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これから

 翌朝、火は消え去り、灰と骨がその場に残されていた。骨は一つ一つ丁寧に箱に納めていく。一応、骨壺のつもりだ。骨が納められる物はないか尋ねたところ、この箱を渡された。流石に、都合良く壺が出てくる訳はないか。


 「ふう。これでお終いっと」


 この骨は頃合いを見計らい、高嶺家の墓に忍び込んで納めるつもりだ。家族の元に帰すとも言ったし、彼が眠るのはそこしか考えられない。問題はこの骨が発見された時。

 行方不明になった少年が、いつの間にか納骨されているなんて犯罪の匂いしかしない。これに対しては柔軟な対応を期待するしかないな。


ーーさて、一区切りついたことだし、私も今後について考えますか。


「ダニさん、リサさん」

「ん? 何だ?」

「どうしたの?」

「これからについて何ですが、今後も二人にご一緒させてもらえないですか?」

「今更な質問だな。もとから綾乃もついて来てもらう予定だったぞ」

「そうそう。始めから『そのコ』を含めて三人でこっちに来てるし、人数的にも問題ないよ」

「本当ですか? 落ち着いたら放り出されるのかと思ってヒヤヒヤしました」

「そんな無責任な事する訳ないでしょ?」

「良かった。でも、邪魔にならないように私に出来ることがあればお手伝いさせてください」

「良い心掛けだ。そうだな、まずはーー」

「まずは?」


 今、私はリサさんと一緒に食事の準備をしている。何故こうなったかと言うとーー今後、俺たちはここを不在にすることが増える。まずは生活力をつけてくれ。それに綾乃が食事の仕度を出来るだけで負担が減り、集中出来る時間も増えるーーという訳だ。確かに一理ある。


「思ってたより基本が出来ているね」

「手伝いをよくしていましたから。自分でオヤツを作る時もありましたよ」

「ほほう。それは良い事を聞いた」

「あまり期待しないでくださいね。かなり雑なオヤツですから」

「多少なりとも作れるだけで違うものよ。それに、ゆくゆくは綾乃ちゃんを料理長に任命するつもりだよ?」

「料理長って。責任重大ですね」


 作っているのはカレーライス。現役料理長であるリサさんの一存で決められ、リサさん監督のもと私が調理を担当している。分量は多め。また怒られるぞ。


「また作りすぎましたね」

「鍋がいけない。『俺を使い切ってくれ!』って主張してる!」

「鍋のせいにされても。おかわりしたって明日の朝まで持ちそうですよ?」

「二日目のカレーは美味しいって言うし良いんじゃないかな?」

「なかなかポジティブな考えですね」

「綾乃ちゃん程じゃないよ」

「何でそこで私が出てくるんですか?」

「前向きなあたりがね」

「言い訳の考え方と私の生き方を比較しないでください!」

「二日目のカレーは嫌いじゃないが、どう見ても作りすぎだろ」


 ビックリした。呼ぶまでダニさんは来ないと思ってた。鍋いっぱいに作られたカレーを見て案の定、苦言を呈す。


「うわ! バレたか!」

「二人の様子が気になって見に来たらコレだ。」

「私は料理長の指示に従ったまでです。」

「しかも裏切りが!」


 結局、私もこってり怒られ、翌日の昼までカレーを食べる羽目になった。流石に飽きてきたので最後はカレーうどんに姿を変えている。しばらくカレーはいいや。


 それからは料理や掃除といった家事全般は私の仕事となりつつある。レパートリーが少ないためリサさんに手伝ってもらうことも多いが、あれやこれやと教えてもらう内に料理の腕もかなり向上した。彼らの仕事に関わる事は出来ないが、この様に違った面からサポートする事もできる。しかし、問題は慣れた頃にやってきた。


「ヒマだ」


 そう。とにかくヒマなのだ。初めは慌てふためきながらだったが、慣れてくれば時間はかからず、大半の作業は昼頃には終わる。それからは夕食の支度まで時間を持て余してる。一応は遊び盛りの十四歳。娯楽の無いこの土地での生活は厳しいものがある。あの二人は地上に降りる時もあるが、同行の許可は下りなかった。

 

 では、ヒマをつぶす為にどうするかって?。家の周囲をひたすらランニングする暴挙に出たんだ。体力づくりの一環にもなればと思ったが流石は特別製。全く疲れない。それでも時間いっぱい走り込んだあとはナゾの達成感に満ちている。


「毎日毎日よく走るよね」

「他に出来ることがないんですよ。勉強道具もない。娯楽もない。仕事も限られている。となればあとは体を動かすくらいしか出来ません」

「本当は地上に連れて行ってあげたいけど……」


 二人でダニさんを見つめてみる。


「そんなに訴えられても困る。綾乃が時間を余してるのはわかるが……」

「どうか娯楽を!出来るのなら地上に連れてって!」

「私からもお願い出来ないかな? 何も無いこの場所にずっといるのは可哀想だよ」

「うっ……」


 揺らいでる揺らいでる。ここまできたら新たに手に入れた『必殺技』を使うか。


「お願いします」


 そう。上目遣いだ。リサさんと共に開発したこの技を、遂に使う時が来たんだ。これで落ちない男は男じゃない!


