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憧れ

陽も完全に落ちた頃、喧騒の絶えない酒場のカウンター席に一人酒を口に運ぶライの姿があった。


アランとの喧嘩の後、アラン達は依頼があるからと何か言いたげな様子のアランを強引に引き摺って行き、取り残されたライ達はまるで何事も無かったかのように昨日に引き続き冒険者としての知識をカイル達に教えた。


その後夕食を終え寝るにはまだ早くライは時間を持て余していた。

装備の手入れはカイル達に教える時に既に終えており、手持無沙汰になったライは酒でも飲もうと酒場にやってきたのだ。


最初フィアを誘ったライだったが酒を飲まないフィアに断られ、こうして一人カウンター席に腰掛けここ数日口にしていなかった酒の味を楽しんでいた。


そんな時だ、ライの背後から一人の人間がライの肩を叩く。


「ん?って、アランさん?」

「よっ!隣良いか?」


ライが振り向くとそこには今朝戦ったBランク冒険者であるアランの姿があった。

アランはそう尋ねながらもライの答えを聞く前にライの隣に腰掛ける。


「こんな所で一人で酒飲んで連れの嬢ちゃんはどうしたよ?」

「フィアは酒を飲まないんですよ。害にしかならないって」

「害か、まぁ確かに少なくとも身体に良いとは言えないわな。それには同意せざる負えない」


害という言葉にアランが苦笑いのような顔をする。

それは自身の酒癖の悪さを知っているからこそなのだろう。


そんな話をしていると酒場の店主がアランに声を掛ける。


「アラン、何飲む?」

「そうだな、果実水でも貰おうか」

「あ?酒じゃねぇのか?珍しい。なんだもしかしてキシュナに禁酒でも命じられたか?」

「ちげーよ、そんなんじゃない。ただまぁちょっと素面で話がしたくてよ。酒が入ると話し合いが取っ組み合いになっちまうからな」


横に座るライに視線を向けながらアランが言う。

少ししてアランの前に果実水が置かれ、店主が離れたタイミングでライが話を切り出す。


「えっと、話ってもしかして俺にですか?」

「もしかしなくてもお前にだよ。この状況で他の誰と話すって言うんだ」

「ですよね」


それだけ言うと二人の間に沈黙が降りる。

無言の時間が暫く続いた後、沈黙を破るようにアランがコップに注がれた果実水飲み干しカウンターにコップを叩きつける。


「ふぅ…なぁ、一つ聞いて――いや、一つと言わず二つ三つと聞くけど構わないか?」

「自分に答えられる事なら」


ライがそう答えるとアランは一息置いてから気になっていた事を質問する。


「お前、今日のアレ本気じゃ無かっただろ」

「……」

「あ、いや違うな。本気じゃ無かったと言ってもやる気が無かった訳じゃないみたいだし、何て言うんだろうな」


戦って居た時のライの様子を思い出しながらアランが首を捻る。

ライは決して手を抜いていた訳ではないし、やる気はあった。

しかし本気ではない、その矛盾にアランが頭を悩ませているとライがゆっくりと口を開く。


「強いて言うなら攻める気が無かった、ですかね」

「そう、それだ。お前のあの目は勝負を諦めた負け犬の目でも俺をおちょくっている者の目でもない、勝とうとする者の目だった。なのにお前は攻撃をしようとしなかった、あれは何故なんだ?」

「滅多に無いですからね、Bランク冒険者と命のやり取り無しで戦う機会なんて…だから俺はあの時、時間の許す限り色々な事を試そうとしてたんです」

「それはつまりあれか?早々に決着が着くのを避けるためって事か?俺がアッサリとやられたら試す事も出来ないってか?」


若干喧嘩腰になりながらアランがライに鋭い視線を向ける。


「違いますよ、ただ俺にとってはBランク冒険者相手に自分の攻撃が通じるかよりも相手の攻撃に自分がどれだけ対応出来るのかの方が重要だっただけです」

「攻撃に対応?」

「そのままの意味ですよ。攻撃を躱し、いなし、防ぐ、これらのどれか一つでも対応出来なければ自分の命に関わりますからね。死んでしまっては攻撃する所では無いでしょう?」


