見送る者と迎える者
「この地」→「橋上」に書き変えました。
「信託」→「龍逢」に変更しました。
龍の寿命は長い。
輪廻を司る黒龍もまた悠久の時を生きている。
龍にとって百年なんて時間は人が一年過ごすぐらいの感覚かもしれない。すっと目を細めた龍は大樹から巨躯を引き剥がす。
龍は思う。
生きた器と魂を持ったままこの輪廻の世界に居た男を。これから新たな生を受け生きる世界を。
巨樹の前でピタリと止まり目を見開くと、黒龍の全体が蒼白く輝く。その輝きが目の前に集まり凝縮される。凝縮された光は次第に小さくなってその場所に玉が現出した。返事しないその玉にランザール・ヴェルゼベルグは友に話しかけるように語る。
「久しいな辰一よ」
玉からは勿論何も返答はない。
「約束の時が来た故、今から儀を行う」
玉が巨樹の前へふわふわ移動を始める。
その玉を去り行く友を見送るように見つめる龍。
巨樹の前で止まると根が一段と強く七色に輝く。
「我が龍玉に収まり魂よ、汝の新たな命と器を得る為この地から旅立て」
その言葉を最期に玉は大樹に飲み込まれ消える。
飲み込まれたであろう部分から水面に水滴を落としたかのように蒼白い波紋が広がり、波紋が七色の根に到達すると一番太い根が蛇のようにうねる。
根から蒼白い雫が一滴したたり落ちるとしばらく落下して霧と消えた。
消えた空間を見つめ
「これで本当の別れとなる。この人生が辰一にとって幸多からん事を切に願う」
どこか寂しそうに言うと龍はまた大樹に巻きつき目を瞑った。
ディルカーレ ヴォルマ国
この国の象徴は平和。目の前にはアッズル海、後ろにはグラネ大連山に囲まれた自然が多い国。
ソルナ龍殿はヴォルマ国で一番大きい龍殿になる。ヴォルマ城の真後ろに位置し城と繋がっている。
その龍殿地下にあるクレーターのような部屋。
全てが真っ白な空間の中心で一人の女性が水晶から手を離す。頭には花嫁が被るような黒のベールに服は白と黒が逆転した修道服に身を包む。
「橋上へ流れ落ちますか」
立ち上がるとクレーターの側面部の扉が開き同じ服を纏った女性が入ってくる。
「どうでしたか?」
水晶を持った女性グリザリオ=フェルチは頷く。
「城へ行きますね」部屋を後に城へと歩き出す。
それにしても、龍玉が流れ落ちるなんて凄い事です。どのような子が生まれるのでしょうか?少し落ち着きません。
フェルチは足早になる。
城の周りは海から引いてきた海水で囲まれている。
本来は四方から橋を架けることが出来るが、橋はいつも城の前とソルナ龍殿を繋ぐ橋の二つしか架かっていない。
そんな見慣れた景色を見ながらフェルチは魔法で架けられた橋に差し掛かる。
龍殿側から橋を渡る際は、三日月と太陽が合体した形の首飾りに魔力を込めながら歩く事になっている。城の人間には魔力こそ必要だがそこまで仰々しくはないらしい。ただ龍殿に勤める者はそれが無いと結界に行くてを阻まれてしまう。
そのまま橋を渡ると城に入る事が出来る。
勿論、城の前橋ではそう簡単には入城する事はできない。衛兵の検疫などが行われる為で、龍殿関係の一部の者だけがこのような入場を許可されている。
フェルチは玉座の間の扉の前で衛兵に事を伝えると、衛兵はすっとんで行く。
暫く待つかと思うと扉は直ぐに開いた。
玉座の間に入ると
「フェーーーールチ!」
叫びながら抱きしめられた。
玉座に座っていたはずなのに一瞬で間を詰められるこの感じがフェルチはあまり好きではない。
「ここに来たって事は見えたって事でいいのね!」
「ええ。本日の月が昇りきる頃に流れ落ちるかと」
「このヴォルマに流れ落ちるなんてね! あたしはビックリよ! ね!」
「本当に驚きました。と言うか離れてください」
迷惑そうな顔するフェルチに後ろから声がかかる。
「ルナリア様、はしたないです」
「本当にはしたない」
「はしたないきたない」
三人のエルフの侍女が順に言う。
「最後汚いって言ったわよね!」
群青の髪をした長身の侍女ヴィアベル=マーレが言う。
「私ではありません」
緑色の髪をした前者より少し背の低い侍女ヴァレンスト=レスタが続ける。
「ウチでもない」
赤色の髪をした二人より小さい侍女テールラント=ターニャが答える。
「ターニャ言ってないもん」
ターニャー以外の二人が彼女をガン見している時点で犯人はバレている。
「アタシに喧嘩売ってるわけね? ねぇ?」
「二人ともうっ裏切ったにゃ~!」
いつも通りの展開になる事を察し言葉を挟む。
