妹がファザコンになって帰って来た
一人称とも三人称ともいえない妙な書き方をしてますのでご注意を。
真冬の冷える北風が窓のサッシを揺らした。
それを聞いて、1年前にも聞いたことをふと思い出し、何とも言えない郷愁の思いに駆られた。
1年。この1年は様々な事が有り過ぎた。
父の事しかり。妹の事しかり。家の事しかり。
それでも時間は平等に流れてしまうのは無情だなと思ってしまう。
まぁ、目の前で自分達と共に鍋をつつく女性の事もしかり、だろうか。
「……美味しいですね、本当に。こんなお鍋は食べたことがありませんでした、今まで」
「お褒めに預かり光栄です。ウチ自慢の牛たちも貴女みたいに美味しそうに食べてもらって幸せでしょうな」
女性のか細い声に父はうんうんと頷きながら、女性の皿にまた鍋の具を盛り付けていく。
相変わらず他人の食べっぷりを見るのが好きな人だ、とつい微笑んでしまう。けどいい加減にその人の皿に肉を盛るのは終えてほしい。食べる分が無くなる。
つい、と自分の隣に居る妹に目を向ける。
カリカリと。ガリガリと。ボリボリと。ガジガジと。
一心不乱に出された漬物や煮た野菜をかみ砕き、剣呑な空気を放って女性を睨む彼女。
「……大根や白菜は親の仇じゃないよさつきちゃん」
「うるさい食事中は静かにととお様から言われてるでしょうああとお様はなんであんな女と――」
ぶつムシャガリぶつぶつごきゅりと怨嗟と咀嚼の音が口から響くのを聞きながら、未だに親離れできない妹に思わずため息がついてしまうのであった。
◆
糸矢千介は北海道に住む農家の高校生だった。
『だった』というのは、色々あって学校が休校し実家の農場を手伝っているから。事実上中退しているようなものだ。
農家暮らし、と聞いて自由気ままなスローライフ、のんびり家畜と戯れながら美味しい物を食べれるぜ!な感じを想像しているだろうが、ウチの場合北海道でもかなりの田舎なので『農業体験が楽しそうなので来てみたら筋肉痛を携えて帰ってきました』って事になるほど不便な場所に農場を開いてる。それを父と休校で手伝っている自分、それと都心の高校で一人暮らしをしていたが色々あって帰って来た妹の三人で経営している。
さて、地元の人からも半分忘れかけられてるようなこの農場に、ここ最近もう一人住人が増えた。
「大丈夫ですか明瀬さん。少し重いっすよ乾草」
「こ、これが少し……?」
積まれた乾草を持ち上げたは良いがその場から動けない明瀬さん。
彼女は父が都心へ家畜を出荷しに行った日に行き倒れになっていた所を父が助け、それから意気投合して糸矢家に連れ帰ってきた。お人よしも大概にしろと言いたい。
明瀬さんは非力な所やひょろっとした見た目の通り、東京でコンピュータを扱う仕事をしていたらしい。
そんな人がなんで北海道の片田舎で行き倒れていたのか。詳しくは話してくれないが、仕事の関係で北海道まで来たが、東京の方で問題が起こったらしく帰れないとかなんとか。そんなわけで帰りのメドが付くまでウチで手伝いながら待つという。
「が、んばるのよ聖子45歳っ。あなたはまだ若いハズ……!」
と言うが彼女に合わせて作業をしても逆に時間がかかる。なので、
「手伝いましょうか? もうすぐ昼なんで」
その提案に明瀬さんは一も二も無く頷いた。
「あら。お早いお帰りで」
厩舎に戻った途端、我が妹の辛辣な出迎えを受けた。
さつきの後ろでは父が昼食を作っている最中。まだ料理も出来上がっていないので自分たちを待っていたという事ではないのだろうが……。
「牛の世話でお疲れのとお様に昼餉を用意させるということ自体が万死に値するのに、下男として私達が帰り着く前に家に居て昼餉を用意するのが当然のことでしょう? 小間使いの癖に何をしているんだか……」
心底あきれたというようにさつきは大げさにため息をついた。
いや、確かに昼飯の用意を手伝った方が良かったとは思うのだが、兄を小間使いにするのはやめてほしい。というか怒ってる論点がズレているんじゃないだろーか?
