呆気ない決着
準決勝よりも決勝の方が短い、まぁ準決勝が決勝みたいな所あったので仕方ない。
世界の端、人間が住む事も出来ないような未開の土地に高ランクの魔物達が数多く潜んでいる。
高ランクに分類される魔物ほど危機管理能力に優れ、自分達を狙う人間が住まう土地を避ける傾向にある。
だが魔力を求める魔物の本能に誘われてか、魔力の濃度が濃い場所を求め世界の端から人間の住まう土地へとやってくる魔物が一定数存在した。
そんな魔物の侵入を阻止するべく、そして未開の土地を開拓するために世界の国々はそれぞれ世界の端と隣接する国境に軍隊や冒険者達を多数送り込んでいた。
アドレアはそんな世界の端、ヴァーレンハイドの北側の国境付近にある開拓村で生まれ育った。
幼い頃に両親を亡くし、自分の手で生きて行かなければならなくなったアドレアの周囲には、その環境故に屈強な男達が数多く居た。
昔より荒っぽい性格のアドレアは良く兵士や冒険者の男達と喧嘩になっていた。
最初はガキの戯言だと相手にもしていなかった周囲の大人達だったが、アドレアが十代半ばで既に成人男性の平均身長を越して来た頃からは取っ組み合いの喧嘩をするようになっていた。
その頃からアドレアは頭角を現し、普段魔物を相手にしている屈強な男達、自分よりも大きな体格の男を相手にしてもなお喧嘩では無敗を誇っていた。
しかし所詮は喧嘩、アドレアにボコボコにされた腹いせか周囲の冒険者達はアドレアの事を喧嘩しか出来ない能無し扱いしていた。
それはまだアドレアが子供であり魔法も使えず、喧嘩ではなく本気でやり合えば自分達が勝つと思って居たからだ。
だがそんな考えも、そして周囲のアドレアを見る目も、アドレアが魔法を覚えた事で180度変わった。
魔法を覚えたその日の内に他の冒険者達が束になっても苦戦するようなAランクの魔物を一撃で粉砕し、喧嘩だけでなく冒険者としても格の違いを見せつけた。
ただ単純に魔法の才能があったというだけではない、生まれ持った天性の肉体と格闘センスも相まってこの結果が得られたのだ。
肉体と魔法の組み合わせ、それは加算ではなく乗算的に戦闘力を向上させる。
肉弾戦において同等の力を持つ者同士でも、僅かに魔法の技量が劣ればそれは決定的な差となる、その逆も然りだ。
アドレアに次いで喧嘩が強いと言われ、アドレアも一目を置いていた男が居たが、アドレアが魔法を覚えた途端、アドレアにとってその男も他の冒険者と何ら変わらない路傍の石に成り果てた。
それ程までに魔法というのは戦いにおいて重要な要素なのだ。
たった1の差でも、そこに魔法が掛け合わさる事で10にも100にもなる。
それは魔法を習得し、周囲と決定的な差をつけたアドレア自身が良く分かっていた。
だからこそアドレアは知りたがった。
(強ぇなぁ…コイツ)
凄まじい風切り音を生み出しながらライの顔面めがけ、まるで棍棒のような拳が突き出される。
しかしその拳がライに届くよりも前に、ライは突き出されたアドレアの右腕の肘の内側に拳を繰り出し、腕を無理やり曲げ動きを阻害する。
(本当に強ぇ、流石あの爺に勝っただけはある)
アドレアが全力で繰り出す拳を、蹴りをライは技術を持って躱し、いなし、弾く。
本来は剣で戦う事を得意とするライが、その剣を捨てアドレアの土俵である肉弾戦でアドレアを圧倒している。
今まで素手の相手も、武器を持った相手も等しく叩き潰して来たアドレアだったが、自分にここまで有利な状況で一方的にやられる事など生まれて初めての体験だった。
(すげぇなぁ、コイツは一体俺よりどんだけ強いんだ?)
ライの強さを、今の自分とどれ程の差があるのかを、アドレアは知りたがった。
(もしコイツと魔法有りで戦ったらどうなっちまうんだろうな)
魔法込みの戦いが僅かな差を決定的な差へと変えてしまう事を知っているからこそ、アドレアは知りたがった。
魔法抜きで手も足も出ない今、もしこれが魔法有りの戦いになった時、自分とライの間にどれだけの差が生まれるのかを。
(試してみてぇなぁ…!)
一方的にやられているのにも関わらず、アドレアの顔には笑みが浮かんでいた。
(なぁお前もそうなんだろ)
ライの繰り出す拳を受け止めながらアドレアが考える。
(お前も俺と同じだ、お前も試してるんだろ?)
アドレアは今まで多くの人間と殴り合ってきた。
だからこそ、殴り合う事で分かる事もある。
ライの拳からは闘気の類をまるで感じ取れなかった。
殺気も素気もない拳、だがその拳は確実にそして的確にアドレアの急所を狙いダメージを与えてくる。
ライは試していた。
アドレアが自分の力がどれだけライに通じるのか試しているように、ライもまた自分の力がアドレアにどれだけ通じるのかを。
世界に五人しか居ないSランク冒険者の内の一人、五人の中で最も肉弾戦を得意とする【豪腕】のアドレア。
肉弾戦では無敗と言われるアドレアに対し、自分の技がどこまで通用するのか、自分がどこまで戦えるのか。
リドルに剣を使わず戦ってみないかと言われた時、最初はそれに否定的な様子を見せていたライだったが、剣を使わずにアドレアと戦う事を考えた時点でライは既にその気になっていた。
(自分の力を思う存分試せるなんて、楽しくて仕方ねぇよなぁ!)
