迎える者達 天に踊らされる
空は全てを飲み込みそうな暗さ
それを照らさんばかりに輝く無数の星
一番煌めいているのは黄金の星
アッズル海から吹いてくる潮風は心せ地よく
グラネ大連山の木々が鳴く
橋の手前でフェルチと同じ格好をした者達が五人、手にステラルを握っている。ソルナ龍殿の巫女が持つ太陽と月が合体したシンボルだ。
彼女らはステラルを胸の前で包むように持ち二列縦隊に並らび、列の真ん中にルナリアは立つ。
「では橋上まで行きます」
フェルチが合図すると列は前に進み出し、歩みに合わせてルナリアも歩く。橋上の結界を中和しながら中心点まで移動すると、中心点で六人の巫女達はルナリアを中心に円を描くような位置に移動した。
巫女はステラルを天に掲げるように両手を伸ばす。
「時間的にそろそろなの?」
フェルチに目だけを向けてルナリアが聞く。
「そろそろ月が昇りきる頃合ですね」
息を吐き身体と心に気合を入れる。
後ろからは三人の侍女達が声を送ってくる。
「ルナリア様頑張って下さいませ」
「ルナっちふぁいとーだよ」
「ルナちゃんガンバ!」
その声に一層の気合が入り空を見ると不意にグラネ大連山の上空が蒼白く輝く。
フェルチがルナリアに叫ぶように声を出した。
「来ますっ!」
「とても綺麗な蒼ねぇ」
その場に居た全員が同じ事を思った。
蒼はどんどん輝きを増していくと、箒星のように尾を引きながらこちらに向かってくると同時にルナリアが詠唱を始める。それは対象物の指向性を誘導したり変更させる魔法で、今回は龍玉を自分がいる場所に完璧に誘導する為に行使する。
「膂力よ我が望む方へ! レクシオーネ!」
ルナリアの手が蒼の方角へ向けられると人差し指の先から白い誘導線が真っ直ぐ伸びる。伸びた先にある蒼はまるで導かれるようにルナリアの方向に進みだす。ふとルナリアは思った事を口に出す。
「というかアタシこのままだとアレにぺしゃんこにされるんじゃないの!」
確かに軌道はこちらに向かうようにしたがその勢いを殺した訳では無かった。後ろに居たマーレとレスタがハッとすると息を合わせるように詠唱する。
ターニャも一息遅れて詠唱を開始した。
「光よ我らが願う、光の束となり堅牢な守りを! ランテスクド!」
橋上に射す光の中から光の紐が三本伸びルナリアの上空前方で三つの盾型魔方陣を模る。
三つの魔方陣は綺麗に重なるとより輝きを増す。
「ルナリア様、私共で勢いを削ぎ落とします!」
「ウチらにまっかせといてよ~」
「ターニャだって頑張るんだからぁ!」
ルナリアは笑顔になる。
「よぉーし! ばっちこおおおい!」
輝く蒼がランテスクドによって生み出された光の盾にぶつかる。
ゴギャン!
