ノシュネの竜殿
ヴェーネ大雪山、辺りは誰もまだ踏み込んではいない新雪だけが広がる下山の途中。ノシュネが下山ルートを教えてくれてそれに従い道を進む。
いざ、出発となった所で夜が来るんじゃないか?
そう聞くと「途中で休憩出来るから大丈夫だよ!お兄ちゃん!」笑顔のノシュネはレミナと手を繋ぎ俺の少し前を歩き、エルジュはドリドゲスの手綱を持ち俺の横を歩く。
「お兄ちゃんなのですよ~」「ヒヒ~ン」
なにやら会話でもしているらしい。後方からはクレフィアにテュル、さらにその後方にヴィスを連れたラガノが付いて来ている状況。
「ソルナにしてやられた感が満載だな・・」
「飼い主様は騙されたのですよ?」
「ここを目指せば良いよ!みたいなこと言われたから信じたのに、まったく」
「でも飼い主様ならって信用されたからこそだと思うのですよ~?」
「俺だって万能で何でも出来る訳じゃないんだぞ?俺だって心労すんだよ」
「飼い主様は疲れてるのですよ?私めは良いこと思いついたのですよ!」
「却下だ」
「まだ何も言ってないのですよ!」
「どうせろくな事言わないだろ」
「ぐぬぬなのですよ!」
エルジュと馬鹿をやりつつも山道を下る。
後ろからクレフィアとテュルが俺達に追いついて話しかけてくる。テュルは別段変わった様子も無いのだがクレフィアは少し調子が悪いように見える。
テュルは馬が好きらしくドリドゲスに興味津々の様子だったから乗ってみるかと訊ねると喜んだ。
「シンさん!この子本当に凄いですね!気性も穏やかで優しい馬ですね!」
「そうだろそうだろ?ドリドゲスは昔からそうなんだホント良い馬なんだよ」
「それにしても凄く大きいですよね?こんなに大きな馬初めて見ましたよ」
「ドリドゲスは昔からデカかったからな」
「ヒ~ンヒ~ン!」
「食べると育つらしいですよ~」
「え?」
「エルジュは何言ってるか分かるらしいよ」
「え?エルジュさん本当なんですか!!他の動物もですか?」
「分かるのはドリちゃんだけなのですよ~」
火が付いたらしくテュルとエルジュにドリドゲスは馬トーークに花を咲かせている。俺以外の人間とも仲良くなるのは良いことだし俺としても何だか嬉しく思う。
「あのシン様?」
「元気無いけどどうしたんだ?空から落ちて来た時の元気はどうしたよ?」
「そっその事はもうお忘れくださいませ!」
「あんなテンションの方が良いと思うけどな~」
「あれはさ本来のアタクシではありませんのよ!」
「へぇ~」
「本当なんですのよ!」
さっきまで暗い顔してたけど多少はマシになったようだ。会話はそこで止まるが進む足が止まることなくただ進んでいった。雪を踏む音だけが一定のリズムで聞こえる中で聞きなれたような音が鳴った。
横を見ると顔をカァーッと赤くしたクレフィアと目が合い途端にぷぃっと背けられた。
「なんだよ腹減ってんなら言えよ」
「べっ別に減ってませんわ!」
「さっきの音は何だったんだよ」
「じっ地面の雪の音ですわよ」
「ふーん。屁みたいな音が鳴る雪なんだなー」
「ヘっ?」
「腹じゃないなら屁だろ?姫様でも人間なんだ屁ぐらい出るわな」
「ちっ違いますわ!あ、アタクシの屁じゃなくて」
「姫でも屁とかいうんだなぷっぷー」
「シン様・・・あまり虐めないで下さいまし・・」
「なら正直に言うことだな」
「そうですわ!お腹が減りましたわ!」
「思い出したかのように言ったな・・」
「虐めるシン様なんて嫌いですわ」
取り合えず飯でも食うか?と提案するもスルーされたのでラガノに言うと少し考えていたが了承してくれた。俺に気を使ったらしくラガノはヴィスを連れたまま少し離れた場所で岩に腰かけて飯の準備をしている。
俺達の方はテュルがやってくれるみたいで久々に作らなくて済んで休日のお母さんってこんな気持ちなんだー体験した。ノシュネは以前のエルジュのように食べ物を食べた事が無いらしく、香りだけでお腹がぐぅぐぅ鳴ってしまいレミナに隠れてしまう。
