店主の気まぐれ
遅れてしまい申し訳ありません!。
ここ最近ロクに執筆時間が中々取れず、この話を投稿するだけで一週間以上経ってしまいました。
遅れてしまった分はどこかまとまった時間が取れたら取り戻したいと思います。
カイルの家で装備の手入れを終えた後、ライ達はリザの自宅でもある食堂にやって来ていた。
時刻は夕暮れ前であり丁度食堂に人が集まりだす頃合いでライ達が食堂に足を踏み入れると既にテーブルの過半数は埋まっていた。
「お姉ちゃん!」
料理に舌包みを打つ客たちの喧騒に負けないような大きな声でリザが料理を運んでいた女性を呼び止める。
「リザ、帰ってきたの、それにマック達も一緒ね。そして後ろに居るのは…もしかして貴方がリザのお師匠さん?」
「あー…はい、ライと言います」
師匠という言葉に未だ慣れないのか、ライが何だかむず痒そうな顔をする。
「そちらの女の子も一緒に学んでる子?」
「いえ、この子はフィアで俺の連れです」
「よろしく」
「あらそうなの、ごめんなさい」
「別に良い、私の見た目じゃ仕方ないから」
淡々と返すフィアの様子にリザの姉は距離を測りかねているのか困ったような顔をする。
「えっと、自己紹介が遅れました。私はエマと言います。皆さんは料理を食べに来て下さったんですよね?こちらの席へどうぞ」
距離感を測りかねては居るもののお客様である事には変わりない為、エマは六人掛けのテーブルへとライ達を通す。
「それじゃあご注文をどうぞ。これがメニューです」
「お姉ちゃん、私も手伝うよ」
「リザは今帰ってきたばかりじゃない、せめて何か食べてからにしなさい」
「でも丁度今が一番忙しくなる時間帯だし…」
「ここは素直に甘えときなよリザ、今の所こうやって注文を待つ余裕があるくらいだしそんなに忙しくないって事だよ」
「あらマック、それはうちの店が繁盛してないって言いたいの?」
「え!?」
エマのフォローに入ったつもりが何故かエマから責められる事となりマクリールが驚愕の表情を浮かべアタフタとする。
そんなマクリールを弄ってニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべるエマの横でカイルがリザに耳打ちする。
「手伝いたいって気持ちは分かるけどよ、昼飯も早かったしお前も腹空かせてんだろ?。腹空かせたお前一人だけ働いて俺達だけ飯を食うなんて気分悪くて俺は嫌だぜ?勿論マックやフラン、それに師匠達もそうだと思うぞ」
「そうだね、そうしようかな」
カイルの言葉にリザは頷き、マクリールを弄っているエマに声を掛ける。
「お姉ちゃん、注文良い?」
「良いよ、何食べたい?」
「お肉たっぷりのクリームシチューで」
「俺は牛肉煮込み!」
「僕もカイルと同じで」
「私はマリナーラを」
駆け出し四人組は普段から通い慣れているのか、メニューを見る事無く注文していく。
「ライさん達はどうします?」
「えーっと、ちょっと待ってくださいね」
隣に座るフィアにも見えるようにメニューを広げながらライが待って欲しいとエマに言う。
「フィアは何が良い?」
「今まで食べた事の無い物が良いな」
「食べた事の無い物か…」
その言葉にライは困った顔をする。
というのも旅をする上での目標として”フィアが美味しいと思える物を探す”という物を掲げていたライはこれまでの旅の中で様々な料理をフィアに食べさせてきた。
一般的な料理からその土地ならではの名物料理などライが知っている料理の大半を既にフィアは食べていた。
エアストの街には特にこれと言った名物料理は無く、この食堂に並ぶメニューだって一般的な料理ばかりであり、フィアの言う今まで食べた事の無い物というのは難しかった。
「ねぇライ、これはどうかな?」
フィアがメニューの右下の方を指差す。
「どれどれ、”店主の気まぐれ”?」
ライがそのメニューの名前を読み上げた途端、周囲がシンと静まり返る。
幾何かの静寂の後、エマが恐る恐るフィアに尋ねる。
「えっと、本当にそれにするの?」
「他は食べた事がある物ばかりだし、これをお願いするわ。ライはどうするの?」
「え?あーじゃあ自分は牛肉煮込みで」
「かしこまりました」
エマはどこかぎこちない様子で会釈をすると注文の書かれた紙を手に厨房の方へと向かっていく。
その様子にライとフィアは首を傾げたがすぐにそんな事は忘れ、料理が来るまでの間他愛の無い話に花を咲かせる。
暫くするとリザとフランチェスカの注文した料理がまず運ばれ、その後にカイル、マクリール、ライが頼んだ料理が運ばれてくる。
しかしフィアの頼んだ料理は一向に運ばれてくる気配無かった。
「今日のは随分とヤバそうだな」
「私、今朝から家を出てたからお父さんが何を仕入れてきたのか把握してないけど、この長さは相当だよ」
引き攣った顔で話すカイルとリザの姿にライの中で一度消えた疑問が再び湧き上がってくる。
