接触
樹に背中を付けているだけで汗ばんでいるのが分かってその感覚が気持ち悪い。背を伝う汗が冷たく掻き毟りたい気持を押さえ込んで、前方から近づいて来る相手をひたすら待った。
八雲は俺の頭に座り警戒心が剥き出しで、下手をすれば髪の毛が一房立ち上がりそうなそんな感じ。内心は恐ろしいと恐怖していると俺には分かる。頭皮から八雲の体が震えているのが伝わってきていた。
「八雲、膝の上においで」
「はっはい!」
「大丈夫だから安心しろ」
「ひゃっい!」
俺は警戒していたハズなのに八雲の髪を手櫛で梳きながら微笑んでいたと思う。健気で一生懸命なその姿がどうにも愛らしいと感じていたと分かった時、こんな感覚が子を持つ親なのか?なんて的外れかもしれないけど思うのだ。
震えていた八雲もリラックス出来たのか俺の膝の上で蕩けてふにふにになっていて、もう少しぐらい緊張感を持って貰いたいもので苦笑に変化した。
そして、目の前にはバリエンテと同じ背格好の男が立ち挨拶をくれるのだった。
「やぁ、こんな所でどうしたんだい?」
「あぁ~少し用があったんだけど迷ってしまって休憩中って訳さ」
男が八雲を見たから、俺は彼女の背を突いて挨拶を促がす。
「こんにちわ!」
「あっあぁ、こんにちわ妖精さん……」
六枚羽の妖精は稀少、それを聞いていて良かったと思う。この地に住まう者なら仰天するレベルで驚くハズなのに相手の反応はどことなくうそ臭い。それでも表情を読み取れば、「本当に六枚羽があるっ!」って顔をしている。妖精狩りに興じていたなら狙撃のタイミングはいくらでもあったのに。
それを選択せずここに来た事を考えれば……いや、まだだ。油断させてからの狙撃に切り替えた可能性は十分にあるじゃないか。何を気を抜いてるんだ俺は。
「しかし六枚羽の妖精とは珍しい」
「そうらしいですね」
「君は彼女と契約関係にあるのか?」
ここで俺は訝しそうな目をあえて向ける、本来なら相手がそんな立場で臨めば良いのに悪手だな。俺が相手を疑うような立場で臨めば向こうはこれ以上は下手を打てない。それをすれば俺の警戒心を高めることに繋がるからな。
「失礼した、名を名乗りもせず踏み入ったことを聞いてしまった。私はベスティア王国に連なる十牙の一つ、ブラン族のガゼリと言う者だ」
「俺はランザヴェール=シン、こっちは八雲です」
「シン君か、君は人間なのにどうしてこんな森の中にいるんだい?迷ったのか?」
「いえ、少し探している集落がありまして~」
あえて正直に嘘を付かずに真っ直ぐ答えを言う、相手の反応がこれで見れるハズだ。実際、ガゼリと名乗った男の表情は警戒心に満ちそれに変貌したからな。俺が目指す集落の者で間違いないだろうけど……。
「君は何の為にその集落へ行くつもりなんだね?」
尋問に近いようなその口調から見ても丸分かり、この人はあまりこんな事に成れているタイプでは無いと判断を下した。ラガノ辺りなら開口一番目からそんな口調で話すだろうから判断も付け易い。
「この地図をバリエンテさんに貰ってどうしても伝えないといけない事案があるんですよ」
事案って言葉を使えば相手は彼に何かあったと察してくれるはずだろうと思い、それを相手に託して見れば直ぐに反応が返って来た。俺に一歩詰め寄り、心配の表情だから地図を手渡して確認して貰う。
「確かにバリエンテの匂いだ! あいつに何かあったのか!」
「俺はルセル側の森から来たんですよ、そこで彼に出会ってどうしても伝えたい事があるんです!」
そこでガゼリは手を上げた、周囲に隠れた仲間に合図を送ってるのだろう。それがどっちの意味か俺には分からんけどな。ガゼリは俺に少しだけ待って欲しいと言い残して仲間達が来るまで待つ。
その間、ずっと八雲のほっぺを指ですりすりして楽しんでいた。計六人の獣人が集合すればガゼリは地図を見せて何やら話しを始め、終始チラチラと俺と八雲を見てはまた話すを繰り返していた。
「シン君と言ったね? バリエンテの話を聞かせてくれないか? あいつは生きているのか?」
「生きてますよ? ん~正直に全部話しますね」
「おい! やっぱりコイツ!」
「あぁ血の匂いがするぞ!」
「こいつ兄さんをっ!」
「待て! 話を聞かんとどうにもならんだろう! シン君、彼らも心配なんだ許して欲しい」
「大丈夫です、俺がバリエンテさんに会ったのは八雲に対して攻撃を仕掛けて来たからなんですよ」
「何っ!」
「妖精狩りをしようとしてたんですよ」
「そんなまさかっ!」
「兄がそんな事する訳が無い!」
「コイツは嘘を言ってるんだ!」
「殺そう!」
口々にそう言葉にしては俺をまるで悪者でも見るような目で睨むけどやめて欲しい、俺は別に構わないが八雲が怖がってるじゃないか!
