sideマーレ
ヴォルマに戻って今日で三週間。
日を追うことにノヴィスでも復興が進んで俺も顔を出す事が多くなっていた。
ソルナ達との鍛錬は相変わらずボコボコにされる毎日で強くなれているんだろうかと不安になる。それにノヴィスに行く度にソルナやルビネラに道を開いて貰うのもなんだか憚られてしまう。
一度、俺にもそれって出来ないかと訊ねてみたら「妾が送ってやるのじゃから気にすることはないのじゃ」そんな風に言われてしまった。教えたくないって訳じゃないんだろうけど、俺に問題無く出来るなら初めからそうさせていると考えてそれ以上は言わなかった。
ノヴィスでは中枢の人間が多く亡くなり、現在はそれを補填する為に必要なスキルを身に付ける期間となっている。結局、クレフィアが王位を継ぐことで収まったけどレアレの婆さんは最後まで俺に継げとしつこくて大変だった。
二人の姉、グローザとエルデはクレフィアの補佐をするようで毎日色々と頑張っているらしい。この二人の姉の長女ことグローザは聡明で落ち着きもあって内政に向いていると判断され、エルデは残念な烙印を与えられたらしい。でも、エルデの名誉の為に言うならば彼女はクレフィアより剣の腕が立ちラガノらと共に鍛錬しているようだ。他にも補佐の候補やらに数人選ばれて毎日しごかれているとの事。
今回、俺はマーレと共にノヴィスを訪れている。
理由は中枢に関わる仕事以外にも求められる人材が多くいるからで、マーレは新たな侍女を育成する為に呼ばれたのだ。何分侍女の数もそれなりでマーレ一人では大変だろうと、リエラにも頼んでタンテを寄越してもらった訳だが。
「いけません、それでは主人の邪魔になってしまいます」
「申し訳御座いません!」
「私共は常に動きを見て、何を欲しているのかを察せなければなりません」
「はい!」
「シン様! 落としてしまったナイフは自分で取ってはいけません!」
「はい、すいません……」
「例え落としてしまわれても何事も無く振舞って下さい」
「申し訳御座いません」
「シン様がそのような言葉を使う必要はありません」
「はい……すいません」
今日はテーブルマナーにおける仕事の何たるかを教えているのだ。
それに付き合わされて俺は主人役に抜擢されてしまったのは良いが、俺もテーブルマナーを叩き込まれるという惨事に見舞われた。食べれたらそれでいいじゃん? って内心思っているし、俺の前にレミナとエルジュに叩き込んで欲しいけどそれは叶わなない。マーレがビシビシ指示を出してあたふたしている新人侍女さん達を見ていると申し訳なくなってくる。殆ど俺がやらかしてたそれをカバーする為に動き、そして怒られるを何度も繰り返しているからで……萎える。マーレは侍女を中心に指導していて、何故かタンテは俺中心に指導してくれている。
「シン様、いいですか? ナイフを持つ時はこのようにして持ちます」
「はい」
「結構です、ではフォークとナイフで食べてみてください」
ナイフで肉を切り口へ運びモグモグ。
美味しくて顔が蕩ける、良い肉らしく肉汁が口の端から溢れてしまった。
いつも通りの洗練された動きをもって俺は服の端で拭こうとして怒られる。
「シン様いけません! ちゃんと用意された物を使用してください」
「すいません」
「あなた方も普段はこのような動作をする主人はあまりおられませんが、非常事態というものは常に有ると想定して動きなさい」
「はい!」
「すいません」
もう~やだ~この空間にはマーレとタンテ以外に十人の侍女候補が居る訳で眼福だけど、でも俺のせいで彼女達が怒られてたりしているのを見ていると消えてなくなりたい気持ちが膨らむ。こんな豪華な空間でこんな食事を取る機会なんて俺には無縁のハズなのにどうしてこうなった。
並んでいる侍女候補のおにゃの子達は皆若く一番若い子で十五歳だそうだ。
今回、募集された侍女候補はノヴィスに住んでいる人達ばかりでヒト以外はノシュネの張りぼて竜殿近くの家々から招集されたそうだ。
なんでも各家にもあの指輪の効果に似た物品があったらしく、効果は多種族に排他的思想を植えつけるような洗脳効果が有ったらしい。今となっては自分達が何でそんな気持ちを抱いていたか不思議らしく、皆仲は良さそうで何よりだ。
ただ誰かの思惑に寄って歪められているだろう事は明白だった。
だって全員のぐにぃがD級以上G級未満で揃えられていたらな、ぐにぃに目の無い馬鹿な俺でも流石に気が付くぜ。しかもこの部屋に入った時に、ぐにぃのサイズ順に並んでいたんだからもう確定だろ。あの婆の仕業に決まっている。
勘弁して欲しいぜまったくもうっ!