「ねぇ店主の気まぐれって何?なんか注文した時エマさんも様子が可笑しかったし」
「店主の気まぐれっていうのはその名の通り、この店の店主であるうちの父が気まぐれに出す料理何ですけど、その日に仕入れた物の中で特に質が良い材料だけを選んで作るんです」
「へぇ…それだけ聞くと凄く良さそうなんだけど、何で皆あんな顔するの?」
ライの質問にカイルやマクリールが答える。
「その日に仕入れた質の良い物だけってのが問題なんだよ」
「質の良い物が沢山手に入るとおじさんもやる気を出して凄いの作るんだけどね、逆に良い物が余りないとカットしただけとか焼いただけとか最低限の調理だけされた物がポンと出てくるんです」
「つまり今日の仕入れの内容次第で料理の質が上下する訳だ」
注文を受けた際のエマの表情、それから察するにエマは今日の仕入れの内容を把握しており、今日の店主の気まぐれが危険である事を察しているようだった。
「今日の仕入れはあまり宜しくなかったって事なのかな」
「いえ、多分その逆かと」
ライの呟きをリザが否定する。
「逆って、質の良い物が沢山手に入ったって事?」
「えぇ、この時期は収穫期ですし父も”この時期は質の良い物が沢山手に入るから腕が鳴る”って笑顔で言ってましたから」
「それならあんな顔する事ないと思うんだけど…」
どうも納得が行かないといった様子でライが腕を組み考える。
そんなライの疑問にリザが答える。
「先程質の良い物だけを選んで料理するって言いましたけど、実は少し違うんです」
「違うって言うと?」
「父は質の良い物だけを使うのではなく、質の良い物を全て使って料理するんです」
リザの言葉の意味を一瞬理解出来なかったライだったが、すぐにその言葉の意味を理解する。
厨房から姿を現したエマ、その両腕に抱えられた巨大な皿には肉、魚介、野菜、麦、麺類など統一感の欠片も無い様々な料理がこれでもかと乗せられていた。
「お、お待たせしました。こちら店主の気まぐれになります」
見た目からも分かる通り相当の重量があるのか、震える両手でエマが大皿をテーブルの上にドカッと乗せる。
ソースのかかった肉料理が見えるかと思えばその下にはトマトソースで和えられたパスタ存在し、麺の合間からは魚の頭部が飛び出しているという最早何が何だか分からない代物がフィアの目の前に置かれる。
もし言葉に表すのならキメラ料理と言った所だろうか。
その見た目の凶悪さからライやカイル達だけでなく周囲の客たちも息を呑む中、フィアは動揺した様子も見せずナイフをフォークを手に持つ。
「見たことない料理だね、頂きます」
そして躊躇う事無く料理をドンドン口に運んでいく。
フィアが口に料理を運ぶ度に隣に座るライの元に肉とトマト、魚介が混ざり合った臭いが漂ってくる。
一つ一つの料理として並べられて居たのならきっと良い匂いだと感じた事だろうが、今の混ざり合った臭いからはそんな物を感じる事は出来ず、ライは涙目になりながら嘔吐きそうになるのを堪えていた。
「フィアはその…平気なの?」
「何が?」
質問の意図が分からないと言った様子でフィアが首を傾げる。
世界そのものであるフィアは常日頃から膨大な情報を一度にやり取りする事に慣れている。
普通の人間ならぐちゃぐちゃになって識別する事が難しい情報でも、フィアならばそれを綺麗に分別する事が出来るため、混ざり合った匂いや味を的確に分けてそれぞれを味わう事が出来るのだ。
「見た目は初めてだけど、どれも食べた事のある料理ばかりだね。でも味は良いと思うよ」
それだけ言うとフィアは再びキメラ料理を黙々と食べ始める。
暫く食べ進むと皿の上の料理の量も減り、見た目のインパクトや漂ってくる臭いも無くなり、ライ達も遅れて自分達の料理に手を付け始める。
鼻の奥にまだあのキメラ料理の臭いが残っていたライは若干食欲を無くし欠けていたが、自分が注文した料理に口を付けた途端、濃厚なソースの香りが口いっぱいに広がり、食欲が一気に湧き上がってくる。
「あ、美味しい…」
噛まずとも舌先で圧し潰せる程に繊維の解れた牛肉は、圧し潰す程にその内側から濃厚なソースを溢れ出させる。
「ライのも良さそうだね、一口貰って良い?」
「良いよ」
ライが自分の皿をフィアの方にずらし、フィアは比較的小さめの肉を選んで口に運ぶ。
「ん、こっちも良いね。ライも私の一口食べる?」
「いや、それは遠慮しとく」
「そう」
フィアが一口欲しいと言った時点でそう言われる事を予測していたライは即答する。
臭いの時点で駄目だったのにそれを口に運ぶ勇気はライには無かった。
フィアがあっさりと引き下がってくれた事に安堵しつつ、ライはフィアを横目に見る。
(良い…か、未だにフィアの口から”美味しい”って言葉が聞けないな)
旅の目標でもある”フィアが美味しいと思える物を探す”だが、この目標を掲げた当初にライが思って居た以上に困難である事をライは改めて認識するのだった。