ライの説明に睨むような視線を向けていたアランはライから視線を切って前を向きながらボソリと呟く。


「攻撃よりも防御を優先するか。なるほどな…もう一つ良いか?」

「何でしょう?」

「最後、俺の攻撃を弾いただろ。突きに対して横振りを合わせるなんて攻撃が見えてからじゃ到底間に合わない。お前、俺が剣を突き出すって分かってたな、何故だ?」


その問いにライはまるで当たり前の事を答えるように平然とした様子で答える。


「ただ見ていただけです。アランさんのクラックの飛距離はおよそ7メートル、7メートル以内ならクラックは使わずに距離を詰め、7メートル以上離れているならクラックを使って距離を詰める。8メートルの時はクラックで飛び込んで着地と同時に横薙ぎ、9メートルの場合は大きく飛び込みながらの突き」

「あの時聞こえたのは幻聴じゃ無かったって事か」


剣を突き出そうとした寸前に聞こえた”9メートル”という言葉の意味をアランが理解する。


「俺が距離を詰める前ににじり寄って来たのはまさか」

「距離を調整してたんです。アランさんが突きを狙うように」

「やられた、まさかそこまで考えていたとはな」


空になったコップの縁を指でなぞりながらアランは何か考えるように目を瞑り、少しして目を開きライへと視線を向ける。


「攻撃よりも防御を優先し、相手を良く観察し行動パターンを把握する……合格だ、お前になら任せられる」

「…?何の話ですか?」

「おいおい忘れちまったのか?。あれはお前が俺の後任としてガキ共に教えるのに相応しいのか見るための試験だって言っただろ」

「え、あれって戦うための口実じゃ無かったんですか?」

「九割はそうだが一割は試験のつもりだったぞ。俺は一度口にした事は絶対に曲げないタイプだからな、戦いながらもしっかり審査はさせて貰った」

「それじゃあ自分はマクリール達の教育係として認められたって事になるんですかね」

「……あぁ」


妙な間を空けながらアランが小さく頷く。

その事を訝し気に思いながらもライは依然から気になっていた事を聞く事にした。


「アランさんってマクリール達に実戦形式で教えていたんですよね?」

「そうだが、それがどうかしたか?」

「いえ、何故冒険者としての基礎なんかをすっ飛ばしていきなり実戦から何だろうって思いまして」


その問いに答えないアランに構う事なくライは疑問を口にし続ける。


「アランさんはBランク冒険者、カイルにバルディッシュは扱えない事も四人が装備の手入れをしていない事もすぐに分かったはずです。それに気付いて居ながら実戦なんてマクリール達に教える気が無いように感じました」

「……俺だけ質問しておいてそっちの質問には答えないってのも不公平だもんな」


アランは少し躊躇いながらも口を開く。


「確かにお前の言う通りだ、俺はあいつらに真面目に教える気は無い。基礎も教えず実戦と言ってあいつらを叩きのめしてただけさ」

「何故そんな事を」

「理由は単純、俺はあいつらに冒険者になって欲しくないからだ」

「冒険者になって欲しくない?それは一体」


椅子の背もたれに身体を預け天井を仰ぎながらアランがライの質問に答える。


「俺は頭があんまり良くないからよ、上手く説明出来る気がしないんだが…要は馬鹿者を増やしたくないって事だ」

「馬鹿者?」

「だってそうだろ?この世の中には冒険者なんかよりもずっと良い仕事がごまんとある。頭の良い奴は魔物が蔓延る街の外に出ず、安全な室内で頭脳労働に勤しむ。特別頭が良く無くったって仕事を選ばなければ街の中で受けられる安全な仕事はいくつもある。生きるために仕事に就くのに死ぬ危険性のある仕事に就くなんて馬鹿者以外の何者でもない」

