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とある愚か者の手記

作者: 無銘工房

 わしの名前はソロン。「大賢」とも「偉大なる錬金術師」とも呼ばれておる。もっとも、わしの一番のお気に入りの呼び名は、獣の娘が呼ぶ「クソ爺」じゃがな。

 さて、皆の衆。架空の物語をしたためた書物は数多い。その中では多くの英雄や賢者が、驚天動地の大冒険を繰り広げ、目を見張るような功績を上げている。

 しかし、それを読んでいて、こうは思わなかったか?

 本当にそんなことができるのか、とな。

 無論、一騎当千の戦いぶりや魔法など、とうてい自分らには真似できんものもある。じゃが、ちょっとした知識や技術を応用した活躍の中には、もしかしたら自分でもできるのではないか、と思わんかったか? そして、それと同時に、いやいや本当はそう簡単なものではないのでは? そう考えたことが一度はあるのではなかろうか。

 そして、これより語るのは、ひとりの愚か者の話じゃよ。

 そやつは異世界へ転移した人間が元いた世界の知識で活躍する話を目にするたびに、本当にできるのかどうか気になるという、大たわけだった。

 そのせいで燻製作りやら塩作り、たまたま酵母が入ってアルコール発酵してしまった果汁、紙製の空飛ぶ風船、ぴんほーるかめらなどなど、数々の実験を行ってきた。

 もちろん素人のやること。失敗も多かったそうじゃ。しかし、中には書物には書かれていない知見を得られることもあったという。

 そやつに、なぜそこまでやるのかと尋ねると、こう答えという。

 ばれない嘘のつき方とは、九十九の真実の中に、たったひとつの嘘を入れることだという。ならば、真実味のある話を作るには、九十九の虚構の中に、たったひとつの真実を混ぜること。その混ぜるための、たったひとつの真実を知りたい、と。

 ほれ、なんとも大たわけではないか。

 そして、そやつはわしに先駆けてトロナ石から水酸化ナトリウムなるものを製造することに成功していたらしい。

 その愚か者が残した手記をもとに、今回はトロナ石と消石灰から水酸化ナトリウムを作る石灰法を簡単に説明しよう。


 トロナ石は炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムなるものからできておる。

 これが炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムじゃ。


挿絵(By みてみん)


 しかし、どちらがどちらかは見た目ではわからんじゃろ? 純粋な炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムは見た目では区別するのは難しい。

 見た目でわかる大きな違いというと、水への溶けやすさじゃろか。炭酸ナトリウムは非常に水に溶けやすいが、炭酸水素ナトリウムは少量しか溶けん。水に同じ量を入れて、溶け残った方が炭酸水素ナトリウムということになる。

 もっとも、炭酸水素ナトリウムは加熱したり湯で煮たりすれば、簡単に炭酸ナトリウムに変わって溶けてしまうんじゃがな。

 さて、次に同じ量の炭酸水素ナトリムをふたつ取って水に溶かしてみたものじゃ。ただし、右側の炭酸水素ナトリウムはルツボに入れて加熱処理を行っておる。


挿絵(By みてみん)


 ほれ。右側はきれいに溶けているのに、左側は溶け残っておるじゃろ?

 右側は炭酸水素ナトリウムが加熱されたことで炭酸ナトリウムに変わったため、水に溶けやすくなったというわけじゃ。

 実際に採掘されたトロナ石は不純物を取り除くのに、焼いたり、水に溶かしてろ過したり、さらにはそのろ液を濃縮させ乾固するなどの処理が行われるため、ほぼ炭酸ナトリウムに変換されると思って間違いないじゃろうな。


 では、いよいよ本題の石灰法をやってみるとしよう。


挿絵(By みてみん)


 まずは、ビーカーにどどんと炭酸ナトリウムを取ってみたぞ。これに水を加えて良く撹拌する。


挿絵(By みてみん)