「シン様、今は侍女達の授業中ですからお顔をそんなに緩ませないで下さいね」
「はい。すいません」
朝から昼にまで行われた授業が終了した時、俺の腹ははち切れそうで吐きそうだった。「オトシゴ様! 今日は主人役をして下さって有難う御座いました!」
十人全員から感謝されて皆が俺に頭を下げてくれるけど、俺がしたのはミスばかりで最早羞恥プレイと呼んでも差し支えない。それでも! 十人全員が並んで頭を下げている様、もといぐにぃが垂れ下がっている様は見事で俺の心は晴れやかだ! 侍女候補の皆が退室した部屋ではマーレとタンテが今後の話を始めていたけど、俺は動くたくないのでそのまま天を仰いでいた。
「このまま小さくなったらお腹はち切れて死ぬんだろうか……うっぷ」
「シン様大丈夫ですか?」
「はい! 大丈夫です! すいません」
「私共の仕事を手伝って頂いて有難う御座いました」
「はいっ……うっ」
「ではマーレさん次回の内容も決まりましたので我々も帰りましょうか」
「そうですね、シン様歩けますか?」
「だいっじょうっぶっでっう」
結局、俺は二人に支えられて歩く。廊下がとてつもなく長く感じる。
「あのさ」
「「なんでしょうか?」」
「二人って似てるよね」
「「そうでしょうか?」」
「ほら、今だってハモってるし。マーレがヴォルマのタンテなら、タンテはジョコラのマーレって感じだな」
二人は顔を見合わせてから笑っていた。
「タンテさんの方が御立派です、お一人で何でもこなされておりますから」
「いえっ、そんな事はないですよマーレさんだって」
「ほら似てるでしょ」
会話が弾んでいた所で二人の動きが止まり同じ方向を見ていた。
俺はもう限界寸前で城の中ってのもあったから気が抜けてしまっていたが、不穏な動きがあったらしい。
「前回、ノヴィスに来た時も同じような視線を感じました」
「そういえばこの前も廊下を歩いている時でしたよね?」
敵がいるとでも言いたげで警戒心パリバリの二人を横目に俺は気にせずに歩く。
なんとなく分かった、というか答え合わせしなくて百点満点取れる気しかしない。
「シン様! 危険ですから!」
「シン様! 後ろへ!」
「大丈夫だってうっぷ……二人が美人で綺麗だから覗き見してんだろ」
「「ありえません!」」
「二人共さぁ~自分が美人とか綺麗だとかもっと意識した方が良いよ」
「「自意識過剰です」」
「帰ろう」
覗き見していた犯人が誰かは分からんけど悪いヤツでは無いって気持ちがあった。仮に俺が兵士だの何だのって立場でこんな二人がいたら絶対見るもん、頭の先からつま先まで何度も見るもん! 最終的に見るところが一点に集中されると思うけど見ちゃうに決まってるじゃんか。そもそも女性ってのは常に男の視線に晒されている訳だから視線には敏感ってのは知ってる、それでもこの二人の反応はおかしいでしょ。先に敵だのって考えてしまうんだからな。それもこの世界故の悲しさなのだろうか。
再建間近な双子竜殿へ向かう道中にも数回、同じ視線を感じることになったけどもう呆れるしかない。まるわかりなんだよ、そもそもなんでアンタがそんな事してるのか俺には理解出来ない。そんなキャラじゃないだろうに何やってんだよ。
俺が眼帯取った上で誰が見ているかまるっとお見通しだよ☆ ってやったら速攻で逃げだすし。アンタがどっちを見ていたのかは分からんけど黙っておいてやるよ、名誉の為にな。
「やはり危険ですね」
「マーレさん、一応報告は入れておいた方が宜しいですよね?」
「あー大丈夫だから! 危険性無いタイプのヤツだから! 安心出来る系だから!」
「シン様は何か分かったのですか?」
「犯人は誰ですか! もしやシン様を狙う間者ですかっ!」
「いや、だから危険性無いって言ったじゃんか」
「「では、何者なんですか!」」
「あああああああああああああああああああああ! 左右から同じこと言わないで! もう! 大丈夫って言ってるでしょ!」
「「…………」」
「もしかして俺ってそんなに信用無いの?」
「「そっそのような……」」
「じゃあ信じて下さいっぷっ……吐きそう」
二人に脇を抱えられて端っこでおろろろ吐いてしまった。
この二人の前で吐くのは今までの中で一番恥ずかしかった。
ただ地面に手を付いている間、二人は背中を摩ってくれていたんだけどね当たるんですよぐにぃがね。ここは天国なのか、それとも地獄なのか己の前面には地獄が肩やらには天国があってもうごちゃごちゃ。数分後のは天国だったけどね。
それでも何か大きなモノを失ったような気分。
「マーレさん、次回からは食事を行うのはシン様だけだと辛いかと」
「そうですね、誰か他にも居てくだされば良いのですが」
「はい! はい! 候補が一人いるから! そいつ俺以上に食べれるから!」
その人物は一体誰かと問われたけど答えなかった。
こちらからちゃんと挨拶をしておきたいのですがと迫られたけど俺は頑なに名前は出さない。任せてと一言残してから二人には先に帰って貰った。
「さて吐くもの吐いたし、犯人を追い詰めますかな」