「そうでしょうか?仕事があると言っても十分な給金が貰える仕事ばかりでは無いですし、お金欲しさに冒険者になるってのは理解出来る気がしますが」

「それが馬鹿者だって言うんだよ。贅沢したくて命掛けるなんて俺からしたら論外だ。細々とでも命の危険も無く平穏に暮らしていけるならその方が良いに決まってる」

「それはそうかも知れませんけど」


アランの言い分には納得できる。

だからこそライは違和感を感じていた。


「じゃあアランさんは何故冒険者になったんですか?」


ライがアランに感じた違和感、それは冒険者を馬鹿者だと揶揄するアラン自身がその冒険者であるという事だった。

アランが本当にそう思って居るのならアランは冒険者になんてなっていないはずだ。


「俺は馬鹿者の中でも特に頭の悪い、大馬鹿者だからなぁ」


視線は正面に向いて居ながらもアランの視線は何処か遠くを見ているようだった。


「俺が冒険者になった理由は生きるためとか贅沢したいとかそう言うんじゃない、ただの憧れだ」

「憧れ?」

「あぁ、今じゃ俺達がこの街の看板冒険者だけどよ、俺達の前にこの街の看板冒険者だった人が居たんだ。凄い強くてな、まだガキだった俺達の間じゃその人は無敵のヒーローだったんだ。その人に憧れて俺達は冒険者になった」

「その人は今は…」

「俺達がCランクに上がった頃に死んだよ、アッサリと呆気なく、当たり前のように」


無表情のままアランがそう答える。


「俺達のヒーローの終わりは劇的な物でも何でもない冒険者の死因としては有り触れた単なる毒死、戦闘による興奮状態で背中に魔物の毒針が刺さっていた事に気付かなかったんだとよ。そんな状態で激しく動いたもんだからすぐに身体中に毒が回ってポックリさ」


頭の上に指で輪っかを作り、その後人差し指で天井を指すジェスチャーをしながらアランが言う。


「この世に無敵のヒーローなんて居ない、そしてそんなヒーローに俺達もなる事は出来ない、そう思い知らされたよ」

「その時点で冒険者を辞める気は無かったんですか?」

「無かったな、俺達はあの人に憧れて冒険者になる為にそれ以外の全てを捨てて技を磨いて来た。今更それを捨てる事は出来なかったし、それ以外の生き方も忘れてしまった。いや、忘れる前に冒険者になる以外何一つ覚えてこなかったからな、俺達から冒険者を取ったら何も残らないし食って行く為にも辞めるに辞められなかったってだけさ」

「嘘ですね」


アランの言葉をライが嘘だと否定するとアランは驚いた顔をしながらライの方へと向く。


「アランさん、さっき自分で言ってたじゃ無いですか”仕事を選ばなければ街の中には色んな仕事が溢れてる”って、生きたいだけなら、本当に冒険者を辞める気なら何時だって辞められるはずです。でも貴方は今も冒険者を続け、Bランクにまでなって、憧れていた人が嘗て背負っていた看板をこうして背負っている。それは貴方が未だに憧れ続けているからなんじゃ無いんですか?」

「……はは、頭も良くない癖に利口な人間の振りなんてするもんじゃねぇな」


そう呟いたアランの表情からはまるで何かを諦めたように強張りが消え失せ、穏やかな笑みを浮かべていた。


「あぁそうだ、今も俺はあの人に憧れ続けている。確かにあの人は呆気なく死んでしまった、でも魔物との闘いに敗れて死んだ訳じゃない。周りの人間が何と言おうと俺達の中じゃあの人は無敗で無敵のヒーローのままなんだよ。馬鹿だろう?」


恥ずかしさを紛らわせる為か、アランは自分達の事を馬鹿だと笑う。


「無敵のヒーローだと憧れた人がアッサリと死ぬ仕事を俺達はやっている。正直いつ死ぬかも分からないし、死なない自信なんて無い。それでも俺は冒険者を辞める気にはなれないんだ」

「どうしようも無いくらい憧れてるんですね」


ライの言葉にアランは恥ずかしそうに笑ったが、そのすぐ後に顔を俯け暗い表情を見せる。


「そんなどうしようもないくらい憧れてしまった俺達だからこそ、他人に憧れて冒険者になる奴らの気持ちは良く分かる。それがどんなに危険な事で馬鹿な事なのかも」


(あぁそうか、アランさんがマクリール達を冒険者にしたくない理由はそれか)


