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Toy Soldier  作者: 教祖
3/3

【1章】第3節~八俣 学の憂鬱~

 あれから、学校の1km近くまで歩いてきた。

 本来なら俺たちの家の位置的に、自転車を使っても構わないと学校からの許可はもらっている。が、俺たちは登校の間に雑談をするためにわざわざ徒歩で登校しているのだ。

 俺たちが今いる道は、右を見ても左を見ても住宅地ばっかり。道幅も大して広くないから、よほど急いでいる人でもいない限り車が通ることはない。つまり、車を気にせずに何列になって歩いても問題ない。ふざけ倒したい高校生にはぴったりの通学路なのだ。

 おーっす!

 おはよー。今日もあっついねー。

 おお・・・。ここら辺まで来ると、さすがに同じ学校のやつらの多いな。ほらあそこになんか、朝っぱらから全力でいちゃついてるカップルいるし。さっさと爆発してくれや。

 そんな荒んだ気持ちでいると――――

 「なあ大和~w」

 悪徳商法のセールスマンのような顔をした剛が話しかけてきた。この顔は何かを話したい顔だ。

 「あ? なんだよ気持ち悪い顔して」

 「誰が気持ち悪いんじゃ、アホ! 見ろやこの笑顔。どんな女もイ・チ・コ・ロや☆」

 そう言ってパチッとウインクをして見せる剛。

 「あー。そーですねー。イチコロですねー。家中に一匹も残しませんねー」

 そんな爽やか(笑)イケメンフェイスに俺は棒読みで答える。

 「誰が殺虫剤スマイルやねんっ!」

 「うーむ。ほんと実に見事な突っ込みだ。お主、特攻隊に入り、敵艦へ突っ込む気はないか?」

 「お前の家に突っ込んだろか?」

 なぜでしょう。笑顔がとても怖いです。

 「で、何の話なんだ?」

 これ以上をおちょくるとまた頭をクラッシュされそうなので、本題に戻ろう。

 「ふふふ・・・・。それはなー大和よ。お主、昨日のエルラドは見たかな?」

 ニヤニヤしながらどこぞの時代劇に出てきそうな口調で言ってきた。おお・・・・憎たらしい。


 エルラドとは、今季において最高峰のアニメといわれているアニメである。

 特殊部隊に配属された主人公と、そのパートナーである体半分が機械で作られたサイボーグの少女、ラティファが戦場で戦っていくという物語である。

 グラフィック・声優・ストーリーなどなど、すべてにおいて一級品。

 おそらく、多くの視聴者が一話にして、「あ、これ神だわ・・・・。」とつぶやいたことだろう。

 かくいう俺も原作から見ていたが、もう一度原作を見直し、来週の話を予測してグへグへと涎を垂らしていたものだ。

 「この俺が見ないとでも・・・?リアルタイムで視聴済みさ」

 とこちらもニヒルな口どりで返してやった。

 「流石よのぅ大和。まあわしは、さらにそれを録画して、その映像をダビングしてきたわけだがのぅ・・・・。まあどうしてもというなら?君に一枚あげないこともないが、やっぱり誠意を見せてくれないとなあ・・・・?」

 そう言いながら、剛はバッグから取り出したDVDで顔を仰ぎ始めた。

 剛の笑顔がさらに憎たらしいものになっていく・・・・。あー、殴りてえ。

 くそっ・・・・。こうなったら――――


 「一枚ください。お願いします!」

 それは見事な土下座だった。手と足を地面に付け頭を擦りつけるその姿は、まさにジャパニーズD・O・G・E・Z・A!

 だって欲しいもん。あの最終回は何度見ても泣けるもん。

 クライマックスの時のメインヒロインのルティファの笑顔かわいすぎるもん。一日中ペロペロしたいもん。

 くそ、ビデオデッキが壊れていなければ録画できたのに・・・・。

 〈俺はパソコンではあまりアニメを見ない。大画面で見たい人なのさ。〉

 あ?誰だプライドねーのかよって言ったやつ。俺にプライドなんぞあるわけねーだろうが。そんなもんベ〇ータやらマル〇ォイ君にでもあげてしまえ!

