ブルガスの醍醐味
太陽が丁度真上に登り切った頃、ブルガスの街の入口にライの姿があった。
「やっぱりここは何時来ても賑わってるなぁ」
道行く人々の姿を見渡しながら、ライがそんな言葉を漏らす。
『そう言えばライは良くこの街に来てたよね』
「なんでそれを…って、そういやずっと俺の事見てたって言ってたもんね、でもそれなら俺がここに良く来てた理由も知ってるんじゃないの?」
『ライの事は見てたけど、ライが何してたのかまでは気にしてなかったんだよ』
「そうなんだ…それじゃ、ここがどんな街かは知ってる?」
『それも知らない、人の街なんて一つ一つ見た事なんて無かったし、どれも同じような物だと思ってたんだけど…違うの?』
フィアはこの世界そのものであり、世界に存在するその全てを知る権利を持っている。
知りたいと思えば現在の事だけでなく、かつて過去に起こっていた出来事でさえ知ることが出来る。
だからこそ今までわざわざ何かを知ろうともしなかったのだ。
「ここは住人の半数以上が旅人っていう珍しい街なんだ」
『半数以上って、街単位で旅でもしてるの?』
「いや、旅に疲れた旅人が休養と路銀稼ぎも兼ねて一時的に住んでまた旅に出るって感じだね」
『ふーん…それで、ライはここに何しに来てたの?』
「ここには世界中から色んな所を旅した人間が集まる街だからね、来る度に新しい物や見た事もない物で溢れかえってるから、旅に憧れてた俺はここに来て旅の気分を味わってたんだ」
ライはそう言った後、苦笑いを浮かべながら続ける。
「まぁ、それだけじゃなくて一緒に旅をしてくれる人を探しにってのもあったんだけどね」
『見つからなかったの?』
「残念ながら…旅には危険が付き物だし、魔法が使えない人間なんて足手まといにしかならないって断れちゃうんだよね」
実際、この世界で旅をするというのは簡単な事ではない。
壁に囲われた街とは違い、外ではいつ魔物に襲われるかも分からない。
頼れるのは自分自身と仲間だけという状況で足手まといになりかねない人間を好き好んで仲間に選ぶ人間は居ないだろう。
そんな事を話してる間にもライは街の中をどんどん進んで行く。
やがて両脇に商店の並ぶ道にまでやってくると、ライが辺りを見渡す。
「さて、確か前に来た時はここら辺に…」
『何を探してるの?』
「前に来た時にここら辺に美味しい肉料理の店があったんだけど…ないな」
『ふーん、前に来た時ね…ちょっと待って』
そう言われライが黙って待っていると、フィアが声を上げる。
『ん、場所が分かったよ』
「え?本当?」
『こっちこっち』
フィアがそう言うと、ライの目の前に光る玉が現れ先導するようにふらふらと漂っていく。
ライがその光の後を付いていきながらフィアに質問する。
「場所が分かったって言ったけど、良く分かったね」
『私は例え過去に起こった事でも、この世界で起きた事なら何でも知る事が出来るんだよ。だからライが前に行った事のある場所だって調べようとしたらすぐに分かるんだ』
「へーそうなんだ」
人通りの多い道を光が漂うように進んで行くも、ライ以外に光の存在を気に留める者は誰も居ない。
そうして光に先導されながらライが歩いているとやがて光が一つの店の前でピタリと止まる。
「え?ここ?」
『うん、ここで間違いないよ』
「でもここ、飲み物を売ってるお店みたいだけど…」
ライはそう言いながら、店先から店の中を覗いてみる。
中には幾つかのテーブルと、テーブルについて何か飲み物を飲んでいる数人の客の姿があった。
そんなライに気がついた店の店主が声を掛けてきた。
「よぉ兄さん、そんなとこ突っ立ってどうした?」
「えーっと、前にこの辺に珍しい肉料理を出してたお店があったと思ったんですけど…」
「んん?もしかして遠く東の方で有名な鶏肉を使った料理を出す店の事を言ってるのか?」
「そう、それです!」
「それならここで合ってたけど、残念だがその店の店主は路銀も十分貯まったって3カ月前に旅に出ちまったよ」
「えぇ…そうなんですか…」
店主のその言葉にライが落胆した様子を見せる。
ブルガスで店を営む多くの人間は旅人であり、旅先で珍しい物や新しい物を見つけてはブルガスの街で店を開き路銀を稼いだ後、また旅に出るというのを繰り返していた。
そのため店の入れ替わりも激しく、数カ月前まであった店が別の店になっているなんてのは良くあることだった。
それをライも知っていたので、落胆はしたもののすぐに気を取り直して店主に声を掛ける。
