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貳話

 四月七日。


 私が疲労(ひろう)困憊(こんぱい)でどこまでも卑屈(ひくつ)な天下の呪い屋「骨塚(ほねつか)蜉蝣(かげろう)」のところに相談にいった日の、ちょうど三ヶ月前に当たる日だ。

 私が骨塚に殺してほしいと頼んだ人間、すなわち雨露(あめつゆ)小次郎(こじろう)という男と初めて遭遇する日、ファーストコンタクトとなる日である。


 私の通う東星(とうせい)学園(がくえん)大学附属東星高校ではこの日、新一年生は入学式、新二年生新三年生はクラス替えという名の、一年に一度の超一大イベントがひらかれているのだった。

 誰もが胸をざわつかせときめかせ、ときにうなだれ、(なげ)き悲しみと、生徒一同一喜(いっき)一憂(いちゆう)とする大イベントである。


 私は一年生の課程をとくにこれといった問題ごとも起こさずに無事に修了して、新二年生として新たなクラスの幕開けにたとうとしていた。

 新学期が始まる今日からは、当たり前のごとく新しいクラスに通うことになるわけであって、新しい仲間たちと机を並べて勉学なり部活なり恋愛なり青春の思い出づくりなりなんなりに精をだすわけである。


 一年間ともに過ごす仲間が決定されてしまう、はたまた言い換えれば自分のこれから始まらんとしている学園生活の一年間分のおおよその過ごし方が確定されてしまうといっても過言ではない日なのだ。

 高校の中で、高校生として、その学校の制服というコスプレに身を包んで過ごす時間というのは、(わず)かに三年間しかない。

 現代医学が発展した今日(こんにち)の日本では、多くの人間の平均寿命がおよそ80に届くまでに伸びている。そんな長い長い人生の八十年間の生涯において、高校生活というのはたったの三年間しかないのだ。本当に短い刹那(せつな)の時間である。

 これだけ短い学園生活である、誰もが大切にしようと思うし、誰もが必死をこいて美しいものにしようと奮励(ふんれい)する。

 自分が生き抜いた高校生活が、明るく華やかで、そしてちょっぴり甘酸っぱい、「青春」という名の輝かしい栄光であらんとするために。


 その点から考えれば、三年間のなかのおよそ33パーセント、分数でいうなら三分の一を占める今年の一年間の重要性は語るまでもなく大きいだろう。

 新一年生にとっては、中坊というレッテルをやっとこさ卒業し、まだ見ぬ輝かしいキラキラとしとた「高校生」という肩書きを手に入れる日なのだ。

 新二年生にとっては、高校生活で最も楽しいと言われる「高校二年生」という時期がはじまるドキドキの瞬間である。

 新三年生にとっては、高校生活最後の学年となる、彼らにとっても最後の学園生活たるもの感慨(かんがい)(ぶか)いことこの上ないはずだ。


 そして今日、我が東星高校では、その重要で大切で死活問題であるクラス替えという名の大イベントが行われようとしているのである。ここまでつらつらとそれっぽい理由を書き(つら)ねれば、それなりに今日という日の重要性が理解していただけただろうか。


 私は昇降口に張り出されたクラス振り分けの紙をなんとか確認すると、その紙のまわりに形成されている人集(ひとだか)りの(わだかま)りの中をもがき泳ぐようにして抜け出した。私の今年のクラスはどうやら2年5組のようであった。

 ……どうせクラスの中の誰かきゃぴきゃぴとした女子のひとりがこう言いだすのだろう。

「うちらは2年5組だから、クラスのテーマは笑顔たっぷりのにっこり(・・・・)クラスにしようよ!」とか。

 ぷーくすくす。想像するだけで思わず乾いた笑い漏れ出てしまう。なんだにっこりクラスって。

「にっこり」というオノマトペは基本的に声を(ともな)わない笑いに対するものなので、ようは沈黙の笑顔のことである。ようは「^^」こいつである。にっこりとはこいつのことなのだ。

 私は思う。そんなクラス絶対に嫌だ。無言でにっこりとか気持ち悪すぎる。何か喋れ。シュールだ。


 私はそんな至極(しごく)どうでもいいことを考えながら、てくてくと我が新クラス2年5組の教室を目指す。二年生に進級したので、教室は(ひがし)(とう)の2階へと移動した。

 以前私が1年1組だった時の教室は、東棟1階にあったので、昇降口からすぐそばだったのだが、若干距離が伸びてしまった。基本朝礼の時刻ギリギリにやってくる私にとっては、遅刻のリスクが幾分(いくぶん)か増してしまうのであまり位置的には喜べない。


 2年5組の教室はさらにさらに、二階の廊下の一番端っこに位置していた。これは大分(だいぶ)手間である。

 ただでさえでかい学校なので、廊下の端というのはそれはもう虚空(こくう)彼方(かなた)のような距離にまで感じた。


 とはいえそんなことを思ったところで、私のクラスの教室が都合のいい場所に移動するように、校舎ががしんがしーん!とトランスフォームしてくれるわけではないのだ。悲しむだけ時間の無駄というものである。


