やはり良い物です
ノヴィスで俺の心はぐちゃぐちゃになった。
あの後、ラガノが馬車を用意してくれて護衛騎士を二人共なって出発となる。
二人の騎士が馬車の前方を行き、御者にはクレフィアから命令を受けたティルが乗り込んでいる。ちなみにラガノは俺と荷馬車の中、狭くはないが広くもない空間に男二人とは。テュルがいてくれたら良かったのに!!
「で?俺に聞きたい話って何?」
「自分は何も言ってないぞ?」
「へぇ~職権乱用してまで乗り込む意味あるの?普通ならテュルがここにいると思うんだけど、騎士団長殿?」
「いや・・それはだな!久しぶりにシン殿と話そうかと思ってだな・・・」
「マーレがなんだってええええ!!!」
「声が大きい!!!」
ラガノに口を塞がれてフガフガしてたところをテュルに見られた。
凄く気を使って見ないフリしてくれてるし、いい子だなぁ・・・。
相当に焦るラガノを横目に手を払いのけたら、神妙な顔で俺に問う。
「頼むから大きい声で話さないでくれ・・シン殿」
「初めから話逸らさずに言えよ!テュルに変な目で見られただろ!」
「これでも騎士団長なのだ・・」
「恋に現を抜かしてたらわけねぇーもんな」
「返す言葉も無い・・・」
「で?何さ?」
「マーレ殿は何が好きなのっだ・・・」
「え?なんだって!!!」
「シン殿!!!声が大きい!!」
「ふがっ!!」
再び口を塞がれてドタバタしてたらテュルにがっつり見られてた。
目が合ったからな、空気が読めるテュルはすぅ~と目線を泳がせてから前を見てた。もうダメだ、完全に変態に見られたわ。
「シン殿!」
「言うならはっきり言えよ!馬車の中なんだからガラガラうっさいんだって!」
「済まなかったから!声を抑えてくれ!!」
「で?」
「っまっまマーレ殿は何が好きかを聞きたくてだな」
「名前言うだけで緊張してんじゃないわよ!ちゃんと呼びなさいよ!まったくこれだから童貞は!」
「なぜっ・・それを・・・」
「えっ・・」
馬車の後方、流れる景色を見て心を清らかに綺麗な空気を吸い込んだ。
「まぁ・・・なんだ人それぞれだから気にすんなよ・・・」
「さっきの話の答えを教えてもらえるか・・」
「マーレはお茶が好きだよ、何度か一緒に買いに行ったことあるからな」
「お茶か・・・」
「ラガノとは無縁だな・・・」
「シン殿、何かいい案は無いだろうか?」
「んな懇願するような目で見るなよ!」
「騎士としての心得なら幾らでも答えることが出来るのだが・・」
「脳筋かよ。今度マーレが来たら買い物にでも誘ってやればいいだろ?」
「そっそんなことっ!!行き成り出来る訳ないだろう!!!」
「声でけぇよっ!」
三度、テュルがこちらを見ていたから俺は笑顔で手を振ったら会釈だけされてスッと顔を逸らされた。
「シン殿・・自分には大きすぎる壁なんだ」
「そんなことばっかり言ってたらどうにもならんだろ?それにマーレだって何度もノヴィスに行く訳じゃないんだぞ?」
「そっそれは・・・」
「なら数少ないチャンスを生かせって、死ぬ訳じゃないだろ?」
「・・・」
「俺からお茶が好きとか聞いたって言ってから、お茶の葉が売ってる店にでも行けばいいだろ?」
「うっうむ~」
「後、小物とか好きだからティーセットでも買ってやれよ?金あんだろ?」
「それは・・普段からあまり使う事が無いから貯めてはいるが」
「何にしてもチャンスは多くないんだし、マーレからしたら人間との別れなんてあっと言う間だぞ?」
「ぐっ・・」
「まぁ後は自分が決めるこった、どうせ後悔すんの分かってんだから真正面から行けよ騎士だろ?」
「ふふっ・・騎士と言われたらもう引けぬな、シン殿・・・・やってみよう」
「おうよ」
会話が終わり、互いに何かを達成した時のような余韻に浸っている中で早めの食事を取る事となった。テュルが俺達から距離を取っていることに対してげんなり、ラガノを睨んだらまったく気がついて無い様子。ここからはラガノがテュルの変わってくれるそうで、俺は誤解を解くチャンスを得た。
「飯美味かったよ」
「あっはい!ありがとう御座います・・」
「あのさ・・」
「へっ!べっべつに良いと思います!」
「なっ何が・・・」
「そのっ男同士でも別に引いたりしませんから!!」
「ちっがーーーう!!違う!!勘違いだって!!」
「でっでもあんなに仲良く・・・」
「違うから!あれは色々と相談に乗ってただけだから!思い出して!俺の事!」
「えっと・・・あ~シンさんは女の人の方が好きですよね!そうですよね!」
「そうそう!!流石テュル!!話しが分かる女はモテルぞ~!!」
「あっありがとう御座います!!」
事なきを得た、俺はホモォなんかじゃないんだ!本当ならここでぐにぃの素晴らしさを伝えたいけど、引かれるのは確実。ならばもう黙っているしかないだろう。なんか不安になる本当に分かっているんだろうか?さっきからチラチラ見てるし、何かとんでもないこと言ったりしないよね?信じてるよ?
