手入れのやり方
更新がかなり遅れて申し訳ありません!。
納入前なのと土日に社員旅行が控えてるので更新速度落ちます。
雑貨店で消耗品を幾つか買い込んだ後、ライ達は次なる目的地へと向かっていた。
「なぁマジで行くのか?」
その道中、最後尾を歩いていたカイルが浮かない顔で前を歩く全員に声を掛ける。
そんな浮かない顔のカイルにフランチェスカが足を止め振り返りながら言う。
「しょうがないでしょ、手入れ用の道具はあるからって買ってないんだから手入れ用の道具があるカイルの家に行くしか無い」
「そりゃそうだけどよぉ…」
元々ライはあの雑貨店で手入れに必要な物を買い揃えるつもりだったのだが、鍛冶屋を営んでいるカイルの家ならばその手の道具は揃っているしわざわざ買う必要は無いとの事でライ達はカイルの自宅に向かっていた。
しかしどうやらカイルは自宅に戻るのが嫌な様子であり、何度かこうして全員を呼び止めていた。
「もしかして俺達に家に来て欲しくないとか?」
「いや、別に師匠がうちに来るのは良いんだけどさ…」
何やら歯切れの悪い様子のカイルを引き連れ、ライ達はカイルの自宅兼鍛冶屋に到着する。
ライ達が中に入ると一階部分が工房となっており、工房からは見えないその奥と二階が居住スペースのようだった。
広い工房の中にはガタイの良い男達が額から汗を流しながら赤熱した鉄を真剣な表情で槌で叩いていた。
その内の一人がふいに顔をあげライ達の方を見る。
「あれ、カイルじゃねぇか」
「あぁ?」
男の言葉に置くに居た別の男が反応する。
その男はライ達の存在に気が付くと槌を置いて立ち上がり、ライ達の方へと歩み寄ってくる。
「なんだおめぇ、朝から仕事の手伝いもしねぇで出て行ったと思ったら急に戻ってきやがって。やっと冒険者なんか止めて鍛冶師になる決心でもついたか?」
「ちげぇよ!俺はこんな薄暗い所で一日中鉄を打つなんてまっぴらゴメンだ!今日は師匠に装備の手入れを教えて貰う事なってんだ、それで仕方なく道具があるうちに来ただけだっての!」
「手入れ?」
カイルの言葉に男はライの方を見る。
「えーと、カイル君のお父さんですか?。自分はカイル君達に先輩冒険者として色々と教えているライという者です」
「アンタがカイル達の師匠か」
(こんな気弱そうな若造がなぁ、大丈夫なのか?)
恐縮した様子で挨拶をするライにカイルの父親は疑懼していたが、ライの顔から視線を下に向けるにつれその表情が見る見るうちに変わっていく。
「へぇ、どう見てもただの若造にしか見えないのに、なかなかどうして身に付けてる物は使い込まれてる割に古びた印象を一切感じさせない、熟練冒険者が念入りに手入れしたそれだ」
「ライは装備の手入れが趣味みたいな所あるからね」
「趣味って…自分の命を預ける大事な装備だから念入りにやってるだけだよ」
「でも手入れしてる時、何時も楽しそうにしてるでしょ?。まるで好物の食べ物を最後に残して食べるのを楽しみにしてる子供のようにニコニコ笑いながら」
「俺、そんな顔しながら何時も手入れしてたの…?」
フィアからの無駄に具体的な例えにライが愕然とする。
そんな二人の様子を見てやっぱり駄目なのでは?とカイルの父親が不安に思いつつもライ達を工房の中へと迎え入れる。
「とりあえず装備の手入れをするってならあそこの空いてる所を使ってくれ」
「工房を使わせて貰って良いんですか?」
「空いてる所だし構いやしねぇさ。むしろ他所でやられてそこが汚れる方が迷惑だしな」
「それじゃあお言葉に甘えてお借りします」
ライは一礼すると指示された場所に向かう。
そこは工房の一角で資材置き場なのか工具の類は置かれていなかった。
「手入れ用の道具は持ってくるからちょっと待っててくれ」
カイルはそう言うと一人離れ手入れ用の道具を取りに行き、道具が入った木箱を持って戻ってくる。
「どれどれ」
カイルが持ってきた木箱の中身をライが覗く。
「布巾に油、それと砥石…」
木箱の中身を確認したライの顔が明らかに曇る。
「これだけ?」
「足りねぇか?」
「これじゃあ剣の手入れくらいしか出来ないよ」
ライは木箱から顔を上げると様子を窺っていたカイルの父親に声を掛ける。
「すみません、ブラシに鑢、それと錆付けと革用のクリームってありますか?」
「あるぜ、ちょっと待ってろ」