 「いやもうわかったから・・・・・・な?大和。もうそろそろ顔上げてくれへん?流石にキツイわ。」

 「へ?」

 何のことやら分からず、頭を上げると苦笑いする剛の顔――――と周りにできた人だかりが目に入った。

 オウ・・・・。ヤラカシタ・・・・。


                  〇△□

 

 「ホンマに堪忍してくれや」

 「面目ない・・・」

 腕を組んでしかめっ面の剛に深々と頭を下げる。住宅側の道路の端

 あれから、周りの人にただのおふざけだと説明してなんとかなったものの、こうして剛に怒られてしまっている。そりゃ、周りの人からしたら路上で突然土下座をする男子高校生がいたら見ないわけにはいかないだろう。

 もしや、カツアゲの現場に出会ったのかと勘違いしたのかもしれん。

 だって、「一枚ください」って、「カツアゲされた中の札一枚だけでもいいから返してください!」って言ってるように見えるじゃん。

 新聞取りに家の前のポストに出てきて俺のこと見つけたおばちゃんにも、「いじめられてんのかい?」なんて聞かれたし。まあコイツじゃなくてクラスの奴には、ある意味いじめよりひでぇことされてるけどね。

 てなわけで、登校再開。

 「でも、お前だって誠意見せろとか言ってきたじゃん。俺もそれに従ったまでですが?」

 「あんなもん冗談に決まっとるやろうが!本気でやるアホがどこにおんねん!」

 「ここにおんねん」何にも間違ったことは言ってない。本当にここにいたのだから。

 「そうかそうか」さわやか笑顔で返してくれた。うん!笑顔が多いの大変いいことだ。

 ギリギリギリ・・・・。

 あれおかしいな。視界が歪んでいく・・・・。

 後頭部のあたりにものすごい圧力を感じるぞ。そうか、これは剛のアイアンクローだ!後ろからのパターンもあるんだね。知らなかったよ。

 「ずびばぜんでじだ。ゆるじで。もうはぎぞう(すみませんでした。許して。吐きそう)」

 頭を握りつぶされ、あまりの気持ち悪さにまともに言葉を発せなかった。

 「そのまま吐いてまえばええんや」

 剛はそんな恨み節を吐きながら渋々俺を解放した。

 危ねえ。マジで死ぬ。いったいどんな握力してやがるんだこいつは・・・・。これじゃあ

 「まるでゴリラだな・・・・・・」

 「あ?なんか言うたかな大和君?」

 俺はとっさにぶんぶんと音が鳴るほど首を振った。だって両手を節折ってゴリゴリさせながらこっち見てるんだもん。僕まだ死にたくないよ・・・・・・。

 「それにしても、ほんま学には感謝やな」

 「え、何故に?」

 しみじみと頷きながら言う剛に、俺は疑問を投げかけた。

 「だって、エルラド教えてくれたの学やろ?」

 「あーそういえば・・・・・・。」

 八俣 学。俺たちの友達だ。

 学年主席の上、性格がとてつもなくクール。そのうえ圧倒的な顔面偏差値の高さに女子からは「冷血の貴公子」なんて吸血鬼みたいなあだ名で呼ばれていたりする。クラス内カースト最下位の俺にとって妬ましい限りだ!

 だけどそんなのは表向きの顔。本当の学は俺たちなんか比べもんになんないくらいのガチヲタで、ラノベはもちろん、フィギュア・ブルーレイ・ドラマCD・薄い本など、数えきれないほど所持してる変態さんなのさ。

 初めて家に行ったときはびびったっけ。なにせ、マナブの部屋で最初に見たのが扉の前に鎮座してた平済みギャルゲーで作られた鳥居だぜ?一体何を奉ってんだよお前の部屋は!って言いたくなったね。

 しかも、『私のギャルゲーコレクションはここにあるものなど氷山の一角に過ぎませんよ。』なんてサラっと言いやがったもんだから恐怖を覚えたね。ほんとに学校とギャップありすぎ。

 なのになんであんなに女の子から人気あるの?なんなの?イケメンだからなの?じゃあ、恋愛入門書とかにも書いといてよ。

 

 ~をすればイケメン度アップ!※ただしイケメンに限る

 

 ってさあ!イケメンがイケメン度アップしたらスーパーイケメン人になっちゃうじゃんかよ。もう自分で何言ってんのかわからなくなってきちゃったよ!

 とまあそんことはどうでもいい。

 俺たちが談義しているエルラド。その情報を提供してくれたのがほかでもない学なのだ。初めに鼻息荒くして近づいてきたときは本当にダメかと(人間として)おもったが、今思えば本当に感謝である。おかげさまでこんなに熱く語り合える作品に巡り会えたわけだからね。

 

 ところで、ふつうこんなヤツ(イケメンクールキャラ)※あくまで学校のみ※ならクラスの上位〈というの名のチャラ男の集団〉にいる男子勢から「調子ノってる」と粛清を受けるはずだがそれがない。

 学曰く、あいつらの弱みを握っているそうだ。「どんな?」と出来心で聞いたところ、「聞きたいですか?」ととてつもないドス黒いオーラをまとった笑顔とともに言われた。正直ちびった。