一枚目が割れそうになると盾の形を止め、蒼を包み込むように変化する。二枚目、三枚目も割れそうになる手前で同じく変化する。ギャリリイイリイイとドリルの掘削音のような音が響く。
「止まりそうね! 光を願う堅牢な守りを! ランテスクド! 二枚追加よ!」
詠唱中略で魔法を発動するとさらに二枚分追加され、これで完全に勢いを殺しきれると油断した。
ビキッギリリリバリィイン!容易く割られる。
その場に居た者全員が目を見開き、まずい!ととっさに思うが遅かった。
「ルナリア様逃げてくださいいいいいい!」
普段冷静なマーレが悲痛な叫びを上げレスタとターニャは声すら出ない。
「あっ……」
ルナリアがぺしゃんこになると思うと同時に動きが起こった。
貫通した蒼から魔方陣が同時に五つ展開される。
展開した魔方陣は高速で回転し蒼を中心に衝突すると眩しい光が辺りを包む。
皆が手や顔を背ける。光が収まって彼女達が初めに見たのは、蒼白い龍玉がふわふわと浮いていてなんとも不思議な光景だった。
「ふぅ~、ぺんしゃんこ回避だわ……」
「ルナリア様お怪我は御座いませんか!」
マーレが駆け寄るとレスタとターニャも側に来て心配そうな顔している。
「ふふん。大丈夫に決まってるじゃないの!」
三人の侍女は安堵の表情になり、フェルチ達も手を元の位置に戻して安堵の顔を向けていた。
ルナリアは目の前にある自分の頭より大きい龍玉を見つめて言う。
「危なかったけど凄く綺麗だったわね! それにこれが龍玉? 今まで見てきたどんなモノより綺麗よ!」
「はい、とても綺麗ですね」
「はぁ~これが龍玉なんだね」
「キラキラなの!」
感想を述べているとフェルチが四人を見て言う。
「ルナリア様、龍殿に運んで下さい!」
「確かこの後はこの龍玉を魔力媒介にして圧縮するんだったわね!」と言いながら龍玉に触れようとした瞬間、龍玉がまばゆい光を放つ。
「え? うあっ!」
リィィン
龍玉から綺麗な音色が鳴り響くと光は全方向へと拡散して辺りが昼のように明るくなる。
「ルナリア様!」
フェルチが叫ぶ。龍殿に運ぶ時間は無い。
どういう訳か勝手に魔力を放出し拡散を始める。
「ここでやるしかないようねっ!」
手に魔力を込め龍玉を見ると、拡散した魔力に意思でもあるのか自ら魔力圧縮を始めたのだった。
「えーと? アタシ何もしてないわよ?」
「そっそうですね。でもなんで……」
ルナリアとフェルチはどうしていいか分からず三人の侍女を見る。
「私共に聞かれましても……」
「いやー流れ落ちるの見ただけだし」
「ターニャに分かる訳無いの……」
最早全員が観客になったかのように龍玉を見つめるしかなかった。
リィィィン リィィン リィィィン
暫く綺麗な音色を聞きながら龍玉を見つめている。
「ねぇ。どうなるのかしらねぇ?」
「もう何も分かりませんね」
「魔力を持って行かれてる感じがするわね!」
「もしかしたら私達の魔力と龍玉の魔力が混成されているのかもしれませんね」
「なら、おもっきり流してみようかしら?」
「何があるか分かりませんし止めておいた方が懸命です」
「そう? なら仕方ないわね」
「はい」
ルナリアとフェルチは投げやりな感じで会話を続けている。
リィィ リィィ
次第に音が小さくなると観客は一層注視する。
リィ……
音が無くなると龍玉全体が蒼白く光りながら玉の形が変化していく。
全員無言でそれを見る。
光が収束する時、ルナリアが両手を無意識に伸ばす。手の上に暖かいものを感じ、彼女はそれを抱くように引き寄せたのだ。光が消えると赤子が収まっていて、皆がルナリアが抱く赤子を見つめていると
「何もしなくても綺麗になるようになったんじゃないのかしら?ねぇ?」
その一言で全員が疲れた表情になるのであった。
辰一転生の瞬間である。もちろん全裸の赤子。
「おくるみが必要ですね」
「そっそうね! このままじゃ良くないわね」
「はぁ~すっごい可愛いねぇ」
「ターニャも見る見る!」
「本当、とても可愛いわね!」
「取り合えずお城か龍殿に行きませんか?」
フェルチが皆を促す。
「城に戻りましょう。あなた達ずっと魔力使ってるから疲れるでしょう。あなた達もありがとうね」
フェルチ以外の五人に礼を言うと五人は笑顔で頷く。足取り軽くルナリアが来た道を戻りルナリアの部屋へ向かう。城に中に入ると他の侍女達数人が必要になるであろう物を用意していてくれた。
