表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/164

それぞれの夜

駆け出し冒険者の四人と顔合わせをしたその日の夜、とある宿屋の二人部屋にライとフィアの姿があった。


「はぁ…若い子達って元気だねー」


ベッドにうつ伏せになりながら疲れた様子でライが呟く。


ライがダミーを真っ二つにして見せてからというもの、四人のライを見る目がすっかり変わり積極的にライから技を学ぼうとしていた。

やる気を見せた四人に応えるようにライも張り切って指導していたのだが、流石に四人の人間に同時に物を教えるのはかなり疲れたのか日が暮れる頃にはすっかり疲れ果てていた。


「人に教えるのって結構難しいんだね…四人も見てると休んでる暇が無いし、一人一人教えなきゃいけない事も違うし、身体だけじゃなく頭も働きっぱなしでもうクタクタだよ」

「何?もう弱音吐いてるの?」


ベッドの脇に立ち、ライの脹脛(ふくらはぎ)をマッサージしているフィアがライに話しかける。


「教わる側より先に教える側が弱音を吐くってのはどうなの?」

「そんな事言ったってしょうがないじゃないか、誰かに教わった事はあっても誰かに教える事なんて初めてなんだから、慣れない事したらそりゃ疲れるよ」

「私はそんな事無かったけどね。ほら、マリアンベールでライに始源の使い方を教えてた時とか」

「あの時とは状況がまるで違うと思うんだけど…そもそもフィアって疲れる事あるの?」


マリアンベールの地下で激しい特訓を繰り返していたライとフィアだったが、ライが息も絶え絶えになる程疲れ切っていてもフィアは汗一つ流す事無く平然としていた。


「私は肉体の疲労が顔を出す前に始源で上書きして無かった事にしてるからね」

「何それずるい」


フィアにマッサージして貰う事で疲労を少しでも抜こうとしているライと一瞬で綺麗さっぱり無かった事に出来るフィア、その対比がライにより一層そう感じさせた。


「…俺も始源を自由に扱えるようになったらそんな事出来るようになるのかな」

「………」


独り言のように小さくライが呟くとフィアが無言のままマッサージしていた指をライの太ももに思いっきり突き立てる。


「ッッッ!?いったぁぁぁぁぁぁあ!?」


太ももに突如走った激痛にライがベッドの上で悶え苦しむ。


「ッ――フィア!一体何するのさ!?」

「ごめん指が刺さった」

「そこは指が滑ったじゃないの…?」


悪びれる様子も無く言うフィアに疲れているライは何か言い返す気力も無くそのままベッドに顔を埋める。

フィアに先程の事がまるで無かったかのようにマッサージを再開し、暫く無言の時が続く。


「やっぱり私は少し不安だよ、ライが始源の扱い方を覚えてしまう事が」


ふいにそんな事を呟くフィアにライが不思議そうな顔をするも、すぐにフィアの言いたい事を理解する。


(そうか、俺が始源を扱えたらなんて言ったからフィアはあんな事をしたのか)


以前ライがフィアに始源の扱い方を教えて欲しいと言った際、フィアは嫌そうな顔をしていた。

それは始原という扱い方によってはどんな相手でも一方的に葬り、生き物の生と死、世界の理でさえ自在に書き換える事が出来る程の力だ。

フィアはライがそんな力に溺れてしまうのでは無いかと危惧し、ライに始源を始源として扱う術を教える事を良しとしていなかった。


今でこそライの始源は魔力を散らしたりその場に留めたりする程度の事しか出来ないが、その扱いに慣れ始源を始源として扱えるようになった時、ライがその力に溺れないという保証は何処にもない。

そしてライ自身、始源の扱い方を覚えた後に何か困難な事態に陥った際、極力始源に頼る事無くそれに対処しようと考えるかと言われると即答する事は出来なかった。


自分の心の弱さは良く知っているライだからこそ、フィアが危惧するのも無理はないと分かっていたし、ライ自身正直自信が無かった。


「フィアの気持ちは分かるよ。俺もそんな力を手に入れてしまった時、それに頼る事無くやっていけるかと言われると正直自信はない」


フィアはその言葉に何も答えず、黙ったままマッサージを続けていたがライもそれに構う事なく話を続ける。


「でもねフィア、以前にも言ったけど俺は力が無いから何も出来ませんなんて人間にはなりたくないんだ。誰かを救える力が自分に有るのだとしたらそれを使いこなせるようになりたい。助けたいと願うだけで他人任せにするような人間にはなりたくないんだよ」


それは以前、ライがフィアに始源の扱い方を教えて欲しいと伝えた時に発した言葉だ。


『あの時、窯の底で俺はフィアにあの人達を解放して欲しいと、助けて欲しいと願った。それは俺にあの人達を救えるだけの力が無かったからだ』

『…あの時、最後はフィアに全部を押し付けるような形になってしまった』

『分かってるよ。あの時の俺にはあの人達を助ける事が出来なかった事くらい分かってる』

『だからこそ、このままは嫌なんだ。この先もしかしたらまたあの時と同じような事があるかもしれない。その時答えだけ出して後はフィアに丸投げするような事はもうしたくないんだ!』


