大馬鹿者達
『ありがとうございました!!』
「はい、お疲れ様」
カイル達とカイト達、合わせて八人の特訓にも慣れ、無事今日の特訓を終える。
「師匠、今日もリザの家で飯食ってくんだろ?」
「そうだね、フィアもそれで良い?」
「私は構わないけど、少し晩御飯には早くない?」
「確かにまだ日も暮れて無いけど、早めに行かないと十人も座れるだけ席が空いてるかどうか――」
エアストの町を守る城壁に重なりかけている太陽を見上げながらそんな事を言うライの動きがピタリと止まる。
「どうしたのライ?」
「……ごめんフィア、皆を連れて先行ってて貰えるかな」
「?、分かった」
ライの言葉に一瞬首を傾げながらも、フィアはライの言う通りに八人を連れてリザの実家でもある食堂へと向かう一方、ライは城壁の向こう側に沈みかけている太陽、その太陽に影を落とすように城壁の上に佇む人影を目指し歩き出した。
「やっぱりクリオさんでしたか」
エアストの町を守る城壁の上、そこに佇む一人の人間――クリオにライが声を掛ける。
「ライさん?」
声を掛けられたクリオは沈みゆく太陽から視線を外し、すぐ傍にまでやって来ていたライの方を見る。
「こんな所でどうしたんですか?。午後の特訓の時姿を見ないなとは思ってましたが、まさか授業が終わってからずっとここに?」
「ずっとという訳では無いのですが、まぁ長い事ここに居たのは確かですね」
苦笑いを浮かべ、クリオが再び視線を太陽へと向ける。
ライもそんなクリオの隣に立ち同じように太陽を眺めた。
「何か嫌な事でもあったんですか?」
「どうしてそんな事を?」
「授業の時、たまに表情が曇る時があったので」
ライの言葉にクリオが少し目を見開く。
「子供達は誰も気づいて居なかったのに……まさか気付かれて居たなんて」
子供達は誰も気づいて居なかった、確信を持った口調で言うクリオにライは確かめるように言う。
「俺の考えが読めなくて不安ですか?」
「っ!?」
その言葉にクリオは増々驚いたような顔をする。
「ライさん、貴方は私の力の事を」
「えぇ、クリオさんは他人の考えなんかを読む事が出来るんですよね?」
「……はい、ですがライさん、それにフィアさんの考えはまるで読めなくて」
「なるほど、それで最初に会った時挙動不審だったんですね」
「そうです、何せ初めての事でしたから」
暫しの沈黙が流れ、ライがクリオに問いかける。
「あの、俺とフィアが居たせいで、クリオさんを不安にさせてしまったんでしょうか?」
「え?」
「クリオさんが授業の間、時折暗い顔をするのは俺とフィアが居るせいなのかなって、そう思って」
「いえ!それは違います!」
食い気味に言うクリオに今度はライが面食らう。
「ライさんは授業中、私の説明に分かりやすく補足を入れてくれますし、冒険者という視点からの指摘は非常に有難く、私も教えられたと思う事が沢山ありました!」
「じゃ、じゃあどうして授業中、あんな暗い顔を」
「それは……」
言い淀むクリオだったが、少しして何か決心したような顔をすると口を開いた。
「ライさんは、どうして冒険者になったんですか?」
「え?」
何の脈絡もない質問にライはキョトンとした表情になるも、それが必要な質問なのだろうと考え素直に答える。
「自分は各地を渡り歩いていた冒険者の人に憧れてですね。あの人から聞いた色々な外の世界の話が興味深くて、なによりその話を聞かせてくれたあの人がすっごく楽しそうで、それで自分も冒険者になって旅に出て見たいと、そう思ったんです」
懐かしむように語った後、ライはクリオに質問する。
「クリオさんは何故冒険者に?」
「私は……贖罪の為ですよ」
”贖罪”予想もしてなかったその言葉にライは言葉を無くす。
「私は以前は冒険者などではなく、ギルドの職員でした。駆け出しの冒険者に魔物の知識などについて教えるための講習を開き、そこで教鞭を取っていました。あの頃の私はとても愚かで外の事など何も知らない癖に本で得た知識をまるで見てきた事かのように語り、偉そうに冒険者の人達に教えていた。教えた事が役に立ったと冒険者の人達から感謝される度に優越感に浸り、私はどんどん本で得た事をそのまま冒険者に教えていった……そんな時です、ある事件が起こったのは」
クリオが苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。