城内から気付かれることなく接近してみるも気配には敏感なのか挙動不審になっている。忍者のように数回移動したところで城の廊下から外へ飛び出し背中に飛び乗った。
「んで? お目当てはどちらの美人だったのかなぁ~」
「なっ! なななっ!」
「ん? 正直に言わないと言いつけてやるぞ? ほれ?」
「なっ! それはっ!」
「まさかアンタがそんな事するとは……」
「ちっ違っ!」
「何が違うんですかね? 騎士団長殿?」
「分かった! 話すから一度降りてくれシン殿!」
犯人は現騎士団長殿ことラガノだった。
堅物、実直、己に誇りを持っているそんな風に見えていたんだけど違ったのか。
ラガノに促がされるままに団長室へ連れられてあるく道中、彼の背中は哀愁を放っていたようにも見えるのだった。
「で?」
「いや! その後ろめたいような事はしていない!」
「いやいやいやいや」
「いやっ! 違うのだ!」
「何が違うの?」
「そっそれはっ~」
「見てたんだろ? 二人のたわわに実る四つの果実を」
「うっぐっ、いやっそっそれそれは語弊あるぞシン殿!」
「最後だけ声荒げても貫禄も糞も無いって、で? どっちなんだ?」
「なっ何がだっ!」
「いやいやいやいや」
「ぐっ……」
「マーレ! タンテ!」
「!?」
「あ~なるほどなぁ~」
明らかな動揺、目の泳ぎ、反応した速度、俺でも簡単に分かってしまう。
自らその名前を口にする男なのか、それとも俺にこのまま追い詰められて自白するのか? さてラガノお前はどっちだ?黙ってラガノを凝視していると流れる汗の量が尋常ではなくなってきている。
「今のノヴィスにおいて自分がおいそれと、そのようなモノに流される訳にはいかんのだ」
「流されるも何も……もう濁流に飲まれてるじゃん」
「うっ!」
「それに状況云々言ってたら何時まで経っても今のままだと思うんだけど」
「だがっ! ノヴィスはようやく止まっていた歩みを進め出したのだ!」
「立派なことだけどさ、アレ見た後にそんなの言われても説得力無いって」
「……」
「で? どっち? 別に誰にも言わないって」
「しかしだな」
「言わないと言うからな!」
「ちょっ! いかにシン殿でもそれは!」
「なら言うことだな、それにマーレは俺の家族だしタンテに関してもそれなりの仲だぞ? 俺を味方に付けるメリットは~」
「だっ誰にも言わないと誓ってくれるのか?」
「勿論だ、男同士の約束だからな」
泳いでいた目が俺を見据えて、顔に力が入ってることに気が付いて欲しい。
未だかつて見た事が無いぐらい怖い顔になっていて正直引くレベルだ。
ラガノは大きく息を吸って、目をカッと開いて叫ぶようにとはいかなかった。
「そっその……マーレ殿だ」
「やっぱりかぁーでかいもんなマーレ。柔らかいしな仕方ねぇよなぁー」
「……」
「何?」
「何故シン殿がそのような事を」
「何故も何も、流れ落ちて数年は俺もただのガキだったんだぞ? それこそ一緒にご飯も食べるし、風呂も入ったし、同じベットで寝たこともあるだろ」
「そっそれは今もしているのか?」
「ご飯は一緒でも問題無いだろ? 風呂は~あ~うん……たまに」
「なんと」
「でもな? マーレが俺に求めてるのは小さい姿の俺であって他意は無いぞ?」
「そっそうなのか?」
「でもマーレでいいのか?」
「何か問題でもあるのか?」
「いやさ? 本人に聞いてないからアレだけど、レアレの婆さん曰くマーレは純潔のエルフらしいからさ」
「?」
「だから仮に結婚しても、ラガノの方が絶対先に死ぬだろ?」
「確かにそうだが、いやシン殿ちょっと待ってくれ! 何故急に結婚の話になるんだ!」
「え? 違うの?」
「うっ」
「今度の侍女候補の勉強会にはラガノも出てもらうから、そのつもりで」
「何故自分がそのような」
「また遠くから覗き見するの? 二人共間者が紛れていると思ってたぞ? それに近づくチャンスなのになぁ~勿体無いなー」
「分かった! 時間を作って必ず出よう!」
「そうかい」
こうして俺のお役は免除にはならなかった。
これに乗じて俺は逃走しようとしていたのに、食べる量が減っただけで相変わらずマーレとレスタからもマナーを叩き込まれるのだ。ただこのラガノは違った、騎士故なのかそれとも叩き込んだのか動きは完璧だったのだ。忌々しい!
ばれないように俺の皿からラガノの皿に食べ物を移動させたら怒られるしさ。
そもそも料理の量減らせばいいじゃん! 抗議してもそれは通らなかったけど。
何はともあれここから先はラガノとマーレの問題であって俺があれこれ首を突っ込む問題でもあるまいと、俺はサボることになる。マーレに見つかって連れて行かれ、ノヴィスに用があって赴けば侍女候補生に捕まり、逃げ切れる事は無かった。
本話もお読み頂き感謝します。ブックマークをして下さっている方にも感謝を。
この章は、あと六話で終わりますので次話以降も宜しくお願い致します。
次話は明日に更新出来ると思います!ターニャのお話しとなっております!