レミナにもこんな恥じらいを是非とも覚えて頂きたい。
「シンさん、どうぞ!」
「うまそうだな!」
「テュルの料理はとても美味しいですわ」
「レミナこれどうやって食べるの?」
「ノシュネはレミナと食べる」
「お姉様!私めも一緒なのですよ~」
レミナに任せるんじゃ無かった、ノシュネはレミナの横で食べているのを凝視し真似るように食べ始めたが。レミナが手本なんだ、凄い勢いでバクバク食べてるから口の周りに色々付いてしまっている。
二人並べて口の周りを拭くがレミナはいつも通りというか寧ろ拭けと自ら顔を出してくる始末。
ノシュネは恥じらいが可愛らしいく面倒を見てあげたくなる兄の気持ちを抱いてしまう。
食事も早々に終わらせ出発する。
天の明かりが完全に落ちた頃には山から完全に下山することが出来て、ノシュネのルートがいかに正確で速いか皆が顔を揃えて驚いていた。
「シン殿ここからなら国までは目と鼻の先だが、先ずは竜殿へ行こうかと思うのだがいいか?」
「別に急ぐ訳じゃないからそっちに合わせるよ」
「ではラガノ、竜殿まで先行しなさい。勿論分かっていますわね?」
「了解しました!自分はヴィスを連れて先行致します。テュル後は頼むぞ?」
「はい!任せてください!」
「シン殿も宜しく頼む」
「はいよ」
ではこれで!そう言ったラガノはヴィスを連れ立ち進んで行った。先頭にテュル出て歩き出すが彼らが進んで行った方向とは違う方向へ進み出す。
「方向違うけど良いのか?」
「あちらの方が速いんですけど、谷に掛かってる橋がドリちゃんでは渡れなんですよ」
「ドリドゲスはデカイもんな」
「ヒ~ン↓」
「ドリちゃんが悪い訳じゃないからねっ!」
「ブルゥウ」
ここから遠回りだと竜殿到着は日が変わる頃になるらしく、雪量も少ないことからドリドゲスにレミナ、ノシュネ、クレフィアを乗せて移動速度を少しでも上げることにして道を行く。竜殿に付いたら風呂に入ってふかふかのベットで寝たいな・・・。
数時間は経過しただろうか?谷を迂回し行く道の前方に魔法で灯した明かりを頼りに進む一団が見えた。俺は少し警戒心を抱いていたが、テュルが手を上げて合図を送ると同じ合図が返って来て竜殿の者達だと教えてくれる。何度か頭を下げられたが言葉そのものを交わす事は無かった。
クレフィア達とは一言、二言話していたようだが腫れ物にでも触るような印象を俺は受けたのだった。八人編成の一団の荷馬車にクレフィア達が移動し、ドリドゲスにいつも通りの順番で俺達は騎乗する。荷馬車には馬が二頭繋がれ、その前後左右を囲うように単騎の馬を駆った騎士風の者達が配置されて道を進む。俺達はそのさらに後ろをペースを落として追尾する形になっているが近づくなと警戒されているようにも取れる。
「主様、なんでこんなに離れる?」
「相手さんがそうしろってやんわり言ってるから」
「なんだかそれ失礼なのですよ~」
「姫だから仕方ないんじゃないか?」
「でもルナと全然違う」
「ルナとクレフィアは違うのは当たり前だって」
「そうか・・」
「私めもルナ様達に会ってみたいのですよ!」
「その内にだなー」
移動速度も上がったことで予定していた時刻よりも早く竜殿へと到着。張りぼての竜殿、そんな表現をするもんだから汚くてボロボロな建物かと勝手に想像していた。が、目の前のそれはどう見てもゴシック建築で建てられた聖堂の様相だった。
ふむふむ、頷きながら見ていると馬に乗ったラガノがこっちだと合図をしている。勿論、俺が合図をしなくともドリドゲスは勝手にそちらへと移動してくれるのが有りがたい。ラガノが美しい建造物だろ?そう俺から感想を聞こうと話を降ってくれる。
「フライングバットレスの連続ってのはやっぱり美しい」
