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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

エレメンタリー(elementalee)ーー精霊使われ

作者: 匡裄


 王都にある冒険者ギルドの本部で、一人の少年の噂が広がっていた。

 その少年の名はウーユ。現在16歳の彼は、辺境都市ティメソールに登録し、すでにBランクの冒険者になっていた。

 稀な出来事ではあるが、あくまで稀な出来事であって、今まで無かった事ではない。後に英雄などと呼ばれた者の中に、似たような事があったのは確かであり、逆に、不正を持って同じ事をした輩がいたのも確かであった。

 だが、ギルド本部に広まる彼の噂はそう言った類いの物ではない。彼の持つ、あり得ない能力に対しての物であった。


 エレメンタラー(elementaler)、精霊使い。精霊と心通わす希少な存在。地水火風いずれかの精霊の力を借り、通常の魔法より強力な魔法を使う者達。

 精霊どうしの間には相性があり、火と水は仲が悪く、地と風もまた仲が悪い。故に使える属性は2種類まで、と言うのが定説であった。

 覆されたのだ。

 彼、辺境都市ティメソールの16歳の少年によって。

 4属性の精霊魔法を使う、唯一無二のエレメンタラー。


 だがそれは誤りであった。

 彼は4大精霊達の力を借りるエレメンタラーではない。

 彼は4大精霊達に力を使われる存在。

 エレメンタリー(elementalee)、精霊使われである。



 辺境都市ティメソールのギルドに続く大通り、その道を僕は4人の幼女と共に歩いている。

 共に歩いているとは言っても、実際歩いているのは僕一人であり、彼女達は僕が運んでいると言っていい。

 左腕で1人を抱え、右肩に担いだ精霊樹の木の棒、棍に2人がぶら下がり、左足に1人がしがみついたまま歩いているのだ。

 身長は1メートルに満たない程であり。体重は15キロも無いくらい。3歳児程の体型とは言え、流石に4人も運ぶのは通常であれば大変らしいが、僕にとってはこのくらい、どうと言うこともない。と言うか、そういう風に彼女達に育てられたのだ。


 彼女達は人間では無い。いわゆる精霊と呼ばれる存在だ。

 左腕に抱えているのは、青い髪を肩の辺りで切り揃え、青い瞳に青いワンピースを着た、水の精霊ウンディーネのトレリ。

 右肩に担いだ棍の背中側にぶら下がり、2人でキャッキャとはしゃぐ内、赤い髪を肩の辺りで切り揃え、赤い瞳に赤いワンピースを着ているのが、火の精霊サラマンダーのヘキナで、緑の髪を肩の辺りで切り揃え、緑の瞳に緑のワンピースを着ているのが、風の精霊シルフのヤチル。

 そして左足にしがみつき、茶色い髪を肩の辺りで切り揃え、茶色い瞳に茶色いワンピースを着ているのが、地の精霊ノームのシャロ。


 彼女達は僕の家族だ。父母のように育ててくれて、兄弟姉妹のように遊んでくれた。

 僕に両親の記憶は無い。生まれてすぐに捨てられ彼女達に拾われたのだ。

 人里離れた森の奥、15の年になるまで色々なことを教えてくれた彼女達に、僕は感謝の念しかない……筈だった。

 だが、1年前にこの街に来て、あることに気付いてしまったのだ。


 どうやら僕はおかしいらしい。

 一般的な常識に当てはまらないらしいのだ。


 まず職業からしておかしいらしい。

 エレメンタリー。

 冒険者ギルドでギルドカードを作った際に、職業欄に現れたそれを見たギルド職員に、そんな職業は見たことも聞いたことも無い、と言われてしまった。

 因みにこの職業は、ギルドカードに魔力を流すと勝手に現れるものであり、その人がそれまでどういう生き方をしてきたかによって決まるものらしい。


 そして精霊4人を常に実体化させておける程の膨大な魔力。

 一般的には、半日も実体化させておけば魔力枯渇でぶっ倒れるものらしい。


 さらに、4属性の精霊が一緒にいることがあり得ないと言う。

 常識に当てはめれば、火と水は仲が悪く、地と風は仲が悪い。なのに彼女達は、当たり前のように仲が良い。

 だからであろう、先の魔力のことと合わせ、彼女達が精霊であると認められるまで、多少時間がかかってしまったのは仕方が無いことなのかも知れない。


 そして最後のこれが僕としては一番不本意なことなのだ。

 化け物の如き身体能力。

 …………誰が化け物なんだ!