「ルナリア様話が進みません」
彼女がいつも通りに言うとルナリアが一瞬にして玉座に収まる。白銀の腰まである長い髪を手で払うと、煌めいて誰が見ても美しいと感想を述べるだろう髪をいじりながらフェルチを見つめる。
彼女はこう見えてヴォルマ王国の王である。
ヴォルマ国は略称で本来はヴォルマヴェールと呼ばれている。そんなヴォルマの王ヴォルマヴェール=ルナリアは落ち着きを取り戻し続ける。
「そうね! で? どうやって龍玉を回収するのかしらね! ねぇ?」
三人の侍女に目をやるが、三者三様に頭を傾げる。
「いいですか? 龍玉はこのヴォルマに流れ落ちますから見えたら魔力で引っ張り込むんです」
「え? そんな事でいいの?簡単ね!寝てても出来る自信あるわよ!」
「昔は様々な国に龍玉が落ちたと聞きますが、ここ四百年程は無かったようですから気を引き締めて下さい」
「わっ分かってるわよ。そっそんな怒った目で見なくたって上手くできるわ!」
「マーレちゃん。龍玉ってそんなに凄いの?」
「ターニャはまだ見た事無かったですね。とても綺麗なんですよ?」
「ウチとマーレは昔に一回だけ見た事あんだよね」
「四百年以上生きてるだけあるね。ばっ、げふん」
「ターニャ今なんて言ったのぉ? 言ってみてぇ~ん?」
「ターニャ何も言ってないもんね!」
「誤魔化すのねぇ。悪い口はこうしないとねぇ?」
「いふぁふぃふぇふ! ほっふぇふぁふぉふぃ」
「レスタもう許して上げなさい。ターニャも一言多いからそうなるんです」
ターニャのほっぺから手を離すとレスタはニタニタ笑い、ターニャはほっぺに両手を当てて涙を貯める。
「にしても龍玉って玉なんでしょ? 玉からどうやって生まれるのよ?」
「魔力で引っ張った後、龍殿の結界の中に入れます。そうしたら龍玉を魔力媒体にしてその魔力を圧縮します」
「ふむふむ。なんか凄い簡単そうね。ね?」
三人は
「ルナリア様なら当然です」
「ルナっちなら当たり前よ?」
「ルナちゃんお腹すいたかもー」
ルナリアは微笑みながら三人から目を外しフェルチを見る。
「魔力を圧縮したらその魔力を元に身体が生成されるそうです」
「されるそうですって? どういうことなのよ?」
「ヴォルマで龍玉が流れ落ちた事もなければ、その場に居た者もいません。ただ昔の書物にはそのように書いてあったとしか……申し訳ありません」
「ふーん。まっ! やってみなきゃ分かんないわよね! 大丈夫よ! できるわ!」
「ルナリア様私たちもお手伝いします」
「だーね。出来ることはやるよ?」
「ターニャは出来ない子なので寝たいです!」
レスタが後頭部を叩く。
むぅ~とした顔でレスタ見るが無視される。
「うん! ありがと! 取り合えずは時間までゆっくりしましょう」
「フェルチさん、今日はこちらでお食事されていかれますか?」
「はい。今日はお城で頂きます」
「フェルチ! アタシと食べましょう。あなたたちも一緒にどうかしら?」
「私共は調理と準備がありますので別で頂きます」
「ウチもマーレ手伝うから今日はやめとくよ」
「んふっふ! じゃあターニャがマーレちゃんとレスタの分も食べちゃう!」
側頭部にでこぴんを受ける。
「んぎゃ!」
「ターニャも手伝うんだよ!」
嫌な顔するとマーレが笑顔でターニャに言う。
「ターニャ? お仕事ちゃんと出来ない悪い子には罰が必要でしょうか?」
「ひっぃいい! マーレちゃんターニャ頑張って仕事するよ? 嘘じゃないから許してよぉ!」
「今日のお仕事次第ですね」
と駄目押しの一言でターニャーが猛烈な速さで玉座の間から出て行った。
「ルナリア様、私共は準備をしてまいりますのでお部屋でお待ちください」
「ルナっちはゆっくりしててね」
「お願いね」
簡単に返事をすると部屋から出て行く二人を見送り、フェルチも部屋を出ようとした。
「フェルチ、アタシの部屋で時間までゆっくりしましょうか!」
「よろしいのでしょうか?」
「良いっていってるんだからいいのよ! いいの!」
と言うと背中を押されつつもルナリアの部屋に行くことになった。
ルナリアの部屋は調度品こそ豪華絢爛だが本人はあまり好きでは無いらしい。
「無駄にピカピカしたり無駄に装飾ついてたりで、実際使うと使いにくいモノが多いのよね」
「そのようなものなのでしょうか?」
「そうね! 見栄張りたいだけじゃないのこんなの? アタシは使い勝手が良ければなんだっていいのよ、ただ装飾だけを見たらやっぱり綺麗って思うわね。けどそれはそれ、これはこれよねっ!」