「フラ・・?シン殿・・良く聞こえなかった・・悪いがもう一度頼む」
「あーあの建物の外側から伸びてる梁の事だよ」
「あーあれか!この竜殿の見所の一つではあるな」
会話は途切れることも無く気が付けば厩舎に付いていてドリドゲスを預かってくれたのだった。
いつも通りに頬を撫でてゆっくり休んでくれの合図をしてやると「ヒンヒンヒヒン」何言ってるか分からんけど答えてくれていた。
「厩舎まであんな凄い造りだとは・・・贅沢な」
「どうしたシン殿?さぁこっちだ姫様がお待ちだ」
「あぁ・・」
この世界に来てからの俺の楽しみの一つは建造物を眺めて楽しんだりするって地味なものだったけど、案外辿り着く思想やらも料理と同じなんだと悟った。
大学生だった頃はデザインやら建築を学んでいたお陰で世界旅行せずに色々楽しめるってのも得なもので、勉強って枠から出た知的欲求は役に立たなくとも何かを満たしてくれた。レミナもエルジュもそんなもんどうでもいいってオーラ全開だったのが残念だけど。
扉の中には複数人の人間が居て、奥の豪奢な椅子にノシュネが座っていた。馬車から降りて俺達と少し離れている間に衣装も着替えたらしく、純白のドレスを身に纏っていた。その手前にはクレフィアの取り巻きらしい人物達が俺達を奇異の眼差しで見ているのだった。
「レアレ様、先ほど話しをしましたシン殿です」
「うむ~こっちゃこい!」
「さぁ、シン殿」
レアレと呼ばれたちっさい婆ちゃんが杖をクイクイして呼んでいるので成されるがままに近づく。
俺が前まで行くと「しゃがみんさい!まったく!近頃の若者は年寄りをなんじゃと思っておる!」
杖を地面にバンバンして凄いアピールをされて勢いに呑まれて片膝を付いて目を合わせた。
「ふーむ、おんしがクレフィア達を助けてくれたんだねぇ~」
「助けるって言うか目的同じだったからさ」
「おんしが助けたと思わなんでも助けて貰った事実は変わんじゃろて。皆を代表して礼を言わしてもらう、ありがとの」
「良いよ別に・・」
「その手を見せてみよ」
俺が龍の手をレアレの前に出してみると周りの人間全員が驚いた表情で止まっていた。化物だの気持ち悪いだの声が聞こえないだけマシだけど、注目されるのに慣れてないから早くして欲しい。
俺の手を何の躊躇も無く握ったり、鱗を剥がそうとペリペリしたり、指の関節を曲げてみたり、一頻り堪能して満足したのか不意に笑顔で俺を見た。
「おんしがオトシゴ様だというのは本当らしいの」
その一言に周りが驚き俺をじっと凝視していた。
「その目も見せてはもらえなんだか?」
懇願、そんな雰囲気すら漂わせているようにも見えて俺は眼帯を取った。
「おぉ・・これは・・なんと見事で美しい・・」
周りも一目見ようと必死に覗き込もうとして目が必死で怖い。さり気なくノシュネもその輪の中にいて「これがわたしの」なんて説明してる始末だった。
「おんし、シンと言ったかの?」
「そうだけど・・・」
「本来ならおんしにこのような事を頼むは、巻き込むようで悪いんじゃが力を貸して欲しい」
頭を地面にこすり付けてまさに懇願されてしまった。年寄りの婆さんにこんな事される日が来るとは。それに呼応するように周りも同様にされてしまった手前、断るなんて出来るはずも無い。
チラッと目を泳がせて見ればノシュネも真似してるし、てかレミナ・・なんでお前もしてるんだよ。
「力を貸すって言っても何をどうするのかを聞かんことには何ともし難いんだけど」
「じゃな、少しは現状を聞いておるんじゃな?」
「魔術師が国に来てから強い影響力、いや決定権を持っているって話だったな」
「そうじゃ、国は肥えたがの・・・それは一部で民からすれば圧政と言っても過言じゃないのじゃ」
「クレフィアは国は平和って言ってたけど?」
「あの娘も姫なんじゃよ・・・」