 ちょっと力が強くて、足が速くて、打たれ強いだけなのに!

 思い出しただけでも鼻息が荒くなる。ふん!


「どうしたの?」


 左腕に抱えるトレリが、僕の顔を見ながら青い頭を、こてんと傾げる。


「ああいや、何でもないよ」


 どうやら本当に鼻息を荒くしていたらしい。


「何でも無い事はないでしょ、言ってご覧なさい」


 トレリはこういう、心の機微に鋭い所がある。


「いやほら、僕の事を化け物呼ばわりする人がさ、たまにいるじゃん」

「うん」

「ちょっと納得いかないかなあ、って思って」


 すると突然、背中に軽い蹴りが入れられた。


「何言ってんだ! 当たり前だろう! そういう風に育ててやったんだから!」


 えっマジ! とトレリを見ると、その顔には薄い笑みが浮かんでいた。


「えっ何? 僕を化け物にしたかったの?」


 驚愕の事実発覚。なんて奴らだ。

 右肩に担いでいた棍から少し重さが消え、次の瞬間その重さが両肩に襲い掛かってきた。


「きゃはははは! 化け物! 化け物!」


 ヤチルが肩車の状態で、楽しげにペチペチと頭を叩きながら言う。


「マジかよ……」


 何だろう、何かちょっとだけ……ムカツク。


「あれ? ウーちゃん怒った?」


 そりゃそうだろう、何処の世界に化け物呼ばわりされて喜ぶ奴がいるんだ! などと思っていると棍から重さが消え、右腕の中にヘキナが舞い込んできた。

 僕は棍を手放しヘキナを抱き止め、ヘキナは僕が手放した棍を受け止める。


「おいおい勘違いするなよ、そういう風に、ってのは化け物呼ばわりされるように、って事じゃねえからな」

「じゃあどう言う事?」

「出来るだけ強く育てる、って事よ」


 トレリが人差し指で頬を突いてくる。


「ウーちゃん弱っちかったからなあ」


 ヤチルが頭をペチペチ叩く。


「人間の限界にチャレンジ、ってやつだな」


 ヘキナが拳で頬をグリグリしてくる。


「はあ? 何それ? 何にチャレンジさせられてるの僕!」


 まさかそんな理由であんな死にそうな目にあわされていたなんて……


「ウーユさん、あまり小さいことは気にしない方がいいわよ」

「気にするよ! 命がけだよ! 小さくないよ!」

「小さい小さい、チービ、チービ」

「誰がチビだゴラァ! まだ160センチ無いけどこれから伸びるんじゃボゲェ!」

「反抗期か?」


 ヘキナが手の甲で胸を叩く。


「ツッコミ! えっツッコまれたの僕!?」


 3人とギャイギャイ言いあっていると、突然左足に痛みが走った。どうやらシャロが僕の足を蹴ったみたいだ。


「……死ぬの?」


 ポツリと呟くような、しかしよく通る澄んだ声が聞こえてきた。

 