 なんで俺の数少ない友人たちは笑顔が怖いんだろうか・・・・。いまだに謎だ。

 「最終回終わってしもたけど、これからイベントもあるみたいやし、これは行かなあかんな」

 「そうだな」

 「あー楽しみやなー。いったいどんなイベントが待ってるんやろか。胸が高鳴るぅ~」

 剛は胸に手を当ててバレリーナの如く踊り始めた。

 「おい、やめろ。子供が見てる。」

 視界の先で子供がぽかんと口を開けて「ママー。あのひとなんでおどってるのぉー?」と母親に言っているところを見て俺は剛を止めた。が、

 「お兄ちゃんみたいに感情を自由に表現できるひとになるんやでぇ~」

 「何を教えてるんだ!てめえは!」

 俺の静止を振り切ってなおも踊り続ける剛は、小さい子におかしなことを教える変質者になっていた。もうどうすりゃいいんだ・・・・。

 「ん?」ズサッと今まで踊り狂っていた変質者――もとい剛が突然踊るのを止めた。

 「どうした?」

 「いや、あれ学ちゃうか?」

 そう言って指をさした先には、さっき話した学が歩いていた。が、

 「「なんか、落ち込んで」」「ないか?」「んとちゃうか?」語尾は違えど見事にハモッた。

 学はいつものように背筋を伸ばしてズンズン歩いていくのではなく、どこか寂しそうに猫背になりながらトボトボと学校へと向かっていた。

 「なんかあったんやろか?」

 「わからん」

 「おーい!学ー!」

 剛が呼びかけるが、聞こえていないのか、聞く気がないのか、学は反応を示さなかった。

 「おいおい・・・・」

 「行ってみよか?」

 「だな」

 呼んでも反応がないのなら直接話に行くしかないということで、学のもとへと二人で走っていった。


 「おう!学、おはようさん!」べしんっ!

 と流石に強すぎるのでは・・・・・・と思ってしまうような強めの叩き方で学の肩を叩いた。その勢いで学が前につんのめった。

 うひゃー痛そう。いくら元気づけるためとはいっても朝一のこれはさすがに辛いだろ。こりゃいつもポーカーフェイスの学もさすがに・・・・・・。次なる惨状を思って顔がこわばったが、

 「あ・・・・・・ごう。おはようございます。大和も、おはようございます。」  

 「おっ・・・・・・す。」

 あまりの驚きに息が詰まった。

 何と何事もなかったかのように、こちらに向き直り挨拶を返してきたのだ。

 無反応、だと・・・・・・?あの学があれだけの攻撃を受けて?ありえん。

 今まで剛は学に対して数々のいたずらやちょっかいを出してきたのだが、そのすべてがことごとく学に成敗されている。今の感じだったら間違いなく逆ひしぎひざ十字コースなのに――――いったい何があったんだ。

 「なんやシケたツラして。っていつもんことかwww」

 反撃が来ないと分かった剛はさらに学の頭をべしべしと叩き始めた。おいおい・・・・。さすがにやりすぎだろ。学もうつむいたまんまやられっぱなしだし。こういう時の剛は加減を知らないのでどんどんヒートアップしていく。

 「それぐらいでやめとけ。なにかあったのか?テンション低いけど」

 さすがに見ていられなくなり、剛を学から引きはがして、聞いてみた。

 「聞いてくれますか・・・・・・?」うつむいたままだった学が顔を上げた。

 「おう・・・・・・」

 「なんや、真面目な顔して・・・・・・?」

 まるで捨てられた子犬のようなまっすぐな目に、俺はおろか剛すらもたじろいでしまう。いったいどんな悲劇があったんだろうか。

 「実は・・・・・・」

 「「ゴクリ・・・・・・!」」

 息をのんで学の言葉に耳を傾ける。

 「エルラドの最終回が見れなかったんです!!」

 「「だと(やって)!!」」

 あまりの衝撃に俺たちは叫んだ。近くを歩いていた女子高生が、ビクッと体をこわばらせてこっちを見ているが知ったことではない。最終回を見れなかっただと!?そんなことがあっていいものか!あんな神作の最期を自分の目で拝めずに何が人生だというのか!あれを見逃してしまったらこれからのじんせ、

 ・・・・・おい。誰だ!あとからネットで見ればいいとか言ったやつは?リアルタイムで拝まなければ本当の感動を味わえないだろうが!キャラクターと同じ時を過ごし、同じ最期を見届ける。それこそが、アニメだろうが! 

