二日目。朝
また、夢を見た。
一人の男の生涯。俺が歩むはずだった一生。これから先、あったかもしれない未来の夢。
泣いて、笑って、成長して。これはこれで大変そうだ。
きっと、こんな風に大人になっていただろう。
きっと、こんな人と結ばれただろう。
誰もが思い描く幸せを得るために行動しただろう。
少女はそれを羨むことしかできなかった。
だって、その夢を叶えるべき俺はもういないのだから。
少女は泣くことができなかった。
だって、俺は恨んでなんていないのだから。
覚悟を決め、少女は一人歩き出す。
道の無い、暗闇に向かって。
歩いた場所に道は生まれていく。光が広がっていく。
もう恐くない。いつか、笑って今日の日を話せる日がくるだろう。
男を横目に少女は道無き道を行く。
いつの日か得られる私の未来を信じて。
『俺の語ることのできなかった物語を私は描いていく。』
夢の中の俺は最後にそう言って、笑った。
今日の夢は長かったな。相変わらず内容はうろ覚え。だけど、なんだかスッキリしてる。
昨日は衝撃の一日だった。長い眠りから目覚めて、事実を告白され、泣いて。でもわだかまりはない。自分でも驚きだけどたった一晩で受け入れてしまっている。ほかに方法が無いってものあるけどさ。
夢の中で心の整理も行ったんだろう。だから、こんなにも気分が良いんだ。
窓を開け外の景色を眺める。周囲には何もない。適度に育った草木があるだけ。心落ちつく良い所だ。そういえば、ここがどこなのか聞いていなかったな。
「ふう。」
景色を眺めながら軽い朝の体操。目覚めはバッチリだ。
「おはよう。」
ノックもせずにリサさんが入ってくる。やはりこの人は配慮というものを持ち合わせていないらしい。
「おはようございます。ノックくらいしてください。」
「良いじゃないですかこのくらい。アレですか?見られちゃ困るコトをしてたとか?」
ダメだ。ただのセクハラにしか聞こえない。
「違います。もし着替えとかで服を脱いでいたら見られるのが恥ずかしいんです。」
こっちは年頃のオトコノコだ。美人のお姉さんに見られるのは普通に恥ずかしい。
「おやおや?その体に自信がないと?」
「そういうことじゃありません!」
「そんなコトより、朝ごはんの準備ができましたよ。」
強引に話を変えてきたぞ。
「流しましたね。もういいです。」
「拗ねないでね。とにかく、ごはんにしようか!」
こういう人をマイペースって言うんだろうな。
食事はダイニングに用意されていた。あの部屋から出るのはこれが始めて。配膳は三人分。
「そういえばダニさんは帰ってるんですか?」
「いるよ。いつの間にか戻ってた。ヘタレのくせに一人でナニしてたんだか。気になるから今度つけてみようか?」
気をつけてダニさん!狙われてるよ!
「ほどほどにしてあげてくださいね。」
朝食はほぼ和食。ご飯、漬け物、卵焼きに焼き魚。強いて違いをあげるなら味噌汁のポジションにシチューが居座っていること。
「昨日作りすぎちゃってさ。」
何も言ってないのに説明してくる。
「別に責めてないですよ。しかしこんなご飯を作るってことは、お二人も向こうじゃ日本人なんですか?」
「私はね。ダニは半分日本人。ほら、名前からして違うし顔立ちだって違ったでしょ?たしかヨーロッパの血だったかな?」
「二人ともおはよう。」
タイミング良く、ダニさんご入室。
「お!噂をすれば。」
「何の話だ?」
「ダニの性癖を暴こうぜ!って話。」
「朝からゲスな話はやめてくれ。」
「それもそうだね。この話はあとにしてご飯食べよう。」
がんばって。ダニさん。
「いただきます。」
朝からすっかり腹ペコだ。昨日の夜食以外に、ずっと食事は摂ってなかったんだろうな。
挨拶と同時に箸を伸ばしていく。
美味い。これはご飯がススムぞ。
「もう大丈夫なのか?」
ダニさんが問いかけてくる。
「はい。クヨクヨしたって何も変わらないですから。それに前向きに生きた方がずっと楽しいです。」
ヘタレのあんたは役に立たなかったけどな。
「そうか。申し訳ない。歩みたいな子供に辛い思いをさせてしまった。」