「あっいえ、すいません……文句ないです」


 僕の中の熱いものが、一気に冷めていくのが分かる。

 シャロは満足したのか薄笑みを浮かべ、僕の太ももに頬を押しつけ黙ってしまった。


「ねえウーユさん?」


 トレリが訝しげな表情で聞いてくる。


「ん?」

「シャロさんにだけ甘くない?」

「えっ、甘い? どこが?」

「えこひいきえこひいき」


 ヤチルが僕の髪の毛を引っ張る。


「ちょっ、ヤチル、痛い痛い、って言うかハゲる!」

「確かに、シャロの言うことにだけは文句を言わないよなオマエ」


 ヘキナにジロリと睨み付けられ、冷や汗をかきそうになる。


「そんなことは無いだろう……たぶん」


 と言うが、実は4人の中で一番苦手なのはシャロである。苦手と言うよりも怖いと言ってもいいかもしれない。


 4人の中で一番無口で、一番甘えん坊のシャロ。

 いつもシャロが足にしがみついてくる為、ズボンがずれないよう、今僕が着ている服は上下が一体式になった、ツナギと呼ばれるちょっと変わった物であった。

 足にしがみつかれたまま歩くというのは何気に歩きにくい、なので一度、普通に歩いてくれる? と聞いたところ、次の瞬間僕は土の中に埋まっていたことがあった。


 なので僕は逆らわない。逆らえない。

 生きたまま土の中に埋められるのはもう嫌だから。



 ギルドに着いたとたん4人は僕の体から離れ、依頼掲示板に向かいステテテーと走って行く。

 辺境ゆえに、ギルドの建物は大きく広い。

 都市の外には狩り尽くせない程のモンスターがうろついている為、冒険者の数は増えていき、質も必然的に上がっていく。

 冒険者にはランクがあり、Gから始まり、頂点であるSSSまで全部で10段階に分かれている。

 この街で一番多いランクはDであり、次いで多いのがCである。

 さらにパーティーランクというのが存在しており、パーティーで同じランクの者が5人以上いる場合、1つ上のランクの依頼を受けることが出来るのだ。


 因みに僕はBランクなのだが、何故かAランクの依頼を受けて良いという許しを得ている。

 精霊である彼女達の存在が原因だと思っていたのだが、どうやら僕個人でAランクの依頼を受けても良い、と言う事らしい。

 ならば僕をAランクにしてくれれば話は早いと思うのだが、話はそんな単純な事ではないらしく、ギルド本部の方で、どうやら僕という存在に対し思う所があるらしいのだ。

 ギルドマスターからは、その内王都のギルド本部に呼び出されるかも知れないから覚悟しといてくれ、と言われている。

 何の覚悟をしろというのかさっぱり分からん。


 まあそんな訳で、僕は今Aランクの依頼を探している真っ最中なのだ。


「あっそうだ、ウーユさん」

「はい?」


 トレリが袖をツンツンと引っ張る。

 彼女達の身長は僕の腰辺りまでしかないので、こういう時は僕がしゃがむのが当たり前になっている。


「今日の依頼はウーユさん一人で行って欲しいのだけど」


 何! 1人!


「スラムに行くのー!」

「スラム……ああ、なる程」


 スラムのゴロツキを僕が5人程ぶちのめしたのが始まりで、名前は忘れたが、何か危ない組織の偉い奴がいたんだよなあ。

 たしか3日くらいでその問題も解決して、今はスラム再生計画実行中、とか言ってたな。


「スラム再生計画ってやつ?」

「ああ、1から性根を叩き直して、一端の冒険者にしてやろうと思ってな」


 おお、ヘキナが燃えている。


「調教だー!」

「バカ!」


 ヤチルの口を、ヘキナが咄嗟に塞ぐ。


「……調教?」

「……死ぬの?」


 シャロがジト目で僕を見る。だが。


「シャロ……流石にそれは無理がある」


 ジト目で返したら、頬を染めそっぽを向いてしまった。


「大丈夫よ、そんな大袈裟なことはしないから」


 彼女達が僕にしてきたことを考えると、大丈夫だとは思えないのだが……


「まあ良いよ、今より悪くなることもないだろうから信じるよ」

「ふふふ、任せなさい」


 ぶっちゃけ、今の僕にはスラムのことなどどうでも良かった。

 今僕の胸を占めるのは、1人で行動できる、という事だった。


「よしっ! じゃあ早く依頼を決めるか!」


 あっ、どうしよう、ワクワクが止まらない。



 僕は今、西の森の中を1人でのんびりと歩いている。

 今日受けた依頼は、魔犬ガルムの群れの討伐。依頼ランクはもちろんAだ。

 魔犬ガルム自体のランクはBなのだが、群れを作ったガルムのランクは1つ上がりAとなる。

 冒険者がパーティーを組むと、ランクが1つ上がるのと同じ理屈らしい。


 だが今の僕にはそんなことはどうでもいい。

 1人なのだ! 自由なのだ! 羽を伸ばせるのだ!


