【1章】第1節~目を覚ませ!~
「光っ!」思わぬ光景に、頭が真っ白になった。
朝っぱらから電話の着信音で不快な目覚めを体験したあとに、電話口からただならぬ様子の妹からの「早く下に来て」という声を受けて、やむなく下のリビングまで来てみれば、妹が倒れていた。
「おい! しっかりしろ!」
妹を抱き上げ肩をゆする。すると「・・・・・・んっ。」とわずかながら反応があった。
良かった。ひとまず息はある。とりあえずは安心だ。
と、そう思った矢先、妹が突然
「おっ・・・・おっ・・・・」
と、とても苦しそうな顔で何か言葉を発し始めた。
「お、おい。どこか痛いのか?」
何とか光から病状を聞こうと、妹に呼びかけた。すると
「お・・・・なか・・・・」
と途切れ途切れに言った。
お腹?まさかなんか変なもんでも食ったのか?でもこんな倒れるほどのモンなんていったい何を・・・?
「おい!いったい何食ったん」
「へっ・・・た」
「え・・・?」今・・・なんて?
「お腹へった・・・動けない・・・」ぐ~と大きな音が妹のお腹から発せられた。
「・・・・・・。」
そう。これこそが俺の妹である。
〇△□
ガツガツガツ・・・
「・・・・」
モグモグモグ・・・
「・・・・・・」
ムシャムシャムシャ・・・
「お前、もうチョイゆっくり食えよ」
「ふぁっふぇふぉふぁふぁふぇっふぇんふぁふぉん(だってお腹減ってんだもん)」
「わかったから。もう少しゆっくり食え。あと食ってからしゃべりなさい」
現在、リビングにあるテーブルで俺と妹は朝食をとっているところだ。
妹は目玉焼きとソーセージをおかずにご飯。俺は、トースト一枚とカフェオレ。
朝はあまり食欲がないもんで少ししか食えない。そのせいで3時間目には腹が減ってしまうのだが、どうしても朝飯をガッツリ食えない。早く直さなければ・・・・。ま、そんなことはさておき。
あれから急いで朝食を作ってやったのだが、朝食をテーブルに並べてからわずか0,5秒でただ飯を食うだけのマシーンと化した。ほんとに一切手を止めずに、いまだ白米を口へと運び続けている。
それにしても・・・・。空腹で倒れるか普通?どんな体の構造してたら夜に飯食って、朝にエネルギーゼロになるんだよ。
「お前なんで腹減ってんだよ。夜飯食ったろ?」
「食べてないよ!昨日は遅くまで練習あって何も食べずにお風呂入って寝ちゃったもん!」
「あー。そういえば・・・・」確かに昨日は夜飯の時にいなかったな。あれは、部活が長引いてたのか。全国四位は大変だな・・・。
妹の名前は神野 光。中学二年生で、その名の如く、明るく元気な女の子だ。俺と違ってクラスの中心で、友達も多い。おそらく男子人気も高いのだろう。このリア充め!