「はあ。わかったよ。だからそんな目で見るな」

「本当ですか? やったー!」

「良かったね、綾乃ちゃん。一緒買い物しようか?」

「行きましょう!」

「やれやれ。ワルい女が増えてしまった」


 最後に何か聞こえた気がするが、これで気晴らしが出来る。しばらく楽しめるように本を買い込もう。ついでに勉強道具も。


「あれ? そういえばお金って大丈夫なんですか?」

「困らない程度はあるけど?」

「この世界のお金をどうやって?」

「綾乃。お前がこれを知るにはまだ早い」

「うんうん」

「汚い金ではないから安心しろ」

「え? え?」


 怪しい金には違いない。大丈夫なのか?


「明日には行っちゃう?」

「流石にそれは無理だ。せめて明後日にしてくれ」

「だってさ。それで良い?」

「え? は、はい! ありがとうございます!」


 怪しいお金に気を取られてた。危ない危ない。でも明後日にはお出かけか。すごく楽しみだ。


「あんな良い笑顔をしちゃって。そんなに嬉しいんだね」

「いつもは平気そうな顔してるがストレスも多かったんだろ」

「だってまだ十四歳よ」

「まだまだ子供だ。辛い思いより、楽しい思いをさせてやらなきゃな」

「そうだね。頑張らなくちゃ」

「ああ」

 

 おや? 二人の雰囲気もなんだか怪しいな。うんうん。そうだよね。お互いに頼れる男女だしね。私は応援するよ。


「どうした? 変な顔してるぞ」

「え? 何でもありませんよ」

「本当かな? 白状しないとーー」

「その手は何ですか! セクハラ反対!」

「それ!」

「ギャー! 止めて! (けが)される!」

「良いねえ。乙女だねえ!」

「乙女にあるまじき悲鳴を上げたがな」

「ダニさん!助けて!」

「スマン。耐えてくれ。俺には無理だ」

「そんな!」

「フハハハハ!」


 うぅ。(けが)されてしまった。これじゃお嫁に行けない。身を清めないと。


 「ふう……」


 あぁ、湯船が気持ち良い……。こんな所に娯楽があったとは今まで気がつかなかった。入浴剤があれば尚良し!


「赤くなってるし」


 体を見てみると、変態(リサさん)(まさぐ)られた箇所が所々腫れている。これはちょっと恥ずかしいな。しかし、本当に遠慮を知らないよなあの人は。思いっきり揉みやがって。


「あれじゃあ残念美人だな」

「誰が残念だって?」

「…………」

「お邪魔しまーす!」

「……何で入って来るんです?」

「良いじゃないですか。たまには裸の付き合いも」

「私は一人で入りたいんですが」

「顔が真っ赤だよ? いい加減慣れなって」

「そうは言っても」

「ダニの方が良かった?」


 広めとはいえ、家庭用のお風呂にあの筋肉質な男と二人で入るのは遠慮したい。それに……恥ずかしい。


「……それはちょっと」

「うん。良い答えだ。連続した意識では君は『歩君』だけど、君自身はもう『綾乃ちゃん』だね」

「どういう意味ですか?」

「立派な女の子ってこと」

「立派な、ですか」

「うん。自覚なかった?」


 どうなんだろう? 確かに、今の私は女だ。でも前は? 意識は? よくよく考えたら何で『私』って違和感なく使えてるんだろう。


「良く……わかりません」

「変化は良い事だよ。前に進んでいる証拠だ。でも安心して。君が変わった事で君自身が失われる事はないよ」

「……リサさんは、優しいですね」

「優しいはどうかは別として心配だからね。ちょっと強引だけどこんな手に出ちゃった」

「で? 本音は?」

「本音もなにも本心からだよ。下心があるのは否定しないけど」

「そういうところが残念なんです」

「お! 言うようになったねぇ。ではご期待通りに!」

「そんな期待してない! やめて! やめろー!」


 結局セクハラか! 優しさに期待した私が馬鹿だった。


「それじゃあ私は部屋に戻るから。お休み!」

「オヤスミナサイ」


 なんかツヤツヤしてるよあの人。私はこんなに疲れてるのに……


「相変わらず騒がしかったな」

「はぁ……私にはあの人を抑えられません」

「安心しろ。俺にも出来ん」

「そんなんで大丈夫なんですか?」

「不思議と上手くやれてるよ。ほら、取り敢えずコーヒーでも飲んでけ」

「では、お言葉に甘えて」


 良い香りだ。彼はコーヒーに謎の拘りを持っているようで、豆も厳選した物を仕入れているらしい。


「熱いから気をつけろよ」

「あちちち。……そうだダニさん」


 いつも私の事ばかり心配してくれるから、たまには私から二人の事をつついてみようと思う。


「どうした? 急に改まって」

「リサさん、脱いだら凄かったです」

「ブハッ! 真剣な顔して何かと思ったら……」

「男としては気になるんじゃないかと思って」

「確かに気になる。で、どうだった?」

「ハリがあるのに柔らかい。そして優しく包み込んでくれるーー不思議な感覚でした。一方的なのが許せなくてやり返した結果です」

「羨ましい限りだ」

「私、女を知った気がします。その代償は大きかったですが」

「大げさだな。それ、自分のじゃダメなのか?」

「私の体は対象外です。当たり前じゃないですか。それにリサさんと比べたら、私じゃただの鶏ガラですよ」

「そうなのか? まぁ、今後の成長に期待だな」

「ダニさんには見せも触らせもしませんよ」

「そいつは残念だ」

「その時はリサさんとイチャイチャしてください」


 あなた達が私の身を案じる様に、私もあなた達の幸せを願ってる。その日が訪れるようにって。


「コーヒーご馳走です。あとダニさん」

「今度は何だ?」

「明後日、楽しみですね」


 何もかも忘れて、ただ笑える日があっても良いかもしれない。

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