「ふんふ♪ふんふ♪ふ~ん♪」


 思わず鼻歌が飛び出しちまったぜい。

 彼女達と討伐する際、僕に自由はない。

 彼女達に言われるままに動き、彼女達の言われるままに彼女達に魔力を送る。

 それがこの僕、エレメンタリーの仕事だ。


 浮かれるのは一時中止だ。

 魔力感知に、多数のBランク程の魔力を感じた。

 気配を消し、風を読み、風下から足音を忍ばせ、木の陰に隠れながら魔力の元に向かう。

 ……いた。

 群れの数は10匹程と聞いていたが、倍の20匹程いるみたいだ。

 おっと、一番近くにいる奴に気付かれるところだった。いったん距離を取って作戦を考えるか?

 いや、ここは一気にけりを付けた方がいいだろう。Aランクの依頼とは言え、単体ではBランクのガルムだ。

 注意点は、鼻の良さと恐るべきスピード、鉄を切り裂く爪と鉄をかみ砕く牙……うん、問題ないな。


 僕は、着ている精霊樹のツナギと精霊樹の棍に魔力を流す。ツナギの防御力が上がり、棍の攻撃力が上がる。

 木の陰から飛び出し、20メートル程の距離を一気に詰める。

 驚いたガルムが体勢を整える前に、棍を振り下ろし頭蓋を砕く。

 手応え十分!

 左右に薙ぎ、同じく体勢を整えきってない2匹を殺す。

 さらに背後から襲ってきたやつを、後ろ突きで殺す。

 目から入り後頭部に抜けた棍を引き抜き、構え直し息を吐く。

 目の前で殺したガルム達が、魔石を残し塵に帰る。


 すでに他のやつらは体勢を整え、こちらを威嚇するように唸り声を上げている。

 4匹か……もう2匹くらいはいけると思ったんだが。

 いまいち納得していない僕の事など知ったこっちゃないとばかりに、残りのやつらが一斉に襲い掛かってきた。

 気合いを入れ直すように、棍を持つ手に力を込める。


 襲い来るガルムを棍で捌く僕。

 一撃で殺そうとせず攻撃を捌くだけで、ガルムの動きは目に見えて悪くなっていく。

 武器を持たないやつらの攻撃は、己の身である爪と牙しかない。しかも僕が持つのは、鋼の剣でさえ叩き折る精霊樹の棍だ。ダメージが入るのは必然のこと。

 後は特に動きの悪いやつに止めを刺せばいいだけだ。

 依頼完了までもう少し。

 ああ、せっかくの1人がもうすぐ終わってしまう。



 昼時を過ぎた時間帯、僕は今ティメソールの街に戻って来ていた。

 依頼が早く終わり、森の中で夕方近くまでサボっていようと思っていたのだが、何か妙に落ち着かず、気付けば街に向かって歩いていたのだ。

 まあ帰ってきたのは仕方がない、取り敢えずギルドに依頼完了を報告して、彼女達の所に行ってみるか。

 そんなことを思いながら大通りを歩いていると、町中に大きな声が鳴り響いた。


「冒険者の諸君は全員ギルドに集合してくれ! 繰り返す! 冒険者は全員ギルドに集合だ!」


 街に設置されている魔道具、スピーカーからギルドマスターの、焦ったような声が聞こえてきた。

 大通りを歩く人達も何事かとざわつき始める。

 全員集合であるならば、皆と一緒に行った方がいいかな? と思ったので、ギルドに向けていた足をスラムに向ける。


 

