妹の家出
ドクンドクンと心臓の音と、私じゃない誰かの寝息が聞こえまだ覚醒しない頭のまま目を覚ます。
目の前にある銀さんのアップの顔に思わず悲鳴をあげそうになった。
お、お、お、落ち着け私!!
バクバクと煩く音を立てる心臓に手をあて、小さく深呼吸する。
すると今度は自分と銀さんがお互い裸のまま抱き合っている事に気がつく。
何が一体どうなっている?
昨日は確かお兄ちゃんに婚約者を紹介されて、その場から逃げ出し男に無理矢理ホテルに連れて行かれそうになり、銀さんに助けてもらいそのまま銀さん家でお酒を飲んだ。
思っていた事を銀さんに全てブチまけ、寂しいと言った私を抱いた。
「…………」
穴があったら入りたい…
いくら寂しいからって、お酒を飲んで酔っていたからって銀さんと寝るなんて…
後から後悔するなら最初からするなバカ円香。
隣でグーグー寝ている銀さんを起こさない様にそっとベッドを出ようと動くと腕を掴まれまたベッドに転がる。
「きゃっ!」
「どこ行くの?」
「ぎ、銀さんっ!いつから起きてたの!?」
「今起きた。」
大きい欠伸を一つし、私の上に移動する。
鍛えられた胸板に不覚にもドキンとした。
「ぎ、銀さんどいてっ!」
「どうしよっかな?」
「ひやっ!」
耳をペロリと舐められ、思わず声が出た。
「前々から思ってたけどさ、円香耳弱いよな。」
「や、耳元で喋らないで!」
銀さんが動く度に触れる肌が熱い。
まるでそこだけ神経が集中して敏感になる。
そんな時、この場に相応しくない音が部屋に響いた。
ぐーーーーーーう
「…………ぶはっ!」
「わ、笑わないでよ!!」
盛大に鳴った私の腹の虫はものの見事にこの雰囲気をぶち壊した。
「飯にするか。」
今だに笑う銀さんに軽くパンチを食らわせ、自分の下着と服を探した。
気まずいまま服に着替え、先に出た銀さんが用意した朝食を一緒に食べる。
「………あの、銀さん。」
「ん?」
パンと食べながら新聞を読んでいた銀さんがこちらを向く。
「わ、わたし、その…最後までしちゃいましたか?」
朝食に似つかわしくない会話だ。
「さあ、どうだろ?」
「お、教えてっ!わ、私初めてだから、ちゃんと知りたいの!」
ふぅとため息1つ吐かれ、カチャンと飲んでいたコーヒカップを皿に戻す。
「………してないよ。」
「ほ、本当に?」
「何?してほしかったの?」
勢い良く首を横に振る。
「で、でも、私も銀さんも…その、は、裸で…」
「半分本気でヤッてやろうかと思った。でも、円香覚えてないんじゃ意味ないし身体だけなんてそれこそ寂しいだろ。」
「銀さんは…どうして私にそこまでかまうの?」
「あれ、これも覚えてないの?」
「?何が?」
マジかよと手を顔にやり上を向く。
「円香が好きだって言ったんだけど?」
「………誰が?」
「俺が。」
銀さんが私を好き?
言葉を理解すると同時にやっと冷めた熱がまた振り返した。
「う、え、あ…!!」
「だいたい好きでもない女家にあげねーし、居なくなったからってわざわざ探さないだろ。」
「ででででもっ!それはお兄ちゃんの頼みだから…」
「俺は貴弘の頼みでも面倒な事はしねーよ。」
「う、あ…」
「プッ!顔真っ赤。」
きっと私の心臓は爆発するのではないかと思う程早く脈打ち、顔から火が出そうなほど熱い。
「あ、でも、あの言葉は撤回させねーからな。」
「…私、なんて言いました?」
「家を出て、俺ん家で一緒に暮らす。お前から言ったんだからな。」
「そ、そんなっ!だって!」
「貴弘と菜々子と3人一緒に暮らすのか?」
「それは…」
それは絶対に出来ない。
毎日あの光景を見るのかと思うと胸がチクリと痛む。
「大学生の円香が1人暮らしする為のお金どこから出すんだ?また貴弘に甘えるのか?自分から家出するのに?」
銀さんの言う通りだ。
そんな都合のいい話通るはずがない。
「ま、俺ン家もタダで住ます訳には行かないけどな。」
「?」
「円香家事得意だろ。」
「うん。」
「この家に住むなら家事全般やってくれ、俺どうしても家事だけは苦手なんだよな。」
「でも、この家凄く綺麗だよ。」
「ああ、週一で家政婦雇ってるからな。」
「えっ!?家政婦さん?」
「ま、円香が住めば家政婦雇わなくて済むし、タダでお前も衣食住は保証してやるよ。どうだ、良い物件だと思うぞ?」
きっと私に選択権はないのだろう。
「よろしくお願いします。私をここに置いてください。」
「契約成立な。後で契約書持ってくるから逃げんなよ。」
こうして、私と銀さんの同居生活が始まった。