 きれいに溶けたのぉ。

 ちなみに、その隣にある白い粉は消石灰じゃ。本来は溶液として加えるのじゃが、消石灰は炭酸水素ナトリウム以上に水に溶けにくい。ほぼ水には溶けないと思っていいぐらいじゃ。先ほど入れた炭酸ナトリウムと十分に反応するだけの消石灰を溶液で加えようとすると、液量が多くなりすぎてしまう。そこで、面倒くさがって炭酸ナトリウム溶液に直接消石灰をぶち込むという乱暴な手段を取ってみた。これならば加熱と撹拌をしていくうちに、少しずつ消石灰が溶けていき、炭酸ナトリウムと反応していくという算段じゃ。


挿絵(By みてみん)


 おりゃ! とばかりに消石灰を投入。

 すでに反応が始まっているのじゃが、真っ白で何もわからんわ。溶液同士ならば、加熱せずともこの時点で真っ白に変化するのが見られるんじゃがな。

 とにかく、こいつを加熱しながら攪拌して、ゆっくりと煮詰めていこう。

 数時間かけて、ある程度濃縮した時のものじゃ。


挿絵(By みてみん)


 この状態は反応してできた水酸化ナトリウムと未反応の炭酸ナトリウムが溶液に溶けており、消石灰と炭酸カルシウムの微細な粒子によって溶液が白く懸濁しているという状態じゃな。

 さっそくこれをろ過してみよう。


挿絵(By みてみん)


 きれいな透明なろ液と白い粉の塊に分離できたじゃろ。

 右側の白い塊はろ過によって分離した未反応の消石灰と反応済みの炭酸カルシウムじゃよ。

 そして、ろ液をさらに加熱濃縮していくと、次のようになる。


挿絵(By みてみん)


 ちょいと見にくいが、液面に薄く結晶が出てきておるのがわかるかな?

 これは溶液の水酸化ナトリウムの濃度が高まると、溶液の中に残っていた未反応の炭酸ナトリウムが溶けていられずに析出してくるのよ。この性質を利用して溶液を濃縮しつつ、析出した炭酸ナトリウムをろ過すれば、純度の高い水酸化ナトリウムの水溶液が手に入るというわけじゃ。


挿絵(By みてみん)


 ちなみに高濃度のアルカリ溶液は、ガラスを溶かしてしまうためガラス瓶では保存できん。アルカリに対して耐性がある「ぽりびん」なるものなどに入れて保存するのをお勧めする。

 意外と簡単なものだったじゃろ?

 では、最後に愚か者の手記の一文を紹介して終わりにしよう。


「水酸化ナトリウムは非常に強いアルカリ性を示す劇物です。私は毒劇物取扱責任者や危険物取扱者をはじめとした化学系の資格を複数持ち、かつ化学分析を本職としている人間ですが、十分な化学知識を持たない人はくれぐれも真似をしないように。

 特に、作品のリアリティを出すためだ! と言い、炭酸ナトリウムや水酸化ナトリウムを口に入れる行為は、馬鹿のやることです。絶対に真似をしてはいけません。

 医者に『最近、水酸化ナトリウムを舐めたのですが、それと動脈解離は関係ないですよね?』と尋ねるべきか本気で悩むことになります。

 それと、現代日本ならば印鑑と身分証明書を出せば薬局で買えるので、作る意味はありません」


 ほれ、驚くほど愚かじゃろ?




 本当にまねをしてはいけません!

 写真の写りが悪いのはご愛嬌。

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― 新着の感想 ―
[一言] マジでお体お大事に
[気になる点] 〉たまたま酵母が入ってアルコール発酵してしまった果汁 今、読み直して気付いた一文なんですが 本当に、たまたまですよね? わざとじゃないですよね? [一言] 酒税法違反なら、税務署の…
[良い点] 「味もみておこう」 蜘蛛より水酸化ナトリウムを舐める方がやべーよ! [一言] こういう実験は好きなので、機会があればまた紹介してください
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