「私が教えた冒険者の中から魔物に食い殺された者が出てしまったのです」
クリオは語りだした。
「食い殺されたのはまだ若い十代半ばの少年、食い殺した魔物の名はディアスホーン」
「ディアスホーンって確か」
「えぇ、草食で気性の大人しい事で有名な魔物です。本にもそう書かれていましたし、ディアスホーンが冒険者を襲ったなんて話も聞いた事が無かった」
「でも、その”無かった”事が起きてしまったんですね?」
「はい、ディアスホーンは普段は非常に大人しく、攻撃しても逃げてしまうような憶病な魔物です。ですがあの子が、彼が遭遇したディアスホーンは……」
何かを堪えるようにクリオは下唇を噛み締める。
「彼と一緒に居た仲間の話によるとディアスホーンの存在には気付いていたそうですが、人は襲う事はないと背を向けて別の場所に向かおうと歩き出した時、最後尾に居た彼の腹部をディアスホーンの鋭い角が貫いたそうです」
ディアスホーンの角は鋭く、武器として加工される程だ。
駆け出し冒険者の装備程度なら金属製であっても貫く事は容易いだろう。
「突然の事態に驚いた彼の仲間達は彼を置き去りにして逃走、しかし少しして冷静になった仲間達はすぐさま彼を助けようとその場に戻ったそうです。貫かれたとはいえ即死ではありませんし、急げばまだ間に合うと考えたのです。でも――」
その続きをクリオは口にしなかった。
いや、口にする必要など無いのだろう、何故ならその結末はクリオが最初に言っていたのだから。
「極限の飢餓状態、あるいは極度の緊張状態で錯乱してたのかもしれません。何にせよ普通では無い事に違いはありません。でも”普通の事”では無くても”在り得ない事”では無いんです」
クリオは言葉を紡ぐ。
「彼らには肉を食い千切る歯があるのです」
自分に言い聞かせるように。
「彼らには肉を飲み込む口があるのです」
自分の罪を責めるように。
「彼らには肉を収める胃袋があるのです」
クリオは言葉と共に感情を吐き出す。
「その気になれば人間を食い殺す事だって、決して在り得ない事では無い」
クリオがカイル達に教えていた際、情報を鵜呑みにするなと口を酸っぱくして言っていたのはこの為だろう。
過去に本に書かれた事だけを教え、それが原因で一人の若者を死なせてしまった。
それが未だにクリオを苦しめ続けていた。
「私が冒険者を志したのは本で得た知識だけで本物を何も知らなかった自分を情けなく思ったからなんです。本から決して得られない本物を知る事が出来れば、それを冒険者の人達に教える事が出来れば、きっと二度と同じような事は起こらないと、それが償いになると、そう思ったからです……でも」
「でも?」
「結局私が本物を理解する事はありませんでした。自分でも分かってはいましたが、私は荒事には向いていなかったんですよ。仲間を強化し後ろでただ見てるだけ、そんな憶病な私に本当の事なんて分かる訳も無かった。だから私はパーティを抜け、また教鞭を取っているのです。結局冒険者としても、教育者としても私は半端者なんですよ」
そう言ってクリオは自嘲的な笑みを浮かべる。
「私は愚か者で臆病者だ、贖罪の為などと言って冒険者になった。自分の罪の意識から逃れるために冒険者という職を利用した卑劣な人間、それが私なんです」
自分を卑下するクリオの話をライ聞いていたが、クリオが話し終えた頃合いを見てライが口を開いた。
「それなら自分もクリオさんと同じですよ」
「え?」
「旅の話を聞いて冒険者に憧れた自分、エアストの名を背負っていた看板冒険者に憧れたアラン、どっちも生きるために真面目に冒険者をやってる人達からしたら不純な動機です」
「で、でもライさん達と私では全然」
「違わないですよ」
クリオの言葉を遮るように、ライがハッキリとした口調で告げる。
「クリオさんも俺達と同じです」
「同じ…?」
「はい、生きるために冒険者になったのではなく、これ以上犠牲を出したくないと、誰かを助けるために冒険者になった。愚か者でも臆病者でもない」
沈みゆく太陽から視線を外し、クリオの目を真っ直ぐ見つめながらライがその言葉を継げる。
「自分達と同じ、ただの大馬鹿者です」
ライの言葉にクリオが目を見開く。
誰かを助けたいという思いを大馬鹿者だと言う。
