がある。
「フランは確か薬草の知識があったよね。ここら辺に何か薬として使えそうな植物はあるかな?」
「ちらほらあるわ。それがどうかしたの?」
「薬草なんかは普通の魔物は手を付けないんだけど、こう言った他の魔物が近寄り辛く、薬草が取れるような場所に巣を作る魔物が居るんだ。例えばコボルトとかね」
「それじゃあ薬草が手つかずならコボルトみたいな魔物は居ないと」
「そう判断して良い。オークも薬草の類を集めるから荒らされた形跡がない所を見るとオークはここに来てないみたいだね」
「とはいえ、今まで来てないからって今日来ないとは限らない……って事だろ?」
「その通り」
以前に話した”情報を過信するな”という言葉をカイル達がしっかりと理解している事にライは嬉しそうな顔をしながら同意する。
「それじゃあここからは少しだけ森の奥に言って魔物を探しに行くよ。隊列は俺を先頭にその後ろにカイルとマック、さらにその後ろにリザとフラン、最後尾にフィアで行こう。もし何か魔物の痕跡、或いは魔物そのものを見つけたら声は出さず前に居る人間の肩を叩いて俺まで伝える事、それじゃあ行こうか」
そうしてライ達は森の奥へと踏み入って行く。
途中、周囲の植生が変わり出すとライは歩く速度を落とし、一層周囲を警戒しだす。
そんなライの雰囲気に圧され、カイル達も自然と姿勢を低くし周囲に目を配らせる。
歩き始めて十分が経過した頃、ライは違和感を覚えていた。
(変だな、ここまで歩いて生き物の痕跡が殆どない)
古い痕跡は幾つもあったが真新しい物は殆ど見かけず、あったとしても魔物とは違う小型の草食動物の痕跡くらいだった。
(比較的新しいものでもオークの物と思われる痕跡ばかりだな)
不自然に大量に地面に散らばる枝、その断面を見ると鋭い刃物で斬り落としたような跡が付いており、木の側には大きな人間の素足のような足跡も残されていた。
(生き物も木の実も、食べられる物なら何でも持って行ったって感じか。ここまで徹底的にとなるとオーク達も食糧確保に必死って事か?)
クリオの話によればここは食料も豊富でオークが群れを成すにはうってつけの場所だという話だった。
その潤沢さが逆に仇となりオークは一気に数を増やしてしまい、今度は食料不足に陥っているのではないかとライは考えた。
『極限の飢餓状態、あるいは極度の緊張状態で錯乱してたのかもしれません』
思い出されるのは昨日クリオより聞かされた話がライの脳裏を過る。
飢餓状態、それが魔物達に予想外の動きを取らせる。
そして昨日から帰ってこないアラン達、ライの中でそれらが結びつき嫌な予感が急速に膨らんで行く。
その時、ふいにライの肩に誰かが触れた。
その感触にライはハッとなり深みに嵌りかけていた思考を振り払い、首を背後に向ける。
ライの肩を叩いたのはカイルであり、カイルは無言でリザを指差す。
どうやらリザが何かを見つけたらしい。
ライがリザの所まで移動するとリザは無言で進行方向の右側を指差した。
リザが指さす方向を見ても草木しか見えないライだったが、奥にある茂みが揺れたのに気づきそちらに意識を集中させる。
「っ!」
意識を集中させていたライの視界に二体の魔物の姿が映った。
土で汚れた草色の肌、三メートルはあろうという巨体に継ぎ接ぎだらけの防具、それぞれ斧と槍を握った魔物が視界の奥に移る。
(あれは!)
それはアラン達によって森の奥まで押し込まれたはずのオークの姿だった。