魔法と龍法
マーレの魔法を体験したあの時から俺のやる気スイッチは完全に入ってしまっていた。城と龍殿しかいけない俺にはなかなかチャンスが訪れず、燻りながらさらに二年の歳月が過ぎて海皇の季節となっていた。
さすがに五歳児にもなれば体力も上がり移動も楽だ。城の二階の奥にある両開きの扉の中には書物がビッシリ列を並べていて、俺はみんなにバレないように密かに忍び込み本を読み漁るのが日課になっている。
フェルが読み書きを四歳で習得した俺を見て、やはり凄いものですねと感嘆してたのが懐かしい。彼女は人に教えるのが本当に上手で、俺のようなどうしようもない人間でもちゃんと理解できるんだ。フェルに会いに行くには彼女が城に来るか、俺がルナ達と龍殿に行く時にしか合う事が出来ないのが辛いんだがな。
そこで俺は教えて貰えなければ自分でどうにかしてみようと画策したのだ。城の図書室には様々な本があり俺の為に買ってくれた絵本なんかもここに収蔵されている。部屋の最奥には他の棚と違って、とても分厚い本やサイズがおかしいぐらいデカい本なんかもあるんだけど流石にまだ持てない。
大きさや厚さがバラバラに並べてある列の横の棚である本を発見した。魔道入門、ついに俺は魔法に関する本を手に入れたのだ。本を開くと簡単な説明書きがされている。俺でも余裕で読めんじゃんか! 楽勝だぜ! と意気揚々と本を読み続ける。
えーなになに?
魔法には火、水、風、土、光、闇の六種しか存在しない。龍法ってのは魔法とは別枠なんだなヴェルさんも別々に言ってたし。
ヴェルさんは俺に龍法は使えるが魔法は一通りできても上級者程度とか言ってたし。ただ、今は龍法云々はどうやっても分からん、なら可能性が上級とはいえあるんだから魔法に専念!でも上級って十分凄いんじゃないかと思ったがランク表ってのを見てげんなりした。
初級・中級・上級この三つは六種を学ぶ上で最低限必要になる魔法だったからで、つまり上級でもかなりの魔法は使えるけど上には上があるってことで。
俺には基礎中の基礎は使えるけど、それ以上は難しいってことらしい。
他にも火なら昇と業そして火の最上位は燎天など種類ごとに書いてある。別の魔法も同時に最上位を扱えたらどう呼ぶんだろう? 考えるが俺には関係なさそうだし別にいいか。
本を再び読み進めてみると魔法を行使する手順が書いてある。魔力を込めて、留めて詠唱で導くって訳か。そもそも魔力自体を込める段階の魔力が分からんじゃねーか! 大切な事はイメージを強く持って状況に流されず冷静であること……か。気合と根性論でなんとかなるか?
ガキの頃はアニメで魔法使ったりしてるの見て本気で出来ると信じて練習したことがあったな。俺だけじゃないはずだ、絶対みんなやってるだろう。
あの頃のイメージでやればいいのか! よしっ! 庭には誰も居ないなチャンス到来! でも恥ずかしいから城の柱の影に隠れてこっそりやってみよう。
まずは火だな! イメージが大事って書いてあるしイメージし易いし。
えすーと魔力を込めて留めるイメージからだ!
掌を凝視して何か湧き出るイメージを全力でやってみる。
「ぐぬぬぬぬぬぬ! 出てこいやあああ!」
なんの変化も起きない、でねぇよ……どうするか?文章の一つが目に入ってきた状況に流されず冷静にと。超流されるし冷静の欠片も無かったな。
「よしっ! 冷静だ!」
目を瞑り深呼吸を数度。暗い闇の中にぼやぁと浮き出るイメージでいいかな? そのぼやぁがどんどん大きくなるイメージもやってみよう。手がなんか暖かい、目を開けてみたら蒼い西瓜ぐらいの球体が揺ら揺らしてる。
「ん? 火なのか? ゲームとかであるようなファイアボール的なやつかな? でもさ、普通は赤くね?しかもなんか煌いているし……でも綺麗だな」
俺は掌の蒼い球を浮かせたままで的になるものを探す、木は流石にダメだから地面にぶつけて見るか?地面が抉れて怒られるかもしらんけど甘んじて受けよう。
地面に向けて手を振ってみたら蒼い球がふわぁーと進んだの見て感動し……。
おっそ! ノロノロすぎるぞ! 様子をじぃーと見てるとやっと地面に着地。
ドガァアアアアア
凄まじい風の奔流を受け後方にゴロゴロ転がるように吹っ飛んだ。お、おう? 軽く五mは吹き飛んで顔を上げたらどえらいことになってる。
えーとマジですか? あれー? あの蒼い西瓜球すごくないか? 汚れた服なんて構わずに球が着地した場所まで行くとその威力に正直ちびりそうになった。
地面に直径三m深さ二mぐらいの穴が穿たれていた。流石に隠蔽できねぇよ。凄い音に気が付いたレスタが走ってきた、やばいやばいこれは怒られる!