 ギルドに入ると、大勢の冒険者達が既に集まっていた。

 いつもであれば騒がしく、馬鹿笑いの声などが聞こえてくるのだが、今は何故だか妙な緊張感が走っていて、その顔は暗く、重く思い詰めたような顔をした人達が多数いた。

 ギルド職員もいつものカウンターではなく、こちら側に出て来て、緊張した面持ちで事の説明に当たっていた。


「北の山でモンスタースタンピードが発生したとの報告を受け、現在その規模を調査中です」



 モンスタースタンピード。辺境都市ティメソールの北の山で、数年に1度発生するモンスターの大量集団暴走現象。

 2、3年に1度発生するその現象は、ここ7年ほど発生しておらず、1年前にこの街に来た僕にとっては初めてのことだった。

 話には聞いたことがある。平均ランクBの1000近い数のモンスター達が、目を赤く血走らせ、山から街に向かって来るのだと言う。

 軽微な傷など意に介さず迫り来るそれは、悪夢以外の何ものでもないと、その時の怪我が原因で冒険者を引退した肉屋のおっちゃんが、身震いしながら語ってくれたのを覚えている。

 だからなのだろう、暗く思い詰めたした者達に前衛職の者達が多いのは。


「ヤチルさん、シャロさん」


 いつも笑みを含んだような喋り方をするトレリが、珍しく真面目な口調で2人を呼んだ。


「調べてきて貰えるかしら?」

「うん、いいよー」

 こくん。


 トレリの態度に不安を覚えたが、ヤチルとシャロのいつもと変わらない態度に、少し安堵する。


「じゃあウーちゃん、言ってくるねー」


 そう言い手を振る2人の姿が、ふっ、と消えてしまった。

 実体化を解くことで彼女達は、あらゆる所に瞬間的に移動することが出来る。

 便利なもんだなあ、などと思っているとギルドの入り口から、高そうな鎧を着た5人の集団が入ってきた。


「領主様、お待ちしておりました」


 階段から降りてくる、これまた高そうな鎧に身を包んだ、すらりとした体躯の身長180センチ程の美中年。彼がここのギルドマスターである。


「で、どうだ?」


 ギルドマスターより少しだけ背は低いが、体の厚みはこちらの方が圧倒的、厳つい顔の、しかし決して不細工ではないこのおっさんが、この街の領主様であるらしい。

 初めて見た。


「現在調査中です。まもなく戻ってくると思うので、もうしばらくお待ち下さい」

「分かった」


 領主様が腕を組みギルドの入り口を見ると、ギルドマスターがその後ろに控え、その左右に、一緒に来た人達が領主様を守るように並び立った。

 むっ、何かちょっと格好いいな。


 待つこと暫し。


「たっだいまー」


 突然目の前に現れたヤチルとシャロを咄嗟に抱き抱える。と、同時に1人の女性がギルドに駆け込んできた。


「大変です!」


 あっ、あの人はAランク冒険者、風と火の精霊を使うエレメンタラーのレヴィネールさんだ。

 よほど慌ててんのか、いつも綺麗に整えている髪の毛が、今は少し乱れている。


「どうであった」


 領主様の言葉を受け、ギルド内に緊張が走る。


「おびただしい数のモンスターが溢れかえっています」

「して数は?」

「……10000くらいかと思われます」

「なっ! 10000!」

「さらに申し上げれば、山頂付近にドラゴンの姿も確認しています」

「ドラゴン!」


 ざわつきが爆発した。

 あちこちから聞こえてくる、10000やドラゴンの単語。

 顔に浮かぶは濃厚な絶望。


「マジ?」


 ヤチルに問い掛けてみる。


「うん、マジ」


 げっ、ヤチルが真面目な顔をしている。

 大マジじゃん。


「10185匹」


 唐突にシャロが正確な数を教えてくれた。


「マジかあ……」


 抱き抱えた2人を下ろしながらしゃがみ込み4人を見た。


「どうする?」


 流石の4人も腕を組み首を傾げている。

 普段であれば癒やされる光景ではあるが、流石に今はそれどころでは無い。