 私は仕方なし(うな)()れた肩を持ち上げて、またてくてくと長い廊下を歩いていく。

 廊下の窓からは満開の桜が見渡せて、景色的にはとてもいいロケーションであるなと思った。でも私は、別に「お花キレイ……」とうっとり窓の景色に見とれられるほど純情な人間ではないので、さして意味はないかもしれない。まあ、窓の外が一面コンクリ打ちっぱなしの西棟よりは幾分かマシかもしれないが。


 いやいや、窓からの景色……とかそんなことはすごくどうでもいいことではないか。

今私が語らねばならないのは、「雨露小次郎」という男との遭遇についてである。私は彼という人物について詳しい情報を伝えるべく、三ヶ月もの長きにわたる時間を(さかのぼ)り、そうして今の回想にいたるわけなのだ。

 別に私の新学期を見て欲しいの!みたいな自意識過剰な理由で遡っているわけではないのだ。

 私が時をかける少女となったのは、今開かんとしているこの扉の向こうに待っている男、教室の中でただひとりぽつんと窓際に座っていた青年、すなわち「雨露小次郎」という人間……いや、雨露という化け物との遭遇のお話を語るためであったのだ。


 だらだらだらだらと、まるで金魚が(ふん)をするくらいにだらだらとつらつらと、意味もなく色彩豊かにおよそ2000文字もかけて語ってきた私の新学期のはじまりであったが、すべては次の一瞬の出来事を(ちん)ずるための前置きにすぎないのである。少しばかり時間を()きすぎた感が否めないが。


 私は木製の引き戸に手をかける。

 がらりとその扉を引き開けた先には、彼が待っているのだ。雨露小次郎が、私が来るのを(・・・・・・)待っている。この時の私には、そんなこと知る(よし)も無いのだが。


 がらがらがらがら、と。

 少し立て付けが悪いのか、扉は大きな音をたてながら開いた。

 今私の目の前には、これからの一年間を過ごす新たな2年5組なる教室が映っている。新たなるクラスだ。

 しかしなぜか、そんな教室の中にはまだ誰も来ていなかった。

 クラス割り振りの掲示にわらわらと、わいのきゃいのと(いま)人集(ひとだか)っているせいだろうか、何はともあれ私が2年5組の生徒第1号のようだ。(ぞく)に言うところの一番乗りである。エヴァ的に言うならファーストチルドレンである。


 こう考えると、なんだか今の瞬間がすごく特別なものに思えてきた。

 今その中に踏み入れようとしている一歩は、私の新学期のはじまりを告げる大きな第一歩なのだ。

 基本人前ではクールに振舞っている私だったが、この時ばかりはちょっと興奮した。何か特別でスペシャルでワンダフルな瞬間な気がして、心ぴょんぴょん舞い上がっていた。

 もしかすると、(かん)(きわ)まってちょっと変な奇声とかあげてたかもしれない。是非(ぜひ)ともそれだけは絶対にないと信じたいが。


 私はそんな特別な一歩を、ぺたりと安っぽい音をたてながら、なんとも安っぽいスリッパで踏みしめた。

 そして、こう心の中で叫ぶのだった。


「私2年生いっちばーーーーーん!」


 いえーい!ナイス絶叫!

 ……なのだが、こほん。……げふげふっ。ここでひとつ、少しばかり前に()べた言葉を訂正しておかなければならない。

 私は先ほど「心の中で叫ぶ」とのたまったが、正しく言い直すなら「心の中で叫んでいたら良かった」である。願望である。ようはつまるところ、叫んだのは心の中ではなかったのである。

 思いっきり大声で、大音声(だいおんじょう)で、大音量で、教室の中に響き渡るように叫んでしまっていたのだ。心の中では(とど)まらず、現実世界に向けて大きく叫びをあげてしまったのである。ロックすぎるぞ、私。


 ……とはいってもラッキーなことに、叫んでしまったといっても教室の中には誰もいなかったはずだ。ようは私一人しかいないのだ。そうすれば自然とこの叫び声を聞いたのも私だけということになる。

 もし私以外にこの声を聞いていた人物がいたとしたら____それはもう絶望だっただろう。私の高校史上において、()(くろ)黒々(くろぐろ)とスーパーブラックな黒歴史としてその名を刻んだことであったろう。まさに戦慄である。もしそうだったら間違いなく不登校になっていたし最悪校舎の屋上から身を投げていたかもしれない。危ないところだったぜ……。

 でもそれはあくまで、教室の中に誰もいなかったならの話だ。

 

____もしさっき教室を見渡したときに誰も教室にいないと思ったのがただの私の勘違いで、思い違いで、ただの見誤りだったのだとしたら……。


 そう考えたとき、私の耳元にぱちぱちぱちと、ふいに拍手の音が飛び込んできた。

 誰を賞賛するためにおくられた拍手かはまるで分からないが、ゆっくりとしたリズムで、やけに偉そうにその拍手は教室の中に響き渡った。私の心臓は、口から飛び出てしまいそうなほどに、大きくどくりと音をならす。


 私はゆっくりとその拍手の鳴る方へと視線を持ち上げる。

 すると私の目に映ったのは、窓際でゆっくり、悠々と手のひらを叩く彼の姿であった。すなわち「雨露小次郎」という男との、最初の遭遇の瞬間であった。




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