違和感の正体
俺はこの二人に保護された。正直信じられない事もあるがこれは間違いないだろう。でも、目が覚めてから明らかに体の調子がおかしい。
きっかけは声だった。発せられる声が俺のモノでない。一度意識してしまうと違和感しか覚えない。まるで自分の体でないように。
自身で確認はしていない。正直に言って怖いからだ。だから、彼らに説明を求める。
「体の違和感がひどいんです。これはどういう事かわかりますか?」
沈黙。この問いに二人にとも黙り込んでしまった。そんなにマズイ質問だったか。いや、巻き込んだというならしっかり説明してもらわなければ俺が困る。予想はついているが、自分が自分でなくなったのを自分で確認したくない。二人は互いに目配せをしてどちらが言うか決めているようだ。
やがて女の方、リサが意を決したように口を開く。
「もうお気づきだと思いますが、君の体は以前とは別のモノになっています。私たちにできるのはこの方法しかありませんでした。その結果、君は女性としてこの場にいるんです。」
そう告げられ、涙が溢れてきた。やっぱりか。覚悟はしていた。でも、堪えられない。お前は死んだんだと言われたも同然だ。実は生きていました、なんて言って戻っても、こんな姿では誰が『歩』だと認識できる?。性別まで変わってしまって、誰が俺を見つけてくれる?。一番の繋がりが絶たれてしまったのに。
「詳しく説明していきたいけど、これでは難しそうですね。今は休んでください。目も覚めたばっかりなんだから。」
ああ。涙が止まらない。
俺の様子を見て、話は止まってしまった。でも落ち着いて聞くのはもう無理だから仕方がないか。
「このあと食事を用意します。ゆっくりでいいので食べてください。」
「確かにショックだと思う。でも変な気は起こさないでくれ。」
二人はそう言い残し部屋から出ていってしまった。残されは俺はただひたすら泣き続けるしかできなかった。
夢を見た。
いつも通りの日常。
友人たちとバカをやるところ。
テストの点数で親に注意を受けたこと。
目標に向け、がむしゃらに練習に励んだ部活のこと。
今までの日々が走馬灯のように。
俺の物語は、人生は終わってしまった。呆気ないものだ。終わってからその事に気づくなんて。俺は俺なのに。確かにここにいるのに。
わかっている。もう、どうしようもないことは。受け入れるしかないことは。
でも、そう簡単に割れきれる事ではない。
陽はとっくに暮れている。夢の内容は目覚めとともに薄れていき、なんだか懐かしいことを見た程度しか覚えていない。ベッドの横にはとっくに冷めた食事が置かれていた。
泣きつかれたな。それにこんな状態でも腹は空くみたいだ。
皿に手を伸ばし、ゆっくりと口へと運んでいく。世界は違えど食べ物は一緒なんだな。冷めてしまったシチューはとても優しい味がした。
「こんばんは。もう落ち着いたみたいですね。」
食事を終えると、ノックもせずにリサさんが入ってきた。丁寧な言葉のくせになかなか失礼な人だ。もし俺が服を脱いでいたらどうするつもりだったんだ。
「はい。心配お掛けしました。もう大丈夫です。あと、シチュー美味しかったです。次は温かいうちに食べれるようにします。」
落ち着いたのは本当だ。泣き叫ぶことはもうないだろう。
「それは良かった。でも本当に心配だったんですよ。助けた時からこのまま目が覚めなかったらどうしようとか、さっきもあんなに泣いちゃうし。」
そう言いながら俺の頭を撫で始めた。
「恥ずかしいのでやめてください。」
顔が火照って暑くなるくらい恥ずかしい。
今まで頭を撫でられる経験なんてなかった。家族仲は良かったがスキンシップはなかったしな。あと泣き顔を見られたのも入ってる。
「良いじゃないですか。可愛いものを愛でる文化は共通ですよ?」
「男なのに可愛いなんて言われたも嬉しくありません。それに、そう簡単に受け入れられる事ではないです。」
顔を染めながら否定してみる。そしてやっぱり失礼な人だ。危ない箇所をグイグイと攻めてくる。
「確かにそうかもしれませんね。でも可愛いのは事実です。そういえば自分の姿は確認しました?」