「あっ!」


 何かを思いついたのか、ヘキナがそう声を上げた。


「ウーユ、悪いけどちょっと4人で相談させてくれ」

「わ、分かった」


 ヘキナの思い詰めた強い口調に、ちょっとたじろいでしまった。

 何だろう? あまり危険なことはして欲しくないんだけど……

 立ち上がり領主様達の方を見ると、向こうもどうすれば良いのか思い悩んでいる様子が見受けられる。

 そりゃそうだろう。ドラゴンなんて最低でもSランクなんだから。しかも会話の中に、ワイバーンやグリフォンなんて、Aランクモンスターの名前まで聞こえてくる。

 一通り報告を終えたレヴィネールさんが、僕の方に歩いてくる。


「ウーユ、ちょっと良いかしら」

「はい、何でしょう?」

「一緒に来てもらえる?」


 僕はちらりと4人を見ると、彼女達は僕に聞こえないように何かを相談し合っているっぽい。


「分かりました」


 もうしばらくかかりそうなので了承したが、何処に連れて行かれるんだろう?

 レヴィネールさんの後について歩いて行くと、真っ直ぐ領主ギルマスコンビに向かっていった。

 ああ、まあ、そうだよな。たぶん、何とか出来るのは彼女達くらしかいないもんな。


「お連れしました」


 領マスコンビが僕に近づいてくる。


「ウーユ、こちらは」

「紹介も挨拶も良い。今は時間が惜しい」

「分かりました」


 頭を下げるギルマス。

 おおう、領主様だいぶ焦ってらっしゃる。


「単刀直入に聞く。この状況、どうにか出来るか?」

「えっとー、ちょっと待ってもらえますか? 彼女達が」


 と言って振り向くと、彼女達が笑顔で、ステテテテーとこちらに走ってくる姿がみえた。


「ああ、どうやら何かあるっぽいです」

「本当か!?」


 領主様に背中を向けしゃがみ込み、両手を広げて彼女達を受け止める。


「どう? 何とかなりそう?」

「ああ、たぶん何とかなるぞ」


 ヘキナの言葉に、おお、とどよめきが沸き起こる。


「ただし、領主様とウーユさん、貴方たち次第よ」



 今僕は、街と山の中間辺りの場所に来ている。


「ここで良いわ」


 僕の頭の上の方から、女の人の綺麗な声が聞こえてくる。

 僕の右側に寄り添うように立つのは、身長180センチの、腰まである青い髪に青い瞳をした、青いショートパンツを履き、ヘソが見えそうな青い服を着た、無駄にでかい乳と尻をした、大人バージョンのトレリであった。


「ああ、ここなら何とか山の全景が見えるな」


 左側に寄り添い棍を持って立つのは、トレリと同じく、しかし赤い大人バージョンのヘキナである。

 彼女達が言うには、100%の力を使うにはこの、大人バージョンの姿にならなければならないらしい。……何でもありだな。

 これからやることの条件として、山の全景が見えること、と言うのがあるらしく、だからと言ってあまり遠すぎても良くない、と言うのもあるらしいので、この地点に来ることになったのだ。


「ん~、着いたあ?」


 背中に背負っているのは緑の大人バージョンのヤチルで、お姫様だっこをしているのは茶色の大人バージョンのシャロである。

 体力的には問題ないのだが、流石に人目のあるところでこれをやると、男の人達に殺されそうな目で見られるから、人目のあるところでだけは止めて欲しいと思う。


「下ろすよ」

「……もうちょっと」


 シャロが、ムフーと鼻息荒く嫌がる。

 喜んでいるっぽいのだが、流石に今はそんな場合では無い。かと言って僕に何が出来る訳でも無いため、チラリとヘキナに目線を送る。


「おらシャロ、そんな場合じゃねえだろ?」


 ヘキナとシャロの視線が絡み合い、シャロが観念したようにこくんと頷く。


「じゃあ下ろすね」


 シャロを下ろし、背中のヤチルも下ろそうとしたのだが。


「私は降りるとは言ってなーい!」


 大人バージョンでも相変わらずなヤチルだ。


「……死ぬの?」


 シャロよ! 何故僕に言う!