「もう一度くらい食べたかったんですけど、仕方ないですね」
「こればっかりはな…ところで兄さんは旅人かい?」
「えぇ、最近になって旅を始めたばかりですけど」
「だったら自分の足で東の方まで行ってその料理を食うってのも一つの選択肢だと思うぜ?本場の奴はここで売ってた奴よりももっと美味かったって、その料理を出してた店の店主も言ってたしな」
「あれよりも…?」
以前に食べた肉の味を思い出したのか、ライと店主がニヘラとした笑みを浮かべる。
そしてライのお腹からぐぅぅっという音が鳴り響く。
「あはは…思い出してたらお腹が空いてきちゃったな」
「残念な事にうちは飲み物しか扱ってねぇんだが、何か飲んでいくか?」
「そうですね、せっかくだし頂きます」
「あいよ!まいどあり!」
快活に笑う店主に、ふとライは気になった事を尋ねる。
何となく流れで言ってしまったが、まだここで売っている商品がどんな物かを知らなかったのだ。
「そういえば、飲み物ってどんなの売ってるんですか?」
「あぁ、うちは東南の方にある熱帯雨林で採れる果物で作ったちょっと変わった飲み物を出してんだよ、東南の方じゃ良くある飲み物だがこっちのほうじゃあんまり知られてねぇな」
「東南で採れる果物かぁ…どんなのです?」
「ちょっとまってろよ」
店主はそういうとカウンターの下からゴソゴソと何かを取り出し、カウンターの上に並べる。
カウンターの上に大きさや色も様々な果物が並ぶ。
「この黄色いのはちょっと酸味があるがそれが良いアクセントになる、赤色のは凄い甘くて女性客なんかに人気だ、こっちの緑色のは甘さ控えめで後味がスッキリとしてるのが特徴だな」
店主が並べられた果物を次々と紹介していくのを、ライは興味深そうに聞きながら相槌を打っていた。
「色々と種類があるんですね、それに見たことも無い果物ばっかりで、どれにするか迷うなぁ…」
「だったら味見するかい?切ってあるのがあるからちょっと待ってろ」
店主はそう言うと、カウンターの裏にあるスペースへと引っ込んで行った。
そして数分後、お盆に一口サイズにカットされた果物を載せた店主が戻ってくる。
「ほら、食ってみな」
「いただきます!」
お盆に並べられた果物に目を輝かせていたライが果物の一つを摘み上げ口に運ぶ。
舌先に乗せた瞬間に感じた強烈な酸味、舌先で押しつぶせるほどに軟かく熟した果物、潰れた果物からあふれ出した果汁から感じる甘味が先ほどの酸味と混ざり合い、互いが主張しあう事もなく見事に調和していた。
今まで食べた果物には無いその味わいに、ライが頬を緩ませながらも次々と果物を口に入れていく。
甘味、酸味、塩味、苦味、辛味、渋味、それぞれの果物にそれぞれの特色が存在し、ライの舌を楽しませる。
そうして、お盆に乗せられた果物をすべて平らげたライに店主が声を掛けてくる。
「どうだ、美味かったろ?」
「はい、とっても美味しかったです」
「だろう?でもな、うちにある果物はどれも取ってから日が経ってるからな味は幾段か落ちちまう、本場のはもっとうめぇんだぜ?」
店主はニヤニヤと笑みを浮かべながら自慢げにそう語る。
ブルガスで店を営んでいるのは殆どが旅人であり、旅先で見つけた物を商品とし店を開き路銀を稼いでいるが、そのどれもは旅先で見た物に似せて作られた紛い物でしかない。
それは先ほどの店主が行ったように、日数経過による商品の劣化だったり、素人が見様見真似で作ったからとかそういった理由で本物とは何か違う物になった場合もあれば、中にはわざと本物よりも数段質を落として商品を売る人間も居る。
何故そんな事をするのかと言えば答えは簡単、”自慢”したいからだ。
街を訪れた人間に自身が旅先で見つけた物を見せ、食べさせ、聞かせた後、本物はもっと凄かったと、俺はこんなのよりももっと良い物を知っていると、そう自慢するためだ。
”悪趣味”――そう感じる人間も居るだろう。
だが、ただ自慢しただけではない。
この街に来る人間の多くは旅人か、もしくは旅に憧れるライの人間のような者が殆どだ。
そういった者達は自慢話を聞く度、考え、想像し、まだ見ぬ土地に思いを馳せる。
この街はただ旅人が集まるだけの街ではない、世界に溢れる未知を集め、それを語り、次への目標とする場所であり、旅人の自慢話もこの街を楽しむための立派な醍醐味の一つなのだ。
「兄さんも旅人なら一度は行ってみな、オススメだぜ」
そう言ってニッコリと笑みを浮かべる店主に、ライも同じように笑みを浮かべて答える。
「はい!」