「あのっ・・シンさん!!お願いがあるんです!!」
「なんだい言って御覧なさい?私に出来る事であれば何でも協力させて貰いますよお嬢さん?」
「何でそんな話方なんですか・・・でもっ今、何でもって言いましたよね?」
「それは嘘だ、何でもは出来ない」
「シンさんにしか出来ないことなんですっ!」
「おっおう・・・どうしたんだそんなに身を乗り出して」
「その、この前・・シンさん小さくなってましたよね!!」
「なれるけどあれは小さくなり過ぎると体があんまり言うこと利かないんだ」
「お願いします!小さくなってください!」
話を聞くに俺が小さくなった時、エルジュが抱っこしてたのが羨ましかったそうで抱っこしたいそうだ。ほもぉ疑惑を完全に払拭し今後そんなことすら考え無い様にする必要もある、俺としては断る理由も無い!
「はぁ~~かっ可愛いです!!」
「あぎゃっ!」
「だっ大丈夫ですかっ!」
三歳児の小さい俺からしたら馬車の揺れは半端なく、後頭部裂傷拳を喰らった角で。
「いたい・・」
「シンちゃんって呼んでもいいのよね!そうよね!」
「あうっ~」
「頭痛かったね~もう大丈夫だからね~」
「いたかっちゃ・・・われりゅかとおもた」
「うんうん!お姉ちゃんが撫でて上げるからねぇ」
完璧な破壊力にテュルはもうメロメロらしく、ちゃんと完膚亡きまでに『ほもぉ』は払拭出来たようだ。にしてもテュルのぐにぃも気持ちが良い~馬車の揺れも相まってだね?にひひひひ~ただ顔が寒い。
「おねしゃん・・・お顔さむい・・」
「大丈夫だよ?こうしてっと・・これでどう?」
「あったかくなったね!」
「うんうん!可愛いな~髪もサラサラだし、真っ黒で綺麗だね」
「おねしゃんもきれいだよ!」
「えへへ~ありがとう~!」
テュルは着ていた外套の中に俺を入れて首から頭を出してくれる。
完全に密着しているわけでね?僕のほっぺはぐにぃしてる状態なんですわ。
「おねしゃんいいにおいだね」
「ふふ~んそうでしょ?うりうり~」
「ん~っ!」
何をされたかと言うとまぁね?頭をぐにぃに押さえ付けられたまま体を揺さぶるんですよ。そうしたらね?ぐにぃがぎゅーぎゅーして凄かったんだ。
「んふふ~小さくなると中身まで小さくなるんだね~」
「おねしゃん・・・眠い・・・」
「ご飯食べたばっかりだもんね~こうしてて上げるから寝てていいよ?」
「ん~」
ぐにぃ枕はとても心地よく、背中をぽんぽんしてくれるもんだから気持ちよく眠りに落ちた。どれぐらい時間が経ったか分からなかったけど、次に起きた時には見送り地点に到着していた。もっと堪能してたかった・・・。
ラガノに起こされるも中々離してくれなくて難儀するのだった。
最後に少しだけを続けること十五分で解放された俺は元のサイズへ、その時の彼女の表情は寂しさだけでとても残念そう。一応、元のサイズに戻る前に「おねしゃんまたね!」って笑顔で言ってやったらきゅんきゅんしてたよ。
「シン殿、ここから先は山越えだけで越えた先に港がある」
「おう、色々ありがとう!」
「シンさん!あのっそのっ絶対またですからね!!!」
「おっおう!まかせとけ!」
また会おうの意味じゃなくて、さっきの約束のことだろうな・・・気持ち良かったしまぁいいかな?各々に礼をいってから最後にラガノの脇腹へ肘をぐりぐりしたやる、分かってんだろうなって。
「騎士が言ったんだ守れよ?」
「うっうむ・・大丈夫だ!騎士は約束を守るさ!」
「戻った時に話聞かせろよ?」
「あぁ、良い話が出来るようにしておくさ・・」
「じゃっ行って来るわ!」
真っ直ぐ伸びた道を一人で進み出す、この世界に来てから一人で旅をするってのは初めてで何だかドキドキする。本当の意味で何かがスタートしたような、そんな気分。空気を思いっきり吸い込んで、歩き出す第一歩の感覚を俺はきっと忘れる事が出来ないだろう。不安はある、それでも何だか気持ちが良くてこの先には何があるんだろう?って期待も膨れ上がるのだ。
