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超えられる者と超える者

「すぅ…ふぅ…」


怒り心頭の様子だったアドレアだが意外にも頭は冷静であった。

開始と同時にアドレアが深呼吸をし、心を落ち着かせる。


アドレアはライが自分よりも格上だと理解している。

だからこそブチギレた状態でなりふり構わず突っ込んでも手痛い目を見るだけだと分かっていた。


(まずは間合いを詰める。俺の拳が届いて野郎の拳が届かない距離まで)


もしキレていなければアドレアはまず相手の力を試そうと喧嘩の感覚で突っ込んでいただろう。

一度ブチギレ、本気になったアドレアだからこそ冷静に動いていた。


ライの体格は平均程度、腕の長さも平均であり巨大な体躯を誇るアドレアの方が間合いは長い。


(ここだ、この距離だ)


じわじわと距離を詰めていたアドレアが足を止める。

ライに動きはなく、両手を下げ直立の状態で佇んでいた。


(ただ突っ立ってるだけなのに妙に様になってやがる。構えても居ねぇのに間合いに踏み込んだら即拳が飛んできそうな雰囲気だな。でもまぁとりあえず挨拶変わりにまず一発!)


アドレアがその場で両足を大きく開き、右手の拳を握りしめライの横っ面目がけて振りかぶる。

しかしその拳がライの頬を捉える事はなく、魔形の表面スレスレを拳が通り過ぎていく。


「っ…何!?」


振り抜いた拳を引っ込めアドレアが一歩後ろに下がる。


(避けた?いや、相変わらず直立のままだ。それに動いた様子はねぇ)


右手の感触を確認するように開いたり握ったりを繰り返しながらアドレアが状況を分析する。

ライの体勢はアドレアが見る限り先程から変化はない。

拳を振るった時もライに躱すような動きは見えなかった。


(間合いを見誤った?。俺とした事が野郎にビビってギリギリを狙い過ぎたか)


そう状況を分析したアドレアが再び距離を詰める。

今度は横っ面ではなく下顎めがけ掬い上げるように拳を振るう。

しかしその拳は虚しく再び空を切るのだった。


(またスカした!?)


先程よりも確実に踏み込んだはずなのにまたしても拳を外すという事態に、アドレアは得体の知れなさを感じ思わず後ずさる。


「アドレアの馬鹿は一体いつ気が付くのかしらね」

「客観的に見られる私達と違い、戦闘中のアドレアには難しいでしょう。そもそも私達でさえ二回見る事でやっと理解したくらいですからね」

「…ふん!」


イザベラ、ルークがライとアドレアの戦いを観察する中、アリスは不機嫌そうに頬を膨らませていた。


「剣を使わないなんて、見ててもつまんない」


そう言いながらアリスがそっぽを向く。


「そう言わないの、剣術が無くったってこの僅かなやり取りだけで十分見応えのある試合よ」

「えぇ、アドレアはきっと自分が間合いを見誤ったと誤解したでしょうが事実はそうじゃない。一見彼は微動だにしていないように見えますが、その実身体を後ろに逸らしている。しかもそれが相手にバレないようさり気なく、頭部だけでなく身体全体をそれぞれ僅かに動かす事によって」


アドレアは間合いを見誤っていた訳では無い。

間違いなくライは身体を逸らす事でアドレアの拳を躱していた。

ただ身体を後ろに逸らした訳ではない。

アドレアが踏み込んだ分だけ後ろに下がってもすぐに悟られる。

かといって下がらずに避けようとすれば上体を逸らすような不自然な体勢になり、同じくすぐに悟られてしまう。

だからライは足、腰、胴、首、頭、それぞれを必要最低限、僅かに動かす事によって相手に動きを悟られる事無く攻撃を躱していたのだ。


ありとあらゆる状況に対処するため、常に反応出来るよう最低限の動きで躱し余計な動作を省いて来た現在のライの戦い方、これはその究極系とも言える代物だ。

ただし、魔物相手に躱した事を悟らせないというのは余り意味が無い為、ここまで極端に動作を省いたのはこれが初めてだったりするのだが、ライは長年の経験と勘でそれをいきなり成功させて見せた。


(間合いに入っているはずなのに俺の拳が掠りもしねぇ!間違いなく野郎は何かをしてるはずだ!)


いくら拳を振るっても当たらない状況にアドレアの中に苛立ちと焦りが積み重なっていく。


(ここままじゃ駄目だ。俺の間合いギリギリじゃ無く、野郎の間合いギリギリまで距離を詰める!)


先程よりも慎重に、アドレアは踏み出している左足の足先に全神経を集中させる。


(ここが俺の間合いギリギリ、ここからさらに半歩、いやもう一歩…!)