「やかましい! 少し黙れ! 話を聞くと言っただろう!」
「あの? 続きいいですか?」
「あぁ! 頼む聞かせてくれアイツは本当に……?」
「初めは命令で無理矢理に狙撃させられそうになったようです。でも最後まで撃たなかったと……でも俺も対処するしかない状況だったので」
「バリエンテは君を撃ったのか!?」
「えぇ、ですけど全部叩き落したので怪我は無いですから大丈夫ですよ」
「…………」
「それで一緒に居た二人の対処をしてから話をしたんですよ。俺はルセルで妖精狩りの話しを聞いてまして、百年前にも王がルセルの森で何やら不穏な動きをしていたとか」
「続けてくれ!」
「それでバリエンテさんは妖精狩りなんてしたくない、でもそうしなければまた殺されるとか。結婚したばかりだとか言ってましたよ」
「兄さんだ! 間違いない! でも何で!」
「この国はなんだか緊張状態だとか、ルセルの妖精を狩って戦力を削ぎ戦争する準備をしているとか聞きました」
「アイツは王族兵の前でそれを話したのか」
「いえ二人は殺しました。バリエンテさんにはそれを伝えるように言いまして。俺にやられたと言えと」
「何故、君はそんなことをするんだ! 罪を被るだけだろう!」
全員の疑うような、何を考えているんだとかそんな眼差しを受けたけど言うべきことは言いたいんだ。
「このままだと戦争になります。そうなったら俺はルセルを守る為に戦います。でも! バリエンテさんの話を聞けば王に反感を持つ者は多いとか! それでも反対の意思を見せれば見せしめに殺されると。だから動けないってそんな悲しい顔してました」
「ガゼリさん、俺はこの人の話を信じます!」
「どうして?」
「兄さんは召集される前に言ってた事をこの人がそのまま話してくれたから、だから信じれます」
「シン君? 君が目指しているのは我々の集落なんだ、良かったらもう少しだけ話を聞かせて欲しい! 信用出来ないかもしれないが君には手出しはしない!」
真剣、男が見せるその顔を俺は疑ったりはしない。
ラガノが騎士として話す時と同じ目をしていたから俺は彼らを信じた。
「周囲には王の息が掛かったヤツらはいないか?」
「大丈夫だ、あいつらは王の住まう場所以外には派兵しないからな」
「そうか……」
「兄さんは元気そうだったか?」
「体は元気だと思うけど、心の方は辛そうだった」
「そっそうかやっぱり兄さんは……」
それを最後に彼は警戒の為に再び相方と並んで歩き出す。俺はそれにただ着いて行くだけで集落に到着するまで会話は無かった。体感で一時間ぐらい歩いた場所に彼らの集落はあった。
周囲より少し窪んだ場所に立派とは言えない程度の小さな集落。生きるのがやっとじゃないかと思わされる、そんな雰囲気の漂うに場所には笑顔で遊ぶ子供、母親だろうか隣座って笑顔を向ける少女がいる。本当に王の独裁が行われているようには見えない光景に不思議な感覚を得ていた。
連れられて入った家はガゼリの家らしく、内装は質素そのもので必要な物以外は本当に何もない。心が少しだけチクりとしてどれだけ自分が恵まれているのかと改めて認識するのだった。
「シン君、ここに何も無くて申し訳ないんだがね」
「お構いなく。話をしましょう、その為に来たんですから」
「お前達も適当に座ってくれ、話の続きを聞こう」
俺はバリエンテと出合った所からもう一度話す。
そして彼にも見せたようにオトシゴであることを証明する為に眼帯と手袋を取った。周囲の目は驚きで染まっていたがガゼリだけは体を震わせている。
恐怖、そんな甘い事で震えているようには見えない彼は俺の手をとって言うのだ。
「オトシゴ様、本当に力を貸して貰えるのでしょうか!」
「正直、ここに来るまでは敵だったら倒せばいいとか考えてました。でも外の子供達を見れば分かります皆幸せそうだ」
「だが……」
「王の蛮行を俺は許せない。妖精達を狩るなんて。あまつさえ戦争の為だなんて許せる訳がない」
「オトシゴ様」
「俺はオトシゴとしてこの世界に流れて生きて、それでも知らない事がいっぱいあるんです。それでも知った以上は……」
「色々な者がいるんです。優しき者、愚かな者、本当に沢山いるんですよ。悲しい事に」
「でもあなた達はそれでも何か変える事が出来るなら変えたいんですよね」
「勿論だ!」
一斉に響いた声に彼らの決心が伝わってきた。