あの日と同じ決意に満ちた瞳でライはベッドの脇に立つフィアを見つめる。

ライとフィアが数秒見つめあった後、フィアはおもむろにベッドに上がりライの腰から上のマッサージを続けながらフィアがポツリと呟く。


「そう、やっぱりライの決心は変わらないんだね」

「…うん、例えフィアに間違っていると言われようと俺はこれが正しいんだって信じてる、信じるんだって決めたんだ。自分の答えから逃げないってあの時にそう誓ったから」


ライの決心は揺らぐ事は無い、それを察したのかフィアは静かに目を瞑るとライの背中へと自分の身体を重ねるように預ける。


「ライは…ちょっと変わったね」

「フィア?」

「出会った頃はあんなにも頼りなかったのに、今はこんなに大きく成長して」

「そ、そりゃ子供の頃と比べたら成長もするよ」


ライの背中を指でなぞるフィアにライは少しおどおどしながら言葉を返す。


普段からちょっとしたスキンシップでも動揺していたライだったが、今日は特に落ち着きが無かった。

というのも今日の朝に交わしたフィアとの会話が原因であった。


『ライが初めてを済ませた娘も丁度私くらいだったよね。その娘を参考にこの身体を作ったんだよ?顔は違うけどスタイルはソックリでしょ』


(そんなに密着されると身体の感触が…!)


ライにとって初めての思い出、それは決して簡単に忘れられる物でも無く年月を経た今でも鮮明に思出せる物であった。

あの少女と同じスタイルであると告げられた事で、それを鮮明に覚えているライは嫌でも今自分に触れているフィアの身体について容易に想像出来てしまい、あの日の記憶がより詳細に蘇ってくる。


そんなライの心情を知ってか知らずか、フィアはより一層ライに密着しライの鼓動が加速していく。


結局フィアが満足するまでその状況が続き、フィアが満足する頃にはライは緊張のあまり気絶してしまったのであった。







一方その頃、場面は移りライ達が宿泊している宿屋から一人の人間が出てきて大通りを歩いて行く。


その人間の正体はSランク冒険者であるイザベラであり、服装は普段通りだったが帽子は被っておらず髪も僅かに濡れていた。


「全くルークが大通りは避けろなんて言うせいでお風呂に入るために別の宿屋に行く事になるなんて…」


イザベラがライ達の宿泊する宿屋から出てきたのは別にライの居場所を突き止めたからという訳では無かった。

イザベラ達三人は人目に付く事を避ける為に大通りを避け、利用客も少なそうな宿を選んで宿泊していたのだが、その宿には湯浴み出来る施設は無く身体を洗うには宿屋で桶に張ったお湯とタオルを借りるしか無かった。

それを嫌ったイザベラは入浴施設がある近場の宿屋を調べ、店主に無理を言ってお風呂を使わせて貰っていたのだ。


「ふぅ…火照った身体に夜風が気持ち良いわ」


そんな事を呟きながらイザベラは大通りを曲がり路地へと入って行く。

路地を少し進むとイザベラ達が宿泊している宿屋の目の前に辿り着いた。


「これでベッドの質が良ければ気分良く眠れたのだろうけど」


寂れた宿屋の外観を見上げながら恨めしそうな顔でイザベラが言う。


「ま、文句を言った所でベッドが良くなる訳でも無いし…さっさと寝てしまうのが正解ね」


イザベラは宿屋の中に入ると二階へと上がる階段を見上げるように佇む宿屋の店主を見つける。


「どうかしたのかしら?」

「あ、お客さん丁度良い所に」


イザベラの声に振り向いた店主がイザベラの顔を見た途端助かったというような表情を浮かべてイザベラの元まで駆け寄ってくる。


「お客さんのお連れ様についてなのですが」

「私の連れがどうかしたの?」


まさかルークかアリスか、どちらかの正体がバレでもしたのかとイザベラが少々警戒した様子でそう尋ねると店主が少し言い辛そうな顔をしながら口を開く。


「実はつい先程お連れ様が突然丸太を宿屋内に持ち込まれまして…」

「は?丸太?」


予想もしていなかった言葉にイザベラがキョトンとした顔をする。


「最初は直接注意をしたのですが凄い勢いで睨まれまして…申し訳ないのですがお客様の方からお連れ様に注意して頂けないでしょうか?」

「え、えぇ分かったわ。迷惑を掛けて悪かったわね」


カウンターの奥へと引っ込んで行く店主の背を見送った後、イザベラは二階へと続く階段を見上げる。


(丸太を宿屋に持ち込むなんて…目立つ事を一番避けているルークがやる訳はないし、となると)