ジリジリと地面を擦りながらゆっくりと、ライの足先と自身の足先の距離を見て互いの距離感を測る。


(まだ遠い)


視線を上下に動かしながらライと自身の足先までの距離を見ながらアドレアがギリギリの線を見極めていく。


(後少し…!)


そしてアドレアが視線を上げ、僅かに近づき今一度視線を下に落とした時、アドレアの動きが、思考が一瞬停止する。

アドレアの動きと思考を止めた物、それは先程まで両足の先が揃えられていたはずのライの左足が一歩踏み出していたからだ。


一瞬停止したアドレアの思考が動き出しその意図を、いやアドレアの優れた直感が危険を感じるよりも早く、視線を下に落としていたアドレアの視界を遮るように黒い影が目の前に現れ、それと同時に顎先に強い衝撃を受けアドレアの身体が後退する。


「ぐぅ…!?」


顎に受けた一撃により脳を揺さぶられ、アドレアが踏鞴を踏むもSランク冒険者としてのプライドが許さないのか、何とか倒れる事は免れる。


(ちくしょう…!俺とした事がこんな…!らしくねぇ!!)


元よりアドレアは頭で考えて戦うタイプの人間ではない。

リドルの言っていたように野生の獣や魔物のように直感で戦うタイプの人間だ。

だがライの戦いを何度か見ているが為にその優れた直感がアドレアを必要以上に憶病にさせていた。

天竜を切り裂いたあの一振り、これまでの試合で見せた鋭い剣技、憶病になるのも無理もない、だが――


(拳が軽い!こんなもんじゃ俺は屁にも感じねぇ!!)


ライの放った一撃を受けた事によってそのイメージが完全に拭い去られる。


(何を俺は恐れてたんだ。今の野郎は魔法も使えない上に丸腰、あの天竜を葬った一撃もあの爺を貫いた一撃も今の野郎には無い!)


脳を揺さぶられ麻痺していた身体の感覚が戻ってくる。


(ダメージは残ってない。こんな攻撃、何発、何十発、何百発貰おうが俺は倒れねぇ。だったら恐れる必要もねぇ!)


返ってきた感覚を確かめるようにアドレアが全身に力を込める。

腕からは血管が浮き上がり、踏みしめる地面に亀裂が走る。


「うぉらぁ!行くぞぉぉぉ!!」


アドレアが吠えると同時に地面が爆ぜ、アドレアが飛び出す。

凄まじい勢いで迫るアドレアを前に、今まで直立不動の姿勢だったライが初めて構えを取る。

両足を前後に大きく開き、左手の拳を右手で包み込みながら胸の前で構える。


「これでも喰らいやがれぇ!!」


そう吠えると同時にアドレアが拳を振りかぶった瞬間、ライがそれに合わせるように踏み込む。

ライが踏み込んだ事によって僅かに狙いがズレたアドレアの拳はライの横っ面スレスレを突き抜ける。


(このタイミング、狙ってやがったのか!?まぁ良い、二発目もてめぇにくれてやる!!何発受けようが、そんなもん俺の一発で全部覆して――)


アドレアがその思考を終えるよりも早く、アドレアの腹部にライの左肘が突き刺さりアドレアの突進を食い止める。


密着状態で両者の動きが完全に停止する。

数秒の停止後、先に動きを見せたのはアドレアだった。


「ゴホッ!?」


アドレアの身体が後ろへと傾き尻餅をつく。


『アドレアが倒れたぁぁあ!!大男十数人を同時に相手にしても決して膝を折らなかったと言われるあのアドレアがいとも簡単に崩れ落ちた!!それほどまでに強烈な一撃だっという事でしょうか!?』


「あ、がぁぁ…!!」


腹部を抑えながらアドレアが声にならない悲鳴を上げる。


本来であればライの攻撃にアドレアをこれほど苦しめる程の威力はない。

だがライはアドレアの攻撃に自身の攻撃を重ね、突撃してくるアドレアの突進の勢いを利用したのだ。


(俺が動きを変える度にコイツはそれを読んでたかのようにその上を行きやがる…!)


腹部に広がる鈍痛に歯を食いしばり耐えながらアドレアが立ち上がる。


「面白れぇ…お前が俺の上を行くというのなら見せてやろうじゃねぇか。俺の全てを」


震える拳を握りしめ、揺るぎない闘志を宿した瞳でライを見据える。


「超えられるもんなら超えてみやがれ!俺の上を行こうとするてめぇを必ず叩き落としてやる!!」

「やれるものならどうぞ!俺を叩き落とそうとする貴方のその手をすり抜けてみせますよ!!」

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