駆け引き
雨が止まない、しとしと振り続く雨。
二人を抱えた木陰に入って二人の頭を撫で続けた。
不意に背中に動く感触を得て八雲の存在を思い出す。
彼女は何事も無かったかのようにフードの中からひょっこり顔を出して眠気眼で、目を擦りながら「父様、おはよう御座います」ときたもんだ。
泣く二人に気がついた八雲は俺の真似をするように頭を撫でて慰める。
「ねぇ? なんで泣いてるの?痛いの?」
「八雲……何も覚えてないのか?」
ふと思い出したかのような顔をしていたけど「もう大丈夫だよ?」の言葉に三人で抱き合った。その表情は安堵と喜びで俺も一安心、それでも目の前の問題は解決出来たわけじゃない。得たばかりの情報をルセル側にも伝えておく必要がある。俺は……。
「出雲、八雲、雲母。お前達は一度ルセルに戻れ」
「「「父様と離れるのは嫌ですっ!」」」
「お前達にしか出来ないから頼んでるんだ、俺の手伝いをしてくれないか?」
「うーー」「むーーー」「んーー」
「出雲はルセルに戻って今から話す内容をそのままグラディーに伝えてくれ」
「雲母はゆっくり戻って途中で妖精を見つけたらルセルに連れて行くんだ」
「八雲、体の調子はどうだ?」
「うーまだ少しグラグラです」
「「八雲嘘付いてます!」」
「でもホントだもん……」
「八雲は俺と来い、その代わりフードの中な?」
「はぁ~い!」
「「ぶーーーぶーーー」」
「二人の力が必要なんだ!」
「「父様がそう言うなら」」
伝えるべき情報を簡潔にまとめて二人に託して出発させた。最後まで振り返っては進みを繰り返していたけど「頼んだぞ」の一言に頷けば凄い速さで飛んで行った。それじゃあ俺は俺とて先を進むとしようかな?
「父様と二人っきりですっ!」
「八雲? 顔は出しても飛び出るなよ?」
「はぁ~い!」
先に竜殿を目指すのは変わらない、ただその道中もしくは到着した先で敵が待ち伏せしている可能性が出てきた。魔道弓、残光が見えず飛距離は長い遠距離武器。少しだけ厄介な代物かもしれんがやれないもんじゃない。二人に殺された獣人の残した魔道弓を回収して道を進む。樹で生まれた屋根のお陰もあって途中からは結構な速度で走り山道へと辿り着いた。
ここから先は警戒は強めながらさらに速度をぐんぐん上げて加速、永らく人が歩いていない道は植物に侵食され太い根が地面を覆い隠している。
フードからは「父様~はや~いですぅ!!風が顔にぃいい」笑い声が聞こえて楽しんでいるようにしか思えない。まぁ怖い目に合ったんだから少しでも笑ってくれるならそれはそれで良いか? そんな気持と警戒心がある状態は変な感覚で気がつけばかなりの距離を走っていた。
間近に見えてきた竜殿の造りは石垣に囲まれ、その隙間からも植物の根が這っていて古さを感じさせる。石垣とは言っても西洋のような規則的に詰まれたそれでは無くて、どちらかと言えば日本の城の石垣の様相を呈している。
入り口の城門を抜ける所まで来ては見たけど、敵からの待ち伏せも無くその反応の欠片すら感じることはない。恐らくバリエンテが向こうさんと合流出来てないと考えるのが自然。俺も考えていたよりもかなり短い時間で到着したからそれも合わせれば納得だ。
門を越えた先には竜殿の入り口がもう見えている。
城そのものには太い蔦が這って絡ま合い、廃墟アニマが見れば涎を垂らして歓喜することだろう。一歩ずつ確実に進んで扉に手を掛けてふと考える。
このまま勝手に入ったら失礼か? ノックはちゃんとするべきじゃないか?
マナーは大切! 大きな扉だからそれに似合う力でノックしなければ音が響かない。気合を入れてドンドンドン! ドーーーン! 四度目のノックで扉が開いた!
扉は縦には開かないはずなんだけど?