そう言ってカイルの父親は一度置くに引っ込むとライが指定した品を持って戻ってくる。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
ライはカイルの父親から品物を受け取ると取り出した木箱の中身と共に並べて行く。
「さてと手入れと一口に言っても色々あるんだけど今日の所は必要最低限の所だけやっていこうか。リザ、短剣を貸して」
リザから短剣を受け取ると中身を取り出した空の木箱を裏返し、底の裏を台にしてライが短剣と布、それに油とブラシを上に置く。
ライは慣れた手付きで短剣を鞘から引き抜き、刃と鞘内に付着した土を丁寧に落としていく。
刃に着いた土は布でふき取り、鞘内に溜まった土は細長いブラシで掻き出す。
「土は水分を含みやすい、少しの土汚れでも刃を錆びさせるには十分だからね。刃を鞘に収める時は可能な限り汚れをふき取ってからが望ましい。とはいえいくら刃を綺麗にしても戦ってる内にポッカリ空いた鞘口から土が入り込む事はあるから刃だけを綺麗にすれば大丈夫って訳でもない」
「そんなちょっとの土に含まれる水分でそう簡単に錆びる物何ですか?」
「刃は手入れを怠っていると簡単に錆びるよ。それこそ鉄なんて条件が揃えばたった一晩で錆び付く事だってあるしね」
リザの質問に答えながらもライは手を止める事無く、土汚れを綺麗にふき取った後、仕上げに刃に油を薄く塗り余分な油を拭き鞘に収める。
「剣の手入れはこんなものかな、刃が欠けているなら研ぐ必要があるけどリザの短剣はそれほど使ってないのか刃が欠けてなかったから研ぐ必要は無かったよ。さて次はマクリールの盾だ」
そう言うとライは次にマクリールの盾を台の上に置く。
盾の頂点からブラシで垂直に表面を撫で、土汚れを丁寧に払っていく。
「盾の表面に細かな傷が付いてるのが見える?こういう傷に土なんかの汚れが溜まりやすいんだけど、手入れする注意点として汚れを落とす時は上から下にかけて一方に向かってやる事、そうしないと折角綺麗にした所に払った汚れがまた付着したりするからね」
「部屋を掃除する時に棚の上から掃除をして最後に床を掃除するのと同じですね」
「そういう事、さて汚れが綺麗にふき取れたら今度はこれだ」
ライは先程カイルの父親から受け取った錆付け用のオイルが入った小瓶を手に取る。
「師匠、それは?」
「錆付け用のオイルだよ、これで盾の表面に錆を作るんだ」
その言葉にマクリールがぎょっとした顔をする。
「盾を錆びさせるんですか?一体何のために」
「金属を長持ちさせるためさ。錆って聞くと皆悪い印象しか無いだろうけど、実は錆は金属を守ってくれる物でもあるんだ」
「錆が金属を守る…ですか?」
「どんな物もそうだけど空気に触れていればその物は酸化し劣化していく。錆は金属の表面を覆う事で金属が空気に触れないようにし酸化を防いでくれるんだ。とはいえ普通の赤錆じゃ表面がボロボロになってしまうから今回利用するのは錆は錆でもちょっと特殊な錆だけどね」
そう説明しながらライは盾の表面にオイルを塗っていると、カイルの父親が説明に割って入ってくる。
「お前らは気付いてないかもしれないが、マックの着けてる鎧だって既に酸化被膜でびっしり覆われてるんだぜ」
「酸化被膜?」
「さっき言った錆の事だよ。見た目じゃ分からないだろうけどマクリールの盾や鎧はしっかり錆で保護されてるんだ」
マクリールは自分の身に付けた鎧に視線を落としながら言葉を呟く。
「見た目じゃ分からない錆…だから師匠は特殊な錆って言ったんだね」
「そう言えば闘技場でも酸化被膜がどうこう言ってたわね。これってどれくらいの間隔で錆付けすれば良いの?」
「毎回やる必要は無いけど具体的にどれくらいの間隔でって言われると難しいな。盾や防具は攻撃を受ける以上どうしてもその都度酸化被膜が剥がれてしまうからね。攻撃をあまり受けなければ問題は無いし、逆に頻繁に受けたのなら錆付けをやる必要はある」
「最近装備をボロボロにした挙句ロクに整備もせず駄目にする奴が多くてな、しかもそれを装備をせいにする始末だ。ったく嘆かわしいったらありゃしねぇ」
忌々しそうに顔を歪めながら言うカイルの父親の姿に駆け出し冒険者の四人が気まずそうな顔をする。
そんな四人に気が付いたカイルの父親は慌てて表情を取り繕い四人に声を掛ける。
