初めての……
ルセルを出発して一日、ルセルを目指して森に入った日数を考えれば幾分か気分は楽だ。何せ目指すべき山頂の竜殿が目に見えているから、近づいている感覚を得ることが出来るのは大きい。
ゾルじーさん達から聞かされていた話がある以上、警戒心が強くなるが至って何も無いのが気持ち悪い。そんな気持なんてどこふく風で宙舞う三人組みは楽しそうにはしゃいでいる。率先して行く道を確認しては、あっちの方が良いとかこっちから行く方が楽だのと教えてくれるので大分と楽だし。
「「「父様!この先に広い場所があります!」」」
「お~少し休憩すっかなぁ~」
三人に背中を押されて進む先には綺麗に広がった空間があった。腰を下ろして持たせてもらった食料を取り出し四人並んで仲良くご飯。こんだけ広い空間なのに何で草しか生えてないんだろうか?
そんな違和感を覚えて確認してみるも変わった様子は見て取れない。何も無いなら気にかける必要もないか……それよりもう後半日と掛からず竜殿に到着出来ることを考えればおのずと意識はそちらへ傾く。
標高も低いし、ノヴィスの登山に比べればどう考えても楽そうだと感想を得る。アレぐらいなら龍力で強化した状態で一気に走れ抜けたら一時間も掛からないだろう。飯を食べ終わった雲母、八雲、出雲の順に広い空間を縦横無尽に飛び回り気持良さそうに飛んでいる。
そんな光景を見ていると俺も飛んでみたくなるものだが、俺には龍の力こそあれど空を飛ぶ能力は付加されておらず黙って見上げるまま。自由に飛べたら楽しいだろうし目的地まで移動するのにどれだけ楽だろうか?
そんな隣の芝は青く見える気持に蓋をして立ち上がる。
「きゃっ!」
不意に耳に入った声に視線を向ければ錐揉み回転で八雲が落ちて、出雲と雲母が落下を阻止しゆっくり降下し俺は走る。俺の掌に八雲を着地させるが垂れるように置かれた八雲は気を失っていた。何かが八雲の頭に当たったようで額から一筋の血が流れ落ちた。それでも直撃の瞬間に妖精が行使する結界を展開出来ていたようで、改めて彼女達の力の凄さを垣間見た。
「父様! 八雲がっ!」「八雲! ちっ血が!!」
「落ち着け二人共! 気を失ってるだけだ!俺の後ろに来い!」
目で空間を確認するも何も反応がない、物理的な力で狙撃されたのか?木陰に移動した所で二人が八雲へ近づいて癒しの力で治癒を開始する。彼女を地面の寝かし、二人にはここから動くなと釘を刺して俺は周囲を見渡す。狙撃なら弾丸となる何かが落ちているハズ。草を掻き分けブツを探せば簡単にそれを発見することができた。
「木の杭? ボーガンみたいな物で射出したのか」
望遠状態にした目で地面に刺さった杭の斜線上を見るも先にあるのは薄暗い森。それでも暗さなど関係無く見抜く目を持ってすれば先を捉えることは用意だ。
瞬間。
ビュッ! 空を裂く音と共に杭が連続で飛来する。
龍の手の甲で一本目を防ぎ、二本目は手刀で叩き折る。
三本目に備えたもののそれが飛来しなかった。
何かが居たのは確認出来たけど草木に姿を隠されてしばえば、いかにこの目でも捉えることは出来ない。俺の頭に浮かんだ最初の言葉は「妖精狩り」ルセルの話と照らし合わせれば答えはそれしか無いだろう。警戒心を最大限に上げて三人の場所まで戻った。
「父様! 八雲は大丈夫でした!」
「目が覚めました!」
「八雲、大丈夫か? どこか痛いか?」
「父様~頭がクラクラします~」
「脳震盪だな。大丈夫、しばらく寝ていれば問題ない。他はどうだ?」
「大丈夫です~」
一応試しに俺の力を流してみれば、なんということでしょう! 見る見るうちにその表情は穏やかな変わり俺は安堵した。どうやらダイレクトに俺の力を受けた三人ならば、俺の力を流す行為そのものが治癒のそれに当たるようだ。
傷は残る事は無いとは思うけど、おにゃの子の顔を傷物にした罰は即刻執行されなければならない。後悔と絶望を同時に味あわせてやろう。
フードに八雲を寝かして二人にもフードの中へ入れと言い付けた。こんな時の龍製の衣類の凄さを感じさせられる。力を流せばフードは深くなり三人を入れても余裕が有る程。俺の両肩に手を乗せた出雲と雲母からは怒りが見て取れるけど、ここは俺がやるべき所だから手は出すなよとさらに釘を刺した所で体に龍力を纏う。
ぶーん! ぶーーーーーん! ぶーーーーーーん!