「父様! 扉壊した!」
「余計なこと言うなっ! 勝手に倒れたんだ!」
「でも父様がドンドンしたら倒れましたよ?」
「だまらっしゃい!」
「はーい」
もしこれを竜に見られていたら怒られるかもしらん。初対面の相手がいきなり扉ぶっ壊して入って来たのに笑顔でいらっしゃいなんて言う家主なんざ聞いた事ねぇ。俺の頭の中は混乱が付加された状態、それでも八雲が黙ったまま空間を眺めている事に気がついて俺もそれに習った。扉が開いたお陰で室内のかび臭い香りが一気に外へ逃げようと流れ出す、本当に長い期間ずっと誰も寄り付いていない証拠。
石造りの地面から足音が反響して中へ歩き出す、ボロい外観とは違って内装は埃こそ溜まっているが荒れた様子は見て取れない。野党共からすれば最適な居場所になりそうなもんだけど、野党でも竜殿は狙わないのか? ヤツらにそんな倫理観は無さそうなもんだけど。
それとも近寄りがたい雰囲気を感じたのか、周囲から変な話でも伝わってんのか分からんけど人が寄り付かないっての有り難い。仮にここへ踏み入る人物がいれば敵の確立は相当に高いって判断材料にもなるだろうしな。
「父様! こっちに道があります!」
「八雲? 約束しなかったかなぁ?」
「うっ~ごめんなさい」
定位置もとい、指定席のフードにすぽんとスリーポイントシュートが如く戻った八雲がひょっこり顔出して笑顔で俺を見ていた。八雲が指差して指示した方向には地下へ下りる階段がある。どこの龍やら竜でも地下に引きこもりたがる性質でもあるのかもしれない。今まで通りなら地下にあるのは祭壇の間で間違いない。明かりが無い空間は薄暗くホラー映画のセットみたいで少し怖い。目の前に行き成り竜とかが飛び出てきて「俺と戦え!」とか言われた方がましとさえ思ってしまう。
そんな地下空間にはいくつか扉があって、昔は多くの人々がここで働いていたのだろうと想像すれば儚い気持にもなる。突き当たりにはさらに地下へ降りる階段、この竜殿の外観から見てこれだけ深く降りるってことは山そのものを抉っているんだろう。
地下に降りれば室温がトンと下がって冷気が顔に当たる感覚を得る、より一層の静寂に包まれた空間の先に装飾の施された両開きの扉を見つけた。あの扉の先に祭壇の間があるに違いない。両手を扉に添え軋む音と共に開けきった。
「父様?」
「あぁ、大丈夫だ行こう」
「あの父様?」
「どうした八雲? 怖いのか?」
「違います……あの扉が」
「こっこういう仕様になった扉なんだ!」
「でも父様?」
「だまらっしゃい!」
「は~い」
俺が悪いみたいじゃないか、そもそも建て付けが悪いのが悪いんだ!
メンテナンスの重要性を侮るなよ! 日常生活が万事問題なく送れるのは影で色んな人の努力があってこそなんだぞ! まったく!
足を踏み入れた空間はクレーターのように凹んでおらず、地面は平らで中央に薄汚れた小さな祭壇があった。俺が今まで見て来た祭壇の間と様相が違うのは文化様式の違いだろう。建物の造りも違っているのだから当然と言えば当然か。躊躇せず祭壇まで近づいてみたが何か変わった様子も無く動きも起こらない。
「ん~力でも流せばいいのか?」
「父様! 裏に何か澱みのような……」
「うら?」
八雲の言われた通りに祭壇の裏を除き見れば、そこにには指輪がはめ込まれてれていた。指輪には黄色の宝石が一つだけあり輝いていてそれは美しい目のようにも見て取れる。試しに龍力を流してみればその輝きは増して周囲を照らす。
「父様! 綺麗です!」
「キラキラだなっ!」
「誰だ……」
「しゃべりました!」
「おっ!」
「眠りを妨げる者は誰だ」
「俺ですけどそのぉ~」
「貴様か?まぁいいだろう。眠りを妨げるだけの力はあるか……」
「俺はランザヴェール=シン、橙の龍へ至る為の道を探しています」
「橙の龍。懐かしく聞きなれた響きだ」
「何か知ってるのですか?」
「獣人の国へ行けばあるいは……」
「そこに何かあるんですか?」
「行ってみれば見えてくるものもあるだろうが、一番早いのはルセル神樹を破壊することだろう」
「それ以外の方法が獣人の国にあるんですか?」
「行って見ねば分からぬが、ルセルの場合は神樹が道を塞いでいるのだよ」
「そんなこと出来る訳ない」
「ならば違う道を探すがいい。それしか導けぬ」
「取りあえずは山の向こうへ下るしかないか、有難う御座います」
「なに構わんさ」
「あなたの名前は?」
「ノルゴス=ヴァールノス」
「有難う御座いました!」
「何かあればまた来るがいい」
時間にして三分程度の会話を終えれば指輪の光りは収束して元の輝きを取り戻した。警戒しつつ竜殿の外に出ては見たがそれは杞憂に終わる。
ルセルの神樹を破壊すれば直ぐにでも会えそうな言い方だったけど、流石にそんなことなんざ出来る訳も無い。ベスティアに行けばまた違う可能性が示されそうだしそっちに望みを掛ける方が良いだろう。どちらにせよ貰った地図が役に立つのは有り難いし向かってみる価値は十分ある。