今から1年と半年ほど前、妹がファザコンになって帰って来た。
彼女は元々都会への意識があり、高校は都心の学校へ入りたいと言って一人暮らしを始めたのだ。家族は離れて寂しい気持ちもあったが、彼女も一人前になったのだと(父に説得し)送ってやったのだ。
だがその年の内に、妹は昏睡状態の寝たきりになって帰って来た。
都会へ行ってからあまり連絡を取る機会が無かったので、妹の住むアパートメントの大家から電話があった時は二人して心臓が止まったかと錯覚するほど仰天したものだ。
そうして半年ぶりに会った妹はベッドの上でヘルメットのような機械が着けられた姿だった。
医師からはヘルメットを取らないように、とキツく言われ、何が何だかわからず医師の言う通りにそのままで数日。
『……』
父と自分、二人で見舞に行くと、妹はヘルメットを外した状態で起き上がっていた。
が、
『気分はどう? 何処かキツい所は無い?』
『……』
そう呼びかけても応えず、何処か警戒心を含んだ目つきで睨んでくるだけだった。
おかしいな、と思いながら言葉を選んでいる時、医師から話を聞いていた父が病室に入ってきた。
『千介、実はな――』
『……とお、さま……?』
半年ぶりに聞いた妹の声は幼い子どものような口調だった。
目を向けると、妹の目線は自分を向いておらず、さらにその先。病室の入り口に立つ父の方へ。
『とお様!』
大声でそう叫び、ベッドから這い上がろうとしてつんのめる。突然の事に対応できず、床にぶつかるとハッとなった時には父が動いていた。
落ちる妹の下にヘッドスライディングの要領で体を滑り込ませて背中で彼女を受け止める。
『無事か!?』
そう問う父に妹は、
『とお様……とお様……っ、生きて、いらっしゃったのですね……!』
ぽろぽろと、嗚咽混じりながら涙ぐんでいた。
まるで離れ離れになっていた親子が再会したように。
色々問いたい事があったけれど、彼女が心から父のことを姿を見て、何も言う事が出来なかった。
「とはゆーものの、俺への扱いが酷いと思う」
ジャガイモの皮を剥きながらそうゴチた。幸いさつきは父の元へ居るので聞いていない。聞いてたら何を言われるか――いや、何もしないか。
家に戻ってきたさつきは軽い記憶喪失に陥ってるらしい。父を『とお様』と認識してるが、どうして倒れたのかどころか一般常識も乏しい状態だったし、自分の名前すら覚えていなかった。
その所為か、さっきも語ったようにファザコンになったことも含め性格がまるで変ってしまった。
目覚めてからさつきは父にべったりで、何か行動するにも父が根底にあるようなものだ。
生活も父に合わせてか早起きで農場の手伝いをし、よく体を動かすようになったので体力はすぐに回復した。むしろ入院前より健康的だった。
その反面、父以外の者には辛辣、もしくは無関心だ。
父以外、こちらから声を掛けても返答が返ってこないことは茶飯事、時折返ってくる言葉はほぼ静かながらの罵倒。父が連れてきた明瀬さんに至っては射殺さんとするほど敵意を向けてる(明瀬さんは気にしてないそうで)。
高校に入る前はどちらかと言うとインドア派で趣味のゲームで休日を過ごしていた。農場の手伝いを頼んでも渋々でいつかこの家を出て行ってやる! と息巻いていた。自分たちが話しかけても『ゲームが先』と言って会話もほとんど成り立たなかったし、洗濯物を分けろと濡れた洗濯物を投げつけられたり、
「あれ? 対して変わってない?」
「えっと、ニンジンの剥き方はこうでよかった?」
「あ、はい。あとタマネギの皮を剥いてくれません? 切るのは俺がやるんで」
ジャガイモを水に漬け、今朝〆た鶏肉をぶつ切りにしていく。今日はカレーライス。父が好きだからという理由でさつきもよく食べる一品。ただウチで食べるのは半端ない辛さなので個別に甘口を作っておく。あ、明瀬さんの分も作る必要があるかも?
世間が何やら騒がしいけど、特に気にしていない。
少なくともこの周辺で何かあったという話は聞いてないし、ここに居れば被害が及ぶことはないんじゃないだろうか。
ずっとここに居れば家族は無事でいられる。
――少なくともこの時まではそう信じていた。
ハーメルン、Pixiv・SSの方で二次創作書いてるので次回の投稿は未定です。
気になったら日立@妄想厨、ナナシのゴンベェで検索してみてくださいまし。