ルセルの為だけだから良いか? なんて短絡的な思考をしていたのが馬鹿らしい。互いにしたくない事をさせられようとしているんだ。そうならないように俺はやるべきなんだ。
「俺一人が加わって何かを変えれるなんて思ってません。でも、皆でやれば何だって出来るハズだと思うんです」
「あぁそうだ! こうしていて戦争にでもなれば結局は死ぬんだ!」
「そうだ! それなら俺達が俺達で変える為の戦いの方が良い!」
「この話を他の集落へ! そして各集落から一人ずつ連れ帰って来るんだ!」
「分かった!」
王を倒す、その為にこの人達は戦うことを選んだ。
俺のせいで余計な死が生まれるんだと考えたら体震えた。竜の前でだって威勢良く啖呵を切れたのにどうしてこうも……俺は。
「オトシゴ様! あたなが考えていることは間違いです!」
「え?」
「オトシゴ様のせいで誰かが死ぬかもしれないなんて思わないで下さい!」
「本当なら俺達だけでやるべき事なんです! それをあなたは手伝ってくださるんですよ!」
「オトシゴ様がいれば大丈夫さ! それに俺達は戦士だから!」
「皆凄いな……」
「当たり前の事ですよ」
各々が作戦の立案を始める中で俺は魔道弓をガゼリに手渡した。言い出したのは俺である以上は責任を持って戦わないと駄目だ!いつもみたいにどこかで余裕ぶってるようじゃ駄目なんだ。
本気、ひたすらに眼前の目的を打倒する為に全力で向かわないと彼らに失礼なんだ。彼らは期待してくれいるんだろうか? おこがましいってのは分かってるけどそれでもやってやる。俺は覚悟を持って決めた。絶対に折れない、やり切るまで絶対に。
天の光りが沈む頃、他の集落へ赴いていた戦士達が仲間を連れて戻ってくる。俺の目と手をみて、さらに信じて貰えるように龍法も見せれば信用を得るまで時間は掛からなかった。どの戦士も歓喜のような表情をしているけど、俺にはそれがどんな言葉を貰っても重くてただ苦しい。そんな色々を思うのはこんな戦い方をした事が無いからだって気がついたのは、自分自身の今までの戦いを振り返ったからだった。
ヴォルマにジョコラの一件と双子竜、偽オトシゴ。
どれもこれも周囲に人がいたけど単独だったことが多かった、それを考えたら俺一人で王を強襲した方が早いかもなんて答えが出る。一人で庭に居たガゼリにそれを伝えれば優しい言葉だったけど叱られた。
「オトシゴ様、あなたの御心には感謝します。でもそれはいけない、本来なら貴方は敵だったかもしれません。そうすれば敵を倒す事だけを考えて戦えたと思います。それでも貴方はそうはしなかった。敵である仲間を助け、我々を事で心を痛めたから貴方はここにいる」
「でもさ?」
「確かに貴方は強いでしょう。でもね? どれだけの強者であっても一人では出来ない事はあるのですよ。オトシゴ様に頼ること多いかもしれません。それでも我々の問題でもあるのだから我々が動かねばならぬのですよ」
「……」
「貴方は優しい人だ。我々をこうまで思って下さるのだから。だからそれだけに我々は甘える訳には行かないのですよ」
「そうか」
「そうですとも。それに貴方が居てくれたから我々も多くを得ることが出来たのです。戦争なんて誰もしたくはありません。それでも自国の為になら何だって出来るんですよ。皆を愛しているからです、恥ずかしいですけどね」
「そうか、そうですよね!」
「何か吹っ切ることが出来ましたか?」
「あぁ! 分かったよ!」
「オトシゴ様の何かに役に立てたなら嬉しい限りです。さぁ明日は準備に作戦の選択に決行日も決めますからお休みください」
頭を下げてから家へと入った。
宛がわれた部屋で寝転がりガゼリの言葉を反復する。俺は大切な人達の為に戦った、ここに来てようやく理解したんだ。言葉で理解するだけでは意味は無い。言葉を受け止めて、その思いが昇華した時に始めて理解出来る。
心で受け止めないとどんな言葉にも意味は無くて、それは怖いことだと分かったんだ。色んな思いが綺麗にすとんと落ちた感覚は気持が良くて、さっきの覚悟が本当の意味で意味を成した瞬間だった。そんな俺の気持もどこ吹く風の八雲は胸の上で綺麗な寝息を立て始める。特別面白いことでも無いけど俺は気持ちよく笑えたのだ。
本話もお読みいただきまして有難う御座います。
ブックマークにも感謝です。
家の中でも寒くてたまらないです。
なんでも沖縄でも雪が降ったとか・・・どうなってるんでしょうね。
皆様も体調にはお気をつけ下さい。
明日も更新しますので次話も宜しくお願い致します。