宿屋の店主が言っていた連れに検討を付けたイザベラがため息を吐きながらその者の名を口にする。


「はぁ…アリスね」








イザベラ達が宿泊している宿屋の一室、そこにアリスの姿があった。

安っぽい作りの部屋の中で高級感漂う装備を身に纏うアリスの姿は強い違和感があったが、そんなアリス以上に異質な物が部屋の中央に鎮座していた。


それは部屋の中央に直立に立てられた丸太で、倒れないように木枠で固定されており丸太の丁度中間の辺りには剣が半分程食い込んでいた。


「すぅ…ふぅ…」


アリスは集中するように深く深呼吸を繰り返すと丸太に突き刺さった剣の柄を握りしめ――


――コンコン


「アリス居る?ちょっと聞きたい事があるのだけど…って、どうしたの!?」


扉を開け部屋に入ったイザベラの目に飛び込んできたのは右手首を抑え地面に(うずくま)るアリスの姿だった。

一体何事かと驚いた様子のイザベラだったが部屋の中央に鎮座する剣の食い込んだ丸太を見て状況を察する。


「この剣…魔力の残滓すらないって事は、まさかエンチャントを使わずこの丸太を叩き斬ろうとしてたの?」


黙ったまま蹲っているアリスの脇にイザベラが屈みこみアリスの様子を窺う。


「身体強化を使った形跡も無し…そのせいで痛めちゃってるじゃない、何でこんな無茶したのよ?」

「う、煩いはね、そんなの私の勝手でしょ」

「勝手されちゃ困るのよ。アリスが部屋に丸太を持ち込んだって店主から文句言われたんだから、目立つような行動は避けて欲しいわね」


そう言いながらもイザベラはアリスの手首を魔法で治療し終えると立ち上がり部屋の外まで歩いて行く。


「次何かやる時は事前に相談しなさい。勝手に行動されて目立たれても困るし隠蔽の魔法くらい掛けてあげるわ」


それだけ言うとイザベラは扉を閉めて自分の部屋の方へと歩き去っていく。

廊下を歩くイザベラの足音が完全に遠ざかるまでアリスはじっと扉の方を見つめ、音が聞こえなくなった辺りで剣が食い込んだ丸太に目を向ける。


「見よう見真似で出来るような物じゃない…か」


ため息交じりにアリスは小さく呟くと壁に掛けられたローブを見る。

ギルドの訓練場に居たライ達を見ていた謎のローブの人物、その正体はアリスであり今日一日中訓練場で特訓するライ達の様子を盗み見ていたのだ。


丸太に半ば食い込んだ剣、これはバルディッシュが食い込んだあのダミーを再現した物でアリスはあの時にライが見せた刃が食い込んだ状態から両断するあの技を真似しようとしていた。


しかしライがあの時振り抜いたのはバルディッシュであり剣ではない。

ライは腕だけでなく柄を脇に挟み背中に押し付けるようにして振り抜いた際の負荷をそれぞれに分散させていた。

しかしアリスが試そうとしているのはごく普通の直剣であり柄の長さもバルディッシュ程長くはない。


普通であれば剣で再現する事など不可能と考えるのだが、アリスはライのあの一振りを見て剣でも全く同じ事が出来ると確信していた。


丸太から剣を引き抜き、丸太に出来た断面を見つめながらアリスが呟く。


「数ミリ程度しか斬れてないわね…それにあの男の物と比べると断面もかなり荒い」


ライが両断したあのダミーだが、ライがやって見せたあの一振りが見た目以上に凄まじいものである事を正確に理解出来た者は殆ど居なかった。


遠目で見ていたアリスも駆け出し冒険者の四人やアリアーヌと同様、最初はその事に気が付けなかった。

だが訓練場で特訓を始めたライ達の邪魔になるからと訓練場入口の隅に移動させられたダミーを何気なく見た時、アリスは戦慄した。


両断されたダミーの断面、半分はバルディッシュを力任せに叩き込み強引に切り裂いた為、木材の表面が荒れてささくれ立っていたのだが、もう半分の断面は驚くほどに滑らかだったのだ。

木材だけではない、綿に対して刃を入れた場合、強引に引き裂こうとすると綿の繊維は刃に引っ張られ切断された表面は拉げてしまう。

だが木材と同様に綿の拉げている部分の途中からまるで線を引いたかのように拉げる事無く綿は綺麗な断面を見せていた。


これは見たアリスはライがただ力を一点に集中させ叩き切ったのではなく、凄まじい切れ味を持って切断したのだと理解した。


「刃が食い込んで動かせない、勢いをつける事も出来ないあの状況、完全な停止状態からの一撃…」


ただ力任せに叩き切るだけならばダミーは強い抵抗感を与え、柄を握る者の身体にそれ相応の負荷となって返ってくる。

しかしあの滑らかな断面、あのような断面を生み出すには殆ど抵抗感も無く切断しなければ不可能であり、それならばバルディッシュのように負荷を分散させる必要は無いし、刃さえあればどんな武器でも問題ないはずだ。


「あの鋭さ、それさえあれば私の剣でも」


丸太に食い込んでた直剣では無く、腰に差してある細剣に指を這わせる。


「また明日、見れるかな…」


まるで思い人との出会いに胸を躍らせる少女のようにアリスは頬を紅潮させながらそう呟くのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