「シンちゃん! どっどうしたの!!」
俺は錆付いたロボのようにギチギチ後ろのレスタを見上げた。
「えっとーあのねー」
「ちょっと何この穴!?何があったの?」
続いてターニャも走ってくる。
「何どしたの? シン! 怪我したの!?」
「ううん。ケガはしてないよ?」
ターニャは俺の前で膝立ちして服から汚れを落としてくれるが穴を見て目が点になってた。
「な……に穴?」
「えへへへ」
「シンちゃん!何かしたの?」
しゃがんだレスタと目が合った瞬間に、目がすぅーと左斜め上に泳いでしまう。
「イタイ! おかおりょうてでつかまないで!」
謝罪の気持ちを出すよりドキドキするんだよ! マーレも大概美人なんだけどレスタは目が切れ長で涙ぼくろが素敵だし。美人だけどカッコいい女性って感じだな。ぐにぃもF級だしな!
「これシンちゃんがやった……訳ないよね?」
「レスタこれどう見ても魔法じゃないよ?魔法を行使した後は魔力の残光が少し残るはずなの!」
「あら? ほんと何もない。じゃあ何かが降ってきたってことからしらねぇ?」
エルフは魔力が目で視えるらしい、俺がやったって思ってないし、ルナとフェルにマーレまで一緒に庭に出て驚いてるし。もう正直に話すしかないか。
「何よこの穴! レスタがやったの?」
「ウチじゃないよルナっち。ターニャでもないよ」
「ターニャがきた時には穴開いてたの」
「どうしてこんな穴が開いているのでしょうか?」
フェルが側まで来て俺を持ち上げると、目を俺から反らさず真っ直ぐ見てくる。フェルも二人に負けないぐらい美人でキリッとした目が印象的だが、今はこの目が怖い。ちなみにぐにぃはE級なんだぜ?
「シン? これはあなたがやったのですね?」
「シンがこんなこと出来る訳ないんじゃない?」
「シン様に魔法をお見せする機会はありましたが教えてはいませんよ?」
「シンちゃんにはまだ使えないんじゃいの?」
「それに残光がないの」
フェルだけは俺がしたと確信しているようで未だ目を離さない。それで気が付いた、彼女は怒っている訳ではなく心配した目で見てたんだと。
「ごめんなさい。ボクがやりました。まほうつかいたく……」
「えっ?ホントなの!」
「誰に教えて頂いたのですか?」
「ほぇーシンちゃんすっごいね」
「ターニャも凄い驚いてるけどでもなんでなの」
フェル以外は驚いた感想を述べてくれるけど、フェルだけはずっと真っ直ぐ俺を見たいた。
「シン? どこで覚えましたか?」
「そこにおいてるおほんをよんだの、まほうのつかいかたがかいてた」
マーレが柱の足元の本を持ってきてさらに驚いてる
「シン様、この本を読んだだけなのですか?」
「どうしたのよマーレ!」
「ルナリア様、この本は魔術入門です」
「魔術入門って! あんなの中身なんてないぼったくり本でしょ!」
「シンちゃんはやっぱり凄いね」
「魔術入門読んだだけこれできたの?」
どうやら俺はぼったくり商法的な魔法本だけでやらかしたらしい。
「だぁーかーら! ターニャはさっきから言ってるでしょ! 魔法じゃないって!」
「ええこれは魔法ではありません」
「魔法じゃないって? なにシンったら手で掘ったっていうのかしら?」
「魔力残光がありませんので魔法では絶対にありえませんね」
「残光はないけどさ、こんな穴シンちゃんに開けれそうにないんだけど?」
「シン! ターニャに教えてほしいの!」
なんでさっきから皆は魔法じゃないって連呼するんだよ。俺はその本読んでやっただけなのに、魔法じゃないって思い当たる節は心の中からニョキっと生えた。俺の何か気が付いた顔をフェルは見逃さなかった。
「シン? 心当たりがあるんですね?」
「はい……」
ルナと三侍女がクルっと俺の見る。
「説明ができますかシン?」
「しんじてくれる?」
「私はシンを疑ったりしませんよ?」
「そうよシン!」
「シン様を疑うなんてありえません」
「ウチはシンちゃんの味方だよ?」
「ターニャだってそうなの!」
皆の優しさに泣きそうになるわ。無条件で俺を信頼してくれる皆に嘘は言いたくない。だから全部を話した。