 「わたしはぁ・・・・、毎週毎週楽しみにしてんですぅ! それが最終回だけぇ・・・・ウウェエヘェェン!最終回だけっ! 見れなかったんですぅ・・・・・。ぐずっ。あなたたちにはわがらないでじょうねえ!!」

 俺たちに悲しみを打ち明けたことで今まで溜まっていたものが流れ出したのだろう。学の顔が涙と鼻水で顔が地獄絵図と化している。そしてなぜかすごい既視感デジャブ)を感じたのは俺だけなのだろうか?

 「いや、わかる! わかるで、学!」

 右を見れば、こちらもまた顔面地獄絵図な剛が顔を縦に振っている。おい剛よ、同じ気持ちなのはわかるが鼻水をコンクリートに撒き散らさないでくれ。さっきの女子高生が踏まないように必死でジャンプしながら俺たちのわきを通って行ってるから。SASUKEみたいになってるから。

 「わかっていただけますか・・・・・?」

 雨の中ダンボールのなかにいる子犬のような眼差しの学が、こちらを振り向いた。

 「もちろんや! 辛かったやろ?」

 隣のずぶ濡れの子犬見つけて静かに抱き上げるような眼差しの剛。

 ただいま俺の脳内では、段ボール中にいた学を剛が抱き上げている姿が流れている。何とも気持ち悪い。

 そんなのお構いなしに、剛が自分の気持ちをわかってくれたとばかりに学の話が続く。

 「・・・・ひっく・・・・・。何故か突然テレビがつかなくなってえ・・・・エルラドが始まる五分前だったからあ・・・・・・急いで直したんですう。でもお・・・・・・大事なパーツが無くなっててえ・・・・・・家じゅう探し回ってやっと見つけたら終わる五分前でえ・・・・・・急いで組み立ててえ・・・・・・ぐずっ・・・・テレビをつけたら・・・・・・ルティファちゃんがあ・・・・・・ルティファちゃんがあ・・・・・・・・・・『直してくれてありがとうっ!』って言って敵の基地のジークフィールに突っ込んでいったんですよおおおおおおおおお! ああ! ルティファちゃああああああん!! 行かないで・・・・・・。僕を置いていかないでえ・・・・・・」

 虚空に叫びをあげると、両膝を地面につき両手で天を仰ぎながら学は旅立っていった。享年17歳。あまりにも悲しい最後であった・・・・・・。

 「学――――!!! 戻ってこい! お前はこんなところで終わるようなやつじゃない! 逝くな――――!!!」

 力の限り俺は叫んだ。近所迷惑など知ったこっちゃない!友の尊い命が絶たれようとしているのだ。なんとしでも、死なせるわけにはいかない!そうだ、ごみを見るような目でこっちを見てる女子小学生なんて知ったこっちゃない。頬に何かが伝ってくるけれども!

 「もう僕は生きている意味がない。ルティファちゃんのいない世界なんて・・・・・・」

 そう言って学は空を見上げたまま真っ白に燃え尽きた。某ボクシング漫画のごとく。

 なんということだ。せっかく頑張って直したのに、見れたのは自分の大好きなヒロインが敵へ突っ込んでいくシーンだったなんて・・・・・。悲しすぎる。そりゃ生きる気力もなくなるわ。

 ・・・・・・まあでも

 「あのな、学。実は・・・・・


                    べっちーんっ!!


 そのときだった。さっきまで右隣で顔面地獄絵図を披露していた剛が平然と歩み出ると、さっきのふざけ半分で叩いていた威力とは比べ物にならない力で目の前の学の頬を張り倒した。

 「え?ちょ、おまっ!」

 予想外過ぎて言葉が詰まった。何が起きた・・・・?

 ってか全力だったよね今!学、受け身も取れずに側頭部コンクリートに打ち付けてましけど!?救急車呼んだほう良くないか?

 と心の中で叫んでいると、

 「大丈夫だ。問題ない」

 張り倒されたままの恰好で、学が言った。

 え?何この人。俺の心読めんの!?それともたまたま?それにしては、タイミング会い過ぎだった気がするけど。つうかどこが大丈夫なんだよ。おもいっきり叩かれた右側のほっぺた腫れてるじゃねーか。

 ところで言い方がどこぞのゲームっぽかったのは触れない方がいいのかな・・・・・・。

 などと俺が驚いている中、学は自力で立ち上がると剛をにらみつけた。

 「剛・・・・。なぜ僕を殴ったか、ちゃんとした説明をしていただけますよね?」

 学はメガネを外しながら、鼻と鼻が触れるギリギリまで剛の顔に自分の顔を近づけた。今までの雰囲気とはまるで違う。

 これはやばい。久しぶりのマジギレだ。ってよく見たらメガネのフレーム歪んでるじゃねーか。うわー。

 あんな風貌の学だが、実は結構な武闘派。昔いじめられっ子だったらしいが、喧嘩で負けないために空手を始めたところ、いつの間にやらそこらへんにいる不良をフルボッコにできるほどの実力になったんだとか。(本人談)