例のうざいのが飛来するけど出雲と雲母は何やら意思疎通が出来るらしく、しばらくぶんぶん飛んでいたそれらは四散してくれた。助かった、アレにずっと付きまとわれようものなら俺は確実に発狂するしか道は無いからな。では、改めまして刑の執行を始めましょうか……屑が。
両脚に力を溜め込んで、それを一気に爆発させ加速すれば一瞬の内に速度が上がる。両耳から「凄いです!」「早いですぅううう!」なんて声が聞こえれば少しだけ心に余裕が生まれる。冷静に木々を掻き分けて突き抜けた先、そこは地割れでも起こったように地面が口を開いていた。
開いた口の幅は約十m程度、今の加速力を持ってすればこれぐらいは余裕で飛び越えられる。そう判断を下して跳躍すれば一瞬だけ玉ひゅんを感じたけど、ノシュネの背から落下した事と比べれば余裕さえ感じる。
着地と同時に失速せずさらに加速、出雲が「左ですっ!」と叫びナビゲートしてくれる。高性能ナビの指示通りに左を向けば杭が飛来、目の前の木を蹴り方向転換して加速。この程度の動作なんざこの体ならば簡単に実行に移せるし難しいことなんて無い。
連続で俺の頭部を狙う杭が飛来するも、この高性能ナビには迎撃システムも搭載されているらしく飛来する杭は次々と焼かれて速度を食われる。俺は杭に反応することなく進めるし二人も燻った気持を少しは処理出来る様で助かるのだ。
「み~つけたぁあああ!」
「おぶっ!」
速度が乗った飛び蹴りの威力は凄まじく、蹴ったそれは地面にバウンドせず木に衝突して止まった。それを見届ければ体を落として左の人物の足を払い、右にはカエルパンチをお見舞いして吹き飛ばす。足を払われた者の意識を刈り取らない理由は明白、話が聞けないからその一点のみ。狙撃に使ったであろう武器を構えるが撃たせてやるほど俺は優しくなんてない。鳩尾を踏み込んでから構えてた手にも蹴りをプレゼントすれば鈍い音と絶叫が木霊した。
「お前をどう処分すればいいんだろうな?」
「ひっひぃぃいいい」
「どう殺されたい? 引き裂いて中身をブチ撒けて苦しみながら死ぬか?」
「ひいいっぃいっひいいっいっ命だっだけは!」
「お前は獣人族だな? 妖精狩りをしていたで間違い無いんだよな? あぁ~少しでも妙な素振りないし俺が嘘だと判断すれば……分かるな?」
「はいっぃいぃいいい」
ドラシャールを高速展開して首にその湾曲した白金の刃を突きつければ簡単に言葉を生む。
「よっ妖精をっそのっ狩ってかってましたっ」
「それはもう分かってんだよ。一々俺が説明を求めないと話せないのか?
腕を落としたら話すのか?」
身長は約二m、耳が倒れてガタガタ震える大男。
獣人族の見た目は多岐に渡る為、見た目だけでどんな種族なのかは分かり難い。目の前の男は犬っぽく感じる、見た目と中身を言い当てるゲームに興じるような気分ではないのだ。さらにドラシャールを動かしてみる。
「おっ俺はっベスティアからっ山を越えてきたんだっ! おっ王の命でっよっ妖精を狩れって」
「百年前にも似たような事をした王は国に逃げ帰ったとか聞いたけど?」
「そっれは知らないっ! ひゃっ百年前っ俺はまだ戦士じゃなかったからっ! ほっほんとうだ!」
「王は何でそんなことさせたんだ?」
「ルセルの力を削いで……戦争をする為だって」
「ここ最近も妖精狩りをしてたのか?」
「おっ俺達の後にいくつかの小隊が動くことになってる! 本当なんだ!
俺達が戻ればもっと大掛かりに狩りを始めるんだっ!」
「その武器は?」
「これはっ、王達が制作したんだ……魔道弓って代物で魔法が使えないヤツでもこの石に魔力を溜め込めば誰でも使える」
魔道弓。
飛ばす物体その物に魔力を纏わせないから残光が見えなかったのか。それでも俺が走った距離を考えれば相当な飛距離で、そんな武器を装備してくれば接近するまでにやられてしまう。獣人なんて言うもんだから、己の肉体のみで戦うことに誇りでも持ってるかと思ったけど現実はそんなことないって訳かよ。
「それで何でルセルと戦争するんだ?」
「分からない! 族長達の大半は反対してたって聞いたけど王が反対する族長達を処刑して……」
「独裁か」
「俺達の族長も殺されてそれで! 一番槍として行けって言われて……」
「お前は反対なのか?」
「当たり前だ! 戦争なんてやりたくなんか無い! でも仕方ないだろ!
目の前で族長が殺されて! 女達は犯されて! 俺だって!」
内部は一枚岩じゃないって事か。
逆らえない状況が生まれてそうするしかもう手立てが無いって感じだろうか?