「それにかいてるようにしたの。まほうだとおもってたけどちがうんだよね?」
「違」いますね」うわね」うよ?」
同時に答えた三侍女
「魔法入門読んだだけでこの穴開けたのよね?」
「うん。蒼い火の球出したの」
全員が口を揃えて「えっ?」と聞き返してきたからビクッてなる。少し恥ずかしいよねアレ。
「火の魔法で蒼くなるものなんてありましたか?」
「ないわね!」
「心当たりがありませんね」
「うーん。ないんじゃないかなー」
「見た事ないよ?」
「んんっ!」
「シン!?」
フェルに掴まれた状態から暴れて抜け出してみんなから距離をとった。
めっちゃ疑ってるやん! 今ごっつぅ疑ってんやないか! さっき疑わんていいましたやんか! あのくだりなんやったんですかね? ええ? うわーこわいわーこの人らめっちゃ怖いわー。純度百パーの疑いやん! この疑いを綺麗にカットしまして! なんと一粒十万円! お安いですよ? あっ! そこの綺麗なおねぇちゃん! どないです? 買わはりませんか?あーそこの服にトラ飼うてはるおねぇさん! どないです? 心が現実逃避するわ。
「シン、疑った訳ではありませんよ? こっちへ来てください」
「ぶうう」
「ほら、シンそんな変な顔して拗ねたら可愛い顔が台無しよ?」
「シン様、そんなお顔なさらないで下さいませ」
「あーはっは! すごい顔だよシンちゃん!」
「シンその顔もうしないでほしいの」
本当に魔法入門しか読んでないのだから説明も何もない、そもそもヴェルさんはそれなりに使えるって言ってたけど、魔法じゃないと全否定された俺の気持ちはどこへ? 多分、さっきの蒼西瓜球が龍法なんだと思う。色々試したいが今は話すしかないか。
「たぶん、りゅうほうだとおもう」
俺の言葉に全員が固まる。
「シン? 龍法って言ったのかしら?」
「そうだよ?」
「誰にならったの?」
「だから! ほんよんだらできたの!」
「ルナリア様、シン様はオトシゴですから使えるのではないでしょうか?」
「そんなことがあり得るのかしらね?」
「ターニャはシンを信じるの!」
「龍玉から生まれたオトシゴが龍が扱う技を行使するなんて聞いたことはありませんけど、シンは嘘をついてないないと思います。」
「英雄オルゾン=ボレンツ様でも魔法は火と土と光の三種を極めた承覇の位だったわね」
「オトシゴであられたボレンツ様でも極めたのは三つ、龍の技なんて使ったとは聞きませんね」
「ってことはシンはとてつもなく凄い子ってことになるだけじゃない!」
「ですが大きい力は人を寄せつけ悪意に捻じ曲げられたりしますからね」
「だ・か・ら! アタシ達がいるのでしょう? 力はどこまでいっても力でしかないのよ! ただね? その力を使う人間の器の一番奥底に何が入ってるかで変わるものよ? アタシ達はシンにそれをちゃんと教えてあげればいいだけのことよ! 分かったかしら?」
ルナが凄いカッコいいと俺は素直に思った。こんな素敵な人が王を務めてるからこの国の人達は幸せだろうな。力は力でしかないか、俺の力はヴェルさんからの貰い物みたいなもんだし。その力で人を貶めることなんて絶対したくない。それはヴェルさんを汚す事になるからな。ヴェルさんは「強く懸命に聡明に楽しく生きろ」って言ってくれたからなこの力は俺自身の為だけで無く、誰かの為に使いたいって思えた。
「そうですね。これも縁なんでしょう。シンにはまだ無理とか早いとか言ってましたけど、これだけの力がある以上はちゃんとしないとダメですね」
「そうよ!」
「私共もお力添え致します」
「手伝うよ?」
「ターニャもなのっ!」
そうして俺の鬼のような訓練が始まった。
初めて自らで力を行使しました。
どんどん強くなっていくのでしょうかね?
読んでくださっている皆さん、ありがとう御座います!
ブックマークもありがとう御座います!
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