 そんな奴が本気でキレたら手がつけられん。剛だってヤバイんじゃないのか?なんだっていきなり殴ったりしたんだ。

 「学。わからんか?自分の間違い」

 俺の予想に反し、剛は子供を諭すように学に語りかける。まるで自分で間違いに気づいて欲しいと言わんばかりに。

 「間違い?この僕に?まさか。ありえない!間違っているのは、殴ってきた剛ではないですか!」

 眼前の剛に学は叫ぶ。

 「いや、間違っとるのは学。お前や。」

 尚も剛は冷静に語りかける。

 「だから、なにがまちがってい」

 「お前にとってのルティファちゃんは、そんなもんなんか!!」

 「なん・・・・ですって?」

 学が言い淀む。そこに追い打ちをかけるように胸ぐらを掴み上げ、さらに続ける。

 「お前にとってのルティファちゃんは、姿かたちが失くなっただけでお前の心からもいなくなってまうもんなんか? ちゃうやろ! ルティファちゃんはどんな時でもお前のそばにいるんや。お前にも見えるやろ? 自分の傍らで微笑む彼女の顔が!」

 そう言って剛は手を離すと、学を見つめたままビシッと右を指さした。指さした方を俺と学が向くとそこには、何もない・・・・・・のなら良かったが、なんとまあ見事なタイミングで通りかかった女子小学生がいたのでした。うん。黒髪のツインテールが初々しいね!

 「!?っ」

 突然指を指されてビクッと体を震わせる女子小学生。それに従って髪をくくっているピンクのリボンがちょこんと揺れた。そりゃびっくりするよねえ。まあ君よりも指をさした張本人の剛の方がびっくりしてるんだけどねえ。

 あれ?よく見たらこの子どこかで見た気が・・・・・・

 「あ!さっきのゴミを見るような目で俺を見てきた子!」

 「そんな目してませんっ!」

 そう言ってムスっとした顔になるJS(じょししょうがくせい)

 それは嘘だろ。ゴミどころか蛆虫(うじむし)をみるようだったぞ。

 「る・・・・る・・・るるるるるるルティファちゃん!?」

 突然JSじょししょうがくせいに向かって学が言った。まるで有名人に初めて会った素人のごとくあわあわと口を開閉させて。

 「「「は?」」」

 何を口走っているんだコイツは、んなわけ・・・・・・ほんまや。黒髪ツインテールにピンクのリボン。おまけにちょっぴり強気そうなつり目。どこを取ってもルティファちゃん。

 さっきの見た気がしたのは、朝の小学生ってだけじゃなくてエルラドのメインヒロイン、ルティファちゃんにそっくりだったからか。なるほど。・・・・・・いや、なるほどじゃねえ!

 「学?いいか。この世界には残念ながらルティファちゃんはいないんだ。この子はたまたまルティファちゃんにそっくりな別人だ。三次元の女の子だ。わかるよな?」

 優しく学に話しかける。

 「いや、だっているじゃないですか。ここに。」

 なにを馬鹿なことを・・・・・・といいそうなお顔のキチガイ――――じゃなかった学はJSじょししょうがくせいを指さしながら言った。目がマジだった。

 いかん。もはや現実と二次元の区別すらつかなくなっていらっしゃる・・・・・・。まあ元から区別が付いているか否か、危ういところだったけども。スマホの専用アプリでバレンタインデーにルティファちゃんからチョコを貰ったと、俺はもうリア充だと、報告してくるような奴だったけども。そんなあこがれのルティファちゃんが目の前にいるんだ。

 さっきまでのピリピリ感はどこへやら。代わりにだらしなーく鼻の下を伸ばした変態まなぶはルティファちゃんへのアプローチを始めた。

 「おい剛!お前が蒔いた種だ。なんとかしろ」

 ひとまず元凶である剛に近づいて耳打ちする。その間にも「エミルちゃんやフィリスちゃんはどこですか?」なんてルティファちゃんの友達の居場所について聞かれたJSが「え、えみる?誰ですかそれ?」と困惑中。お願いだ学。もうやめて。

 「なんとかって、どないせーちゅーねん! ワシの算段やったら、あの精神状態の学に何でもないとこ指差して、ルティファちゃん居る〜言うて信じ込ませたら勝手に幻覚でも見て、どうとでもなる思たのに。なんでよりにもよって指さした先に人が通ってまうんや! おまけにルティファちゃんに激似なんていらんオプションの付いとる子が!」