アラン達四人を訓練場で見た時、ライは”パーティ構成がマクリール達に似てる”と思った。

そうではない、アラン達が似ているのではなくマクリール達がアラン達に似せていたのだ。

嘗てのアラン達がそうだったようにマクリール達もまたエアストの街を背負う看板冒険者に憧れていた。


「自分は、余計な事をしたんですかね」


アランの気持ちを理解した今、ライの胸の中には後悔の念が渦巻いていた。

自身に憧れ、危険を冒そうとする子供達を止めたいというアランの思い、ライがここ数日取った行動はそれに相反する物だ。


アランと同じく暗い表情をするライの肩をアランが叩く。


「余計な事なんかじゃねーよ。俺はさっきお前にガキ共を任せるって言ったばかりだぜ?。それなのに余計な事なんて誰が思うかよ」

「でも」

「忘れたか?俺は一度口にした事は絶対曲げないタイプなんだ、任せると言ったら任せる。それにお前に任せたらあいつらも案外良い冒険者になるかも知れないってそう感じたんだよ。全くの無根拠じゃないぜ?攻撃よりも防御を優先するお前だからこそ、あいつらをむざむざ死なせるような事は教えないだろうって思ったからだ」

「……」

「他人に憧れて冒険者になった大馬鹿者の俺が偉そうに他人に冒険者の何たるかを教える資格なんて無い。それに感情的にも俺は俺達に憧れて冒険者になろうとしているあいつらを応援してやる事は出来ない。だからな、お前が俺達の代わりに面倒を見てやってくれないか」


アランの言葉に暫しライは何か考える素振りを見せた後、口を開く。


「俺もアランさんと同じ大馬鹿者です。旅の話をする冒険者の人に憧れて、旅をしたくて冒険者になったんです。他人に憧れて冒険者になったアランさんに資格が無いと言うのなら同じく他人に憧れて冒険者になった自分にも資格はありません」


そう答えたライにアランが何かを言おうとするが、それよりも早くライが言葉を続ける。


「でもそんな自分にも資格があるとアランさんが仰ってくれるなら、同じくアランさんにもその資格はあると思います」

「ライ…」

「四人の事は任せてください。この街に居る間、出来る限りの事は四人に教えます。でもその代わりたまには四人に稽古をつけてあげてくれませんか?。憧れの人が見に来てくれた方が四人もやる気が出ると思うので」

「…っ、あぁぁぁ!!親父!酒をくれ!」


両手で頭がグシグシと乱暴に掻き、アランがグラスを磨いていた酒場の店主にそう告げる。

目の前に酒が並々注がれたグラスが置かれ、アランをそれを一気に呷る。


「ぷはぁ…!おいライ」

「な、何でしょう」

「お前歳いくつだ?」

「え?あーっと…25です」


突然様子の変わったアランにライは戸惑いながらもそう答える。

流石に本当の年齢を言う訳にも行かないので外見通りの年齢をだが。


「何だ俺らとタメじゃねぇか。それなのにそんな敬語なんて使いやがって、さん付けも要らねぇからもっと楽に喋れ」

「でも自分はCランクでアランさんはBランクですし」

「ランクなんてただの格付けであって上下関係が発生するようなもんじゃねぇだろ。同い年の同じ冒険者、憧れて冒険者になった同じ大馬鹿者同士、もっと気楽に行こうぜ?」

「……分かった、これからはそうさせて貰うよアラン」

「いよっし!んじゃあこれから俺らはダチだ!一度飲み干した後で悪いが、ほら」


そう言いながらアランがグラスを掲げる。

それを見てライも同じようにグラスを掲げ、乾杯する。


乾杯の後、暫しの沈黙が二人の間を流れたがその沈黙をアランが破る。


「ダチの頼みなら聞かない訳にはいかねぇよな」

「え?」

「たまにだ、暇な時にでも顔を出してやるさ。ダチ一人にガキ共の相手を押し付けるのも気が引けるしな」


その言葉でライはアランが何を言いたいのかを理解した。


「約束ですよ?」

「破るかよ、忘れたのか?俺は」

「”一度口にした事は絶対曲げないタイプ”ですもんね」

「…ふん、覚えてんじゃねぇか。それよりもまた敬語になってんぞ」

「おっと、そうだった」


こうして二人肩を並べながら、大馬鹿者達の宴は夜遅くまで続いたのだった。

自分は話を書き始める前に必ず終わりを設定してから執筆を始めます。

その終わりまでの道筋もある程度骨組みですが決まっており、後は執筆しながら肉付けをしていくのですが、何分骨組みですので肉付けしていく間に当初予定していた以上に話が長くなるなんてしょっちゅうです。

今回の話なんて全く予定に有りませんでしたし、ここまでアランがガッツリ絡んでくる予定も無かったです。

キャラが勝手に動き出すというアレなのでしょうね、だからシリアスに寄っても自分は悪く無いです。(責任逃れ)

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