窓際にある石造りのテーブルに備え付けられている椅子に座ると、前の椅子に座りなさいなと促され椅子に座る。ルナリアは終始ニコニコしている。
「流れ落ちるのねぇ。あなたが初めてこの国に来た時の事思い出すわね!」
「白き龍の龍逢を受けたのは一年前になりますね」
「長いようで早かったわ! つい昨日の事みたいに思い出せるもの!」
フェルチが元いた場所。
小さな村の小さな龍殿で水晶に表れた白き龍。
ヴォルマに龍玉が流れ落ちると龍逢を受けフェルチは一人でヴォルマを目指したのが一年も前。
「白龍は名こそ明かしませんでしたが私はあの龍がソルナ様だと思うんですよ」
「ソルナ様で間違いないんじゃない? お婆様は白くて流麗な龍っておっしゃってたわよ。実際、ソルナ龍殿は昔からあるけど、ソルナ様を見たり話した事があるのはアタシが知ってるだけでもあなたとアタシのお婆様ぐらいよ?」
言われるがままにこの国に来たが、少し疑った自分がいたのを思い出して恥ずかしくなる。もしかしたら邪龍なんじゃないかと考えた事もあった。
人を唆す邪悪な龍を。ルナリア様にお会いして話を聞いてもらって信じる事ができたのだ。
コンコン 部屋の扉が叩かれる音にルナリアが入ってと促す。
「失礼します」
「失礼しまーす」
「……-す」
三人の侍女が入ってくる。
何故かターニャは涙目で。
「あら、ターニャなんで泣いてるのかしら?」
「ルナっち、ターニャったらつまみ食いしてマーレに怒られたんだよ」
「それで泣いてるのね」
「泣いてないもん。ぶぅう」
「ターニャがいけないのですよ?ふふっ」
「ひっ、ターニャが悪い子だからマーレちゃんが怒ってくれました」
小動物も嘲笑うぐらいに怯えるターニャを尻目にマーレとレスタが黙々と料理の配膳を行う。
「今夜はこれから動かれますのでお食事は軽めのものにいたしました」
「ええ! ありがとう! あまり食べ過ぎちゃうと動けないものね! あなたもちゃんと食べておくのよ?」
「有難う御座います。それでは一度下がらせて頂きます」
部屋から出る三人を目で見送り
「さぁ! ちゃちゃっと食べちゃいましょう!」
「はい」
ちゃちゃっととは言ったものの色々と話しながら食べたのでそこそこの時間が経っていた。
「そろそろ準備しないとね!」
「このままで行きますのでいつでも大丈夫です」
「あたしは着替えないとね」
コンコン 扉が叩かれ侍女三人が入室する。
ターニャは黙々と食事の片付けをすると台車を引いてすぐ部屋を出る。マーレとレスタが部屋に残りルナリアの着替えの手伝いを始める。
フェルチは流石にどうだろうかと思い部屋を出ようとすると、そのままでいいと手で制される。椅子に座りなおして窓から空を眺める。蜂蜜を掛けたような黄金の星が煌めいている。
こんなに綺麗な月を見るのは初めてかもしれないですね。今日という日にはとても良いです。流れ落ちる龍玉も綺麗なんでしょうか?
そんな思いに浸っていると
「待たせたわね!さぁ行きましょう!」
フェルチがルナリアの方を見るとそこには白銀の髪をポニーテールに纏め、白と黒のツートンカラーのドレスを身に纏うルナリアが立っていた。
「ルナリア様とてもお綺麗です」
「ルナっちすごい似合ってるよ」
笑顔のルナリアにフェルチは目を奪われる。
「とっても素敵です」
「ふふっ。恥ずかしいわね! でも嬉しいわ!」
準備が整ったところでターニャがドアを叩きながら入ってくる。マーレが目向けると。
「しっしつれしまっちゅ」
慌てたせいで見事に噛んで罰が悪そうにルナリアを見た。
「ルナちゃん! とってもとっても綺麗! お姫様みたい!」
「ありがとうターニャ。でもアタシは王でありこれでも一応姫なのよ?」
「あっ、そっか! 綺麗で可愛いよ!」
マーレとレスタはそんなやり取りを笑顔で見つめる。ルナリアが決心したように扉に向かい、その後ろを三人の侍女とフェルチが付いていく。
「フェルチ、流れ落ちる場所は城と龍殿の間の橋の上でいいのね?」
「はいっ! ただ橋の上は結界が張られいますので今日は私の他に数名の者達で結界を中和します」
「分かったわ! 任せるわね! 三人はアタシの近くで待機してなさいね?」
「かしこまりました」
「りょーかい」
「はい!」
「では迎えに行きましょう!」
橋に向かって歩み始めた。
第二章 転生編に入ります。
これからも宜しくお願いします。