 剛も焦っているのかあたふたしながら学に聞こえないくらいの声で反論してきた。

 なんてひでえ作戦だ。流石に学でも幻覚は見ねえだろう・・・・・・と思ったが今現在進行形で幻覚を見ちゃってるんだよねーあの人。あながち間違った作戦でもなかったらしい。だとしても

 「そんなの知ったこっちゃねえ! 何とかして学を元に戻せ! そしてそこのJSじょししょうがくせいを早く開放してやれ! このままだと学はそこのJSから離れねえし、俺たちも学校行けねえし、しまいにゃあJSに不審者に絡まれたって通報されて俺たち全員詰むぞ!」

 今はまだ困惑してるだけだが、ここらへんは住宅街。もしそこらへんの家に助けでも求められたら一発アウトな完全アウェー。言い逃れはほぼ不可能。よって少しでも早くここから立ち去りたい。てか、いつの間にかセリフが犯罪者チックになってしまっているが目をつむって欲しい。

 んなこと言うたかて・・・・・・――――もはや泣きそうになりながら考えること数秒。

 「せや!」

 何かを思いついたのか普通の声量で言うと剛がJSに近づいた。

 「む。僕のルティファちゃんですよ。」

 自分の愛するルティファちゃんに近づいてきた剛に向かい敵対心を剥き出しにする学。 

 ここで、誰がお前のだ!ルティファちゃんは渡さん!というかそもそもルティファちゃんじゃねーよ!と、三段構えのツッコミを繰り出すのを必死にこらえた俺に誰か拍手を。

 まあええからちょっと待っとき。と学をなだめると、JSの隣に立った。

 「何か用ですか?私早く学校に行きたいんですけど。」

 「ああ分かっとる。せやからちょっと」

 そう言ってちょいちょいっと手招きをしてJSを近づかせると何やらこそこそ話を始めた。

 ・・・・・・なんや。せやから・・・・・・してくれへんか?

 なんで私が・・・・・・の・・・・・・なんて・・・・。

 なにかお願いをしているようだが、ここからではよく聞こえない。剛が手を合わせてお願いしているのを少々嫌そうな顔をしながらも聴き続けるJS。ゴメンな剛。俺にはいかがわしいことをお願いしているようにしか見えないよ。

 「何をこそこそと話してるんですか!僕のルティファちゃんの耳をけがさないでくださいっ!」

 ルティファちゃんに邪魔が入った上、親しげにこそこそ話を目の前で始められた学は大変ご立腹のようだ。だがそんなのお構いなしに剛のお願いは続く。

 ・・・・・・でどうや?

 ・・・・・・ならいいですよ。

 くっ・・・・・・じぶんなかなか・・・・・やな。

 嫌なら・・・・・・に・・・・・・で・・・・・・ですよ?

 ・・・・・・しゃーない。・・・・・・や。

 ガシッ

 何やら交渉が成立したのか熱く握手を交わした二人。そして二人は学に向き直ると

 「ルティファちゃんから学に話があるらしいから聞いたってくれ」

 学に一言言うと剛は俺の下へ戻ってきた。

 「JSと何話してきたんだ?」

 「ええから見とき」

 そう言った剛の口元は自信有り気に笑っていた。

 「ルティファちゃん。言いたいこととはなんでしょう?」

 学が促すと

 「あのね、学くん。」

 JSが学の名前を呼んだ。あれ?なんで知ってんの学の名前。

 「はうっ! ル、ルティファちゃんが僕の名前を呼んでくれた。もう僕は死んでもいい!」

 名前を呼ばれ悶え出す学。

 「ルティファのこと今まで応援してくれてありがとう! すっごく嬉しかった!」

 「いえ・・・・そんな・・・・僕がしたかったからしていただけで」

 「学くんのおかげでルティファ頑張ってジークフィールの基地から脱出できた。いっぱいいっぱいありがとう!」

 「キター!ルティファちゃんの伝家の宝刀いっぱいいっぱいありがとう!もうだめだ。僕はもう死んでしまう」

 学は胸をつかみ近くの電柱に寄りかかる。

 「だからもう心配しないで。ルティファはずっと学くんのそばにいるよ」

 どんな花よりも可憐な、少女の笑顔の花が咲いた。とナレーションされるであろう笑顔だった。

 「ぼくのそばに・・・・・・。ずっと・・・・・・。そうですか。ですよね」

 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、学は電柱から離れ真っ直ぐにJSを見つめた。

 「学くん?」

 「今まで僕の支えになっていただいてありがとうございました。どんな時でもルティファちゃんがいれば乗り越えられました。今ここに僕が居るのはルティファちゃんの笑顔があったからです。本当にありがとうございました!」