だが、本当にその名を表しているのは性格などではなく、足である。
小学生までは、目立った特技など何もない光だったが、中学一年の時に陸上部に入り、初めての大会で、光は一躍有名になった。
爆発的加速と圧倒的スピード。
ほかの走者がスローモーションに見えるほど、光の速度は異常だった。
最初から最高速度を出し、ぶっちぎりでゴール。会場全体が沸いた。
その後の全国大会でも、決勝戦以外で光の前に出るものはいなかった。
決勝戦では、惜しくも3年勢に負けたが4位。その結果1位の選手を先おいて、翌日の新聞の一面を飾った。「光」速の新星と。
「まったく! 兄ちゃんは私をどんだけ大食いの女の子だと思ってんのさっ!」
「箸で人を指すんじゃない! うーん・・・。お相撲さんレベル?」
「私の髪型はちょんまげじゃなくてポニーテールだよ!」
「別にそこを見てお相撲さんって言ったわけじゃねーよ。あとちょんまげじゃなくて髷な?」
「そんなことはどうだっていいんだよっ! 問題は私がお相撲さんかどうかだよ!」
「いや、大食いかどうかって話だろ・・・・」話しているとどんどん論点がずれていくところ、母さんとそっくりだな。
さて、疑問に思っている方も多いだろうから説明しておこう。
現在朝の7時15分。だがしかしこの家には俺と光の二人しかいない。
もしここで、
「いやん! この子達両親ともいないの? もう可哀想! 私が親になってあげたいわん!」
などと考えている方がいたなら、残念ながら絶対に不可能である。(まあ、そんなこと考えるやつはいないと思うが・・・・)
俺たちの両親は、少々特殊な仕事をしているらしい。「らしい」というのは俺も何をやっているのか詳しくは知らないからだ。なんでも、守秘義務があるとかなんとかで人に口外することができない職業だそうだ。たとえ家族であっても。
まあでも、こんな家(二階建て一軒家)に住んでいるということは、中々収入の良い職業なのだろう。
それで、なぜ朝にいないのかといえば、見事に一般の人と真逆の生活をしているからである。
一般の人の場合、朝起きて会社に行き、昼は会社。夜に帰宅。そして就寝。そして、また朝出勤というパターンが多いのではないだろうか。でも、俺たちの両親、神野美枝子・神野大介は、夜に仕事場に行き昼前まで仕事。その後1時ごろに帰宅。就寝。そしてまた夜になってから仕事場へ・・・と完全に真逆なのだ。
まったく、なんでこんな面倒な仕事をしているのだろうか?両親への疑問は16年間一緒にいるのにいまだに多い。
そんな謎多き両親は、両方とも特徴的な性格をしている。
俺の母、神野美枝子は、非常にさっぱりとした性格をしている。意志が強そうな目と自信に満ち溢れた表情。見た目は、やり手の女社長のような感じ。基本的にすべてのことを楽観的にとらえ、前向きに考える人間だ。ゆえに、いまだに母さんが落ち込んでいる姿を見たことはない。どんなときでも明るくからからと笑っているのだ。
一方、俺の父神野大介は非常におっとりとした性格だ。人の良さそうな垂れ目と、その瞳を覆う丸いフォルムのメガネ。顔だけなら平安時代の貴族のようだ。
だが、それに相反して見た目はパッと見、ボディビルダー。筋肉の鎧に覆われた後ろ姿は、クマを素手で殺したと言われても信じてしまうほど。でも正面に回れば、優しい笑顔が迎え入れてくれるというなんとも不思議な人物だ。
そんな父は何をしても決して怒らないので、もしかしたら怒りという感情がないのでは?と俺は推測している。だがそんな父でも過去に一度だけ怒ったことがあるらしい。でも本人に聞いても「懐かしいなあ・・・・」と毎回回想に入ってなかなか戻ってこないのでいまだに聞けずじまいである。
さて、一通り家の事情を説明したところで、そろそろ時間だな。
時計を見ると、7時45分をさしている。
ピーンポーン
「兄ちゃんお迎え来たよ。空から」
「俺はまだ生きる」
「もう疲れたよお兄ちゃん。なんだかとっても眠いんだ・・・・」
「それは、ただの寝不足だろうが!」ビシッと、フローリングに横になって寝ようとする妹の頭にチョップをかましてやる。
「イテッ。もう! この素晴らしき頭脳になんてことを!」
「むしろ、この刺激で活性化するかもしれんぞ。」頭を押さえて抗議する光に今までのボケのお返しをしてやる。
そんな軽口をたたきつつ、急いでトーストをカフェオレで流し込んで、鞄を手に取った。
「んじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃーい。車には気を付けるのよー」
母さんを真似たらしい光の声を背中で聞きながら玄関に向かった。
光の通う中学はここから10分ほどのところにあるからあいつの脚力なら5分もかからない。それをいいことに毎日時間ギリギリになるまでダラダラしているらしい。まったく。神様もそんなことに使われるためにその脚力をやったわけじゃあなかろうに。
さて、それではお迎えも来たことだし俺の数少ない友達を紹介しますかね。
玄関の扉をあけると、まだまだ夏はこれからだと言わんばかりの熱気とともに、一人の男が腕を組んで立っている姿が目に入ってきた。
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