「まだ見ていなかったです。その、怖くて。」
「せっかくだから確認しちゃいましょう。鏡もありますから。」
そう言って、俺の了承も得ずに壁際にあった姿見を移動させてきた。しょうがない。覚悟を決めよう。
「これが、俺?」
鏡の中には困った顔をしてこちらを見つめる少女がいた。
確かに可愛い。でも可愛いというよりキレイ系に育ちそうだ。これが俺なんて実感ないな。
立ち上がり、全身を見てみる。そういえば目が覚めてから立つのは初めてだ。ん?視界の高さに違和感がない。
「あの、この体って身長いくつなんですか?」
「身長?君が寝てる時に測ったら170センチだったかな?」
「デカ!」
思わず声に出てしまった。
前の俺とほとんど変わらないじゃないか。むしろ2センチほど伸びてる。14歳にしては大きい方だったのに。
「肉体的な年齢は元の君と変わらないはずだから、まだまだ大きくなるかもね。」
体は細いのにこの身長。かなりスタイルが良いくなるな。胸は年相応な感じだけど。
本音を言えば愛でる方でいたかった。男だったからな。あの視線は受けたくない。
「すごいですね。この体。」
「特別製ですから。」
うん?特別製ってなんだ?ポロッと重大な事を言わなかったか?そんな言葉を使われると不安になるぞ。
「それについてはダニから聞いた方がいいかな?彼の方が詳しいし。」
おいおい。やっぱりまだ何かあるのかよ。これはとんでもない事実が露見しそうだ。
「そういえばダニさんは何しているんですか?もう落ち着いたのでさっきの続きをしてもらっても良いんですが。」
「それが一人でどこかに出掛けちゃったんですよ。『泣いている女は苦手だ』なんて言って。ヘタレだよね。私たち二人の責任なのに。」
ヘタレとはヒドイ言い様だが納得だ。そんなメンタルで重要な任務が勤まるのか。
でも苦笑しながら話すリサさんの顔はどこか満足そう。彼にこの場を任された事が嬉しいのだろうか。
「信頼されてるんですよ。リサさんなら大丈夫だろうって。」
「どうだろうね。単純に面倒だからって線が濃厚。」
そう微笑む彼女の言葉は、いつの間にか砕けてきた。
「私たちの事を聞くのも良いけどさ、君の事も教えて欲しいな。実を言うと名前も知らないんですよ。」
「え?調べたりしてないんですか?てっきり荷物や、この世界のネットワークから身元の割り出しくらいしていると思ったんですけど。」
「それが荷物については全滅でね。ネットワークからの情報はこちらの設備がまだ整ってないから得られなかったの。てな訳で君は今まで名無し君だったんです。そろそろ自己紹介をお願い!」
「そうだったんですか。では改めまして。高嶺 歩です。よろしくお願いします。」
「歩君か。よろしくね。」
そう言って差し出した手を握り返す。
君づけなのは、一応気を使ってくれたからかな。
「でも、この名前はもう使えませんね。」
「確かに名乗るのは難しいかもね。でもその名前は両親からもらったモノだから大切にしないとダメですよ。」
「はい。これ以上、自分を失いたくないですから。」
俺は決意する。これからどう生きていこうと俺の事を忘れないように。
「うん。誰が何と言おうと君は歩君だ。君が歩君でいられるように私たちもサポートする。」
「それは心強いですね。」
「お姉さんに任せなさい!」
それからは色んな事を話した。
家族のこと。生まれ育った町のこと。友達のこと。できたこと。できなかったこと。
彼女はずっとそれに付き合ってくれた。時には思い出に涙ぐむ時もあったが、優しく励ましてくれた。
「今日はもう終わりにしようか。今日だけで色々あったから歩君も疲れたでしょ?」
時計を確認するとすでに0時を回っていた。言われると急激に眠くなってきた。ほとんど寝ていたはずなのにな。
彼女は微妙な雰囲気を感じとって提案してくれたのだろう。
「お休みなさい。明日からもよろしくね。実を言うと、私たちからも話したい事はまだあるんです。」
「お休みなさい。覚悟しときます。」
明かりが消えるとほぼ同時に俺は再び眠りについた。