 パンパン、と手を叩く音が聞こえた。


「遊びは終わり、そろそろ真面目モードになりなさい」


 トレリの言葉に、背中から降りたヤチルと、シャロの顔付きも真面目なものになる。

 大人バージョンやら真面目モードやらお忙しいことで。


「ウーユさん、貴方もよ」

「……ごめんなさい」


 そうでした。これからやるのは初めての試み。

 成功確率は80%ぐらいで、最悪の場合、僕の体がバラバラに吹き飛ぶこともあるらしいのだ。

 トレリが僕と領主様次第と言った僕の分は、命を賭けなければならない、と言う事だったのだ。

 因みに領主様の分はと言うと、地形が変わるかも知れない、と言う事だった。


「構わん!」


 まさに鶴の一声。

 領主様かっけーッス!


「……ウーユさん」


 あっやばっ! そんなことを思い出していたら、トレリに睨まれちゃった。


「おいウーユ! お前本当に真面目にやれよ!」


 ヘキナにまで怒鳴られちゃった。


「ウーちゃん、ちゃんとやらないと本当に危ないよ」


 えっ、ヤチルにまで真面目に怒られた! ちょっとショック。


「……死ぬの?」


 いつもと変わらないシャロに、ちょっと安心。


「大丈夫だよ。皆失敗するなんて思ってないでしょ」


 僕の言葉に頷く4人。


「じゃあ問題ないよ、僕なら出来ると、大丈夫だと信用してくれたのなら、僕は皆を信頼する……僕はエレメンタリーだから、僕が信頼する皆に、信用を持って使われるんだ。失敗なんかする筈ないよ」


 僕の言葉に、4人はそれぞれ違う反応を見せてくれた。

 トレリは優しく微笑み。

 ヘキナは照れ臭そうにそっぽを向き。

 ヤチルは嬉しそうに、ニパッ、と笑い。

 シャロは恥ずかしそうに俯き、モジモジしている。

 日がだいぶ傾き、西の森に太陽が沈まんとしている。


「さあ! とっとと終わらせて、豪華な夕食でも食べよう!」

「はい!」

「おう!」

「やったんぜー!」

 こくん!


 4人の返事を聞き、ヘキナが持っていた精霊樹の棍を受け取る。


「頼んだよ」


 棍を額に当て呟くと、ほんのり温もりを感じた気がした。


 着ているツナギの上半身を脱ぎ袖を腰で縛り、上半身裸の状態になる。

 棍の端を両手で握り、逆端の先端を山の上空に向ける。

 4人がそれぞれ僕の両側に立つ。

 右肘の辺りを、水の精霊ウンディーネのトレリが触れる。

 左肘の辺りを、火の精霊サラマンダーのヘキナが触れる。

 右肩の辺りを、風の精霊シルフのヤチルが触れる。

 左肩の辺りを、地の精霊ノームのシャロが触れる。


「いきます!」

「いくぞ!」

「いっくよー!」

「いく!」


 4人の合図と共に体内から大量の魔力が吸い取られ、変質された魔力が体内へ流れ込んでくるのをかんじる。

 それを僕が上手くコントロールし、棍を通し、山の上空に放出する。

 すると放出先の山の上空に、青赤緑茶のマーブル模様の、巨大な魔方陣が描かれていく。

 体内から魔力を大量に吸い取られる虚脱感に、膝が折れそうになるのを耐え続け。

 体内に流れ込んでくる、変質された魔力同士が反発しないようコントロールし続け。

 棍から放出される魔力が、暴れず真っ直ぐ進むように押さえ続ける。


「ぐうっ!」


 きつい!

 あとどの位続けなきゃならないんだ!

 少しでも気を抜けば、体内で魔力が暴発しそうだ。

 そして理解する。

 その暴発は4人を巻き込むことを。

 させない!

 それだけは絶対に!