「もういいって言ってるじゃないですか。それに食事中に辛気くさい話はやめましょう。」
「そうだな。」
そう言ってダニさんは静かに息を吐く。きっと重荷の一つがなくなった事の安堵が漏れたのだろう。
「さあ二人とも、まだあるからたくさん食べてね。」
ドンと置かれたシチュー鍋。本当に作りすぎたんだな。
食卓の空気も変わる。この人、配慮や遠慮は持ち合わせていないくせに、場を静める気遣いなんかは優れてる。
「鍋を使う時は量に注意しろっていつも言ってるだろ!」
「この人数分で作るのは難しいんだから仕方ないでしょ!」
「もっと小さい鍋があっただろ!」
「あれじゃ小さすぎる!あと、作ってもらっておいて文句言うな!」
言い合う二人。やり取りをみてるだけで自然と笑みがこぼれてくる。
「二人とも、仲が良いんですね。」
「こいつとは無駄に付き合いが長いから遠慮がないだけだ。」
「無駄とはなんだ無駄とは!私たちの過ごしたあの熱い日々を忘れたの?」
「やめろ!変な事を吹き込むな!」
こうして朝の時間は過ぎていく。穏やかな時間。二人が異世界から来たなんて。俺が女になったなんて嘘なように。
「さて、馬鹿話はここまでにして、昨日の続きなんだが、このあと大丈夫か?」
俺も聞きたいことがまだある。
「大丈夫です。でも始まる前に着替えってできないですか?いつまでもパジャマだと格好つかなくて。」
「着替えくらい大丈夫よ。用意しとく。なんならシャワーも浴びたら?お姉さんも付き合うよ。」
ニヤニヤしながらこの言い様だ。変なことをしようとしているな。
「シャワーくらい一人で浴びます!」
変なことも心配だが、一緒に入るのは俺のメンタルが持たない。主に男性的な面で。
「本当に?」
「はい。本当に。」
キッパリ断ってしまおう。おい。残念そうな顔をするな。
「何か困った事があったら呼びますから。」
「そういうことにしておきましょう。」
「準備ができたら言ってくれ。」
ダニさん一足先にご退出。
俺もシャワーを浴びちゃおう。
「軽くシャワー浴びてきます。」
「あとで着替えは届けるけど、何かあったら言うんだよ。あとシャンプーなんかは自由に使っていいから。」
「わかりました。」
心配なのか欲望なのかわからんな。
さて、風呂場に来たはいいが困ったぞ。自分の裸が恥ずかしい。女の裸なんて見たことないしな。それと、ここに来てもう一つ問題が。
「トイレ行きたい。」
どうしよう。言い切った手前、リサさんには頼りたくない。それにトイレに行けなくて困るなんて本当にお子様じゃないか。モジモジしたところで何の解決にもならない。ええい。もうどうにでもなれ。
「シャワーありがとうございます。サッパリしました。あと着替えも。」
「どういたしまして。ん?顔が異様に赤いけど、どうしたの?」
「察してください。」
「そういうことね。もう歩君の体なんだから早く慣れなくちゃ。ずっと付き合っていくんだから。」
「善処します。」
「お役所みたいな言い方だね。ちょっとおいで。髪もまだ乾かしてないでしょ?乾かしてあげる。」
「そのくらいなら。」
今の俺は肩にかかる程度の黒髪だ。リサさんはそれを丁寧に整えてくれた。
「身だしなみも、ゆっくりでいいから覚えていこうか。」
「お手柔らかにお願いします。」
「無理強いはしないよ。人によって好みもあるしさ。良しできた。これで君も美少女の仲間入り!」
「自分がなってもなあ。できるのであれば美少女と仲良くする側がいいです。」
「類は友を呼ぶって言うし、歩君の回りにも美人が集まるんじゃないかな。」
「集まったら、それはそれで疲れそう。」
「贅沢な悩みですな。ひとまずは美人なお姉さんである私と仲良くしようか。」
「自分で言うんですか?」
「もちろん。自分のことを一番評価できるのは自分自身だからね。それに客観的にみても、私はそれなりに美人だと自負してる。」
「回りの妬みが怖そうだ。」
「そんなの気にしていたらキリがないよ。さあ、ダニの所に行こう。」
俺を引く手は優しく、けれども力強い。変なところもあるけれど、彼女の本質だ。
いつまでもこんな日々が続きますように。
目覚めて二日目の朝、俺は静かにそう願った。