「何人の妖精を殺した?」
「あの妖精が一人目だっ! あんたが初めに蹴ったヤツが撃ったんだ!」
「これからどうする? 見せしめにした方がいいかと考えてるんだけど?」
「たった頼む! 命だけは!俺は結婚したばかりで……だから!」
「でもこのまま帰ればどっち道さ……」
「くそっ!」
「そこの二人は仲間なのか?」
「あいつらは王の部下だ。俺がちゃんと妖精を狩るかどうか監視してたんだ」
「でもお前は打てなかったんだろ?」
「出来なかった……それで俺は」
それから男はベスティアの内情を聞いてもないのに話し出す。国と聞けば住む場所があって城がある、ヴォルマやジョコラにノヴィスはそういう形だ。でもベスティアは違うらしい。王の下に十の部族があり、王が住まう地を中心に円を描くようにそれぞれの部族が生活をしているらしい。
そして何かあった時には族長が王の地へ赴き会議を行うとのこと。だが、殺された族長を初め現在の族長の多くは王に対して忠義心が薄い。故に王はそういった部族の長を殺し強制的に従えたと。そんな事したら反発が生まれて徒党を組まれ下克上が起こりそうなものだけど。
そこまでしてルセルを落とす意味は一体何だ?
ニーナが滅ぼした後に再建されたベスティア、懲りたはずのゾルじーさんの一件。恨みか? 今の王はニーナに殺された王の子供で恨みを持っているからこその戦争。そう考えれば納得は出来るけど族長を何人か殺して、女達に酷いことをして従えてまでやるのか?それこそ下克上だろうに。
このままだと遅かれ早かれ戦争へ発展する可能性が高い、それに妖精狩りが本格的になれば殺される妖精が生まれる。それは到底許容出来る訳も無いしどうにかしないと駄目だ。コイツらが戻れば本格的になるが帰りが遅ければ捜索隊も組織されるかもしれない。
「舐めるなよぉお!」
吹き飛ばした二人が俺を強襲しようとしたところで出雲と雲母が対応した。
八雲の敵討ちとばかりの攻撃、止めようとしたが既に遅く二人の腹には穴が開いて絶命した。それを見た俺は絶句、目の前の男は漏らした。
ちゃんと危険だと教えてはいたハズだけど二人から放たれた力は絶大。笑顔で殺しました!とか言われたらどうしようかと思ったけど二人の顔を見れば分かる。自分で命を奪ったという重さをしっかり受け止めた顔、俺も始めて殺したミートボールを思い出す。俺はこんな顔をしていたのだろうか? それとも……。
「「父様……」」
「俺を助けようとしてくれたんだな? 八雲のことも思ってそうしたんだな?」
「「はい」」
「お前達のした事は例えどんな理由があれど褒められることじゃない。俺がそれを言うのも何だけどな?」
「「…………」」
「それでもどうしようも無いって時はあるし、俺も昔同じ事をしたから責めるなんてことはしない」
「「……」」
「これからは俺も考えるから一緒に考えような? だからもう泣くな!」
「「父様ぁあ~~」」
二人を抱きしめて俺は決断する。
「お前はこの話を持って国へ帰れ、少なくとも殺されたりはしないだろう」
「でもっ!」
「いいか? 俺はルセルの人間じゃない、ギルドの依頼で森に居たところ遭遇して迎撃したらやられたと伝えるんだ」
「そっそんなことしたら! あんたが狙われるんだぞ!」
「あの距離で狙った杭に全部対応したぞ?」
「……」
「俺はこれから竜殿へ向かう予定なんだ、だからそれも伝えろ。そして王に反発するヤツらにこの話を流せ」
「それに何の意味があるんだ」
「仮に王を打倒するなんて動きが起これば俺も加勢はしてやる」
「あんたが凄いことは理解できる! でもそれは自惚れだろう! もし失敗でもしたら次はどうなるか!」
俺は龍の手を出し、眼帯を外して男の前にしゃがみ視線を合わせる。
「あんた……それっは!?」
「俺はオトシゴだ」
「オトシゴ様!」
「だから信頼はいらんけど信用はしてくれ」
「王には俺がオトシゴってのは漏らすなよ? お前の信頼出来るヤツらにだけだ」
「おっオトシゴ様! 本当に本当に手を貸してくださるのですか!」
「あぁ、ルセルは俺にとっても大切な場所だからな? そこが戦火に塗れるなんて考えたくはないんだ」
男は涙流して頭を下げた。そして地図を俺に渡す。
男が住む集落が書かれた地図、信頼無くとも信用は得れたらしい。死んだ二人の遺品を持たせて国へ帰らした。去り際にバリエンテと名を名乗り俺もそれに答える。出雲と雲母はしばらく泣き止まず、それに呼応したかのように天から雨が振り二人の涙を溶かしていった。
本話もお読みいただきまして有難う御座います。
ブックマークにも感謝します。
本話から新章に入りました。
だいたい十話前後を予定しておりますので次話以降も宜しくお願いします。