「頑張って! もう少し!」

「気合い入れろ! オラァ!」

「ウーちゃんファイトー!」

「……死なないで」

「まかせなさいっ!」


 マーブル模様の魔方陣が、その光と大きさを増していく。

 魔方陣の大きさが山のそれと同じになった。


「みんな離れて!」


 体内の変質された魔力を全て放出し、残った僕自身の魔力を棍に流し込む。

 あっマズイ!

 残った魔力全部を棍に流し込んでしまい、魔力枯渇状態で意識が飛びそうになる。

 魔力枯渇状態になる前に放て、と言われていたのに。

 ヤバイ! どうしよう!


「魔力が無ければ気力を使え」


 思い出される言葉。

 歯を食いしばり、身体中に気力をみなぎらせる。

 手に持つ棍に意識を集中する。


「だああああああああああ!」


 気合い一閃!

 棍に込めた魔力を放つ!

 握り締めた棍が砕け散る感触が手に伝わる。

 瞬間、有り得ないほどの光量を放ち、轟音と共に巨大な、青赤緑茶の混ざり合った光の柱が山に落ちた。


「どうわっ!」


 爆風にさらされた僕の体が、地面に叩き付けられながら吹き飛ばされる。

 地面に叩き付けられ激痛の走る体を、柔らかく温かい何かが受け止めてくれた。

 僕の意識はそこで飛んだ。



 心地よい揺れと温もりとニオイを感じ、意識がゆっくりと覚醒していく。


「目、覚めた?」


 優しげなトレリの声が、右から聞こえる。


「おいウーユ、ありゃやり過ぎだぜ」


 呆れたようなヘキナの声が、左から聞こえる。


「すごかったねあれ! 5人揃えば無敵だね!」


 はしゃぐヤチルの声が、後ろから聞こえる。


「……死ぬの?」


 感情の込もらぬシャロの声が、すぐ側から聞こえる。

 どうやら僕は今シャロに背負われ、皆に囲まれている状態らしい。

 今のこの状況も気になるが、それよりも気になる事がある。


「モンスタースタンピードは?」


 魔法は上手くいった。いき過ぎたくらいだ。


「問題ないわ、全滅よ」


 そうか、良かった。


「いや、問題なくわねえだろ?」


 えっ?


「あんなデッカイ大穴開けて、大丈夫なのか?」


 デッカイ大穴?


「大丈夫でしょ。地形が変わっても構わない、って言質はとってあるから」

「そっか、ならいっか」


 トレリとヘキナのやり取りに、何かやな予感がする。

 次の日分かったことだが、山があった筈の場所に、山と同じ大きさの底が見えない大穴が開いていたのだ。


「シャロ、自分で歩くから下ろしてくれる?」


 シャロは首を横に振り、僕を背負ったまま歩き続ける。


「流石に今日は甘えておきなさい」


 トレリの手が、優しく僕の方に置かれる。


「そうだぜ、教えてもいない気力を初めて使ったんだ、まともになんか動けやしねえよ」


 ヘキナの手が、優しく頭を撫でる。

 んっ? って言うか、何だその、気力は魔力の仲間、みたいなニュアンスは?


「えっ? でも昔、魔力が無ければ気力を使え、って言ったよね?」


「ああ……まあ、その辺の事はまた今度だ」


 頭をクシャシャと撫でられる。

 むっ、子供扱いされてる気がする。


「ねえ、早く帰ろうよー。もう眠ーい」


 ヤチルは相変わらずだ。


「そうね、早く帰りましょ。明日からは大穴の調査もあるし」

「えっ? マジ?」

「ったりめえだろう、魔石だって回収しなきゃならねえんだ」

「……底見えないんだよね?」

「うん。でもシャロちゃんが10000メートルくらいだって言ってたよ」


 10000メートル!

 シャロがこくんと頷く。


「はは、そりゃ大変そうだ」


 大変そうだが問題ない。

 彼女達がいれば、何も心配は無い。

 僕はエレメンタリー。

 僕の信頼する彼女達に、信用を持って使われる者だから。



「あっ、そう言えば。豪華な夕食でも食べよう、って言ったよね?」

「…………もう食べた」

「おい!」




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