普通に考えれば不躾な物言いだ。
だがそれはどんな慰めの言葉よりも、深くクリオの心に沁み込んで行く。
それは不快な感覚ではない、むしろ心地よいとさえ思える不思議な気持ち。
「今度アランと三人で飲みに行きましょうよ。大馬鹿者同士で」
「……えぇ、行きましょう」
クリオは初めて、救われたような気がした。
その日の夕暮れ、日が沈み掛け辺りが暗くなってきた森の中にアラン達Bランク冒険者四人の姿があった。
「ちぃ!なんかオークの数多くねぇか!?」
「それだけ巣に近づいてるって事だろう!」
「そういう意味じゃ無くて――うぉ!?」
「アランの言ってるのは全体の話ではなく、一部隊の数が多いって事だろ!」
「正解!部隊の頭が将校だったとしてもオークの数が多すぎだろ!」
基本、オークが下の階級のオークを従える場合、上位者一体に対し、その直下の階級の者が複数体付く。
兵士なら新兵を三体、隊長なら兵士を五体とその下に付く新兵十五体、将校ならば隊長を三体とその下に付く兵士と新兵合わせて四十五体が限界とされ、階級が上がるにつれ部隊の規模は大きくなる。
無論、今のはあくまでも目安であり数は増減はするが、上記に当て嵌めるなら将校が率いる部隊は限界で五十体前後、しかし今アラン達を取り囲む群れの規模は八十を超えている。
「余程の指揮上手の将校か、もしくは別々の部隊の間に入っちゃったかなこれは」
「兎に角この数を相手にするのはかなり厳しい。早い所将校を見つけて指揮系統を乱す必要があるな」
「それなら!」
アランが右手に握った剣に魔力を込めると、剣の周囲に風が渦巻く。
そのままアランが剣を横薙ぎに振るうとアランの目の前にあった木々、それにオーク達が真っ二つに両断される。
一撃によって多数のオークを撃破したアラン、しかしその視線は既に別の方向に向けられていた。
「一発目からビンゴか、ツイてるな」
一撃を放った瞬間、大量のオークが成す術もなく両断される中一匹だけ素早い動きで躱したのをアランは見逃さなかった。
アランの視線の先、そこには全身を仄かに発光させたオークの姿があった。
「身体強化の発光、アレが将校か!」
部隊の頭を見つけたアランは身体強化を発動させているオークに向かって駆け出す。
兵士級のオーク達が将校を守るように立ち塞がるも、アランの風魔法によって薙ぎ払われる。
一直線に放たれる風の刃は横に良ければ簡単に躱す事は出来たが、決して後ろに下がる事が出来ず攻撃を躱す度にアランと将校の距離は縮まって行く。
そして
「貰ったぁ!」
「オ゛ォォォォォ!?」
アランの放った一撃が将校の身体を捉え、右肩から左腹かけて分断する。
断ち切られた将校の身体から身体強化の証である光は失われ、アランは確実に仕留めた事を確認する。
「よし、これで後は」
「きゃあああああ!!」
その悲鳴にアランが慌てて背後を振り向くと、そこにはオークに押さえつけられた三人の仲間の姿があった。
「なっ!?」
アランが驚きの余り固まってしまう。
彼らとてBランク冒険者、いくらオークに囲まれようと押さえつけられようとそれを力尽くで振り払うくらいは出来る。
だが、そんな仲間達を押さえつけているのは紛れも無くオーク、それも全身から身体強化の証である光を発する三体のオークだった。
「将校が三体……そんな馬鹿な」
オークにも個体差はあり、稀に我の強いオークの中にも周囲に合わせる協調性を持ったオークが生まれる事がある。
その場合、上位の階級が存在しなくても協調性を持ったオークが同階級のオークの下に付くことで争いを回避するという事は実際にあった。
しかしそれは同階級が二体であった時の話だ。
この場には将校が三体、いや倒した一体も含めれば四体居た。
この場合、同階級同士のオークが争うことなく共闘するには最低でも協調性を持ったオークが三体居る必要がある。
だがそんな事は現実的に在り得ない。
ならば何故、どのような理由でこんな状況になって居るのか?。
アランがその答えを導き出すのにそう時間は掛からなかった。
「嘘だろ……普通親玉ってのは住処の奥でドンと構えてるもんだろ」
協調性を持ったオークが三体という非現実的な仮説よりも、もっと現実的な仮説
「何でこんな所に大将が出張って来てんだよ!?」
Aランクのオーク大将が率いる部隊、それは絶望という形でアランの前に立ち塞がった。