 どこまでもまっすぐな感謝の気持ちを学はぶつけた。顔をグシャグシャにしながら真っ直ぐにJSを見つめる姿に不覚にも感動してしまった。

 「ううん。ルティファの方こそありがとね。学くん」

 「はい」

 二人は固く手を握る。ともに助け合った二人にはこれだけで十分だった。


 「なあ、剛?」

 「おう」

 俺の呼びかけに剛はこっちを向いた。ちょうど二人に背を向ける形だ。

 「どゆこと?」

 「要約すると、あの小学生にルティファちゃんのものまねをさせたんや」

 「なにゆえ?」

 「ルティファちゃんに直接、心配せんでもずっとそばにいるー言うてもろたら、学も正気に戻るんやないかなーと。そうすれば、JSにもつきまとわんくなるやないかと・・・・・・」

 なるほど。謎はすべて解けた。いきなりJSがルティファちゃんのふりをしだした理由も全部。それはいい。

 「確かに正気には戻ったよ。戻ったさ。けどな、どうすんだよあれ!!」

 剛の斜め後ろ。俺は惨劇が起きている二人の方を指さした。

 「あれってなんやねん。・・・・・・すまん大和。わしにもこれは予想外やったわ」

 俺が指さした先にあったのは、健気な少女を追い回すメガネをかけた変態の姿だった。振り向いた剛も唖然としている。


 「ルティファちゃーん!お兄ちゃんがハグしてあげるからこっちおいでー!」

 「学くん! ホントに大丈夫だから。ルティファも学校行かないといけないし!」

 必死にルティファちゃん口調で拒否するが学の耳には届かない。てか、こんな状況でもルティファちゃんのふりをし続けるって、剛はJSと一体どんな契約をしたんだ。めっちゃ気になる。

 「さっさと止めねーとガチで通報されんぞ」とりあえず見ているだけだとほんとに通報されかねないので、止めに行くとしよう。

 「せやな」剛とともにJSの救助へと向かう。


 「学!ストーップ!」

 「おっと」目の前に立ちはだかると、ようやく学は止まった。その間に剛はJSの保護へ。


 「よう小学生。ようやってくれたなあ。おおきに」

 「何が、おおきに。ですか! おかげであの学とかいう危ない人に追い掛け回されたじゃないですか! ほんとに怖かったんですよ!」

 「すまんすまん」


 「大和。そこをどいてください。僕はルティファちゃんとハグをしなければならないという崇高すうこうな使命があるのです。」

 「どこが崇高だ! ただの犯罪だぞ。」

 「何が犯罪ですか!心外な。ルティファちゃん自身が第八話でお兄ちゃんに抱っこされるのだーいすきっ。と言っていたではないですか!」

 「それはお前じゃなくて主人公にだろ。」

 「違います。ルティファちゃんは全人類の妹。よって僕の妹であるとも言えるのです。愛しい妹にハグをするのは至極当然なこと。何が犯罪ですか!」

 「お前はまず、リアルに妹のいる兄の妹への感情ってもんを考えてみるべきだと思うぞ・・・・・・」

 大元の倫理観がトチ狂っている学は、どうやらこの世の兄妹はすべて仲がよく、妹が兄を慕って止まないものだと思っているようだ。俺の家に招待してその幻想をぶち殺してやろうか。


 「それで、さっきの話忘れてませんよね?」

 「ああ。忘れとらんよ。せやけどな・・・・・・」

 「なんですか」

 「じぶんの学校、朝の集合何時や?」

 「八時十五分ですけど」

 「悲しいお知らせなんやけどな?今八時丁度なんや」

 「・・・・・・え? 嘘でしょ! だって30分も余裕持って家出たもん!」

 「普通やったらなんの事は無いんやろうけど、じぶん、わしらのお遊びに付きうたせいで相当時間食うたで?」

 「そ、そんな。早く行かないと!でもまだお礼もらってないし。あの、早く1000円ください」

 「そんな焦らせんでも。待ってな。今出すさかい。あーれー? どいったんやろ。わしの財布。おーいどこやー。出てこーい」

 「何やってるんですか! 早く!」

 「待ってーな。そんな急いでもしゃーないやろ? 人生焦らずゆっくりがええんやで」

 「そんな悠長なこと言ってないで! あーもー時間が!」

 「いっそのこと学校行ってまったらどうや? 遅刻すんの嫌やろ?」

 「うぐぐ。なんかものすごいハメられた気がするんですが」

 「ほらほらはよう行かんと遅れんで?」

 「チクショー! この詐欺師! うわーん!」

 「ほなさいなら~」


 「あれ?JSがどっか行ったぞ」 

 「あれ? ルティファちゃん! どこ行くんですかー!」突然JSが走り去って行くのを見て慌てて呼びかける学。そんな声に反応する事無く、JSは猛スピードで走り去って行ってしまった。