マーレがそれを受け取ると礼を言いルナリアの部屋に入ると、おくるみに包まれた赤子を抱いたルナリアが疑問をぶつける。
「この子全然泣かないけど大丈夫なのかしら?」
「確かに泣かれませんね」
「肝が座ってんじゃないの?」
「病気とかじゃないよね?」
赤子に穴が開きそうなほど凝視して三人も赤子を覗き込み凝視を始める。フェルチも少し不安になったのか近くまで来て覗くように見る。
刹那、「ふぇえええええええ」タイミング良く泣き始めた。
「どうしたらいい? 急に泣き始めたんだけど!」
「ルナリア様あやして上げてくださいませ」
「あっあやすなんてした事ないわよ!」
「ルナっち揺らして上げたらいんじゃない?」
「ターニャがやるぅう」
「びえぇえぇぇえええええぇえ」
赤子の世話なんてした事が無い四人は戸惑うばかり。
「ルナリア様、私に任せてください」
「えっええ任せるわ!」
フェルチが赤子を抱いてよしよしとばかりに星の歌を歌う。その歌はとても綺麗で優雅なもので慌てていた四人も美声に酔いしれる。
赤子はというとシーンと泣き止んでいた。
「凄いわねフェルチ。そんに美声だったなんて知らなかったわ!」
「フェルチさんとても綺麗な歌ですね」
「フェルチに以外な一面を見た!」
「フェルチちゃんすごい!」
賞賛が送られたフェルチは顔を赤く染める。
「いっいえ……ありがとうございます」
「フェルチ今日は城に泊まって行きなさい!」
「えっ宜しいんでしょうか?」
「マーレ、フェルチに部屋を用意して上げなさい」
「かしこまりました」
「私も手伝うわ」
「ターニャもやるの」
三人が部屋から出てフェルチの寝床の準備に向かった。
「これからどうしたらいいのかしらねぇ?」
「どうしたらと言いますと?」
「この子よ。龍玉から生まれじゃない、誰の子と言う訳でもないでしょう?」
「そうなりますね」
「アタシは親が居ないのは可愛そうと思うのよ?」
「ええ、それは同感です」
「龍玉から生まれた子には使命があるって前に行ってたわよね?」
「そう聞き及んでいます。英雄と呼ばれたオルゾン=ボレンツ様も使命があったとか」
「タツノオトシゴ、そう呼ばれるだもんね。それだけで有名になるわ。それで?」
「はい?」
「この子にもその使命があるんでしょう? て事よ」
「あぁ!」
フェルチは言いにくそうに口を開く
「邪龍絡みじゃないか? って言いましたよね?」
「そう言ってたわね。でも違うとも言ったわよ?」
「はい。私がそんな事を思ったのは龍逢と使命を聞いたからです」
「使命を聞いていたの!? でもあなたそんなこと言ってなかったじゃない!」
「申し訳ありません。ただ……どうしてもおかしいって思ってしまって」
「はーもういいわよ。で? おかしいって思ったのはどうしてなの?」
「書物で知ったんですが使命については全て語られないみたいなんです」
「へぇ~王になれ! とか国を滅ぼせ! とかそんな感じだと思ったわ!」
「具体的には語られないそうですが、この子の使命は完全に語られたのです。それもおかしい内容で」
「分かり易くていいじゃない! 簡単なのはいい事よ? おかしな内容ってのを聞かせて頂戴よ」
白い龍がフェルチに言ったままを伝える。
「龍玉に収まりし魂はただ思うよう生きなさい。そう仰りました」
「生きることが使命なのかしらね?」
「内容なだけにどうして怪しんでしまったんです」
「ふ……」
「あの」
フェルチが抱く赤子の頭を優しく撫でたルナリア。
「ふふっ……」
「ルナリア様?」
「あはははっはっ!」
「どうかなされましたか?」
「うふふっははは。はぁーだいじょははっは」
お腹を抱えて笑う彼女を不思議そうに見るしかできなかった。一頻り笑った後、気合でも入れなおしたのかいつもよりキリッとした彼女が赤子を見据えた。
「何も疑う必要なんてないわ! 思うように生きるってのが使命なんでしょ?」
「まぁそうなるんですけどでも使命が生きるって」
「この子が楽しく生きる事が出来たらそれでいいんじゃない?」
「そうですよね。寧ろ難しく考える必要はないのかもしれませんね」
コンコン
「失礼します。お部屋の準備が出来ました」
三人がいつも通りの順番でフェルチのお礼を聞きながら入る。