魔形で表情は見えないが、アドレアの直感がライも自分と同じ気持ちに違いないと確信する。
「おらぁ!!」
そんな掛け声と共にアドレアが拳ではなく腕を叩きつけるように振り下ろす。
ライはそれを躱すのではなく、両腕を交差させる事で受け止める。
「何っ!?」
今まで躱すか弾くばかりだったライが初めてまともに攻撃を受けて見せた事にアドレアが驚く。
本来ならばアドレアの全力の一撃をライが受け止める事など不可能に近い。
だがライはただ攻撃を受けるのではなく、腕で受け止め、腰を落とし、膝を折る事で腕力だけでなく全身をクッションにして攻撃を受け止めたのだ。
アドレアが驚いている隙にライは両腕を返し、叩きつけられたアドレアの腕を掴みそのまま身体を後ろに傾ける。
突然腕を引っ張られ前のめりになり無防備なアドレアの腹部めがけライが前蹴りを繰り出す。
「ぐっ!?」
腹部に一撃を受けたアドレアがよろめく。
(拳は大した事ねぇのに、蹴りだけは有り得ねぇくらい重い。足は腕の何倍もの力があるとは言うが、コイツの場合は十倍は超えてるんじゃねぇか?)
アドレアの推察通り、ライの足腰は常人よりも鍛えられている。
攻撃や回避だけではない、長年クラックブーツの反動に耐え、どんな不利な体勢であっても身体を支え、野や山を駆け抜けてきた。
ライの動きの全てはその強靭な足腰があってこそと言っても過言ではない。
「動きが止まってますよ」
「っ!」
突き出された拳をアドレアが反射的に避ける。
(クソッ、考えてる場合じゃねぇか。今はただ目の前のコイツに集中するだけだ。もっと感覚を研ぎ澄ませろ、頭を空っぽにするんだ)
アドレアは思考を捨て反射で身体を動かす。
反射で拳を突き出し、反射で拳を受け止める。
思考を省き本能で戦うその姿はまさに魔物、拳を交えるにつれアドレアの動きは速く、鋭くなっていく。
一方のライも今まではアドレアの動きに合わせ技で返していた。
だがアドレアの動きが激しさを増す度にそれに引っ張られるように技術だけではなく荒さも目立ってきた。
これはライが戦い方を全盛期の頃に切り替えつつある証拠であった。
舞台の中央で両者が激しく四肢をぶつけ合う。
ライとリドルが戦った時と同じく、二人の動きが流水から濁流へと変化していく。
激しく拳を交え合う中、アドレアは今までよりも一層笑みを深めていた。
(やっぱすげぇよお前!)
アドレアの拳をライが躱し、
(こんなに昂るのは何時以来だ!)
ライの拳がアドレアの顎先を掠める。
(ワクワクが止まんねぇよもう!!)
一体コイツはどれだけ強いのか。
俺とコイツの間にはどれ程の力の差があるのか。
全力を出してなお見えないライの底にアドレアはもう抑えが利かなくなっていた。
いや”全力”というのは語弊がある。
アドレアはまだ全力ではない、何故ならば、
(試してみたい、まるで手が届く様子もねぇ今のコイツと、魔法を使った俺との間にどれだけの差があるのか)
アドレアはまだ魔法を使っていない。
それは武闘大会のルールだから当たり前の事なのだが、アドレアの頭の中は既にライとの闘いの事で一杯になっており武闘大会の事など頭から抜け落ちていた。
「っ!?」
アドレアの変化にライがいち早く気付いた。
それは意識してやったのか、それとも無意識だったのか、その時はアドレア本人にも分からなかった。
魔法の発動、アドレアの全身は僅かな燐光を放っており、気が付いた時には全身に力が漲っていた。
右腕に嵌められた腕輪が反応するよりも速く身体強化を発動させる類稀なる魔法の才能、そしてその魔法の才能によって発動した身体強化で強化された天性の肉体、そこから繰り出される閃光の如き一撃がライの顔面めがけ放たれ、
ドォォォォン!!
凄まじい破砕音と共に舞台中央に土埃が舞う。
観客席を衝撃が襲い、土埃は闘技場の外壁を軽く超え天まで立ち上っていた。
「はぁ…はぁ…」
周囲の様子が全く見えない土埃の中でアドレアが荒く息を吐く。
「どう…なったんだ?」
渾身の一撃を放ち心地よい疲労感に包まれながらアドレアがそう呟くと、やがて土埃が晴れアドレアの視界に青空が映る。
澄み渡る青い空、右腕に嵌められた赤く光る腕輪、そして――
「あ…」
その右腕を掴み、地面に横たわるアドレアを見下ろすライの姿だった。
魔形は割れ、露わになったその素顔はアドレアが想像していた通りの物であった。
「俺の…勝ちです」
戦っていた時のアドレアと同じ笑顔を浮かべながらライはそう告げるのだった。
人物紹介が無ければこの話で丁度100話目でしたね。