 「フー。やっと行ったわ」ひと仕事終えたかのように肩を回してこちらに近づいてきた剛。

 「ルティファちゃんはどこに行ったんですか?」

 「学校やがっこう」

 「学校・・・・・・。それでは仕方ありませんね。きっと熱心に勉学励むのでしょう。さすが僕の愛しきルティファちゃん」恋する乙女のように手を胸の前で組んで空を見上げる学。

 「これで一件落着っと」 

 「おい剛。ちょっと」

 「なんや? やま・・・・なんやろうか、大和はん?」全くいきなり敬語なんて何を考えているんだろうね剛は。ただ手招きしただけじゃないか。俺の顔を見たらいきなり顔面蒼白になっちゃって。見たらわかるだろうに

 「まさかとは思うけど、これで全部丸く収まったなんて思ってねえよなあ? 剛?」さてさて、準備体操しないと。とりあえず手の節を折って、と。ゴキゴキゴキ・・・・・・。

 「と、・・・・言いはりますと?」

 「学が結局幻想から戻って来ねえじゃねーかっ!!!」

 何を言ったところで結末は変わらないってことをさ――――

 「あふんっ」

 すべての怒りを込めてぶん殴ってやった。学のかたきだ。

 まったく。なにがいいから見とけだ。そのまま見てたらこのざまじゃねーか!

 「あのなあ、お前が学を殴らなくてもエルラドの続きを言っちまえば万事解決しただろーが!」

 「ああ。なるほど!」

 何事もなかったかのようにスクッと起き上がると、左手に右の握りこぶしを当てて同意を表した。

 「なるほどじゃねえ・・・・・・」

 「あかんあかん! 足が折れる。逆関節になってまうわ!」

 俺が唯一、コイツに対抗できる4の字固めで制裁を加えてやる。コイツにはこれでも生ぬるいくらいだ。

 最初に俺が学に言いかけたのは、エルラドの続きだ。

 あいつが見たのは、話から察するにアニメ終了十分前のあたりだろう。あそこでは俺も「このまま終わるのか?嫌だ、嫌だああああ!」と絶叫していた。

 だがそこからまさかの展開だった。ルティファの決死の突撃によって戦争は集結。ボロボロになった主人公は、戦争跡地でルティファを探すが、そこにあったのはラティファの心臓部であるコアユニットだけだった。涙ながらにそれを拾い上げ持ち帰ると、友人の研究者から「コアユニットがあれば記憶も含めて新しい体に移植ができる」と言われ、藁にもすがる思いで依頼する。そして数時間後、研究者と一緒に新しい体を手に入れたルティファが現れた。そして、ふたりは奇跡の再会を喜ぶ。からのエンディング。

 これが最後のフィナーレであり、俺の涙腺も一緒に終わった。

 ほんとにあんときゃ泣いたよ。今思い出しても泣きそうになるね。この最後を言えばきっと学だって「ルティファちゃんは今もどこかで元気にやっているんですね」と親目線で目尻涙を浮かべつつ納得してくれただろうに。それなのにこいつは・・・・・・

 「あかん。もうわし無理や。骨はちゃんと拾ってや・・・・・・」痛みに耐え兼ねたのか、昇天しやがった。さんざんかき回しやがって。

 「あの、大和、剛ちょっといいですか?」

 「ん?ああ、どうした」さっきとは打って変わっていつもどおりのテンションの学に、驚いて言葉に詰まった。

 「今、20分なんですが・・・・・・」

 「・・・・・・はあ!? 嘘だろ!」

 「本当です」そう言って携帯のディスプレイを見せてくる学。そこには、しっかりと最終登校時刻十分前である8時15分と光っていた。

 「やばっ。おい剛!起きろ。遅刻だ。ゴリ松にどやされんぞ」

 「それは嫌や!図体でかいくせして、ボソボソ呟くタイプのゴリ松のネチネチ説教なんて聞きたない」

 効果はてきめん。剛は跳ね起きた。

 さすがの剛も見た目はゴリラ、中身はナメクジの体育教員、松本。通称ゴリ松の説教ばかりは苦手らしい。

 「急ぎましょう!」

 「おう」

 「早よ! ゴリ松に会いたないわ!」

 三人揃って全力で駆け出す。そう、これこそが俺たちの登校のいつものパターンだ。

 まあ、もちろん今日みたいなことは「いつも」は無いが。



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