「後は親ね親」
「親ですか?」
「親がどうしたの?」
「なになになに?」
何かあるのかと聞かんばかりだ。
「この子の親のことをどうしましょうかって話よ」
「龍殿で選出するべきではないでしょうか?」
マーレが当たり障りの無い回答を送る。
「考えたんだけど! この子はアタシが育てるわ!」
「いけません」
即効で提案を蹴られると思わなかったルナリアがバッと立ち上がる。
「なんでよ!」
「ルナリア様は御成婚もされておりません」
「でも龍玉から生まれたタツノオトシゴなのよ? 蔑ろにするのかしら?」
「そっそれは……ですから龍殿で選出をと言っているのですよ」
「ヴォルマの誰かに育てられるのはいいけど、それならアタシ達がしたって同じでしょう!」
フェルチが口を挟む。疑問に思う一点を上げ。
「ルナリア様? 達ってどう言う意味なんですか?」
ルナリアは下向いてニタァと笑う。
策士が自分の策にハマッた敵を笑うように。
「アタシ達はアタシ達よ! アタシがいう達はアタシを取り巻く環境ね!」
矢継ぎ早にルナリアが続けた。
「いいかしら? ヴォルマに龍玉が落ちたのは初めてなのよ? それにこの子の使命は生きることただそれだけよ? 面倒なことなんて何もないじゃないの!」
使命が生きると言う事を聞いてマーレとレスタは驚く。
「それだけなのですか?」
「シンプルでいいねぇ~」
ターニャは最早聞いてない。
フェルチの横で赤子を観察するのが楽しいようだ。
「タツノオトシゴだと言えば誰も反対しないわよ? この国を愛する者達ならね。それに多くの者が龍玉が落ちてくるのを見てるんだし。発表もしないといけないんだからね?」
「それはそうですが……ですがご成婚も考えて頂かないと」
彼女は王である。王が結婚もせず子を取るなんてどう思われるか分からない。それはただの子供の場合でしか当てはまらないのだ。
「アタシとフェルチの種族って男いないしねぇ?」
「エルフ族は男性も女性もいますけど、フェアリーを祖先とする私達シルキーには女性しかいません」
「恋をして結婚する人もいるけどね! アタシは正直どうでもいいわね!」
「そのような事仰られては困ります!」
「ルナっちのやりたいようにしたらいいじゃなぁ~い」
「ルナちゃんシルキー同士で結婚ってあるの?」
ターニャは生まれて二百年ほどのまだ幼いエルフ。エルフの年齢を人間換算する場合、二で割り一の位を消すと大体の年齢になるそうだ。つまりターニャは大体十歳ぐらいの幼女である。故に彼女はそちら側の話に疎い。そんなターニャにルナリアは間を置かず説明をして上げる。
「シルキーは男性と結婚して子を成す事もできるの」
「ターニャ街で見た事あるよ! 幸せそうだったの! シルキーの女の人と人間の男の人が双子ちゃんを抱っこしてたの! シルキーの人はターニャ達エルフみたいに尖がった耳だけど下向いてるから直ぐ分かるよ?」
「そうね、幸せは良いことだわ、でもアタシは」
悲しそうな顔を見せたルナリアにターニャが申し訳なさそうな顔を見せる。きっと何かあるんだと、十歳でも空気が読めるのだ。そうするとルナリアがケタケタ笑い出した。
「大丈夫よ! シルキーは女しか居ないけど男性と結婚出来るし、シルキー同士でも子供が出来るわ!」
「むぅう! ルナちゃん王様なのにそんな芝居いけないの!」
「ごめん。ごめん。まぁ~ターニャにはまだ早い話かしらね~」
「ルナリア様それで赤子はどうなさるおつもりなのですか?」
「いった通りよ育てるわ。ただ母としてではなくね? この国の家族としてね?あなた達にも手伝ってもらうわいいでしょ?」
こう結論を出すとテコでも考えを変えないのは分かってる。
「もう言いませんが発表はして頂きますね?」
「家族が増えたみたいで嬉しいわぁ~」
「ターニャに弟できたぁ!」
三者三様それぞれの思いとは別にフェルチが宣言する。
「龍殿でも同様にいたします。それに龍の意思を蔑ろにはできませんから」
「話はおしまいよ! 明日からよろしくね! あとフェルチ今日はその子お願いね」
「はい!」
これにて解散となった。
辰一が世界に着地しました。
これからゆっくり物語りが動いていきますので宜しくお願いします。
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