中堅冒険者の日常
ここは剣と魔法、そして魔物が存在する世界『ラスフィア』。
人々は魔物の脅威から身を守るため街に壁を築き、力ある者は冒険者となり魔物と戦っていた。
この物語は、そんな冒険者の中の一人の男から始まる。
北部を平野、南部を森に囲まれた街『ガダル』。
ガダルの冒険者ギルドの受付で、依頼を受けようとしている一人の男が居た。
男の名前はライ、冒険者歴20年ベテランのCランク冒険者だ。
「すみません、カリヤダケの採取依頼と、あといつもので」
「はい、カリヤダケとムルム草の採取依頼ですね」
受付嬢がそう言いながら、カウンターの下からそれぞれ大きさの異なる二枚の麻袋を取り出す。
「小さい方がカリヤダケの袋、大きい方がムルム草の袋になります…なんて、ライさんには一々説明する必要なんてないですよね」
「ははは…まぁ日課だからね」
ライと受付嬢がそんな風に談笑していると、ギルドのカウンターの反対側、椅子とテーブルが置かれたスペースに屯している一組のCランク冒険者達が大きな声をで話始める。
「あー今日も”脚付き”は草刈りか、精が出るなぁ」
「ばーか、草刈りしかやる事ねぇんだよ」
「やる事、じゃなくて出来る事が…だろ?魔物の相手なんて脚付きには無理だろうしな」
「ちげぇねぇ!なんたって魔法が使えねぇんだもんな!ハハハハ!」
冒険者達が机を手でバンバンと叩きながら、大笑いを始める。
そんな冒険者達の笑い声を背に受けたライは苦笑いを浮かべ、受付嬢は目が据わっておりライの背後に居る冒険者達をじっと見つめていた。
そんな受付嬢の様子にライは苦笑いを浮かべたまま冷や汗を流す。
そしてふと、自身の足元に視線を落とす。
(脚付き…か)
ライが履いている靴は普通の靴ではない。
それはクラックブーツと呼ばれる物で大気に漂う魔力を集め、圧縮した魔力を破裂させその反動で高速移動を可能とする物だ。
この世界では魔法を発動させるために幾つかの手順を踏む必要がある。
まず、大気に漂う魔力を自身の元に集め、次に集めた魔力を体内で練り、そこから魔法として形作る事で初めて魔法として発動させる事が出来る。
このクラックブーツは冒険者になりたての新人達が、魔力の集め方、そして魔法の扱い方を覚えるために使用する、いわゆる初心者冒険者の証のような代物だ。
本来Cランク冒険者と呼ばれる中堅冒険者が使うような代物ではないし、Cランク冒険者がそんな物を装備しているなど、同じCランク冒険者からしたら恥以外の何者でもない。
だからこそ先程の冒険者達はライを見下し自分達は格上なんだと、あんな奴とは違うんだと思い込むことでそのちっぽけな自尊心を満たしていた。
「それじゃ、行ってくるよ」
「え?あ――」
これ以上ここに居ても周りが不快な思いをするだけだと考え、ライはカウンターの上に置かれた二枚の麻袋を引っ掴むとそそくさとギルドを後にする。
ガダルの南部に広がる森の中をライは麻袋担ぎながら歩いていた。
「ムルム草が見当たらないな…」
ライはそう言いながら担いでいた麻袋を地面に下ろす。
カリヤダケの入った小さい麻袋の方は一杯になっていたが、ムルム草の大きい麻袋はまだ半分ほど空きがある。
今回の採取依頼は麻袋一杯に指定の物を採取する事で達成となるため、ムルム草の採取依頼を達成するためには残り半分をどうにかしてかき集めなければならない。
「これだけ探しても無いって事は、コボルトの集落でも近くにあるのかな?」
コボルトとは、人間よりも一回り小さい人型の魔物で、全身は体毛に覆われ犬の頭部を持つ特徴的な外見をしている。
常に群れで行動しながら森の中を歩き回り、気に入った場所を見つけるとそこに集落を作り暮らしだす。
コボルトの集落が出来ると、辺りの薬草や果物などの植物がコボルト達によって採取されてしまうためコボルトの集落があるかどうかはすぐに分かる。
人間が採取したという可能性も考えられるが、辺り一帯の植物を根こそぎ採取するとなると、とてもじゃないが人間には不可能だろう。
ライが他に何か無いかと辺りを見渡すと、地面に落ちた太い木の枝を見つける。
「どうやらコボルトの集落があるのは間違いないみたいだ」
ライが手に持った枝の断面は何かで無理やり叩き折ったようにひしゃげていた。
仮に冒険者が枝を落として実を採取したであればナイフなどで切り落とすためこんな断面にはならない。
そしてコボルトが使うの石器であり、枝の断面から見ても石器で叩き折ったとすれば合点が行く。
「だとすればやる事は決まったな、コボルトの集落からムルム草を手に入れよう」
ライはそう呟くと、中腰の姿勢になり地面をくまなく調べる。
調べていると何かを引きずったような跡を見つけた。
「後はこの引きずった跡を辿って行けば…」
ライが麻袋を担ぎ直し、跡を辿って行くと草木の向こうに枯草で出来た簡易的な住居が見えてきた。
草木が邪魔になって良くは見えないが、コボルトの集落であるのは間違いなさそうだと考えたライは麻袋を地面に下ろし、腰からロングソードを引き抜くと中腰の姿勢でゆっくりと集落に近づいて行く。
音をたてぬよう、草むらの影から集落の様子を盗み見る。
(…なんだこれは)
ライの視界に飛び込んできたのは何者かの手によって破壊されたコボルトの集落と、地面に倒れ伏すコボルト達の姿だった。
草むらの影からは出ず、一番側で倒れているコボルトの様子を窺う。
コボルトは既に息絶えており、身体には大きな三本線の爪痕と噛み傷のような物があった。
(こんな爪痕を残せる魔物、この森には居なかったと思うけど…それにこの噛み傷は…人の歯形?)
ライがコボルトの集落を破壊した存在について考えていると、集落の中央の方から何やら物音が聞こえてくる。
ライは草むらから出て半壊した住居の影へと移動し、集落の中を覗いてみる。
そこには大きな魔物が居た。
全身は真っ赤な体毛に覆われた獅子のような胴体、サソリのような尾を持ち、頭部は醜く歪んだ人間の顔をした魔物が、地面に倒れているコボルトの亡骸を貪っていた。
ライはその魔物に心当りがあった。
(マンティコア…!なんだってこんな所にこんな化け物が)
ライはマンティコアを食い入るように見つめる。
身体が震え、全身に力が入る。
その時だ、ライが力を入れたせいか、もたれ掛かっていた半壊した住居が大きな音を立てて崩れる。
「しまっ――」
その大きな音にマンティコアがライの方に顔を向ける。
住居は完全に崩れ、ライの姿を隠すものは何もない。
ライの存在に気付いたマンティコアが、血で濡れた口をグニャリと歪ませながら笑みを浮かべる。
「っ!【クラック】!!」
ライがそう叫ぶと同時に、周囲の魔力がライの足に集まりクラックブーツが発光し、ドン!という大きな音を立て爆発を起こす。
地面が抉れる程の爆発の反動を利用し、ライは一気に駆け抜けマンティコアから逃れるために森の中へと姿を消した。
二話までシリアス風味が出ておりますが、三話辺りからはほのぼの、コメディな感じです。