小さな丘を越えたら辺りの風景を一望する事が出来た。
後ろを振り返ったらラガノ達の姿がどんどん小さくなっていて少しだけ心細くもなる。なんだか少しだけ走りたい気分に駆り立てられ、龍力で身体強化して爆走を始めた。
「あれってシンさん走ってますよね?それも凄い速さで・・・」
「あぁ・・もしかしたら自分達はシン殿に時間を取らせただけかもしれんな」
「あはは・・」
「にしてもあの速さは本当に凄まじい」
「オトシゴ様だからですよね」
「だが、先代のオトシゴ様ですら龍の力なんて使っていないと聞いている」
「シンさんって本当に凄いな~」
ニートでミートだった頃の俺なら既に息を荒げて転んでるな。
全然疲れないのが楽しくてしょうがない!なんだこれ!!なんだこれ!!!
「なんだかあそこから凄い土煙が上がってる・・・」
「何かあったのか!!」
「転んでたりして・・・」
「流石にそれは無いだろう」
あぶねっ!こんな速度で転んだら身が削れるぞ。この服と龍力の凄まじさを思い知らされるぜ!!この山を真っ直ぐって言ってたな!
坂道でも難なく走れそうだな!どれぐらい走れるかやってみようかなっ。
「あっ!あれシンさんだ!!」
「なっ!!もうあんな所まで・・・山道走ってるぞ」
「はぁ~底知らずだなぁ~」
「本当に時間を取らせただけだったな・・」
木が多くてあんまり速度出せないな下手すりゃ衝突しちまうか。
光りもまだ傾いてないしゆっくり行こう急ぐ旅じゃないんだからな。
着実に足を進めて行く先には綺麗な緑ばかり、迷子になりそうでそれでも進んでいるっていう実感はある。峰がもう見えてきているからで、先には小さいながら町がうっすら見えていた。あそこから船旅か!今日中に到着出来たら船に乗れるかもしれん、そしてまた爆走を開始したのだ。
山を疾走する俺はさながら原住民のように見えるかもしれない。
右へ左へステップして木を避けならがどんどん進んで下り道。
勝手に速度も乗るもんで、幅が五メートル程ある谷もぴょーんとジャンプで飛び越える。飛びすぎて木にぶつかった時は恥ずかしかったけど誰も見て無いから大丈夫さ。
「おい!得物はどこいった!!」
「分からん!ただあの木が揺れていたんだ!もしかしたら木に登るかもしれん!!」
「いいか!俺が足を矢で撃つからそしたら魔法で焼くんだぞ!!」
「まかせとけ!!」
「あんな速度で走る動物なんて見た事が無いぞ!」
「あれ狩ったらギルドでの地位も上がるしモテるだろうな!」
「そしたら女と遊び放題だぜ!!」
何かの動物に見えたであろう二人には狙う獲物の姿を視る事は出来ないだろう、既にその場にはいないのだから。土煙だけが立ち昇り待てど暮らせど何かが起こる事などは無かった。
坂道って面白いな!どんどんスピードが上がるわ!あはは!どんだけー!!
調子に乗って走り続けれるも疲れることは無くて寧ろ気持ちいい。
これがランナーズハイってやつかな?違うか?あはははは!!
走り飽きた頃には完全に下山していて夢中だった自分が馬鹿らしかった。
途中で誰かに狙われたような感覚があったけど多分勘違いだ。
町ももうしっかり見え始めていて潮の香りを感じる。
ヴォルマで育った俺には心穏やかになる香りで気持ちも逸る。
人の姿も少しずつ増えてきて、回りから見たら俺は旅人に見えるんだろうか?
なんて思ってにやける。立ち止まり伸びをしたらまた歩き出す、到着した町の光景は最悪だった・・・・。
本話もお読みくださり有難う御座います。
ブックマークにも感謝です。
次話は明日更新出来ると思いますので明日も宜しくお願い致します。