山の左にはルセルへ繋がる森、右にも同じく森が広がっていが、群生している木々の種類が左右で非対称だと一目でわかる。ルセルには広葉樹森が多い事に対して、ベスティア側には針葉樹森が多くエッジの効いたデティールの森が広がっていた。ルセル側で待ち伏せされるような展開だと見通しが悪く対処が面倒、でも針葉樹林が広がる森であれば木の背が高く見通しも効く。
「父様、これから向こう側に行くのですか?」
「そうだ、ここから先は敵が動いてくるハズだろうから気を引き締めてな?」
「は~い!」
貰った地図を広げて俺は唖然、永らく森に住まう者達が故の感覚の違い。俺の思い描いていた地図とは程遠い出来栄え、小学生が書いた方がまだ分かりやすいんじゃないかと思える程だった。これなら地図が無いのと指して換わらない状況に頭を抱えるも、覗き込んだ八雲が「分かります!」なんて挙手して俺に当てられるのを待っているのだ。
「はい、八雲くん!」
「父様! あっちです!」
「こんな地図で分かるのか?」
「何となく分かります!」
「ならここからは八雲が道先案内人だ!」
「八雲に任せて下さい!」
「フードから出るのは禁止なぁ~」
「はいっ!」
そうして八雲の指す方向を目指しながら下山の開始だ。想像通りの見通しの良さ、向こうが俺を発見出来るのなら俺からも発見出来るし迂闊に手を出してくれば返り討ちだ。目的地までに少なくとも一度は叩いておきたいってのが俺の腹積もりで、もしつけられたりしていたらバリエンテ達にも被害が及ぶかもしれない。そんなことになってしまえば面倒くさい展開になる事は確実、傍から見れば警戒は緩やかでも眼帯を取りばっちり本気モード。
今の所はこれといった反応は無い、魔法で遠見を掛けてきている事も織り込み済み。基本は八雲の言う通りに進んで行く、時折あえて遠回りをしてみたり必要も無く休憩を取ったりして隙を作ることは欠かさない。どれぐらいの時間をそうしていたか分からないけどセンサーに引っかかった。
馬鹿めっ!
それでも俺は未だ気が付いた素振りは見せずに迂回に次ぐ迂回をして見せた。
結果、周囲を取り囲むように三方向からツーマンセルで行動している獣人共を補足。現状の動きを見せているヤツが敵かバリエンテの知り合いか判断する材料が欲しいところだが。
どう行動すべきか? 敵だとした場合、下手に動けば他のヤツらが連絡に走るだろう。味方だとした場合でも下手に動けば悪手になりかねん。
難しい局面に思考の整理が付かず乱れが生じる、俺はもっと隙を作って様子見をすることに決めた。敵ならば魔道弓での狙撃が来てもおかしくない、八雲に聞けば自分を囲うように結界を展開することが出来るそうで自分が囮になると提案をくれる。俺としては取りたくはない手段、それも八雲でだ。躊躇するに決まっている。でも八雲は俺の役に立ちたいからやると言って聞かない。
「父様? あの時は皆もいたから油断しました! でも次は大丈夫ですっ!」
「でもな……」
「結界もあります! それに父様もいます!」
「分かった、頼めるか八雲?」
「任せて下さい!」
「何かあったら俺に任せとけ!」
八雲は自由に羽ばたいて俺の斜め上を悠々と飛んでいるけど、その表情は緊張に満ちた顔。怖い目に合ったばかりなんだから無理もないけどそれでも懸命のその姿は綺麗だと思った。後はつけて来ているヤツらの動向次第で俺の対応も変化するが……さてどう出て来る?
前方、遠くからこちらを伺っている二人が動きを見せて移動する。姿が見えた訳じゃないけど、生い茂る草の動きが俺に居場所を完全に教えてくれていた。八雲の動きに合わせて振り返り、後方の二つも居場所も把握すればその両方も動き始める。
敵としてだけ対処すればいいと言われれば圧倒出来る自信は勿論ある。だけど、完全に敵と判断できないこんな状況は初めての経験で神経が磨り減る。
焦らされているような感覚を持続するのは心を削り異様な緊張を強いられる。
早くしろなんて思いもするけど、相手からすれば隙がありすぎて逆につけ込み難いのかもしれない。
一番太い幹の樹を背にして座って前方の移動するヤツらだけにターゲットを固定し欠伸する演技。本当に欠伸がしたい時なら良いけど、こうしてワザとする欠伸はどうしてもワザとらしくなってしまうもので何だか無性に恥ずかしい。十分以上の時間が流れた頃にようやく一人がこちらに手を振りながら接近してくれたのだった。
本話もお読みいただきまして有難う御座います、
ブックマークにも感謝です。
気がついたら文字数が50万文字を越えていました。
まさかこんな文字数に達するなんて思いもしていなかったので驚きました。
塵も積もればなんとやらとはこのことなのでしょうか・・・。
読んで下さる皆様のお陰でもあります。
本当に有難う御座います。
次話以降も宜しくお願い致します。




