ブルースカイ
「どうして空は青いの?」
「は?」
「だから、どうして空は青いの?」
俺は別に、聞こえなかったから聞き返したのではない。
「お前。この状況でよくそんなことが言えるな」
「この状況だから言うんだよ。死ぬ前に後悔をなくしておけってね」
「死ぬって決めつけてんじゃねえよ」
俺たちの周りには、疲弊した多くの兵士。夢も希望も見えない。いつまでこの戦いが続くのかも分からない。
きっと俺も同じような顔をしているのだろう。
だけど、目の前の友人だけは違った。
「日向、また頭の中で色々考えてるんだろう。お前の悪い癖だぞ」
「お前が考えさせているんだろうが。毎度毎度、訳の分からない質問ばっかりしやがって」
軍隊に入る前から知り合いのこの変人。もとい、友人。昔から、幼稚園のガキのような質問をしてくる。
どうして指は5本あるの、だの。どうして血は赤いの、だの。知るかっていうんだ。
「日向は愚痴を言いながらも答えを出してくれるから優しいよね」
この戦場で、こんな無垢な顔をして笑えるのはこいつくらいだ。
「はあ。今回は、何がきっかけだ」
こいつの疑問を喚起させやがったものは何だ。
「さっき亡くなった新兵の子の夢がね、飛行機乗りになることだったんだって。でも、適正試験に通る前に戦場に出されて、流れ弾にあたって死んだんだ」
もうずいぶん前から、ここでは死が当たり前になった。知ってるやつが死んでも、涙すら出てこない。こいつが死んだら、俺は泣けるのだろうか。
「皮肉だよね。ちょっと先に生まれた僕らが、別に望んでいたわけでもないのに飛行隊に配属されて。夢を持った後輩が飛行機に乗る前に死んでいく。あの子はもう、青い空を飛ぶことは出来ないんだ」
「仕方ねーだろ。死んでいったやつらの夢にいちいち同情してたら、俺らは戦えない」
「分かっているよ」
その言葉は、強がりではないだろう。こいつだって、俺と同じくらい死に直面してきた。
「僕はその子が空に夢を持つ理由は分からない。だから空のことを知れば、その子のことが分かるんじゃないかと思うんだ」
「空が青い理由を説明したところで、お前は空を飛びたいと思えるのか?」
「分かんない」
あっけらかんと言い放ったこいつに、軽く怒りを覚えた。
「お前な…。死んだそいつにとって、空は夢の象徴だったはずだ。俺たちが飛ぶ空のことを理解しても、そいつのことは永遠に理解できないさ」
「でもさ、僕は…」
「日向! 吉良! 出撃準備だ!」
隊長の声に遮られた吉良は、大して気にせずに立ち上がった。
「だってさ。行こうか、日向」
「吉良。死ぬなよ」
「気づいてたの?」
無垢な笑顔を浮かべていた吉良の表情が初めて歪んだ。
「何年つるんでると思ってんだ。お前、死んだそいつが羨ましかったんだろ」
「戦場に両足突っ込んでいる僕には、空は死に場にしか思えない。その子の代わりに、僕が死ねば良かったんだ」
夢も希望も持てないほど戦場に染まった俺らに、死んでいったそいつの気持ちは理解できない。
「お前は、バカか」
「え?」
「理解しなくても、覚えていてやることはできる。そいつのことを、そいつの夢を、生きているお前が覚えていてやれ。心に残しておいてやれ。一緒に、空を飛んでやれ」
「生きている僕が…」
吉良の顔に、決意の色が浮かんだ。
「空に死に場を求めるな。生きるために空を飛べ。死んでいったやつらのために、お前はこの戦場を生き抜け」
それが、生き残っている俺たちにできることだ。
「生き抜いたら、空が青い理由が分かるかな」
ガキっぽい笑顔を浮かべた吉良に力が抜ける。
「とりあえず、今日を生き抜いたら俺が教えてやるよ」
俺たちは今日も、青い空を生き抜く。