「別にお前達に対して言った訳じゃねぇんだ。ただ最近装備の手入れを怠る輩が装備の質が悪いとイチャモン付けてくる事が多くてよ…つい愚痴っちまった、すまねぇ」
「おじさん謝らないで、実際僕達も折角丹精込めて作ってくれた装備を手入れを怠って駄目にしてしまったかも知れないんだから」
「俺もオヤジの言う奴らを何度か見た事ある。勝手な事言ってムカッ腹がたったけど、俺はあんな奴らと同じ事してたんだな…そう考えたら無性に自分に腹がたってくるぜ」
「そうですね…もう自分の物なんだからどう扱おうと勝手だなんて思ってましたが、作り手の方からこういう話を聞かされると考えを改めさせられますね」
「私達が当たり前に使ってる装備も誰かに作って貰った物ですものね」
四人は自分達の装備を見つめながらそれぞれが考えに耽る。
重苦しくなった雰囲気にカイルの父親がバツの悪そうな顔をしていると、ライが空気を変えるように手を叩いて注目を集める。
「四人共装備の手入れの大切さが分かった所で続きをやって行こうか。まだ剣と盾の手入れしかしてないからね。次は革装備の手入れをやって行こうか。カイル、籠手を渡してくれる?」
「お、おう」
ライはカイルから籠手を受け取りテキパキと準備を進めて行く。
盾を横に退け、台の上に革の籠手と白いクリームの入った小瓶を置く。
「さて、基本的な手入れの仕方はそう変わらないんだけど、革製の装備は長い事使ってると皺が出来て来るよね?。この皺は装備の耐久性を著しく損ねるからまずはこの皺を綺麗にしないと駄目だ」
「どうするんだ?」
「革の表面を削るんだよ」
そう言ってライは鑢を手に持ち、皺を削り始める。
「この皺を放っておくと革の表面がボロボロになるし、皺が亀裂になって革が簡単に裂けるようになってしまう。だからそうなる前にこうやって皺を削って表面を均してやる必要がある。一番良いのは皺が出来ないよう日頃から手入れをする事だけどね」
「どうすれば皺を防げるの?」
「人間の肌って乾燥すると罅割れてくるだろう?。革だって元は魔物や動物の皮をなめして作った物だからね。それと一緒で乾燥させないようにすれば良い」
皺を削り表面を均し終えた後、汚れや削りカスをブラシで払い小瓶に入ったクリームを籠手に塗り付け伸ばしていく。
「これは獣脂が原料のクリームでね、革の失われた油分をこれで補給するんだ。もしクリームが無くても剣を手入れした時に使った油でも油分は補給できるし代用する事は出来る」
「そう言えば剣にも最後に油を塗っていましたが、あれは一体何のために?」
「盾と同じで金属部分が酸化しないよう直接空気と触れさせない為だよ」
「それなら僕の盾にしたように剣に錆付けすれば良いんじゃ?」
「ソイツは駄目だ」
ライが答えるよりも早く話を聞いて居たカイルの父親がマクリールの疑問に答える。
「武器ってのは防具とは違う。同じ金属でも運用方法が変われば保存の仕方も変わる。仮に剣に錆付けした場合、防具と違って積極的に相手に触れる機会の多い剣はすぐに酸化被膜が剥がれちまう」
「それに被膜が表面を覆う事で刃が丸みを帯びてしまって切れ味も悪くなる。後は錆付け用のオイルよりも油の方が格段に安いからね」
「じゃあそれなら盾も鎧も油を使った方が良いんじゃねぇの?」
「カイルは手や足が油まみれの状態で武器を持ったり立つ事が出来る?」
「…なるほど」
その例えに納得したのか、カイルが神妙な面持ちで頷く横でリザがふと何かに気が付いたような顔をする。
「そっか、何かさっきから引っ掛かると思ったらこれってオイル漬けと同じことですよね。お肉や野菜なんかを油に付けて長期保存するのと同じで金属もそうして長持ちさせるんですね!」
「そうだけど、なんかリザの例えって掃除だったり料理だったりと妙に家庭的だね…」
「あははは、実は実家が食堂をやってまして、掃除には煩いし手伝いで料理も作るのでそれで…そうだ、もし良かったら食べに来て下さい!」
「お!良いな!俺リザの母ちゃんが作る牛肉煮込みが好物なんだよなぁ」
「そうだね、じゃあ今日の晩御飯はリザの食堂でとらせて貰おうかな。でもその前に手入れはしっかり終わらせないとね」
最低限の手入れを四人に教え込んだライは手分けしてそれぞれの装備を全て手入れしたのだった。