「世間知らずってか?」
「おんし見た目はまだまだ子供じゃがその目は節穴では無いようじゃの」
ここに来てノヴィス王国に対してのイメージはかなり変わった。国を憂う気持ちと行動力は持ち合わせてはいるが、それでもまだまだ視野が狭く考えも至らない彼女。彼女から見た国はそれでも平和と言えるものだったらしいが現実はもっと悪いらしい。
「クレフィアがまだおらんから今の内に言うておくのじゃが、結界が張られている可能性は無い」
「何故言い切れる?確信でもあんのか?」
「うむ。わが竜殿から一度密偵を国に放った事があるんじゃ。エルフの魔術師じゃったが魔力が見えなかったと答えたのじゃよ」
俺は答えようかと思ったが言葉を詰まらせた。
龍法に関する事柄をベラベラとここで話してもいいか?悪いヤツらでは無いとは感じているけど、それを察したらしいレアレは立ち上がり一言だけ言葉にした。
「龍法」
ポーカーフェイス。無反応。最早無視。
それぐらい俺の感情は動いて無かったと思ったがこの婆さん中々にやり手らしいくニカッとニヒルに笑うのだ。
「これでもエルフなんじゃよ?多くの人間を見てきたのじゃ」
「なるほどね・・」
「シン殿はエルフを見ても驚かないんだな」
「はい?」
「いやエルフはほとんど見かけない種族だから驚くかと・・」
「エルフってそんなに少ないの?エルフの知り合い・・家族って呼べるエルフが三人はいるからな」
「その子らは純血のエルフかの?」
「それは分からんけど・・・四百年ぐらいは生きてるって言ってたかな・・?あのちびっ子は二百年ぐらいだったか?」
「おんし・・・その子らは恐らく純血のエルフじゃ・・・そうか少なくとも芽吹いておるんじゃの」
「何が?エルフってそんなに珍しいの?」
「混血のエルフは多くいるがの?純血となると知る限りでは数人程度しかおらんのじゃ・・・」
「あのちびっ子ターニャがねぇ・・・マーレはそんな感じするかな?レスタもかな?」
思わぬところで知った事実だったが、純血云々言われても俺からしたら家族だし。でも久しぶりにマーレのぐにぃをぐにぃ出来たらいいなー。
レスタにはヴィネジュの件だな・・・ドリドゲスの為なら何でも出来るさ。ターニャは・・・まぁ・・頑張ってる、凄い頑張ってるからな。
「くちゅん!」
「ターニャ?口は押さえないといけませんよ?」
「マーレちゃんごめんなさいなの」
「誰かがターニャの噂でもしてるのかもよぉ~?」
「うーはっ!シンなの!シンがしてると思うの!」
「それは無いから安心していいからねぇ~」
「なんで分かるの!!」
「だってーシンちゃんがターニャだけを噂するなんてねぇ~マーレ?」
「ふくちゅん!」
「あっ!マーレちゃんもきっとシンだよ!」
「ふふっ。シン様が私共の噂をして下さっているなら嬉しい事ですね、次はレスタでしょうか?」
「「「・・・・」」」
「なんでウチはくしゃみ出ないのシンちゃんの馬鹿ぁあああ」
「ベグチッ!!」
「主様のくしゃみ五月蝿」
「凄い音だったのですよ~」
「これは噂されてるわ、絶対されてるわ」
この婆さんことレアレは何を知ってるというのだろうか?何を俺に求めてくるのか、俺としてはノシュネの姉ちゃんに会えればそれでいいけど。
それでさよならってのも後味が悪くなるだけだし、聞くだけタダだし情報は大切だ。
「クレフィアが来る前に話を全部終わらせておきたかったのじゃが、そうもいかんらしいの」
奥の扉から煌びやかな服に身を包みテュルを引き連れたクレフィアがゆっくりとした足取りで中に入って来たのだった。
本話もお読み頂きまして有難う御座います。
ブックマークも感謝です。
本話から新章となります。
新章と言っても前章からの続きで、双子竜とノヴィス王国に関するお話が主軸になりますので、次話以降も宜しくお願い致します。




